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たぶん、それは紅葉よりも赤い花  作者: 松乃木ふくろう
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第21話 早川漁港のシラスと塩せんべい

まだ11時を少し回ったばかりだというのにシテ●ーモールは高齢者と親子連れでかなりの賑わいを見せていた。


 いくら年寄りと子供は朝が早いとは言えこの混雑ぶりは、特売と子供向けのショーの影響が大きいのだろう。

  ふと目に止まったショーのポスター。

 内容的には3クール前の戦○モノと1クール前の仮○ライダーがやってくるらしい。少し雑な組み合わせ方だ。


「なぁに? 別所君も子供達の横に並んで見たいわけ?」

 春久の視線に気がついたのか河野綾香(こうのあやか)が尋ねてきた。

「はい、結構、興味をそそられます」

 特に隠す必要性も感じなかったため春久は素直に頷いて見せた。

「ふーん子供っぽいんだね、別所君って」

 春久の返答に特に驚いた様子も見せず、買出しリストを見つめながらそう話す綾香。


 彼女の言葉は続いた。


「フリードリンクのみで、お菓子や食べ物は持込みの方が安くあがるからね。結構な量になるから荷物持ちは頼んだわよ」

 確かに総勢10名分のお菓子や食べ物となればそれなりの量になるはずだ。男手が必要になるのも頷ける。


 春久の隣では反町睦美(そりまちむつみ)河野葵(かわのあおい)は何やら飾り付けについて打ち合わせをしていた。


「この混み具合だと二手に別れた方が良さそうね。睦美と葵はリースとかの小物を任せていいかな?クラッカーとかはおもちゃ屋じゃなくて100均ね。ただ、飾り付けのリースはm単価でおもちゃ屋の方が安いし質も良いからからソッチでお願い。私は別所君と惣菜とお菓子をヤ●マサで買って来る。あっ! それと紙皿多めに買ってきてね。お箸はヤオマ●で貰えるから買わなくて良いわ。分かってると思うけど領収書は必ず貰う事。それじゃ、今から45分後の12時15分にカラオケBOXの前に集合でいいかな?」

 手際よく段取りを指示する綾香。てっきりこの手の事は反町が仕切ると思っていただけに意外な光景だった。


「それで問題ないわ。いつも悪いわね、綾香」

「気にしないで。今日は荷物持ちもいるし、こき使うから大丈夫よ」

 反町の含みのある言葉に軽い冗談を交えて返す綾香。


「ほら!! 置いていかれるよ」

 葵の言葉に隣を見ると既に綾香の姿はそこに無く、既に人で溢れかえるヤオ●サの入口へと歩みだしていた。


「2年の中で一番恐いんだよ、綾香」

 反町が悪戯っぽく微笑む。

 目の前にいる二人も十分恐いのだが、今ココでそんな議論をしていると、それこそ河野綾香に怒られるだろう。


「先輩方、またあとで!」

 踵を返し、綾香の後を追う。




『・・・る』


 一瞬感じたいつかの視線。


 だが不思議な事にその感覚は直ぐに無くなってしまった。


 コレだけの人ごみだ、視線など幾つも飛び交っている。春久はそう考え、河野綾香の後に続いた。



 ***************



「遅いよ」

 ヤオマサの入口付近で春久のほうを見ずそう話す綾香。怒っていると言うより来た事の確認らしい。


「すいません」

 素直に頭を下げつつ彼女の押していた買い物カートを奪うように受け取る。静かに笑う綾香を視線の隅で捉えている事に少し気恥ずかしさを感じた。


「とりあえず、目方が軽いものからよね」

 “目方って昭和かよ”

 そんなツッコミも思い浮かぶが、おそらくはお菓子からということなのだろう、カートを押しつつ、お菓子売り場へと向かっていく。


 どうやら今日の特売商品は野菜と果物のようで生果コーナーと野菜コーナーは凄い人だかりになっていた。


「コッチから回り込むほうが速そうね」

 そう呟きつつ綾香はギフトコーナーの方へと歩みを進める。その迷いの無さから判断するに彼女はココに来ることに慣れているように見えた。


 そういえば、2年ほど前までは、母と姉、そして春久の三人でよくスーパーに行っていた事を思い出す。あの時も春久はひたすらカートを押しながら、キャベツが高いだとか、豆乳は聴力に良いとか、ピアノを弾く為には爪が強い方が良いからカルシウムとカリウムが大切だとかを真剣に話す母と姉の一向に終わらない買い物に辟易していたものだった。


 元々、指先を使う事に異様に神経質になる母は、姉がスーパーの袋を指にかけることすら嫌がる。だから買いモノの際は春久を荷物持ちとして必ず同行させていた。さらに母は姉が包丁や裁縫道具などを握る事さえも許さなかった為、ピアノの腕前と反比例して、姉の料理と裁縫の腕は壊滅的な状態となっていた。

