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たぶん、それは紅葉よりも赤い花  作者: 松乃木ふくろう
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第27話 思い通りにならない平和と送り狼

 意外と言ってはなんだが、シティーモール内は平常運転を続けていた。


 行きかう人も、出入りを続ける車も多少のざわついている程度で、知らぬ人が見たら“活気がある商業モールだ”と勘違いする程度モノ。中断していたであろうヒーローショーに至っては逆に大盛り上がりをしている。


「姉貴や皆が一緒だし、大丈夫だよ」

 難しそうな顔で押し黙っていた春久にそう声かけてくる井土ヶ谷順(いどがやじゅん)


「ああ」

 苦しそうにうずくまる能美の姿が脳裏をよぎり、春久の返事はおざなりなものとなっていた。


「別所はホントに誤解を受けるタイプだな。いつも面倒臭そうな表情をしている割には、たえず廻りの事ばかり気にかけている」

 苦笑いしながら、穏かに話す井土ヶ谷のその声には何処か励ましのようなニュアンスが含まれていた。


「そんな大層なモンじゃねーよ……それよりよ、シティー〇ールって総合受付ってあったか?」

 春久は悪態を付きつつ、隣を歩く井土ヶ谷に尋ねる。


「ないと思う。それにしてもこの風景は何て言うのか……」

 顔の端だけで苦く笑う井土ヶ谷。言いたい事は理解できた。

 “外は大変な事になっている”その覚悟と変な緊張感をもってカラオケボックスの外に出て見れば、世は泰平、事もなし。肩透かしを食らった状況だ。


「取り敢えず、守衛室に行ってみよう。確か3階の奥にあったはずだ」

 春久のその言葉に静かに頷く井土ヶ谷はさっきからスマホを操作し何かを調べているようだった。


「なにしてんだ?」

 春久は井土ヶ谷のスマホを覗き込む。


「情報収集だよ。ツイッターで見る限り、皆ビックリした程度の内容で大きなトラブルにはなっていないみたいだな」

 成る程、スマホの操作はそのためか。感心しつつ、戻した視線の先に警察官のような制服を着た一人の初老男性。この暑さの中、長袖でネクタイまでキッチリと締めている。恐らくは守衛さんのひとりだ。


 肘でつついた井土ヶ谷は静かに頷いていた。二人で軽く駈け寄り声を掛ける。


「スイマセン。守衛さんですよね?」

「はいはいそうです。何でしょうお客様……まぁ多分、停電の事ですよね?」

 春久の質問に穏やかに笑う守衛の男性。


「はい、僕たちカラオケボックスで停電に合いまして、モニターやミラーボールが壊れてたのでビックリしまして……野次馬半分ですが、詳しい状況を知りたいのですが」

 質問したのは井土ヶ谷だった。いつもながら言葉を整理するのが恐ろしく早い。


「カラオケのモニターが死んだ? それは僕も初耳だなぁ。しかし妙だな? メインキュービクルがイカれても、過電流遮断機は作動するはずだから、モニターまで壊れる事は無いはずなんだが」

 守衛のお爺さんはひとり難しい顔をして唸りだした。


「やっぱり、過電流が原因なんですか、事後処理が大変そうですね」

 少し大げさに驚いた表情でリアクションをする井土ヶ谷はかなりあざとい。


「おぉ、学生さん分かるんですか? 優秀ですねぇ。僕も定年で今は守衛をしているけど、元々は電力会社の技術屋でしてね。昔はこの手のトラブルもよく解決してきたんですよ。

 まぁ、最近はどんどん技術が進んで、コンピューターでカシャカシャやるだけだから僕みたいな時代遅れの技術屋は寂しい限りなんですけどね」

 先程会話の中で、キュービクルや過電流遮断機と言うような難しそうな言葉がすんなり出てきたのは元々その道の専門職だったと言う事なのだろう。


「プロから見て、今回の停電は何が原因だと思われます?」

 井土ヶ谷はくすぐり方がいちいち上手い。


「いやいや、そんなプロなんて・・・・・・恥ずかしい。でも、まぁ、僕も元技術屋の端くれだから、さっき壊れたメインキュービクルを覗いてきたんだけど、あれは完全にアウトだね・・・・・・あぁ、キュービクルってのは変電所を通して送られてきた6,600ボルトの電流を100ボルトや200ボルトの電流に変圧する装置の事ね。よくビルの屋上にある大きな金属製の小屋の事・・・・・・で、何でしたっけ? そうそう停電の原因だ! 原因はキュービクルの故障だね・・・・・でも、あの感じだと経年劣化とか機械の不具合じゃないね。うん。断言できる」


