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たぶん、それは紅葉よりも赤い花  作者: 松乃木ふくろう
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第26話 歌とミラーボール

物語が少し動いていきます。

 部屋の中はそれぞれの話し声とカラオケボックスに流れるBGMで雑然としていた。


 ジュースを一通り配り終えた春久も能美由香のうみゆか瀬谷せやリリアに挟まれれる様な位置に腰を降ろした

「ありがと瀬谷さん」

 瀬谷からアイスウーロン茶を受け取った能美は硬い表情をしている。


「次、和泉いずみ?」

 緊張しているのであろう能美にかけることの出来た春久の言葉は単語二つ。その問いに対し彼女は静かに頷く。


「うん。あとは、一祈ちゃんのタイミングで歌っていいみたい」

 要は落ち着いたらリモコンのボタンを押すだけと言うことなのだろう。当の本人はステージ上で深呼吸を繰り返している。


「能美は何を歌うんだ?」

 考えてみれば、長い付き合いにも拘らず能美とカラオケに来る事は初めての事だった。

「それは秘密……それより私、別所君の歌を聞いたのはじめてだったけど、上手なんでビックリしちゃった」

 少し俯き加減に微笑むように話す能美。その穏かな物言いに何処か照れ臭さを覚え、春久は新しいアイスコーヒーを軽く口に含む。


「無難なだけだよ。飛びぬけて上手い訳でもなく、かと言って笑いが取れるわけでもない」

 照れているのを悟られぬ様、春久はモニター見つめながら姉からの言葉を引用し嘯いて見せた。


「私、好きだよ……別所君の歌声」


 軽い喧騒の中に春久だけに届いた静かな言葉。

 思わず視線を声の方角に向ける。


 重なる視線。


 それは歌を褒めてくれたことである事も、そしてお世辞である事も理解していた。だが、言葉の一部だけが妙に浮き上がり、それが春久を激しく動揺させる。


「お……う」

 答えておきながら、それが返答として適切でない事はわかっていた。


 動かせぬ視線。

 深く静かな輝きを持つ、能美の黒い瞳に引きよされそうになる。

 それはまるで魔力の様だった。


「あのさ……こn……」

 春久がそこまで言葉を並べた次の瞬間、ふいに歌のイントロが流れ出した。


 それは一祈かずきが好きだと言っていた女性歌手の曲。


「一祈ちゃん、歌うみたいだね」

 能美は再び穏かに微笑むと、視線を春久からステージ中央に立つ一祈へと移していった。一方、春久は自分が能美に何を言おうとしていたのだろうと考えていた。



「ワタシこの曲好きなんだ」

「うん、女の子皆が一度は歌いたいと思う曲だよね」

 イントロ部分を聞いた3年生の2人がそう語り合いながら真剣な面持ちでステージを見つめる。


「おぉ!! 名曲キター」

「和泉もブッコむねぇ」

「今年の1年は実力者揃いだから、カラオケも楽しいわ」

 2年生トリオは思い思いの声をあげて場を盛り上げている。


 廻りから起きる歓声。その声で漸く我に返る春久。


「俺もこの曲、和泉が歌うの初めて聞くよ」

「そうなんだ」

 春久の呟きに対する能美の静かな返答。



 Aメロが始まった。


 一人の女性の恋心を歌う詞とモデラートからはじまる静かなそのバラードは歌詞も曲調も異なるが、どこか先日一祈が歌った「赤●花 白●花」を連想させた。


 Bメロ部分。

 霞掛かった一祈かずきの声に情感が乗っていくのを感じる。


「・・・・・・すごい」

 瀬谷の小さな感嘆の声。


 Cメロに入る頃になると、その場にいる全員が固まったように一祈の歌に聞き入っていた。瀬谷リリアのように音域が広いわけでもなく、また、井土ヶ谷弟のようにパワフルなわけでもない。だが、それでも何故か引き込まれる歌声。


 春久もいつの間にか、小さなステージ上で瞳を薄く閉じるように歌う一祈に見惚れていた。

 歌はサビに入りはじめる。薄く閉じていた眼鏡の奥にある一祈の瞼がゆっくりと開いていく。


 遠く一点だけを見つめている瞳。


 その瞳が徐々に焦点を失ったように薄く揺れだす。歌声とは間逆に感情を一切失ったようなその瞳。


 春久はそれが何を意味しているかを知っていた。


 それは“色酔い”を起こす前兆。


 “ヤバイ!!!!”


