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たぶん、それは紅葉よりも赤い花  作者: 松乃木ふくろう
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第29話 心配性と犬の遠吠え

「……で話をまとめると、つけられている事を確信した君は、公園に入り、やり過ごそうと思ったら、男が目の前のベンチに座り、君たちに刃物を見せて歩み寄ってきた、その為、応戦したと・・・・・・こりゃ、すごいねぇ。まるで漫画のヒーローだ」

 豊岡とよおかと名乗った白髪頭で小太りの刑事はペンを走らせながら、最後に小さく感嘆の声をあげた。


「いえ、消防の人が助けに来てくれなければ、どうなっていたか分かりません。なにより小学生たちの機転が無ければ・・・・・・」

 春久のその言葉は謙遜ではなかった。



 一連の騒動の後、春久は警察官に言われるがまま、小田原警察署に連れて来られていた。簡単に言えば事情聴衆らしい。

 移動中のパトカーで聞いた話によると、春久が例の男と対峙している最中、事を目撃した小学生数人が小田原球場のすぐ脇にある消防署に駆け込み、助けを求めてくれたとの話で、あの場に消防士たちが現れたのはそのような経緯からだったらしい。

 火事でも緊急でも無いのに消防署と笑う人もいるかもしれないが、それが結果的に事態を収束させてくれた。


「また、後日、自宅の方に伺う事になるけど、いいかな?」

「はい」

 色々、事後処理等もあるのだろうと考え春久は短く答えた。


「キミから質問は無いかい?」

 春久に尋ねてきたのは豊岡と同席していた長坂ながさかという30代の男性だ。サーフィンでもやっているのか、やたらに健康的な小麦色の肌をしている。


「能美は、どこにいますか?」

 能美が女性の警官と車に乗る姿は見たものの、それ以降は、この小田原署でも彼女の姿を見かけていない。


「そりゃ、そう来るわな。いやはや何とも、お熱い事で」

 豊岡刑事は頭を持っていたペンで掻き出した。

「彼女とは、刑事さんたちが考えているような関係ではありません」

 状況から勘違いするのは分かるが、どうも小馬鹿にされている様で気に入らない。


「部長! そう言うのもセクハラになると、先日の研修で教わりましたよね?」

 そう長坂刑事がフォローするように割って入ってきた。

「けっ! 自分のせがれのような歳の奴にセクハラもねえよなぁ?」

 豊岡刑事は何故か春久に同意を求めてきた。曖昧に頷きその場を誤魔化す。


「きょうびの高校生なら、デートくらい当たり前ですよ」

 軽く笑いながらそう告げる長坂刑事。本人はフォローしたつもりなのだろうが、春久の照れを見抜いた上での言葉なのは明らかだった。


 長坂刑事の言葉は続いた。


「まじめな話、警察は色々決まり事が多いんだ。彼女には女性の警察官が対応しているよ。病院でご両親立会いの元ね。身体には問題が無いと報告が入っているから安心していいんじゃないかな?」

 春久の聞きたい事を察し、そのほぼ全てを話してくれるあたりには細かな配慮を感じた。それと同時に刑事という職業の怖さも。


 “身体には問題がない”


 だが、あの瞳。

 白い瞳。

 あれはどうなったのだろう?


 あの目のままなら、体調に問題が無いとは言わないはず。



「目は・・・・・」

「め?」

 今の言葉に反応が無いという事は、目にも問題が無いという事なのだろう。


「いえ、何でもありません。ありがとうございます」

 春久は丁寧に頭を下げた。


「他にはあるかい?」

 何処かつまらなそうな顔をしていた豊岡刑事が尋ねてきた。


「できたら消防の方、それと小学生の子の連絡先を伺いたいのですが」

 恩人とも言える人たちだ、お礼を言わない訳にはいかない。

「若いのに律儀だね。でも残念ながら個人情報だから教える事はできない決まりなんだ」

 お役所仕事と言えばそれまでだが、ストーカーまがいの事を受けた今回の事件を考えると、個人情報を漏らさないと言う決まりには返す言葉が無い。


「まっ、消防さんは西大友出張署に行けば会えるだろうし、小学生の子たちは近いうちに会う事になるから安心しな」

 そうにこやかに告げる豊岡刑事。


「えっ!? それってどういう意味ですか?」

 会えると言う事はお礼を言えるの機会を得るという事でありがたいのだが、どうも物言いが気になる。


「表彰式だよ。キミも、あの子たちも小田原のちっとしたヒーローみたいなモノだからね。近いうちに小田原警察署長からの表彰と記念品の贈呈がある。その式の時にイヤでも顔を合わせる事になる」

