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たぶん、それは紅葉よりも赤い花  作者: 松乃木ふくろう
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第20話  コウノとカワノ

 食料品から家電、生活雑貨、書籍はもとよりスポーツ用品や玩具に至るまで幅広い専門店が集まる複合商業施設、通称“シティーモ●ル”は国道一号線と並行して走る巡礼街道沿いにある。

 近隣に住民にとっては買出しの場でもあり、春久たち学生にとってはちょっとした暇つぶしの場だ。


 そんな暇つぶしの場の中には当然、お約束のようにボーリン場やカラオケBOXと言った店舗も居を構えている。


 そこで今日の13時から行われる声学部の“新入部員の歓迎会”


 例年はもっと遅い時間から開始されているらしいのだが、一連の騒動の事もあり、部長の判断で明るいうちに全員が帰宅出来る様にと今年は開始時間を早めたとの事だ。

 春久は歓迎される側にも関わらず、男手が必要だと言う理由で買い出しと会場の飾り付けを任されていた。もう一人の庶務担当、井土ヶ谷順は姉とともに会計を担当する事になっていたので文句は言えないのだが、差し詰め今後の声学部庶務に於ける頭脳労働担当者と肉体労働担当者の線引きをされた様でもあり些か複雑な心境だった。


 巡礼街道に面した歩道は5月にしては陽射しが少し強い気もしたが、湿度が低い為、心地がよい。ただ得てしてこういう日のアミューズメントパークは冷房を効かせ過ぎる傾向がある。

 そうなると当然、本日の歓迎会会場であるカラオケBOXもやたらに室温が低く設定されているハズだ。そんな中、ジーンズによく分からないロゴの入ったTシャツ、それに薄手の赤いパーカーという格好が果たして正しかったのだろうかと春久は結構真面目に考えながら、シティーモールの南口“脇”で反町ら先輩3人の到着を待っていた。


「感心感心。時間より早く来ているなんて」

 そう遠くから声を掛けてきたのは反町睦美(そりまちむつみ)だ。


 日曜の校外なので当たり前と言えば当たり前なのだが、反町は制服姿でなかった。


 薄い青のワンピース。

 それも丈が踝まであるうえに袖はノースリーブだ。それでもその格好が下品に見えないのは、ワンピースの上に薄い白のカーディガンを羽織っている事とヒールの付いた靴を履いても反町のキレイな歩き方が崩れないからだろう。髪型も昨日とは異なり、一つに纏めた髪を肩から横に流しており、そしてその肩にはワンピースと同じ彩りの青いバックを提げていた。


「おはようございます。反町先輩」

 春久の挨拶は何故かぶっきらぼうなものになっていた。

「おはよう。歓迎を受ける身なのに悪いわね」

 特にソレを気にした様子もなく自然な挨拶が返ってきた。


「おはー! 睦美。あ、もう別所くんも来てたんだぁ、おはようねぇ」

「睦美、別所君、おはよー、結構混んでいるみたいね」

 殆ど同時に後ろからも声が掛かる。


 麻の帽子に萌黄色のブラウス、その上には品の良い薄手のジャケットを羽織り、下はライトグリーンのタイトスカートに格子柄のサンダルの組み合わせ。肩からは黄色のやや大きめのバッグも提げているあおい。その姿は井土ヶ谷部長の言葉通り確かにお嬢様っぽい。


 一方、ゆったりとしたグレーのTシャツの上に細いストライプ柄の長めのシャツ。下はジーンズに少しだけ踵の高いスニーカーと言うスッキリとした服装は彩香あやか。手に持っている赤いバッグは葵と色違いのお揃いだ。


