アラフォーマッキーには無理なこと
世界の王が苦しんでいた時間は1分くらいであろうか。
女王様にあれだけ折檻を受けていても平気そうであったのに、膝をついて荒い息をしている。
もしかして、あの白い粉はドラゴン用の毒物であったのだろうか。
だとすればと思い、女王様を見るが、風に流されて少し白い粉が付着してしまっていたのに関わらず何ともないようだ。
効果の無い女王様と苦しんでいる世界の王の違いはなんだろう。
雌雄のせいなのか、直接間接のせいなのか、良くわからないのだが、ドラゴンである世界の王が膝をついた事実に驚きを隠せなかった。
なにせ、いくら不思議生物であるスライムを燃やした時に残った白い粉が、ドラゴンに膝をつかせるほどの威力を持つなどとは、まったく思わなかったからだ。
まさか、アタシ。またやっちゃった?
この様子を見ると、過剰な仕返しをしてしまったような気がする。もしかしてこれは逃げた方が良いのかしら。
でも女王様がいるし、ここで逃げ出したところで、すぐに捕まるのは間違い無いだろう。
なんか、想定外なところで、世界の王に一矢報いたような気がするが、これって死亡フラグなのかしら。
だって、世界の王がこのまま死んでしまったら、「糞ろくでなし」とか言っていたが、間違いなく世界の王に対して愛がある女王様に殺されてしまうだろうし。世界の王が死ななくとも「小娘が、恩を仇で返すとは」と殺されてしまうだろう。
逃げてもダメ、逃げなくてもダメ。これってやっぱり詰み状態?
アタシが生き残るために出来る方法は、ハムスターハウスに閉じ籠るしかないのかしら。
アタシはチラチラとハムスターハウスを見て、自分の立ち位置を確認する。扉は開いている、二歩で入って扉を閉めて内鍵を掛ける。どう考えてもニ秒は掛かりそうだ、それにたとえ逃げ込めたところで、袋のネズミである。死ぬまでの時間を稼ぐことしか出来ないだろう。
アタシは、どうせ死ぬならば、堂々とすることに決めた。格上の生物である宇宙人に膝をつかせたのだ、ハムスターでもやれば出来ることが証明できたのだからだ。
残念なのは、この事をこの世界の生き物が見ていない事だ。
でも見ていない事はしかたない。アタシは堂々と胸を張り。世界の王を見下すように見ていると。
世界の王がドラゴン形態になった。
ドラゴン化したときの圧力は凄まじかったが、蜘蛛の能力で地面に足を張り付けて耐えきった。
死ぬ前に情けない姿を見せられない。でもいくら耐えたとはいえ、アタシはこのまま、パクりと食べられてしまうのだろうか。
世界の王が大きく首を仰け反らした。火でも吹くのだろうか。今度こそ最後の瞬間だ、笑って死ねる人生が最高の人生だと聞いたことがある。その事に習い、笑い飛ばして人生をまっとうしようと口を開いた時。
「治った!身体の何処にも闇魔の痕跡がない。なんと言うことだ。儂があれだけ研究していたと言うのに、こんなにもあっさり治るなんて。マッキーよ。その堂々とした姿は儂が苦しんでいたことを知っていて、対策を考えていてくれたのだな。しかもこんな短期間に薬を完成させるとは。我らが祖先が地表のみで生きていた頃、大流行した闇死病によって絶滅の危機に瀕した際に、神の世界から降臨し薬を与え、祖先を助けたと書き残されている、白法衣の天使『ナアス』なのかもしれないな。ありがとうマッキーよ。感謝する」
えっと。意味が飲み込めません。白法衣の天使? 確かにアタシは真っ白だよ。そんな事を指摘されても今更だし。薬にナアスってなんの話しだ。
そもそも、薬って言ってもスライムの粉だし。ナアスは世界の王が崇める神……じゃなくて天使の名前なのか。
その時、自分の死に様を笑い飛ばそうと口を開いていたので、下らないとわかっているが思ってしまったことを口に出してしまった。
「はははっ。マッキーは本当はナアスでした。略して『マほうナス』なんて落ちはいらないからね」と誰に言うわけではなく、ひとりボケをしてしまったのだ。
自分で言っておきながら、あまりのくだらなさに盛大にため息をはいていると。
次の瞬間。クータンに刺さっていたあの超稀少不破壊感応物質製ブローチが光り輝き出した。そしてブローチは、音声を発した。
「短縮ワード認証 the magic hospital with a nurse. a style. マ・ホ・ウ・ナ・スタイル ビルド オン」
アタシの視界は白に包まれた。
白い光の中。自分自身の身体のみ見えている。見えているけど、なんでアタシはハダカなのよ。マントは、籠手は、すね当ては何処に消えたのよ。焦るアタシに、何処から来たのかわからないが七色の光の玉が迫ってくる。
その光りの玉は、両手に当たり柔らかなデザインの籠手となった。そして両足に当たった光の玉は同じ様なデザインのブーツに、胴体に当たった光の玉は真っ白なワンピースになった。頭に当たった光りの玉は白い帽子となり。そして最後に背中に当たった光りの玉は、二対の翼に変化した。
その間、アタシは動けない。これは。まさかの魔法少女変身プロセスなのかと思えるだけだ。
そして真っ白な視界から抜けた先では、世界の王と女王様が呆然と見ている。
だけど、アタシの受難はこれからだった。光りから抜け出したアタシの身体は地面に足をつけた瞬間、自分の意思とは関係無く動き始めた。
右腕が勝手に天を指し。口が勝手に動く。
「天界より舞い降りし双翼の治療魔法師。白法衣のナアスここに顕在」そして右手が下がり世界の王を指差し。左手は腰に当てて、小首を傾けてウインク「悪い子には、注射しちゃうぞ」
アタシは何をしている。
《アラフォーなのに魔法少女に変身》』
アタシは何を言っている。
《アラフォーなのに『しちゃうぞ』とか言っている》
『やめてくれー』これが心のなかの嘘偽りのない本心である。
何なんだこの状態は。良くわからないが全身を使ってポーズを決めているのであろう事はわかるが。決めポーズ中なので、当たり前だがやっぱり動けない。
でも目だけは外部の状況を教えてくれる。世界の王は、ドラゴンの姿のまま、巨大な目を見開いてアタシを凝視している。
アタシは決めポーズのまま、ゆっくりとだが顔を上げる事が出来た。世界の王と目が合う。どうやら変身時の強制プロセスは完了したようだ。
アタシ慌てて全身を確認する。真っ白な格好はわかる、背中に翼があることもわかる。でも全身が見えていないので、なんとなくとしか、わからない。
アタシの慌てように女王様が何処からともなく全身鏡を出してくれた。アタシは鏡に写る自分の姿を見て理解した。
元の世界でよくあるネタである。ワンピースはワンピースだけど、どう見てもナース服である。帽子はナースキャップだ。なので完全にシルエットは女性看護師である。
更に本当に翼があるから、白衣の天使そのものにしか見えない。
確かにアタシにも魔法少女になってみたいとか、夢や憧れはあったよ。でもそれは、叶わないものであるから夢に見たり憧れるのであって本気でなりたいわけではない。
特に精神年齢アラフォーにコスプレナースの格好をさせて『注射しちゃうぞ』は無理である。そんなことを言った自分に大ダメージだ。
「こんな醜態を晒すくらいなら、ハムスターハウスに閉じ込められたまま死んでいた方がましだったよ」
そう呟いたマッキーは全身鏡の前で膝を屈していた。