 “技術屋は無口だけど話したがり”とは今は亡きSF作家の言葉。


「経年劣化や機械の不具合以外で壊れる事があるんですか?」

 春久は素朴な疑問を挟んだ。


「ある! 意外なところでは虫が入り込んでそれが故障の原因なんてのもあるし、鼠が原因なんてのも事例で見た事があるよ、それに鳥や蜂が巣を作ってそれが原因だった現場に行った事もあったよ」

 そう話す守衛さんの表情から今回の停電の原因はそれらでは無い事は何となく察する事が出来た。どうでも良いが、この人は物事を少しもったいぶって話す傾向があるようだ。


 尚も話は続いた。


「それでも今は法律上で2ヶ月に一度キュービクル点検をしないといけない決まりだから、故障そのものが殆どないはずなんだよね。だから・・・・・・あと考えられる要因は“アレ”だね」

「“アレ”と言いますと?」

 守衛さんの話し方も芝居掛かりすぎだが、返す井土ヶ谷も大概胡散臭い。


「“アレ”は“アレ”だよ。一番厄介な生き物が原因とだけ言っておくよ。じゃ、僕は仕事に戻るからね。日給6000円稼ぐのも大変なんだよ」

 そこまで話すと、初老の守衛さんはにこやかに笑いゲームセンターの方へと歩いていってしまった。



 “人為的に壊された”

 元・技術屋らしき守衛さんがそう言いたい事だけは理解ができた。



「なぁ、井土ヶ谷、いくらなんでも偶然だよな?」

 春久は隣で珍しく難しい顔をする男に問いかけた。


「偶然だとは思う・・・・・・」

「“だとは”ってなんだよ?」

「別所だって、可能性を考えただろ?」

 どこからか車がけたたましいくクラクションを鳴らす音が聞こえてきた。春久は返す言葉がなく、ただ沈黙するしかなかった。


「まだ、あの守衛さんの見立てが正しいと立証された訳でもないさ。取り敢えず、念のため、一回りしよう。それと(かのえ)先輩にも連絡しておこうぜ。」

 井土ヶ谷の励ますような声掛け。


「そうだな」

 春久は静かに頷いた。


 何気なく見下ろしたエントランス。先程まで行われていたヒーローショーはタイムテーブルが既に写真撮影会へと移っており、ヒーローたちは次々と子供たちの肩を抱き写真撮影に応じていく。声を出してはいけない決まりなのか、皆、頷くか手を振るだけのリアクション。

 初老の守衛さんが守るショッピングモールの平和も、ヒーローたちが守る地球の平和も、そして声学部の庶務が守る声学部女子の平和も、多分、理想どおりに進んでいない。春久はそんな事を考えながら、スマートフォンの履歴から庚大介(かのえだいすけ)の名前をタップした




 ************************************



 シティーモール内を一回りし、カラオケボックスの14号室に戻ってくると、能美は幾分、元気を取り戻していた。ソファーに腰を降ろした状態で獅子ヶ谷副部長と何やら会話をするその様子からは少し前の姿が嘘のようにも思える。一祈も能美の横で笑顔を浮かべていた。


「おっ!ハルっち、順っちっち戻ってきたね。お疲れェ~。大介にも連絡してくたんだね。ありがと!」

 さすが恋人同士。先程、春久が庚大介に今回の一件を報告した事を既に知っている。


「別所君、井土ヶ谷君、迷惑掛けてごめんね」

 静かに頭を下げる能美のその姿に春久は少しだけ安心感を覚える。


「落ち着いたみたいで良かったね。でも、まだ無理しちゃダメだよ」

 井土ヶ谷の距離感を保った気遣いは流石と言うしかない。

「あぁ」

 一方、春久の並べられた単語は“あ”2つ。


「2人ともお疲れ様」

 部長のねぎらう声。


「姉貴、オレらも一回りしてきたけど、特に大きな問題では無いみたいだよ。守衛さんにも話を聞いたけど、停電は変圧器のトラブルみたいで、TVモニターが壊れたのもその影響って話だったよ」