「葵、綾香、おはよー、新聞の広告だと今日は特売日のうえ、子供向けのショーがあるみたいだよ」

 挨拶の中にも何気ない会話を混ぜるあたり女の子というのは、やはり凄いと言うしかない。


「おはようございます。コウノ先輩、カワノ先輩」

 反町の挨拶が終わるのを待ってから春久も頭を軽く下げる。当然、何気ない会話など混ぜる事はできない。


 先輩ら2人はそんな春久に再び目線だけでにこやかな挨拶を寄こすと、後は反町を交え談笑を始めていた。


 昨日帰り間際に聞いて驚いたのだが、反町以外の2年生はそれぞれ「河野葵」「河野綾香」がフルネームだそうで、面白い事に葵の方は「カワノ」綾香の方は「コウノ」と言う姓の読み方なのだという。

 さらに両家は親戚関係にあり、家までもが隣同士。そんな訳で昔から2人は仲が良く姉妹も同然に育ちソレが現在も続いていると言う事だ。環境的に何となく春久と一祈に近いものがあり、春久はこの2人妙な親近感を覚えていた。


「男の子に“先輩”って呼ばれるのってナンか新鮮だよね、葵!」

 静かな口調で話すのが“コウノ”綾香。

「うん、いいよねぇ綾香。ねぇ、別所君、もう一度言ってくれない?」

 ぴょんぴょん嬉しそうに跳ねつつスマホを操作しているのは“カワノ”葵だ。


「呼ぶくらいなら……でも何するんすか? スマホこっちに向けて……」

 あまりの珍妙な動きに春久は尋ねる。

「録音♪」

 言っている事が意味不明。

「はいどうぞ、別所君」

 スマホの録音ボタンを押しつつ春久に笑顔をむける葵。

「いや、その、 “はい” と言われましても……」

 録音しようとしているのは分かる。


「どうしたの? ホラ! カワノ先輩でしょ? 何なら今だけ特別に葵先輩と呼んでもいいよ。はい!」

 再びスマホを春久に向ける葵。


「あー! それナイスアイデア! 別所君 “コウノ”先輩ね。うーんでも“綾香先輩”の方がパンチあるわよねぇ……まぁ、呼びやすい方で良いいいや。はい!」

 葵も何食わぬ顔でスマホを春久に向ける。


「・・・・・・無理です」

 流石に春久でも羞恥心はある。


「ホラ、綾香、葵、別所が困ってるでしょ」

 反町が二人を諌める。


「えー!! だってさぁ、睦美も悔しくない? 吹奏楽部の桐畑理子きりばたけりこが、この前わざわざウチの部室の前まで来て“後輩の○○クンに甘えた声で桐畑先輩って呼ばれちゃったぁ”とか自慢してたじゃん。だからコッチもやりかえさないと……別所君の声、結構イケてるから聞かせたらきっと悔しがるよ」

 冗談ぽく言ってはいるが葵の目は笑っていない。


「そーそー!! バスケ部の戸部とべあさひも“男バスの1年生部員が多過ぎて、いちいち挨拶されても、顔と名前が覚えきれないんだよねぇ。男子がいない部が羨ましいよぉ”とか嫌味言ってきたもんね。ウチにもさ、カワイイ後輩が入ったんだよって言ってやりたいじゃん」

 春久がカワイイかどうかは一先ず置いて置いて、どうやら綾香も本気っぽい。


「あんなの相手にしなければイイでしょ」

 呆れたように反町は2人を見ずに歩き出す。


「えー!? 私たち3人の中で一番負けず嫌いの睦美がソレ言う?」

 その後を追いつつ葵が抗議する。

「葵、そもそもウチは負けてないでしょ?」

 事もなく返す反町。

「確かに……」

 納得したかのように頷き2人を追い歩き始めた綾香。

「だねっ!!」

 葵は悪戯っぽい視線を春久に向けてきた。


「当たり前じゃない! 女バスにも吹部にも負けるなんてゴメンよ」

 プリプリと怒るように小さく言葉を並べながら歩みを速める反町。

「やっぱ負けず嫌いだねぇ。でも睦美のそう言う所、わたし、好きだよ」

 にこにこ笑いながら反町の左肩に軽く抱き着く綾香はやけに楽しそうだ。

「あたしもぉ、オシャレでツンデレなむっちゃん大好き」

 葵も反町の右肩に頬を寄せて、にこやかに笑う。

「葵、綾香、ちょっとくっ付き過ぎ!」

 不平を言いながらも2人を振り解こうとしない反町。アーケード沿い肩寄せながら歩みを進めていく3人。彼女たちは増えてきつつある人混みの中でもかなり目を引くようで、通りかかる男性が視線を投げて行くのが目に止まる。春久は歩みを速め三人の後ろについた。


