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開印されしもの

アタシの手から離れた封印の魔道具は、白く淡く光ながら放物線を描いている。

そう。淡く光っているだけなのだから、アタシの視界を白で染めることなどないのだ。でも何故かアタシの視界は白に染まっている。

理由はすぐにわかった。ブローチが光り輝きアタシの視界を白に染めていたのである。

「短縮ワード認証 the magic hospital with a nurse. a style. マ・ホ・ウ・ナ・スタイル ビルド オン」

なんでブローチが反応するのよ。アタシは、あの言葉を言っていないはずだ。なのに何故、変身プロセスが始まるのよ。

白い光の中。やっぱり自分自身の身体のみ見えている。とうぜんハダカである。マントも、籠手も、すね当ても何処かに消えてしまった。そして七色の光の玉が次々と当たり。

両手は籠手、両足はブーツ、胴体はナース服、頭はナースキャップに変わり。背中から二対の翼が生えた。


その間、アタシはやっぱり動けない。なにせ魔法少女変身プロセス中なのだから。

でも思考は出来るので、良く考えてみた。声に出していたのは、開印の言葉だけである。その時に、気が付いてしまった。アタシは禁句を言ってしまっていたことに。

でも、こういうのは勘弁して欲しい。会話の中で偶然単語が並んだだけで変身するなんて、なんて節操のないアイテムなのだ。

どうやら『解放の魔法なす者』の『魔法なす』に反応して変身したらしい。

わが子よ、さっきは及第点を与えたけど、それはアタシの勘違い。チャイチャイだ。赤点。真っ赤な赤点だ!


そして真っ白な視界から抜けた先では、魔王と思わしき異形の生き物と、十代に見える黒髪の少年が呆然と見ている。

やばい。だけど、止められない。

光りから抜け出したアタシの身体は地面に足をつけた瞬間、自分の意思とは関係無く動き始める。

右腕が勝手に天を指し。口が勝手に動く。

「天界より舞い降りし双翼の治療魔法師。白法衣のナアスここに顕在」そして右手が下がり魔王と思わしき異形の生き物を指差し。左手は腰に当てて、小首を傾けてウインク「悪い子には、注射しちゃうぞ」


やってしまった。

我が子の前で、変身しただけでなく『注射しちゃうぞ』とまで言ってしまうなんて。

アタシの受けた精神的ダメージは計り知れない、大ダメージなんて簡単な言葉では言い表せないくらいのダメージだ。


今は決めポーズ中なので動けないから良いが、硬直が解けたら、間違いなく膝をついてしまう。

親は子を守るものである。なんてどの口が言った。

ダメージを受けた心は現実を拒否し始めた。見ている景色がぶれていく。意識が遠ざかっていく。

少しずつ視界が暗くなってきた。きっとアタシはこのまま倒れてしまうのだろう。

『不甲斐ない母親でごめんなさい』そう心の中で呟いていた。その時、奇跡が起きた。いや。起きてしまっていた。

「ゲっ。かぁちゃん。なんで居るんだよ。しかもその格好って、夜にお医者さんごっこしてるだけだから昼間は着ないって言ってたじゃないか。恥ずかしいからやめてくれよ」


オイ。元の世界のもう一人のアタシ、こんな格好してナニしているんだ。しかも子供に見られただと。

確かに、アタシはこの世界で楽しむから、子供のことは任せたとは、聞こえていないだろうけど言ったよ。でも夜に、お医者さんゴッコをしているだと。旦那は、医者役か? それとも患者役か? って違う。そんな格好で何をしているのだ。そう。情操教育上けしからんことではないか。元の世界のアタシに、何が起きたのだ。


アタシは変身したことよりも、『注射しちゃうぞ』と言ってしまったことよりも、子供からの告発に衝撃を受けてしまい。元の世界で変態になってしまっていたアタシへの憤りに心が荒ぶり精神が復活した。

そもそも、精神的ダメージは気の持ちよう、心の持ちようである。後で思い出したら、再びダメージを受けるだろうが、今この時は頭から抜けていた。

決めポーズの硬直時間が過ぎても膝を付かずに済んだのは良いのだが、そう言えば、なんでアタシが母親だとバレたのだ? アタシは『白法衣のナアス』と名乗っているのに、不思議に思っていると。


「聞いてよ、かぁちゃん。今まで異世界に行ってた夢を見てたんだ。そこで俺Sugeeeとか、俺Tueeeとかしてたんだ。可愛い彼女も出来て……ってそうか夢だったんか。なんだ残念だ」


トビーは、今まで眠っていて、家かどこかで目覚めたと思っているのか。そして目覚めた先に、母親に似た人物がナースの格好している姿を見て、元の世界に戻ったと思い込んだのか。

なんだ。そう言うことか。それならば、アタシが母親だとバレた訳じゃないね。ここはすっとぼける事にしておこう。


「トビーとやら、かぁちゃんとは、誰に話しかけているのだ。私は白法衣のナアス。夢を見ていたと言うが、トビーは良くこんな場所で寝れるものだな。私には、出来ないことだ。そんな事よりも。横に居るのが手紙に書かれていた魔王なのか」


