優麗さんと喫茶店
長かった優麗さんの話しが終わった。
優麗さんは下ネタまで披露して嬉々として話してくれた。そりゃあ。トンビさんが男で、優麗さんは幽霊なのに身体の一部を現実化出来るのなら、色々としてあげることが出来るよね。ハイハイご馳走さまです。
でも人間と幽霊の恋愛話。優麗さんは気がついていないようだけど、どう考えても悲哀にしかならない。だって。
「……でね。掃除以外にもやりたいって言ったら。お屋敷に喫茶店を作ってくれたの。ちょうど良いことに裏の森にコーシーの木があったから、このコーシーは当店オリジナルコーシーなのよ。お客さんは貴女が初めてだけどね。自給自足出来ているから別に儲けるためではなくて、完全に趣味のお店なのよ。二人で何か出来るなんて素晴らしいことだよね。でもごめんなさい。ちょっと前に、主のトンビさんが完全に記憶を取り戻して『私は魔王を倒さなければならない。前回は不覚をとったが、攻撃のパターンはわかったから次は倒せる。ちょっと行って倒したら。また戻ってくるから。優麗は何時も通りに店を開けて待っていてくれないか』と言い始めたの。トンビさんと離れるのは寂しいから着いていくと言いたかったけど。男の帰り場所を守るのは女の使命だから。快く送り出したの。だからせっかく来たお客さんにコーシーしか出せないのよ。あと、今日は髪が上手く纏まらなかったから遅刻してしまったけどいつもは、もっと早く来て開けているのよ」
それを聞いて、アタシは『待っていてくれないか』なんて、軟派な男の常套句ではないかと思い。
トンビとやらはここから逃げ出したのではないのかと思った。
でもそんな第三者の目線からなら気が付くことでも、当人は純粋なだけあって気が付かないものなのだろう。
「いつ帰ってくるかな。明日になれば帰ってくるかな。帰ってきたらなんて言って出迎えようかしら」と顔を真っ赤にして恥ずかしそうに言っている優麗さんに、その事を言うべきか考えていた時にあることに気が付いた。
魔王にトンビの組合わせって、もしかして携帯電話が売っていた雑貨屋のアタシの弟子であるカレンさんから聞いた魔術師の祖のことかもしれないと。
なにせ、今の世の中には魔王はいない。該当するのはヨミさんだが今は復活したばかりで魔王とは名乗っていない。更にターゲットは世界の王だから絡むことは無いだろう。
あと強いて挙げれば魔王軍隊長を魔王と思っていると言う考えだが、こちらは直接的に人間を襲わずに、間接的に間引こうとしている軍隊である。人間の王族でさえ、その存在に気がついていないのだから。ターゲットである可能性は極めて低い。
だから人間と戦った魔王に該当するのは数百年前に、仲間と共に戦い、魔王と共に光に消えていったと言い伝えられている。魔術師の祖のトビーしかいない。トンビとトビーの違いなら記憶を失っていたこともあり、あり得ると言うものだ。
でもこれはあくまでもアタシの妄想だから、口先だけの軟派なトンビが、つい最近逃げた可能性もあるけど。優麗さんが言うトンビの性格から軟派な感じは受けなかった。
これが正解だとしたら。優麗さんは百年単位で帰ってくることを待っていることになる。
はっきり言ってアタシには出来ないことだ、もし本当にそうなら、優麗さんは、この先何百年、何千年と待つのだろうか。
幽霊の寿命なんて、想像もつかないけど。思いの分だけ生きていけるのかもしれない。
切ない。なんて切ない事なのだろう。魔王と共に光に消えたと言われているが、もし戦いから生還していたが重傷を受けてこの地に帰れなかったとしても、とっくに寿命は尽きているはずだ。
色々と考えだがアタシは何も語らないことに決めた。帰る筈のない人を純粋に待ち続けている優麗さんに、部外者が何か言えるわけがないからだ。
その後、何事もなかったように振る舞うのは骨が折れたが、一緒に畑や果樹園を回って、心細くなっていた食料を分けてもらった。
畑や果樹園は、手入れが行き届いていて素晴らしかった。分けてもらったお礼に、金貨と銀貨、それに銅貨を一枚ずつ渡して、この世界のお金だと説明した。
初めてみるお金に優麗さんは興奮して「トンビさんが帰ってきたら自慢できる」と嬉しそうにしていた。
最後に「近くに来たら、また立ち寄らせてもらうね」と社交辞令ではなく本気で伝えた。なにせアタシは数千万年経とうが成長しないのだから、たまに顔を見せれば優麗さんに勘違いさせることが出来るはずであると思ったからだ。魂が寿命を迎えたら、そのまま消えてしまうとアタシは考えている。
人によっては、全てを聞いて、全てを伝えた方が、その分、優麗さんが苦しむ時間が減るのではないかと思うかもしれないが、逆に魂の寿命がくるまで苦しむのかもしれない。
なのでアタシは伝えないことに決めたのだから、せめてもの手伝いとして優麗さんには寿命まで夢を見続けて欲しいと願うだけである。
優麗さんと別れたあと、アタシは東に向かって歩き続けている。
目標はボンヤリしているけど、この森を抜けることだ。
優麗さんにこの辺りに何かあるか話しを聞いたが、あまり知らないみたいだ。
なにせ、お店を開けて待つと約束をしているのだから遠出をしてしまうと、店を開けられなくなってしまう。だから遠くに出掛ける気さえないみたいだ。
なんて、イジラシいのだろうか。記憶だけだからピンとこないが息子の嫁に欲しいくらいである。
出発前に屋敷の屋上からみたら、2〜3日歩けば森から出られそうだということがわかったので、ボンヤリな目標だけどすぐに達成してしまいそうだ。
森を抜けたらその後はどうしようかしら。進む方向を決めるために棒でも立ててみようかしら。
おっと。これは獲らぬ狸の皮算用。まずは森を抜けることに集中しなければ。
アタシは振動感知をフルに使い森を抜けることに全力を傾けた。




