海と風だけが聞いている
西に向かって進む大海の王クータンの背中には、たくさんのでっぱりがある。肉が盛り上がっている気がするのでイボなのかなと思いながらも、その中の一つに寄り掛かってみた。
ほどよい硬さで柔らかい。そして何処か芯があるような。相反するけど、良い背もたれである。まったく知らない星空を見上げながら海を渡る風を気持ち良く感じていた。ついそのまま眠りかけていた時に。
「そこ。剣が刺さっていて、触られるとむず痒いから場所を変えて欲しいのである」
振動で伝わる小さな声は大海の王クータンの声である。
「あ。ごめんなさい」
そうアタシは言いつつイボから離れるが。今、剣が刺さっていると言ったよね。背中に感じた芯は剣だったのか。
大小たくさんのイボがあるけど、まさかこれ全部に、何かが刺さっているのかと、気になって聞いてみれば。
その通りであると。でもその殆どは、厚い脂肪に刺さっているだけなので何ともないが、何本かは肉にまで達していて触られるとむず痒いらしい。
アタシは、ピンポイントでそれに寄り掛かってしまったようだ。
そう聞いてしまえば、乗せて貰っている御礼を兼ねて治療したくなる。
何せ、航海中は思考する以外に、することが何もないから手持ち無沙汰なのである。
でもこの巨体に回復包帯は巻けないからクータンには内緒で実験から始めることにした。
ターゲットは小さなイボである。小さなといっても30センチはある。そこに回復包帯を巻き付けると期待通り光って包帯が消えた。ただイボはそこにまだある。でも光って消えたのなら何かしらの治療が出来たはずである。
通常でも大ケガの場合。初回巻きは、痛みがなくなるとか、出血が止まる等の効果しか現れないからだ。見た目はわからなくとも回復するのならば巻いてみよう。
二回目。クータンの身体から何か硬いものが顔を出した。
三回目。硬いものが完全に出てきた。どうやら矢の先のようだ。
四回目。イボが消えた。ツルツルのクータンの皮膚である。
実験は成功のようだ。
イボに包帯を巻けば治療可能である。
なのでアタシは、クータンに治療をしても良いかと聞いてみると。
「痛くしてはいけないのである。痛くされると身体が反射的に動くのである。攻撃してきた船はすべて沈むのである」
大海の王なだけあって、暴れだしたら手がつけられなくなるみたいだ。慎重に事を運ばなければなるまい。
アタシは先程寄り掛かってしまったイボに包帯を巻く。光って消えたからには治療は成功である。何か変わったかとクータンに聞くと「痒みが薄まった感謝するである」と返ってきた。
なので治療を続行する。
二回目。見た目何も変わらない。
三回目。剣の握りらしきものが顔を出した。
四回目。剣が抜けた。返しが付いている上、魔石が付いている大剣であった。この大剣に刺されたのであるなら抜けなくて当然だ。返しが凶悪すぎる。
五回目。イボが半分になった。
六回目。イボが消えた。ツルツルのクータンの皮膚である。
今回も無事に治療が済んだようだ。
一応クータンに何か変わったかと聞くが返事がない。
何か失敗したのかと思い。もしかして暴れる前兆なのかと身構えていると。
物凄い大音響にアタシの全身が震えた。
「声が出せるー!のである」
先程まで振動でしか伝わって来なかった小さな声だったのに、何があった。って言うかやかましい。なんて両極端な奴だ。
周囲を見渡せば、魚がたくさん浮いている。いきなり発生した大音響に失神したのかもしれない。
「声だ!声だ!俺様の声だ!」
なんでなのかわからないが嬉しいのはわかった。でももう少し静かに叫んでくれ。頭がクラクラするし、耳鳴りがする。
耐性のスキルを持っていてもこの状態だ。恐ろしい程の音波攻撃である。
「クータン。嬉しいのはわかったからもっと静かに話してくれ」
アタシはクータンの背中をぺしぺし叩きながら静かになるまで待った。
数十分後、やっと落ち着いたクータンに理由を聞くと。
その大剣が刺さってから声が出せなくなったと言う。なので大剣に付いている魔石に描かれている文字を読んでみると。
『闇声封印』と描かれていた。どうやらクータンの声がうるさいと考えた誰かが封じていたようだ。それをアタシが解いてしまったみたい。
もしかして、またやっちゃった?