 無論、ピアノを弾く者はそうであるべきという信念が母にある訳ではない。実際に母は家事全般をそつなくこなすうえ、料理の腕はかなりのものだ。母がそうなってしまった原因は実の所、姉にある。

 ある時、姉がピアノ教室の花瓶を割り、ソレを片付けている際に手をスッパリと切ってしまったのだ。しかも、その傷口はかなり深く、もう少しで手の神経を傷つけるほどのものだったらしい。事実、今でも姉の右手にはその時の傷跡が白く線を引いており、ソレが母の中で一種のトラウマのようになっているのだ。


 その為か母は姉だけでなく家族が手を怪我するということを病的に恐れる。


 それ故に、昨日春久の指先の怪我を見たときには、夜中だというのに市立病院に春久を連れて行くと騒ぎ出し、宥めるのに父の秋彦と二人でかなりの労力を費やした。おかげでそれほど傷でもないにも拘らず、今現在春久の指先には母により過剰に包帯が巻かれた状態だ。


 そんな昨日の事を思い出しながら晴久はカラカラと買い物カートを押していた。行きかう人、飛び交う声と独特な匂い、そしてスーパーのテーマソング。どれもよくあるスーパーの光景だ。


「結構、上手いじゃない。合格よ」

 綾香の指摘ではじめて自分がそのテーマソングを口ずさんでいた事に気が付く。


「軽快なテンポに明瞭な歌詞、イイ歌ですよね」

 照れ隠し代わりにテーマソングの寸評。

「誤魔化し方は不合格ね」

 バッサリと切り捨てられた。しかも視線は春久ではなくお菓子の棚にある。


「部長はポテチのコンソメと、あっ、増量150g入りの方がいいか……副部長は麦チョコで、睦美はいちごポッキーで、葵は歌舞伎揚っと……それを各3袋ね」

 ぼそぼそとひとり言を言いながら、次々にカートにお菓子を放り込んでいく綾香。凄い事に全員のお菓子の好みを把握しているらしい。しかし見事に好みはバラバラだ。


「別所君」

 ふいに呼ばれる名前。


「はい」

「和泉と能美の好みは分かる?」

 一祈は自分でもケーキを作るくらい甘いものが好物だ。特に抹茶系統のケーキには目がない。能美はマシュマロが好きだと以前、一祈から聞いた事がある。


「コレと…… そしてコレがあれば、あの2人は平気だと思います」

「抹茶ショコラにマシュマロねぇ…… らしいって言えばらしいわよね。能美がマシュマロで抹茶が和泉かな?」

 何気なく出た言葉。


「なんで、分かるんです」

「何が?」

「だから、和泉が抹茶で能美がマシュマロだって事が・・・…」

「あーソレ? ナイショよ。入り数が少ないからもう一袋づつ取ってくれる?」

「ナイショですか」

 そう言いながら、指示通りお菓子をカートに投げ込む。しかしなぜナイショなのだろう。


「瀬谷と部長の弟クンの分も買わないとね。確か、瀬谷がたけのこ○里で弟クンがきのこ○山だったわね」

「瀬谷や井土ヶ谷の好みまで知っているんですか?」

 まるでやり手のエージェントだ。


「えぇ、知っているわよ。 1年生の好みは事前に聞いておいたから」

「じゃあ、和泉と能美の好みも……」

「その2人は聞きそびれたのよ。別所君が来るから聞けば何とかなると思ってたわ。流石に詳しいわね2人に関しては」

 言葉の後半が意味深に聞える。


「付き合いが長いだけです」

 なんとなくそっぽ向く。


「そうなんだってね、和泉は小学生から能美は保育園からの付き合いなんでしょ? 葵とわたし並みの付き合いの長さよね」

「俺、そんな事話しましたっけ?」

「アンタじゃないわよ。能美が教えてくれたのよ。アンタと和泉がウチに見学くる前にね。“幼馴染の2人が今日見学に来るので宜しくお願いします”ってね」


 急に耳元が暑くなり、スーパーのテーマソングの音量も少し増したように感じた。



「次はアナタよ、別所君。お菓子は何が食べたい?」

 一人思いに耽っていた春久への質問。


 お菓子といえばうまい棒。うまい棒といえばサラミ味。だが、女の子はあの手のお菓子は嫌がるだろう。


「……塩せんべい」

 カートを見る限り全員の好みを見る限り甘いものに偏りがちだ。こんなのもばかり食べていたら、口の中が甘くなりすぎて塩気が欲しくなるはずだ。


「・・・・・・ふーん渋い好みね。コレは2袋で良さそうね」

 そう言いつつ、塩せんべいを2袋カートに乗せる綾香。

「コレで終了っと・・・・・・」

 そう言うだろうとは想定していた。


「アレ? 先輩の分がまだですよ」