 春久が心の中でそう叫んだ瞬間、一祈の瞳が光を失った。糸の切れた操り人形のように身体の力が抜けていく一祈。


  このまま倒れれば、身体をそして頭を打ちつけてしまう可能性がある。


 - 蘇るいつかの夕焼け


「一祈!!」


 叫んだ刹那、春久はテーブルに足を架けて、ステージに向かい跳躍する。距離にして2メートル弱。崩れ落ちそうになる一祈の身体を支えようとした次の瞬間、一瞬、身体が重くなったような錯覚に襲われる。


「ハル君、上よ!逃げて」


 懐かしい呼び名で叫ぶ能美の声。頭上を見るとミラーボールが自分たちの方にゆっくり落ちてくるのが確認できた。


 一祈を抱えた今の状態。

 ぶつかる、そしてかわせない。

 その2つは即座に理解できた。


 咄嗟に一祈を包むように身を丸める。同時に硝子が砕ける様な音と質量の軽い何かが当たった感触。室内の照明もすべてが落ち、室内は暗闇に包まれた。


 再び起こる悲鳴。


「みんな、大丈夫!?」


 井土ヶ谷部長のみんなを気遣う大きな声と供にカラオケBOX内に非常灯が灯った。


 鼻腔をゴムの焼けた匂いが刺激する。

 薄明かりの中、春久が認識できたのは、自身の腕の中で薄く震える一祈の姿だった。背中に当たったのモノが、質量の軽いミラーボールだった為か春久にもダメージは一切ない。


「2年、全員問題ありません」

 意思の感じる力強い声は綾香あやかだ。

瀬谷せや能美のうみもOKです。別所くん、和泉いずみさん、井土ヶ谷君はどう?」

 こんな時にまで廻りを気遣える瀬谷はやはり優しい子だ。


「俺は平気だよ」

 落ち着きのある井土ヶ谷の声。


「怪我……無いか」

 春久は静かに身を起こし、一祈に声を掛ける。

「うん……ありがと」

 へたり込んだまま答える一祈。

 不思議な事に色酔いを起こしたのにも関わらず、一祈は気を失ってはいなかった。春久の知る限りそれははじめての事だった。


「和泉、別所、無事です」

 春久はそう声をあげつつ、一祈に視線を向ける。

「立てるか?」

 声を掛けつつ春久は左手を差し出す。

「うん、大丈夫だと思う」

 そう答えつつ、自身の右手を春久に預けようとした一祈の手が中空で静止する。


「どうした?」

 薄明かりの中、そう声を掛けた一祈の表情は心なしか怯えているようにも見えた。

「ひとりで立てるよ」

 そう言いつつ、両手を自身の膝に当てゆっくりと立ち上がる一祈。その姿に少し違和感を感じながらも、一祈が無事であった事に一先ず胸をなでおろす。


「みんな無事なのね」

 薄明かりの中での井土ヶ谷部長の声。


 声楽部の部員それぞれが身を寄せ合う姿が見える。反町と葵は肩を寄せ合い、綾香は瀬谷と能美を護るように肩を抱いていた。春久と視線が重なり軽く頷いて見せた井土ヶ谷弟も姉を護るよう立てひざ姿の状態。そして、その右手は姉の肩に軽く添えられている。


