恐怖 あなたは耐えられますか
アタシの目の前には、蔦に覆われているが、ごく普通の三階建ての雑居ビル風の建物がある。
更に『welcome』と立て札が入り口に刺さっている。
これは明らかにおかしい。
元の世界なら見慣れた雑居ビルが、この世界にあるなんておかしいし。この世界の言語形態は、日本語ベースのなんちゃってヘボン式ローマ字なのに、立て札に書かれている言葉は明らかに英語であるからだ。
もしかして、宇宙人の被害者がここに居る又は居たのかもしれない。
特に朽ちた感じは無いが、蔦に覆われている感じから、建てられてから何年も経っているような気がする。
取り敢えずはアタシは、ビルの周りを回ってみたが特に変わった感じはない。やはり普通のビルにしか見えない。強いてあげれば、エアコンの室外機が無いことくらいである。まあ。元の世界ならともかく、この世界にエアコンがあったら逆にビックリなので無くて当たり前ではある。
一周して『welcome』と書かれた入り口の前に立つとわかったのだが、御丁寧に呼鈴と思わしき物から紐がのびていた。御用のある方は、紐を引けと言わんばかりである。
さて、どうしようか。
考えることは紐を引くか、引かずに立ち去るかである。
たとえ外人さんであろうとも、元の世界の人であるなら、会って話しをしてみたい。
余計なお節介になるかもしれないが、この世界に来てしまった原因を伝えたいからだ。知っているのと知らないのでは、心の持ちようが変わるだろうし。長命であるなら三千万年後に元の世界に戻れる可能性を示唆しておきたいからだ。
そこまで考えているなら紐を引けばいいのに、何を躊躇っているのかと言うと。
普通の感性の人が、こんな場所に雑居ビルを建てるものなのか?
可能性としたら大工さんが、この世界に来てしまい。『戦い?旅?そんなこと出来るか!』と木の家から作り始めて、安全を求め改築し続けた結果、今の雑居ビルになったのかもしれない。
それならば良いが、あくまでアタシの妄想である。
もしかしたら、元の世界人を捕らえる為の罠かもしれない。捕らえてどうするのかわからないが、有り得ないなんてことは無いだろう。
そんなことを考えていると、背後から何かが接近する気配を感じた。
これは、やっぱりアタシは気配探知のスキルか何かを会得したに違いない。
そう思いつつ左にサイドステップをしながら身体をひねり背後を見ると。
頭に白い三角を付けて黒髪を結いあげた、赤い着物を着た若い女性が、足元に白いモヤを纏わせながら、避けたアタシに注意を払うことなく。
「朝寝坊してしまいました。遅刻してごめんなさーい」
と言いながら入り口の扉を開けることなく通過していった。
一瞬の内に、色んなことが起こりすぎて、理解が追い付かない。整理しよう。
まず、振動感知に反応が無かったから、空中を浮いて移動する生き物である。最近開眼し始めた気配探知に反応があったから。空中を移動する生き物と、ぶつかることなく避けることが出来た。
空中を移動する生き物は、赤い着物を着た黒髪の女性である。『朝寝坊』とか『遅刻した』とか言っていたので、この雑居ビル内にある店舗の従業員であると考えられる。
ここまではOK.問題なしだ。
でも、白い三角、足がモヤ、揚げ句の果てに扉を開けることなく素通りなんて、考えられるのは一つだけである。
「今のは、幽霊さん?」
こんな真っ昼間なのに?アタシ以外に誰も居ないのにも関わらず。つい誰かに確認するように口に出してしまった。すると。
「はーぃ。呼びましたかー?」
人は驚きすぎると、なにも言えなくなると言うことが良くわかった。なにせ声を掛けられて反射的に振り返ってしまったら、目の前の雑居ビルの壁から赤い着物を着た女性が上半身を出して首を傾げていたのに、声が出せなかったからだ。
ホンモノのユウレイ!
