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ほの暗い穴の底から

心の準備が出来ていなかったアタシであったが、穴が深いことが幸いした。

自分が飛べることを思い出し、気を身に纏い放出することによって、地面に叩き付けられるギリギリのところで停止することが出来たのである。

落下したこの穴の深さは見当がつかないくらいありそうだ。空を見上げても、穴の入り口は小さい点にしか見えない。

周囲の状況はまだよくわからない。いくら夜目が効くといっても、すぐに切り替わるわけではないからだ。

アタシは危険なことだとわかってはいたが、目が慣れるまで空中に静止している。地面だと思って地に足を着けたら実は蛇とかサソリだらけだったとか、冒険小説にはよくあるシチュエーションが妄想出来たからだ。

そんな手にはかからないぞと思いつつも、空中に居ることによって振動感知が行えないため、何かが近寄ってきてもわからない不安と戦っている。

振動感知に頼りきりの弊害である。視覚を奪われると探索手段がないのが悔やまれる。

だが幸いな事に、何かが起こる前に暗闇に目が慣れた。周囲をよく見ると壁がある。直径400m程の穴なのだから壁に囲まれているのはとうぜんだ。

だが、この壁は、ゴツゴツとした岩壁ではなく、用水路の地面と同じ様なコンクリートっぽい壁であった。

この穴も人工物のようだ。足下の地面を見ても同じ様な材質の床が広がっている。用水路と同じ様な材質の床なら大丈夫だと考えて床に足を着けた。

そしてすぐに振動感知を行う。範囲は400m程なのだから手を着けたり寝転がったりする必要はない。

何かが居る居ないの反応を感知する為だけの事なら、今のアタシなら両足だけで十分であるからだ。

何があっても対応できるように、ホウキを手に持ち身構える。そしてアタシは振動を感知する為に集中した。



暫く反応を探してみたが何も反応がない。これはどう言うことなのであろう。

地面に開いた穴の底に何も居ないなんて考えられない。動物であるならば、落下により死んでしまうから反応がないのも理解できるが、虫さえも居ないなんて。

何か、虫をも殺す毒でも有るのだろうか。遅ればせながら、ここは深い穴の底だと思い出した。

そう言えば、こういう深い穴には、比重の重いガスが充満している事があるとよく書かれていた。

対策としてカナリアとかの小鳥を先に下ろして危険な毒物が無いことを確認するのが基本であると。

アタシは一瞬、逃げ出そうかと考えたが、水着もハチマキも髪留めも、そのままである。と、いうことは、ここの空気には、身体に害をなす成分は含まれていないと判断できる。

アタシはひとまず、身の危険に直結する物が無いことに安堵して周囲を調べることにした。


コンクリートのような壁や床の材質は鑑定により、すぐにわかった。アタシの知識ではなく、世界の王から授かった物作りの知識からである。

100年保証の惑星開発用超強化物質防虫防カビ仕様だった。100年保証とは世界の王である宇宙人が基準であるので、この世界で換算すると100億年保証のとんでも物質である。改めて宇宙人の科学力の凄さに驚きを通り越して、ひきつり笑いをしてしまった。

でも、このとんでもない物質があると言うことで、この穴は宇宙人が作ったことがわかったのである。

悪魔の目が居たから警戒していたのだが、この穴は悪魔=魔界の入口では無かったことに安堵した。

安堵はしたが、安心はしていない。いきなり魔界の生物に襲われる事はなくても、この穴の底には生き物の死骸どころか小石ひとつ落ちていない。

と言うことは、掃除なり何なりが定期的に行われていることを意味する。

したがって、悪魔には会わなくても宇宙人そのものか、掃除機械とかに会ってしまうかもしれない。

友好的なら良いが世界の王も始めは警戒していたように、この世界の生き物に関わる気があまりないのであれば、いきなり排除されてしまうかもしれない。

あまりに強大なので、世界の王と喧嘩しても勝てる気がしないのと同じように、きっと、ここに現れる宇宙人の何かには勝てないだろう。

消極的に思えるが世界の王の力を100分の1にしたところで勝てる気がしない。普通の基準が高すぎるので、たとえ清掃装置であっても、やっぱり関わってはいけない相手なのである。

こんな場所からは、早々に立ち去りたいが、気になるものを見つけてしまった。

えっと。これは……お風呂?

まっ平らな床だけだと思っていたのだが。隅っこに窪みがあり。そこにはお湯がなみなみと張ってあった。お湯の温度はジャムモドキを作った時に学習済みなので鑑定で触らなくてもわかる。ちょうど良い湯加減である41℃であった。

何故こんな穴の底の隅っこにお風呂があるのだろう。もしかしたら、お湯を溜めているだけでお風呂では無いのかもしれない。でもアタシには、このようにちょうど良い湯加減にお湯を溜めておくものなんてお風呂しか考えられない。

もっと熱かったり冷たかったりするなら、考えようもあるのだが、見れば見るほどお風呂である。

目の前にお風呂があると思うと、何故か身体中が痒くなる錯覚に囚われてしまった。そう。アタシは、この世界に来てから水浴びしかしたことがないのである。それだけでも十分だと思っていたのだが、やはり目の前にお風呂があると水浴びしかしていない自分の身体が汚れているような気がしてくる。

元々日本人のアタシにとってお風呂は究極の癒しである。身体の皮がふやけるくらい長風呂していることなんてよくあることだ。

今までお風呂を自作したりしていないのは、街では人目につくし、見つかったらなんだこれはと訊ねられるだろう。面倒なことである。かと言って森にお風呂を作ったところでのんびり湯に浸かるなんて出来るわけがない。そんなことをしたら逆に疲れてしまうだろう。

だったら始めから諦めるべきである。でも旅の果てに安住の地を見つけて家を建てるなら、お風呂を作ると決めている。それまでの我慢だと考えていたのに、目の前にあるお風呂がアタシの心を誘惑する。


アタシは、この場所は安全とは言えないのにもかかわらず、心の中で多弁の花びらを思い浮かべ『入る』『入らない』と一枚ずつ抜きはじめた。


そんなことを思い浮かべている時点で、結果はわかっているのにもかかわらず、最後の一押しが欲しいと考えているマッキーであった。


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