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たぶん、それは紅葉よりも赤い花  作者: 松乃木ふくろう
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第10話 剰願寺と仮入部

少しづつですがお話が動いていきます。

 祀られた先祖、掃き清められた境内、整えられた木々、何となく意味のあるように見える庭石。それらに囲まれるように佇む本堂。それらが寺院をそよぐ風すらも清廉にみせる。そんなお寺というある種の舞台装置に春久は妙な感動を覚えていた


別所べっしょは変わっているよな」

 本堂脇にある離れの一室からボンヤリ境内を眺める春久はるひさにそう声を掛けたのは井土ヶ谷順いどがやじゅんだった。

「俺自身は平凡なつもりだよ」

 声の方向を見ず、春久はそう答えた。


「変わっているヤツに限って気がつかないもんさ。現にウチに来てから、もう1時間以上経つのに殆ど何も話さず、そうやってずっと境内を眺めている」

 井土ヶ谷はため息混じりにそう洩らす。


「人を変人みたいに言うなよ。ボーとしていただけだ。ココに座っても良いか?」

 春久は縁側の一角を目線で示し井土ヶ谷に尋ねる。

「そんなもん断らなくてもいいのに、変なところ律儀だな……やっぱ変だよお前」

 軽く笑いつつ春久が指した場所のとなりに井土ヶ谷が腰を降ろした。

「んじゃ、失礼するよ」

 井土ヶ谷と並ぶように春久は腰を降ろす。


 境内の一角には石灯篭いしとうろう。そこに雀が羽を休めている姿がふと目にとまる。

「井土ヶ谷の姉ちゃんスゲーよな。いつもアノ調子なのか?」

 会話のつなぎ程度の問い。

「概ねアノ調子だ。スゲーと言う割には、別所はあまり驚いていないな」

 井土ヶ谷は乾いた笑いと供にそう答えた。

「驚いてはいる。多少、免疫あるせいで誤魔化せてるだけだ。ウチのお袋と姉さんもあんなカンジだ」

「なるほどね……で、別所は声学部に入るのか?」

 井土ヶ谷はおかしそうに笑っていた。

「入らねーよ」

 特に言葉に感情を込めず春久はそう返した。

「なぜだ?」

「入部する道理がない」

 春久は素直にそう答えた。



「キミは思ったより薄情な男なのね」

 よく通る声に驚いたのか石灯篭に止まっていた雀が飛び立っていく。


 その声は春久たちからの後方から聞こえた。声の主は井土ヶ谷部長。いつの間に来ていたのか、襖を開けて仁王立ちしているその姿はなかなかの迫力だ。

 後ろには一祈かずきをはじめ能美のうみ、獅子ヶ谷副部長ししがやふくぶちょう、それに2年の反町そりまちまでを従えている。


「まったく、探したわよ。順」

 そう言いながら、部員達を和室の招き入れると、座卓の周りに敷かれている座布団に座るように視線だけで促している。

「大勢が来るのは予測できたからね。俺の部屋狭い上、散らかってるし、本堂ってワケにも行かないし、母屋の客間ってのも芸がないだろ?」

 にこやかに答える井土ヶ谷弟。

「まったく、だからと言ってわざわざ離れの客間にいなくてもいいのに。まぁ、いいわ。それより、順に別所クン、2人とも入部よね?」

 相変わらずめちゃくちゃな物言いだ。


「いいよ姉貴。オレ、声学部入部の件、条件付きでなら引き受けるよ」

 井土ヶ谷弟おとうとの返答。

 姉より勧誘を受けていたのは予想通りだが、条件とは何だろう。


「そう!? いいわよ、多少の我がままなら聞こうじゃない。で、なに? その条件って?」

 井土ヶ谷弟《委員長》の春久を見る視線が妙に気になる。


「別所の入部……それがオレの条件さ」

 えっ!? 春久は驚きのあまり声を出せずにいた。


「なんだ。そんな簡単な事なの? なら決まりね。別所クン今すぐ入部なさい」

 井土ヶ谷部長《姉の方は》は事も無げに言う。ここまで来たら殆ど脅迫だ。

「委員長お前なに言ってんだよ! それに俺は陸上部に……」

 春久も食い下がる。


「その事なんだけど、別所クン安心して!! 既に庚クンとはキミは陸上部兼声楽部という事で話をつけてきてあるから」

 どこまで勝手なのだろう。しかも何故か誇らしげだ。


「いや、そういう問題ではなくて……」

「わかっているわ! 二兎追うものは……と言いたいんでしょ? かのえクンもその事は気にしていた。カレは後輩思いよね。ねぇ、さくら?

 練習も中途半端にならないように考えてあるのよ。別所クンの声楽部への参加は基本的には火曜日、金曜日の16:50から17:30までと土曜日の13:00から16:00間のみ。土曜日の陸上部の練習は7:00から11:30までだから問題ないでしょ。どう?」

 どう? と可愛く言われても、問題だらけ。それに何故、途中で獅子ヶ谷副部長に同意を求めたのだろう。


「なぜそんな細かい日程なんです? それとそこまでして僕にこだわる理由が分かりません。他を当たる事も可能だと思うんですが?」

 自分の意思はどうなるんだ? との言葉を飲込み、まずは理由を尋ねた。この手の強引さは母や姉で少しは慣れている。理詰めで返答していけば論破できるかもしれない。


「日程が細かい理由は首を縦に振ってくれなければ話せないわ。キミにこだわる最大の理由は入部してくれなければワタシが困るからよ」

 全く説明になっていないが清々しいほどの説得力。要は自分がそうしたいから。そう言っている。


 助けを求めようと横目で一祈を見ると能美と2人で申し訳なさそうに春久を見ているだけ、井土ヶ谷順は我関せずといった表情でそっぽを向いており、2年の反町はコチラをざまあみろといった感じで見つめている。獅子ヶ谷副部長に至っては目さえ合わせてくれない。

 多分、この女性《井土ヶ谷部長》は母や姉と同じ人種。つまりは勝てない。それだけは春久にも理解できた。


「……とりあえず仮入部って事で。 それが、俺に出来る最大の譲歩です」


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