アタシは、驚きすぎてその場にお尻を着いてしまった。
今、アタシは雑居ビルの一階にある喫茶店でゆうれいさんと丸机を挟んでコーシーを飲んでいる。
コーシーは誤字ではなく、コーヒーの昔の言い方である。
ゆうれいさんは名前を『神森 優麗』と言い、生きている頃は広いお屋敷で毎日掃除をしていたそうだ。
ある日、買い出しを頼まれて屋敷から出たところで、辻斬りに会い殺されてしまったそうだ。
背後から音もなくバッサリとやられたので、殺されてから斬られたことに気がついたのだそうだ。
死に行く中、思ったのは父、母と8人の兄弟姉妹の行く末であったが、気にしたところでどうしようもないかと、死を受け入れたそうだ。
そうしたら眩い光に包まれたと思ったら、この森に居たと言うことであった。
アタシ的には、ここまで聞けば十分だったのだが優麗さんは話し続けた。
私は、足もないし天冠(白い三角)も着けているから、三途の川は渡っていないけど、この森は天国と言うところかと思っていたが違うことにすぐに気が付くことができたの。
なにせ普通に弱肉強食の世界であったからね。だけど、そんな世界でも私にとっては安全だったのよ。
木だろうが石だろうが生き物であろうが素通りできたからなの。弱肉強食とは言っても襲われることは無いから安心した。
そんな身体で森の中をウロウロしている間に、特殊な力があることに私は気が付いた。なんと集中すれば、物を持てることが出来たからだ。これなら掃除が出来ると喜んだのだけど屋敷どころか家もない。これでは掃除が出来ないと何日も悲しみに耽っていると。
ある日、倒れている人間を見付けたのよ。ひどく衰弱しているように見えたので、森をうろついている時に見掛けた果実を、手を現実化させて持ってきたの。だけど果実を食べることも出来ないほど衰弱していた為、はしたないと思いつつも命には変えられないと考えて。口を現実化させて噛み砕き、そのまま口移しで食べさせちゃった。
倒れていた人は、水分の多い果実を何とか飲み込んでくれたが、動けないままであった。三日三晩同じことを続け。
四日目の朝、その人間は身体を動かせるようになった。それからは、あっという間だった。
回復した時に、自分のことをたずねられて「幽霊の優麗です」と言った時には驚かれたが「命の恩人には変わらぬ」と言って感謝された。
この人は以前の記憶を失っていたので名前がわからなかったが『トンビ?』と呼ばれていたような気がすると言っていたので、それからは『トンビさん』と呼ぶことにしたのよ。
それからは毎日が楽しかった。そばに誰かが居ると言うことは素敵なことだ。この人の為ならと、トンビさんに襲い掛かろうとする生き物と戦ったりしたしね。
だって私の攻撃は当たるけど相手の攻撃は一切当たらないのだから。私が戦えさえすればトンビさんが傷付くことがないのだから。当たり前の選択だよね。
でもトンビさんは、それで是としなかったの。私が戦わなくて良いようにって、家を作り始めたのよ。
始めは木を切り家を建てたけど。ネズミの襲来で壊されてしまった。
次に石を積んで家を建てたのだけど、完成前に熊の襲来で壊されてしまった。
熊は私が撃退したけど、石の破片がトンビさんの頭に当たっていて丸二日、意識なく寝込んでしまった。
でもその怪我が回復した時に、トンビさんは自分自身が土の魔法使いであることを思い出した。
そして私と二人で住むための小さくても丈夫な家と、私が掃除をたくさん出来るようにと、この大きな屋敷を作ってくれたの。
私は幽霊だから食べ物は要らないので、トンビさんのご飯だけを準備すれば良いし。土魔法使いだと思い出したトンビさんは、狼だろうが熊だろうが魔法で、ちょちょいのちょいだから生き物に襲われる心配もなく。少しでも掃除がしづらいようにお屋敷の内装に拘ってくれたの。これで私の掃除技術も上がるし、トンビさんの土魔法の精度も上がるし、一石二鳥だよね。
ここからが本当に幸せな毎日なのよ。
えっと。これってノロケですか? モシモシいい加減長いのですが、アタシはいつまでこのノロケ話を聞いていなければならないのですか?
とは言えずに、本当に楽しそうに話す優麗さんに相づちを打ちながら聞き続けるマッキーであった。