「先輩方って仲良いですよね」

 繋ぎ程度の言葉だが、それでも春久にとってはかなり無理をしてひねり出したものだった。

「なになに!? ヤキモチ? それとも別所くんも混ざりたい?」

 葵が即座に反応を見せる。

「いや、それは遠慮しておきます」

 勿論、冗談なのは分かるが、とりあえず断っておく。

「えー! つれないなぁ」

 口を尖らせながら抗議している葵も春久の回答がお約束通りなのも含めて楽しんでいる様子だ。

「カワノ先輩、ひとつ聞いてもいいですか?」

 春久には昨日から気になっている所が4つあった。今のタイミングならその内1つは聞けるだろう。


「なにかな?」

 河野葵かわのあおいは反町の横からゆっくりと離れると春久と並ぶように歩き出した。


 駐車場や通路にも特売とヒーローショーの影響なのか朝早くから高齢者や親子連れの姿がやたらに目立つ。

 並んで歩いてはじめて気が付いたが、葵は思ったよりはるかに小柄だ。背丈など履いている靴を加味すると獅子ヶ谷(ししがや)副部長より若干高い程度に思える。そんな春久の視線に気が付いたのか、葵が春久の顔を覗きこむ。


「なになに? 私に興味あるの? いいよっ! 私の何が知りたい? ちなみに誕生日は12月4日で射手座だよ。血液型はB型で趣味は歌とBL本の収集。自分でも描いたりしてるんだよねぇ。うーん、あとは好きな男の子のタイプはねぇ、やっぱ誘い受けがハマりそうな男の子かな?」

 そのお嬢様然とした雰囲気からは想像もできないような早口で眼鏡の位置を直しながら語る河野葵。


「誘い受け…… いや、そうではなくて、部内での先輩後輩の呼び方です」

 河野葵が言っている事が分かる自分が少し恥ずかしくも感じたが、今知りたい事は別にある。


「3年生が私たち2年生を下の名前で呼び捨てにする事を言っているのかな?」

 柔和な笑顔のままでも的確に質問の意図を汲み取ってしまうあたり、葵は頭の回転も速そうだ。

「はい。一方で3年生は1年を敬称付けで呼んでいます。なのに2年生は1年の事を呼び捨てにしています。獅子ヶ谷副部長は例外っぽいですけど、まぁ、違和感みたいなモノの感じたんで・・・…」