 それぞれが動揺を見せる中、肝が据わっているのか獅子ヶ谷副部長はケロリとした表情でジュースを啜っていた。


 そんな状況が整理できない中、館内に一つの放送が流れ始めた。



 ―― お客様にお知らせいたします。今、現在シティーモール全店舗に置いて原因不明の停電が起こりました。直ちに復旧致しますので、今しばらくお待ち下さい。尚、火災等のおそれはございませんのでご安心ください ――




「停電?」

 獅子ヶ谷副部長の場違いな程の明るい声。

「のようね」

 同意を告げる井土ヶ谷部長のその声は大きな安堵が宿ったものだった。


「コレもその影響なの?」

 顔色を完全に失っている反町がそう視線で示した先にあるのは砕け散ったミラーボール。


「ショートしたのなら起きえますね」

 井土ヶ谷弟はいつも通りの穏かな口調のまま、視線でカラオケのモニターを示す。視線の先にはプスプスと気の抜けたような音と少し焦げたような匂いを出すTVモニター。


「過電流っぽいな」

 春久は明らかにショートを起こしているモニターに目をやりながら井土ヶ谷に尋ねた。

「多分、そうだろうね」

 井土ヶ谷弟は頷きつつ、言葉を続けた。


「それより別所、お前、背中何とも無いのか? パーカーがすごい事になってるぞ」

 そう言われ、春久は後ろ手に背中に手を伸ばす。シャリシャリとした感触に混じり布が裂けている手触り。


「俺はこの通り問題ないけどさ・・・・・・」

 そう話しつつ、急ぎ羽織っていたパーカーを脱ぎ、目の前にパーカーを掲げてみる。すると見るも無残。パーカーの背中部分に大きな穴が空いている。おそらくは、ミラーボールが背中に当たり砕けた拍子にパーカーが裂けたのだろう。


「結構気に入ってたのになぁ」

 春久はパーカーに開いた穴をのぞきながらため息をつく。


「えっー!! その色落ちしたダッサいパーカーのどこが良いのよ!」

 瀬谷の心底呆れたような物言い。

「確かにあたしもそのパーカーはどうかと思ってた。なんか袖のトコ伸びてるし」

 葵も頷く。

「それに裏地も変な柄だよ」

「オシャレとは言えないわよ」

 反町と副部長によるダメ出し。


「まぁ、そのパーカーのお陰で無事なのだから、良かったじゃない……それにしても流石、陸上部。抜群の瞬発力よね。おかげで大事な部員が怪我をしないで済んだわ。別所クン、ホントにありがとう」

 井土ヶ谷部長は何か懐かしいものでも見るような瞳で春久に深く頭を下げた。


「いや、その、お礼を言われる事では・・・・・・」

 咄嗟に身体が動いただけの話だった。


「突然、別所君がブワッーってジャンプしたから、何事かと思ったけど、まさか、あんなに早くミラーボールが落ちるのに気付くなんて凄いよ」

 綾香はえらく興奮した面持ちだ。が、何処か言葉に違和感を覚える。


「マジ、何事かと思ったよ! どうして過電流だっけ? それが分かったの?」

 瀬谷も灰色の眼を輝かせて興奮しているが、やはり何かがおかしく感じる。


「流石、ぼっちの騎士やるねぇ」

 獅子ヶ谷部長がからかいの声をあげる。場を和ませる為である事は分かるがどうにも間が悪い。


「いや、まぁ・・・・・・たまたまです」

 何とかそう返したものの、一祈がどんな表情をしているか、照れくさく視線を向ける事が出来ない。


 ふいにジリジリと館内のスピーカーが音を立てた。


 ―― お客様にお知らせいたします。シティーモール内の電気がまもなく、復旧いたします。お買い物中の皆様には大変ご迷惑をお掛けいたしました。尚、停電により商品等を破損、紛失したお客様は各店舗の係員にお申しで下さい。くりかえし……