 不器用に頭を下げる事しかしなかった春久をフォローするように説明を行う井土ヶ谷。どうやらキュービクルが人為的に壊された可能性がある事は伏せる気らしい。


「そうみたいね。さっきココの店長さんが来てくれて、色々説明をしてくれたわ。なんだか、謝られてばかりで返って恐縮してしまったわ」

 井土ヶ谷部長が少しため息を漏らしながら、感想をもらす。


「でも、ケイちゃん、やっぱもったいないと思うなぁ。せっかく今日の費用、全額保証してくれるって言ってくれたのにさぁ」

 獅子ヶ谷部長が口を尖らせて抗議している。話を聞く限り停電の影響で歓迎会をおじゃんにしてしまったから、食材費等をカラオケBOX側が持つとでも言ったのだろう。


「ココには代々声楽部がお世話になっているでしょ? ワタシたちの代も、その後も、そして次の代も、多分ココにお世話になるわ。だからこう言う時にこそ、好意に甘えてはダメだとワタシは思うのよ」

 それは獅子ヶ谷副部長にと言うより、その場にいる全員に対してモノの捉え方、判断のあり方を優しく説くようであり、部長がナゼ部長であるかを示しているようでもあった。

 普段は女王然としているが、考えは決して利己的ではない。でなければ、コレだけの部員をまとめられる訳がない。



「あれれぇ? 別所君がボーっと桂子部長に見とれてるよぉ」

 そうチャチャを入れてきたのは河野葵かわのあおいだ。もしかしたらすぐに場の空気をかき混ぜるのは葵の特性なのかもしれない。


「別に俺は・・・・・・ただ、朝から先輩たちのモノの考え方や捉え方を見ていると、年齢が1か2つ違うだけなのに随分違うなぁって感じただけで、見とれているとかそんなんじゃ・・・」

 照れくさくなった春久はひとりそっぽを向きながらそう返した。目線の先には壊れたままのモニターとミラーボール。


「葵もあんまり別所君をからかわないの! なんでも真に受けるタイプなのは、もう分かってるでしょ?」

 間に入り窘めてくれたのは河野綾香こうのあやかだった。


 その言葉を聞き“はーい”と“ほーい”の中間くらいの返事をしながら葵は舌を出す。そんな姿を井土ヶ谷部長は優しそうに見つめていた。


「別所クン、実はキミにはもうひとつ頼みがあるのよ」

 そう切り出して来たのは、その井土ヶ谷部長だった。


「何でしょうか?」

 目線を上げ、ゆっくりと答えた春久に向かい部長はゆっくりと口を開いた。


「あと5分程でシティーモ○ルから送迎バスが出るわ。キミはそのバスを使って、能美さんを自宅まで送ってあげて欲しいの。ワタシたちはココを片付けなければいけないし、代金の支払いなどの事後処理もあるから、すぐには出れない。頼めるかしら?」

 確かにシティーモ〇ルは45分に1本の割合で巡回バスが出ている。それに乗れば、国府津駅まで10分程度でつけるはずだ。体調が戻ったとは言え能美は早く帰るのが無難だろう。


「私なら、もう大丈・・・・・・」

「ダメよ。コレは部長としての命令。能美さん、アナタはこのまま帰りなさい」

 能美の言葉を切るように井土ヶ谷部長がピシャリと告げる。


 春久が自然と求めた視線の先にいた一祈かずきは春久を見つめ“自分は大丈夫だから”と言わんばかりに頷いた。


「行くぞ、能美」

 春久は彼女のバッグを持つと静かにそう告げた。


「でも・・・・・・」

 能美はまだ何か言いたそうだった。

「行くぞ」

 春久は能美に視線を向けて言い放つ。


 それを正面に捉えた能美は小さくため息をついた。


「・・・・・・先輩方、ご迷惑を掛けてスイマセンでした。今日はご好意に甘えさせて頂きます。井土ヶ谷君、瀬谷さん、一祈ちゃん、ごめんね」

 能美はそう詫びの言葉を並べながら、再び深く頭を下げる。


「謝る事ではないわ」

「そだよ。気にしない気にしない。それよりハルっち、由香っちが弱ってるからって、送り狼になっちゃダメだよぉ」

 続く副部長の言葉は、先に帰る事を躊躇している能美への配慮だ。


「その手がありますね」

 春久にしては珍しい返し。


「別所、冗談は服装だけにしとけよ。それより、後で男だけの密談をしたいから、落ち着いたら連絡くれ」

 冗談を言った後、どう立ち振舞ってよいか分からなかっただけに、井土ヶ谷順のフォローはありがたかった。


「怪しいっ! 男の子同士の密談ってなになに?」

 葵がまた、割った入ってきた。

 恐らく井土ヶ谷の話したい事とは、先程の守衛さんの話についてなのだろう。


「了解だ、井土ヶ谷。じゃあ、先輩方お先に失礼します。瀬谷、和泉、お先!」

 春久はそう言葉を並べると、大きく頭を下げ、能美由香と供にカラオケボックス14号室を後にした。

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