 さっきまでの仕返しに少しイジワルな言い方をしてみる。

「終了してるわよ。別所君、わたしが自分のを選んでいないと思ってるでしょ? わたしはそんな健気な娘じゃないわ」

 淡々とした口調だが、少し照れのようなものがこもっていた。


「でも、先輩、選んでいませんよ」

「被っているのよ」

 つまりは今まで選んだモノの中に綾香の好みのお菓子があるというこ事なのだろう。

「先輩の好みって何です?」

 春久は少しだけ食い下がる。



「ナイショよ。 次はお惣菜コーナーね。あらかじめパーティー用に予約してあるから取りに行くだけだけどね」

 またナイショとの事。

 それにしても段取りが良い。春久の事を“荷物持ち”と称していたが、確かに春久は今まで荷物を持つ事以外の事をしていない。


 再び綾香の後に続きつつ、カートを押していく。冷凍食品売り場を抜け、鮮魚コーナーに差し掛かった時に早川漁港で取れたシラスの試食を時間限定で行っているのが目に止まった。


 不思議な事に綾香が足を止めている。


「シラスよ。別所君、シラス!!」

「ですね」

「しかも早川漁港直送」

「ですね」

「美味しそうよね」

「ですね」

「別所君さっきから“ですね”しか言っていないわよ」

「ですね」


 おそらく試食をしたいという事なんだろう。だが、今の時期、それなりに値の張るそんな魚を買いもしないのに試食だけするのは少し気持ちが引ける。だから春久に試食様の小皿を1枚取って来て欲しい。多分、そう言いたいのだろう。


 綾香も意外と思っている事が顔に出る。


「コレ、試食だけなんですけど構いませんか?」

 春久は少しだけ前に進み出て、やたらにお腹のせり出た店員らしき男に声を掛けた。


「おう! 若いのにこのシラスの良さが分かるのかい? なかなか良い艶してるだろ」

「ですね」

「今朝、大量に網に掛かったらしくてな、この時期に珍しいよな」

「ですね」

「それにな早川の漁港からだと鮮度が違うからよ。当然、旨さも格別さ」

「ですね」

「若いのに見所あるな、よし! 持ってきな! 隣にいる彼女と合わせて2皿で良いか?」

 そう言うと男は試食様のアルミ箔で出来た5㎝角ほど容器を2つとプリンを食べる際に使うようなプラスチックのスプーンをトレイに乗せて差し出してくれた。


「ありがとうございます」

 春久はそれら左手で摘みあげ、指先に包帯が巻かれた右手に乗せる。


「指怪我してんのか? 気ィ付けろよ。そんなんじゃ、あの別嬪な彼女の手もうまく握れねえぞ」

 気の良い店員は春久の手を覗き込みながらそう言うと、やけに白い歯を見せて笑って寄こした。

「ですね」

 春久はそう返しつつ再び頭を下げた。色々と返したい言葉もあったが適当な言葉が浮かばない。ただ言える事は綾香にお小言を言われるのが確実だという事。



「先輩、シラスです」

 春久は視線を合わそうとしない綾香にシラスの入った小皿を差し出す。

「見ればわかるわよ」

「ですね」

「いつ、わたしがアナタの彼女になったの?」

「ですね」

「八千代部の誰かに聞かれてたらどうするのよ」

「ですね」

「別所君ってイジワルって言われるでしょ?」

「ですね」

「和泉や能美に言いつけるわよ」

「でs……それは……」

 何故か間が一瞬遅れ、その間に綾香はふて腐ったようにシラスの入った小皿を春久の掌から素早く取り去ると、美味しそうにシラスを食べ始めてしまった。


 仕方なく春久も小皿に乗ったシラスを全てスプーンい掬い喉に流し込む。


 磯の香りが鼻腔に広がり、独特の甘みが口の中に広がっていく。


「ウマっ!」

 思わずこぼれた春久の言葉。

「ですねぇ」

 その言葉とともに綾香の返しは満開の笑顔。笑顔にあてられ、言葉が見つからなくなる。



 少し変な間が空く。店内には例のテーマソング。


 綾香がひとつ咳払いをした。


「それじゃ、惣菜取りに行くわよ後輩。それと安心しなさいさっきのは冗談だから……今の事は特別にあの2人にはナイショにしておいてあげるわよ」

 おそらく好物のシラスを食べたせいなのだろう、惣菜売り場へと向かう綾香はかなり上機嫌だ。


 そんな綾香を見つつ、春久は歓迎会が終わったら母にシラスを1パック買って帰るのも良いかもしれないと真面目に考えていた。



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