 女性特有の世界のルールなのは春久にも分かる。が、逆にそれ以上の事は何も分からなかった。


「うーん、一言で言えば伝統かなぁ。ウチは煩いOGの来訪も多いし、余り考えず受け入れた方が良いよ。別所くん」

 表情も言葉も柔らかいが、それは助言と言うより警告のようにも取れた。要は伝統校ゆえのしがらみの様なモノなのだろう


「わかりました」

 一連の嫌がらせに関わりが有るわけでも無さそうな為、春久は素直に頷いた。


「うん、素直でよろしい。それじゃあ、私も2つほど聞いていいかな?」

 満足そうに大げさに頷いた葵は右手でピースサインを作っていた。おそらくは“2”を意味しているのだろう。

「なんでしょうか?」

 何となく見つめてしまった葵の指先。そこには5月の陽射しに照らされて、うっすらと輝くネイルアートの蝶が踊っていた。


「まずひとつ目ね。指はどう?」

 瞳を覗き込むように尋ねてくる葵。

「キレイです」

「キレイ?」

「はい、蝶が……」

「蝶と蛾?」

「踊ってます」

「踊る?」


 会話がオウム返しだ。


「ですから、先輩の指の爪……」

 春久の言葉に目を寄せて自分の爪をマジマジと見る葵。

「別所くん、キミはホントに天然だよねぇ」

 そう言いながら笑顔を零す葵。


「私のじゃないよ、別所くんの指の怪我だよ。凄い包帯じゃん」

 葵の指摘ではじめて質問の意図に気が付く。

「これは、チョット大げさに巻いて皆さんの気を引こうかと……」

 自分としては結構気の聞いた冗談に思えた。

「ふーん、意外だね。そんな子供っぽい事、別所くんはしないタイプだと思ってた」

 どうにも何気ない会話とはサジ加減が難しい。


「・・・・・・」

「気をつけなよ。時に他愛のない冗談は女の子を傷つけるんだよ」

 真面目に説教されてしまった。

「気をつけます」

 言っている言葉の真意など春久には読み取れるはずもない。

「それじゃあ、もうひとつの質問ね、それは私も呼び方について聞きたいんだ」


 呼び方?

 なんの呼び方についてだろう?


「なんで和泉いずみと別所くんは、普段、下の名前で呼び合わないの?」

 笑顔を湛えたまま尋ねてくる葵。


「えっ……!」

 言葉を失うとはこの事を言うのだろう。


「多分、私たちのいない所では下の名前で呼び合ってるよねぇ」

 葵の追求。

 視線は春久の瞳を捉えたままだ。


「いや、その……」

「だって、昨日も “ハルちゃん” “一祈” って呼び合ってたよ」

「いつですか!?」

 思わず大きくなる声。

「別所くんが指を切った時だよ」

 気付かなかった。

 今までもうっかり呼びそうになる事は何度もあったが、その時のバツの悪さといったら……


「“ハルちゃん”“一祈、手を離せ! オマエに血が付く”ってお互い違和感なく下の名前で呼び合ってたよ」

 口元に微妙な笑みを湛えながら、身振り手振りを交えつつ声色まで真似てそう話す葵。その声色が無駄にクオリティーが高いのが妙に恥ずかしい。


「先輩、ひょっとして、俺をからかってます?」

 悪意を感じないのでソレは理解していた。

「うん!」

 満面の笑顔で頷く葵。


「その……止めて頂けると助かります」

 笑顔に当てられ本来言うべき言葉を春久は失ってしまっていた。


「大丈夫だよ。 和泉はそのネタでからかったりしないし、みんなの前では言わないよ」

「そういう意味では……」

「じゃあ、どういう意味かな?」

「……」

 やり込められた。


「ゴメンゴメン、イジワルな言い方だよね。」

 増え続ける来客と熱くなり気温。春久の耳元も自然と暑くなる。


「二人が付き合っていないのは何となく分かったよ……でも、周りへの気遣いならもっと上手くやるべきだし、和泉を思っての事なら徹底しないと意味ないと思うよ」


「……」


 少し冷めたような物言いに返す言葉も無く2人して思わず立ち止まる。


 先程の呼び方の件といい、今の一祈の件といい全て見透かされている様で少し居心地の悪さを感じずにいられない。


「ほら、葵! なに立ち止まってんのよ! 別所君も荷物持ちが遅れてどうすんの!」

 雑踏の中、河野綾香の呼ぶ声に我に帰る。


「あっ! ごめーん綾香」

 人ごみの中をパタパタと音を立てて声の方向に走っていく葵。

「ホントあんたはのんびりしてんだから」

「そうかなぁ」

 とぼけているのか鋭いのか葵はイマイチつかみ所がない。何にせよ春久は女性と言う深淵なるものを自分が理解できると思えなかった。



「ホラ別所も! なにしてんの」

 反町の春久を呼ぶ声。

「すぐ行きます」

 朝からペースがかき乱されてばかりで、すっかり忘れていたが今日は自分も主賓の一人のはずだ。春久はふとそんな事を考えながら歩みを速め先輩たちの元へと向かった。

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