 正直、断りたい内容だった。しかし、それでは恩人である小学生たちの行動を否定する事になってしまう。


「なんか、照れくさいですね。消防の人たちは表彰されないんですか?」

 ごまかし半分に答え、春久は素朴な疑問をぶつけた。


「消防さんへの表彰はないんだ。残念ながらね」

「まっ、行動が必ずしも報われるわけでは無いってこった」

 そう語った両刑事は少し複雑そうな顔をしていた。


 警察と消防の世界に多少の隔たりのような物があるのは、春久にも理解できる。いわゆる大人の事情というヤツなのだろう。


「他に聞きたい事がなければ、今日の所はこれでしまいだ。近いうちに学校にも行かにゃならんから、兄ちゃんとは長い付き合いになるかもな」

 学校にも来る事になるだろうとは予想していたので、さほど驚きはなかったが面倒事が増えるのはあまり嬉しい事ではなかった。


「協力ありがとうね別所君。ご両親がお待ちのようだから、待合室まで案内するよ」

 その口ぶりから察するに、挨拶でもするつもりなのだろう。


 ふと、悪戯心が湧く。


「覚悟しておいてください」

 春久は青さをからかわれた仕返しに二人を見ずそう告げた。

「何故だい?」

 長坂刑事が不思議そうに尋ねてきた。


「僕の母は心配性です。多分、刑事さんたちの説明に納得するまで引き上げません」

 少しだけの嫌味を込め春久は澄まし顔でそう告げる。


「慣れてるよ。僕の母親も心配性だからね」

 やられた。


 やはり、お巡りさんは、おっかない。




 ************************************



「充電がオレンジ色ってはじめてだな」

 春久はカタカタと小刻みに揺れるスマートフォンを見て、大きくため息をついた。


 警察署を出て、父の車で帰宅したのもつかの間、スマートフォンを確認すると恐ろしいほどの数の着信履歴。

 そのひとつひとつを追う訳にもいかず、かといって無視もできず、春久は優先順位が高そうな、井土ヶ谷部長をはじめとする声楽部の面々、庚部長や陸上部の先輩達、担任である二川先生らに連絡を入れ続け、それが少し前に程終わった所だった。


 しかし、その後、スマートフォンはひっきりなしに着信を告げ続けた。


 しかも、その相手の殆どが、話をした事もない中学の同級生や、どこで電話番号を入手したのか分からない八千代部高校男子生徒からであり、また、尋ねてくる内容も、最終的には春久と能美由香との関係を、そして一祈や声学部の面々に付き合っている人物がいるかをこっそり教えて欲しいと言うものばかりで、いい加減対応することが事が馬鹿らしくなって来ていた。


「俺はスパイかよ」

 春久は一人不平を漏らす。


 一瞬、着信が止んだスマートフォンがまた、カタカタと震えだしだ。

 また、知らない番号だ。


「そういや、お庭番ってスパイのようなモンか・・・・・・」

 声楽部入部のきっかけとなった井土ヶ谷部長の言葉を思い出しだし、笑みをこぼす。


「あぶねーな俺、一人でニタついてるよ」

 春久は、そう大きなひとり言をもらすと、相変わらず震え続けるスマートフォンを机の上に置いたまま、部屋を出て家の庭へと回った。


 そこは庭と言っても、4畳ほど広さで、芝生の上に椅子代わりのビールケースを逆さまに置いただけの狭い空間だ。父と母は休日の夕方になると、2人して缶ビールを片手にココで夕涼みをしている。

 そんな空間で春久も両親を真似て、そのビールケースにどっかりと腰を降ろす。狭いスペースにも拘らず、風が吹きていく為、妙に心地が良い。



 瞳を閉じて思いに耽る。


 警察署や電話での報告で散々話したものの、思い起こすとあの状況下、能美も自分も無傷でいられたのは幸運という他がなかった。


 そして、誰にも話していないが、能美のあの目。

 ――白い瞳

 あれは、一体・・・・・・?