 館内放送が流れる中、不意にカラオケBOXの明かりが灯った。とは言っても4つあるLED照明のうち、灯ったのは2つだけだ。


「良かったぁ」

「戻ったみたいねぇ」

 室内に証明が灯り、それぞれが安堵の声をあげる中、春久はすぐに異変に気づく。


「能美!!」

「ゆかぽん!?」

 隣にいた一祈もすぐに異変に気が着いたのか春久同様声をあげた。


 苦しそうに頭を押さえて、うずくまる能美。


「能美、大丈夫?!」

「能美さん! どうしたの? ついさっきまでは普通に話していたのに!! 」

 隣に座っていた瀬谷と綾香が大きな声を上げ、顔を覗きこみながら、能美の背中に手を当てる、その瞬間、瀬谷の表情が強ばる。


「すごい汗、どうしたの!! 能美さん」

 瀬谷と反町の声に声楽部全員が蹲ったままの能美に側に駈け寄る。春久は能美の横について表情を確認する。目を閉じていて詳しくは分からないが、汗が滝のように流れている。苦悶の声と浅い呼吸。春久は即座にスマホを取り出し、119番を押す。電話はすぐに繋がった。


『こちら緊急センター、救急ですか消防ですか?』

 オペレーターらしき男性は最小限の単語で用件を尋ねてきた。


「救急です。こちら鴨宮にあるシティーモー・・・」

 電話口でそこまで要件を告げると誰かが春久の左腕を掴む。


 その手の主は、なんと苦しむ能美由香本人のモノだった。


「大・・・・丈夫、大丈夫だから……や・・・めて・・・・お願い」

 スマホを持つ春久の左手首を掴み、苦悶の表情を見せながらも懇願する能美。

「何言ってんだ! その汗、尋常じゃねーぞ!!」

 スマホの通話口を指で塞ぎつつ、能美を見つめる。瞳を閉じたまま苦しそうではあるが声には意思が宿っている。


「大丈・・・夫、実はタマに・・・・・・あるんだ……井土ヶ谷部長、スイマセンお騒がせしまして。 その…… 少し横になってもいいですか? そうすれば、すぐ・・・・・・に落ち着きますので……」

 額に汗を浮かべながらも口元に笑顔を見せる能美。


「ごめんなさい気付いてあげれず・・・・・・すぐに横になって」

 部長の言葉に能美を支えていた瀬谷と反町が席を立ちながら能美をゆっくりとソファーに寝かしていく。


 一祈が自分の羽織っていたカーディガンを能美にかけるのを見て、能美の着ているシャツが汗で身体に張り付き下着のラインが露わになっている事に気付いた春久は慌てて眼をそらす。


「ありがとうござい…ます・・・先輩方。瀬谷さん、一祈ちゃん・・・・・・ごめんね」

 今だ苦しそうではあるが横になったままそう話す能美の顔色は少しだけ血の色が戻ってきているようにも見える。


「少しだけ様子を見ましょう。それでも体調が戻らないようなら、あらためてワタシが救急車を呼ぶわ」

 視線も表情も変えず、春久の耳元だけに届く声でそう告げる井土ヶ谷部長。


「お騒がせしました。 落ち着いたようなのでキャンセルでお願いします。申し訳ありません」

 春久は井土ヶ谷部長の言葉に静かに頷きつつ、電話口のオペレーターにそれだけを告げる。


「別所君ありがとう……なんか昨日と逆の立場になっちゃったね」

 消えそうですらある能美の声。春久は言葉を何も返す事が出来なかった。


「和泉、お前も横に……」

「ありがとう。でも、私は大丈夫だよ」

 春久の言葉を切るように力強く返事をする一祈。


「順と別所君は受付で状況を聞きつつ、周りの様子を見て来てもらえる? 綾香と葵も受付までは男の子2人と一緒に行ってタオルを何枚か借りてきて」

 それは状況確認と言うより、横になっている能美の姿を男性に見させない部長の配慮である事は明らかだった。


「別所、行こう」

「あぁ」

 軽く肩を叩く井土ヶ谷弟に短く言葉を返し、春久は井土ヶ谷弟と上級生2人と共に14号室の外へと出た。


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