毒を食らわば皿までだ。いや。動物愛護精神である。アタシは次々にイボの治療を行っていった。
1週間が経った。
大海の王クータンの背中にはイボは一つもない。すべすべのツルツルである。
アタシの影魔法の収納も武器で一杯になったのであるが。殆どが魔綱製の矢先である。正直に言えばミスリルはたくさんは要らないのだが、後でインゴットにでもしよう。
そしてクータン自身に他には傷がないことを確認したら、お腹にも一本刺さっているという。
アタシが空中に浮いている間に仰向けになって貰ったのだが、大きな波が発生した。何せ大海の王クータンは全長1キロでは無かったのだ。
治療のため尾びれをあげて貰ったところ、今まで海上に見えていた長さと同じくらい先に尾びれが見えたのである。
全長2キロ。全幅500m。全高500mの超・超巨大生物であったのだ。世界の王のドラゴン形態よりも大きいなんて、海洋生物はやっぱり恐ろしい。
海辺でのんびり海水浴、だなんて絶対禁止である。
さて、クータンのお腹を見ると、下腹の方に棒が刺さっている。体外に出ている長さは20mくらいあるかな。
そして太い。その太さはアタシが両腕をまっすぐ伸ばしたところで、まったく足りないくらいの太さだ。
これは槍のようなものが刺さっているのだろう。石打の部分が、なんとなく丸い形状をしているので、投げ槍用なのかもしれない。
こんな長い槍の刃先は、どこまで体内に入っているのだろうか。身体にとって異物でしかありえない物が突き刺さったままでずっとアタシを運んでくれていたのか。早く言ってくれれば良かったのに。海水の抵抗を受け、進むのもたいへんだっただろう。あまりにもクータンが可哀想だ。アタシは突き刺さった槍を触りながら考えた。
きっと槍を刺した方も巨大な生物なのであろう。背中に刺さっていた武器は、あくまで普通の人間が扱えるサイズであったが、どう考えてもこの槍は普通の人間が持てるサイズではない。
そして大海の王であるクータンに明確に殺意を抱いている。それも巨大な武器を作り、使うことが出来る、知能の高い生物だ。そんな巨大生物がこの世界には未だに居るのである。
出会ってしまったらアウトかもしれない。警戒は怠らないようにしなければ。
そんな事を考えながら槍をどうやって抜けば良いか刺さっている部分を撫でつつ調べようとすると。
急に槍が動き出した。アタシは驚いて数歩下がった。槍は別にクータンの呼吸に合わせて動いているのではない。良く見ると20mあった槍は10mくらいになり見る間に体内に入っていく。アタシは何が起きたのかさっぱりわからず、槍の動きを凝視していた。すると。
「治療が気持ち良すぎて出ていたようである。そんなに見詰められると身体の割りに短くて恥ずかしいのである」
いったいなんなんだ。
槍があった場所は、今はヘソの様に窪んでいるだけになっている。
クータンが恥ずかしがり、下腹部辺りにあり、そして動くと言うか収納できる巨大な槍……。
……まさか。お前もか。お前もなのか。
アタシは理解した。理解してしまった。しかも見せられただけではなく、アタシから触った上、更に撫でまわしてしまった。
良く考えてみれば、クジラは哺乳類である。クータンは雌っぽい名前の印象とは違い「俺様」と自分の事を指す立派な雄である。
今まで散々見せられてきたではないか。この世界に生きる変な生き物のアレを。異世界の生物は、見せたがりが多いのか。恥ずかしくないのか。
まさかアタシには、逆ラッキースケベのスキルがあると言うのか。そんなもの見せられてもアタシどころが、誰の得にもならないと言うのに。
でも、クータンは恥ずかしいと言って隠したからTPOはわきまえていると思おう。思うんだ。
服がないから身体の中に隠すなんて立派な進化であるのだから。
そう基本はきっと隠すのが当たり前、アタシが良く見てしまうのは単なる偶然。これは間違ってなどいない。
そうだ。今のやり取りは無かったことにしよう。今のチャイチャイである。
それにしてもあんな巨大なアレ。そんな物が世の中に存在するんだ。って違う。忘れろアタシ。今の感想もチャイチャイ。
だってクータンが恥ずかしがっているのだから、忘れてあげようよ。でもホント笑うしか出来ないよなあ。
おかしな思考のループに囚われて、クータンの迷惑になっていることも知らずにアレのある場所で悶えながら一人漫才を繰り広げるマッキーであった。
「そこで暴れるのは止めるのである。マッキー。聞いているのであるか。そんなに刺激してはダメなのである……」
クータンのつぶやきは海と風だけが聞いていた。