 そんな思考の中にいると誰か横に座る気配。

 確認をせずとも、隣にいるのが誰であるのかは、すぐに分かった。


「一祈の部屋は2階だから、ココ良く見えるんだよね」

 おそらくは部屋着なのだろう。一祈は中学時代の学校指定ジャージを着ていた。


「はい」

 そう一祈が差し出したのは、ブラックの缶コーヒー。

「サンキュ」

 春久はプルトップを上げ、一口啜る。


 風が僅かに鳴る音。

 その音に反応したのか、近所の犬がひとつ遠吠えを上げた。


「ハルちゃんは怪我ない?」

「ない」

「一祈は?」

「ないよ」


「さっき、ゆかぽんからメールあったよ」

「そうか」

「“元気だから心配しないで”だって」

「そうか」



 ―――静寂


 警察署での事情聴衆、両親への説明、帰って来てからの電話攻勢。春久にしては喋りすぎた1日。

 それ故、気を使わず僅かな時間でも短い言葉、そして、沈黙でいられる事がありがたかった。


 考えてみれば、帰宅してから一祈や能美からの連絡はなく、春久も連絡を入れようとは思わなかった。それは姉の美夏や親友である文吾にも言えた事だった。



 また犬が吠え始めた。今度は太い声で吠え続けている。


「あの鳴き声、西谷にしやさんの家の柴犬だよな」

 西谷さんの家は一祈の家の隣、春久の家から見れば斜向かいに当たる家だ。元気で気の良いおばあちゃんが50代くらいの息子さんと2人で暮らしている。

「うん。お隣の西谷さんトコのサラダちゃん。いつもはおとなしいワンちゃんだけど、何かあったのかなぁ?」

 そう言いながら立ち上がった一祈は、西谷宅の方角を覗き込むようにピョンピョンと飛び跳ねはじめた。


「西谷さんに失礼だぞ」

 いくら気の良いおばあちゃんでも覗かれるのは嫌なはずだ。

「別にいいじゃん、この位。ハルちゃんってホント、生真面……」


 不意に止まる言葉。

 そして、不意に揺れ出す瞳。

 それは今日2回目の“色酔い”の兆候。


「一祈!!!」

 その変化に気が付いた春久が、一祈の肩をつかみ大きく揺らす。


 途端に戻る瞳の色。


「おい! お前、今……」。

 見つめた一祈には焦りの表情。


「大変だよ、ハルちゃん!! 西谷のおばあちゃんが倒れてる」





 ************************************




 ざわつきが残る中、春久と一祈は庭に戻って来ていた。

 お互いの両親は近所の人たちと前の通りで、未だに世間話をしている。



「おばあちゃん、元気そうだけど持病があったんだね」

 例のビールケースに腰を下ろし、心配そうに声を上げた。

「薬の飲み忘れか……お前も気をつけろよ」

 今日一日で何度も人が倒れる姿を目撃しただけに春久も気が気ではない。

「うん」

 一祈は神妙な面持ちで頷いていた。



 結局、西谷のおばあさんは庭先で倒れていた。犬に餌をやろうとした所、低血糖で倒れてしまったらしい。


 原因は薬の飲み忘れ。


 幸い、西谷さんの玄関先で一祈が「おばあちゃん!!」と叫び声を上げた為、何事かと心配した一祈、春久の両親だけでなく、近隣住民全員が飛び出して来る大騒ぎとなり、入浴中だった息子さんが事態に気が付き、インシュリンを注射する事により事態は収拾した。



 例の犬が、また遠吠えを上げている。

「サラダちゃん、お手柄だね」

「お前もだろ? 」


 一瞬、真顔になる一祈。


「いやぁ、そんな事ないよ。へへへ……ハルちゃん、今日色々あり過ぎて疲れたでしょ? 一祈もなんか疲れちゃったから、お風呂入って寝ようかな」

 大きく伸びをしながらそう答える一祈。その表情は明るい。

 もしかしたら、今日続けて色酔いを起こしかけて、気を失わなかったのは症状が落ち付いて来ている兆候なのかもしれない。それは、春久にとっても喜ばしい事だった。



「だな。俺も今日は早く寝るとするか」

 気持ちが明るくなった春久は残っていた缶コーヒーを喉に注ぎ込んだ。


「じゃ、また明日ね。ハルちゃん」

「おう。明日な。薬飲めよ」

「もうっ! 心配しすぎだよ!」

 そう笑顔を見せた一祈は、手を振りながら自宅へと戻って行った。



「さてと、俺も風呂入ろ……」

 春久は座っていたビールケースから腰を上げ、西谷さんちの方向を見ながら一つ伸びをする。


「……えっ!?」


 とあることに気が付いた春久は、その場で軽くジャンプをする。


「……!」


 もう一度、今度は全力での跳躍。

 それを2回、3回と繰り返す


「……どういう事だ?」

 春久の身長は168cm。一祈はそれより7,8㎝は低い。

 そんな晴久の全力の跳躍でかろうじて見えた西谷さん宅の庭先。


「あいつ、どうして西谷のばあさんが倒れているのが見えたんだ?」


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