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たぶん、それは紅葉よりも赤い花  作者: 松乃木ふくろう
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第16話 久々の汗と期待の星

額から頬へと汗が流れてゆく。


 瞳を閉じて深く長い呼吸を繰り返し気持ちを静めていく。集中力が高まるタイミングを自ら計り、その頂点で呼吸止め、一気に左足に力を込めてスターティングブロックを蹴る。出足3歩を若干細かく刻みつつ、頭をゆっくりと上げ、身体の軸を意識し歩幅を広げていく。わずか1秒にも満たないこの動作の良し悪しが200m走の大半を決める。

 だからこそ、スプリント競技はこのスタートの練習に多くの時間を割くのだ。春久は30分ほど前からこの練習を繰り返し行っているが、ブランクの為か、蹴り足に力を込める感覚が戻ってきていない。タオルで汗を拭う左手に何故か力が込もる。


「やっぱり、関東大会経験者だな。スタート練習にも雰囲気がある」

 そう静かに語りかけてきた庚が春久に向けてポカリを投げて寄こした。

「水分補給はマメにな。そいつは俺の入部祝いだ」

 20年程前は運動中に水分を摂るのはタブーだったらしいが、今は逆にマメに採らないと叱られてしまう。そう考えるとコーチングも進化しているのだろう。


「ありがとうございます……メチャクチャ鈍っていて、フォームとかタイムとかを語れる次元に戻るまでは暫くかかる気がします」

 春久は正直に感想を打ち明けた。

「まぁ、受験をはさんでブランクもあったんだから、そんなモンさ」

 庚の笑顔。その笑いには“直ぐに戻るから気にするな”そう言うメッセージが込められている。


「中学の時と違い、集団練習と言うよりは各人が色々考えながら個人で練習を積み重ねるスタイルなんスね。なんかカッコイイです」

 庚から貰ったポカリに口を付け、砂場の方に視線を移す。


 砂場の周りでは陸上部部員が各々の種目に併せ黙々とトレーニングをしていた。今日一日で知る限り3年生は副部長と紹介を受けた女性が10種競技を専門としており、他の部員も男子砲丸投げの選手が1名に男子ロングジャンプ、女子ハイジャンプが各1名とかなり種目に偏りがある。かと思えば、2年生に至っては女子1500mが1名に5000mの選手が男女1名づつと皆が中・長距離の選手だ。


「他の部と違って種目に幅があるからな。必然とそうなってしまうのが道理だろ」

 部員を見つめながらの庚の言葉。

「職人集団みたいでカッコイイですよね」

「職人集団ねぇ、ハルは面白い事を言うよな昔から」

 そう言い庚は額に流れる汗を拭う。


「別所君!!」


「はい」

 自分を呼ぶ女性の声に即座に反応する。


「ひと段落したらスタート練習を一緒にして貰っていい? そのあとは、今日の仕上げに100Mで勝負よ! 男の子に勝てるとは思っていないけど、関東大会経験者の子と走る事が出来るんだもん。それだけでタイムが伸びる気がするわ」

 そう春久に声を掛けてきたのは副部長の福浦ふくうらだ。10種競技を専門としている彼女は110mハードル、100m走なども行う為、スプリント種目の練習も必須なのだろう。


「コチラこそ宜しくお願い致します」

 春久は福浦副部長に頭を下げる。

「よし、福浦、俺も今日の仕上げに中・長距離組連れて5km走に行ってくるから戻ってくるまで頼んだぞ。あんまり別所をいじめないでくれよ」

 そう笑顔を見せる庚の周りに中・長距離の選手が集まりだす。そしてその中には、10000mで関東大会の準決勝まで進んだのだと言う中里の姿もあった。


「そっちこそ、私のお気に入りの中里ちゃんをマンツーマン指導とか称して苛めたりしないでよぉ」

 副部長のおどけた物言いに部員から笑い声があがる。


「なんか意味ありげな響きだなぁ。中里もウチの期待の星だ。苛めたりはしないぜ」

 冗談を交えながらそう返す庚。


「私はマンツーの指導でも構いませんよ。モチロン獅子ヶししがや先輩にはナイショで!」

 中里理穂子は屈託のない笑顔でそう冗談を飛ばす。

「浮気するんなら、さくらに言いつけるわよぉ~」

 福浦の冷やかす様な言葉に部員が一斉に吹き出す。バツが悪そうに頭をかく庚。その様子を見る限り二人の仲はかなり有名らしい。


「お前ら、今年の夏合宿は覚悟しとけよ」


 それでも庚の返しには余裕がある。部員との関係性を見るに部長としての求心力はかなり高い。

 その後、庚と中里が2.3言葉を交わし、中・長距離組は5km走へと走り出して行った。春久は今日一日、まともに視線を交わす事の無かった中里の後姿をただボンヤリと眺めていた。


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