アタシは、そう言ってから片手にホウキを持ち、かまえをとる。

トビーは、ハッとした顔をしてから背後で鎮座する魔王を見ると慌てて距離を取った。別に良いが、なんでアタシの方では無くて90度、直角方向に距離を取ったのだろうか。

あれか。まだ異世界に居ると気が付いたが、コスプレナースが魔王を倒せるとは思えなかったからなのか。それって巻き添えを食わないようにするためなのか。まったくの他人ならば、逃げるなんて情けない奴だと思ったであろうが、これが我が子であるならば、危うきに近寄らずだ。良い判断だと思ってしまうのは親バカなのであろうか。


距離を取ったトビーは。

「かぁちゃん。じゃなくて、ナアスって言ったっけ。封印を解いてくれたってことは、日本人なんかもしれないけど。そんな軽装備で魔王を倒すなんて無理だ。私が魔王を引き付けている間に逃げろ。ナアスが逃げるくらいの時間くらいは稼いでみせる」


おお。格好良いセリフを言うではないか。実感は無いけど、子供の成長を喜ばない親はなんて居ない。

「勝てない戦いはするものではない。トビーこそ逃げなさい。手紙はしっかり読んだ。見掛けだけで判断するのは愚の骨頂だぞ。トビーこそ引け」

偶然にも、コスプレナースに変身してしまったからには、変身を解くためにもこの戦いに勝つか、解決しなければならない。

だからアタシは、元の姿に戻るためにも負けられないのだ。だから逃げる選択肢はない。

「マジかよ。そんなんで魔王に勝てるなんて信じられんわ。でもこれってあれか、主人公がピンチになった時に何処からともなく現れて。主人公をバカにしまくりながら序盤は解決するけど。中盤になったら負けて。逆に成長して強くなった主人公に助けられて後半はツンデレハーレム要員になってくれる王道パターンってやつか」


オイオイ。妄想は口に出すものではない。そんな願望があるなんて、我が子ながら情けない。それとも気概があると誉めてやるべきなのか。どちらにしても嫌だ。そんなことを思っていたら。


「なるほど状況はわかった。貴様らは俺の敵のようだな。闇魔族四天王が一人、最悪の恋人 マウオが貴様らを消してやろう。安心しろ苦しいのは一瞬だからな」


「「え。魔王では無くてマウオなの(かよ)」」

アタシとトビーが同時に突っ込みを入れてしまった。

その突っ込みに反応した魔王は、律儀に教えてくれた。

「如何にも俺はマウオである。いずれは魔王になる身だが、まだただの四天王だ。魔王様は強い。今の俺ではまだ敵わない。そんな強い御方が居るというのに、俺が魔王様であるわけがないだろう」

何だか色々とおかしなことがあるが、考察は後回しだ。なにせ。

「少し話し過ぎたな、まあ死後の世界への持っていく土産だと思え。せっかく登場したところで悪いが、早々に退場するが良い。火球よ飛んでいけ」

魔王改めマウオはアタシに両手の指先を向けて火球をガトリング銃の様に撃ち出した。どうやら指先に魔石が埋め込まれているみたいだ。両指で十連発。殆ど同時に飛んでくる。

アタシはマザーの元で映像を見ているので、対処法は考案済みである。勝つ見込みのない戦いはしない。

アタシは袋から取り出した魔石を、左手に持ち魔力を流した。でもアタシは叫ばないよ。心の中だけで、トリガーだけをく。

『台風!』

そう、ヨミさんから逃げ出すために使った、風の魔道具である台風だ。

アタシの検証では、火球に質量は殆どない。なので飛んでくることがわかっているのなら、吹き飛ばせば良いのである。

十個の火球は、台風の風に煽られて直進出来ずに停滞後、マウオに向かって飛んでいく、一部は上空に外れて、残りは地面に当たり燃え上がった。

その時、身体の自由が効かなくなった。これは、まさか。

「治療魔法技 火球返し。その程度の火球で、このナアスを退場させようとは悪い子だ。そんな悪い子には痛い痛いお注射しちゃうぞ」

一回転して左腕を引き、再び伸ばして決めポーズ。

ただの魔道具でさえ、コスプレナースは奪うのか。

アタシは、もう諦めた。恥ずかしいセリフも決めポーズもコスプレナースの人格なのだから。たとえ元の世界のもう一人のアタシに、そんな素養があったから、スラスラと恥ずかしいセリフが言えたのだとしても。それはアタシの記憶や人格ではない。あってはならないのだ。もう一人のアタシも根っこはアタシ自身だとしてもだ。だから今は諦めることでなにも考えない。


決めポーズをしながらマウオを睨み付けているとトビーが。

「マジかよ。かぁちゃんじゃなくて、ナアススゲー。これならホントに倒せるんじゃねぇの」

と叫んでいる。


トビーの叫び声を聞いて、アタシは頼むから倒せないフラグを立てるのは止めてくれと、心の底からそう思った。


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