お約束は時に任せるものである
ピエールさんの話しを聞いて身の危険を感じたアタシはミルクを大量購入してから、すぐに王都を離れた。
そして今は南の森の中に埋もれる様にひっそりと建てられていた避難小屋らしき家にいる。
誰の家なのかわからないが、家の傷み具合や埃の溜まり具合から年単位で放置されている感じだ。
台所等の設備はあるのに食器や机、椅子などの家具はいっさいないところから、少なくとも引っ越したあとだとは想像出来る。
アタシは「家の修繕と掃除はするので、暫く宜しくお願いします」と小屋に挨拶してから作業を始めた。
この小屋で何をするのかと言うと、チョコレートの大量生産をするためだ。
なにせ作り始めたら暫くはこの小屋に居ることになるだろうからだ。なぜならば、アタシ専用の魔力回復用チョコレートの製造をするからだ。
暫く小屋に居ることになる理由は、チョコレートの保持する魔力量は魔力を注入した量だけであるから。そして食べると注入した魔力を還元してくれるだけなので魔力回復量を上げるにはたくさん注入しなければならない。
一個食べたらフル回復がベストだ。でもそんなチョコレートを作れたとしても一個作った時点で魔力切れである。
単純にたった10個作るのに10日掛かってしまう計算だ。とはいっても、チョコレートにそこまで魔力を蓄積できる容量は無いので、長さと幅3センチで厚みが2センチある大きめの粒に対して最大に注入しても1個辺りの魔力蓄積量はアタシの魔力量の3%位である。
フル回復するためには何個も食べなければいけなくなりそうだ。でもそんなに食べると、鼻血が出て止まらなくなると思うのは、アタシの産まれた時代のせいかしら。
食べる方は置いといて、なんにしろ作るためには魔力を大量に消費しなければならなくなるのだから、日数は掛かってしまうのは当たり前だ。
家の簡単な修繕と、掃除を終わらせてから、家具をつくり配置する。
家具といっても机と椅子とベッドくらいだけどね。調理道具はあるから問題ない。
一通り準備を終えたので、さっそくチョコレート作りに取り掛かった。
作っている間に、ピエールさんから聞いた話しを整理しよう。
まず、ラーディッシュ王子とクラウさんは無事に結婚して先月長男が産まれたそうだ。
あの時限爆弾をどう解除したのか気にはなるが、クラウさんが納得して結ばれたというのであれば、外野がつべこべ言うまい。非常に残念であるがおめでとうと言っておこう。
そして、アタシの旅の目的であった遺留品のお届け。あの中にあった遺書という名の暴露本のおかげでたくさんの貴族や豪商人がバーン家についたそうだ。
なんでそんな事まで知っているのか聞いたら、前任の店長(店長歴20年)がバーン家の当主に「我が弟のアントニオが記した書に、店長就任時に貴様が行った悪事が残されているぞ」と脅迫されているところを、タマタマ目撃したからだそうだ。
タマタマとしつこく強調していたから本当に、タマタマなのかどうかわからないけどね。
だって、ピエールさんが現店長なのだから。
そんなわけで、もとから第一、第二王子に付いていた貴族は次々に第三王子でありバーン家のクラウさんの婿であるラーディッシュ王子に鞍替えさせられているという。このまま進めばラーディッシュ王子が王位を継承することは間違いなさそうだ。
現王に似て第一、第二王子は共に傲慢で自分の好きなことだけをしていて面倒なことはラーディッシュ王子に押し付けていると。現王も必要最低限しか行事にも参加していないそうだ。
ちなみに闇教の信者はラーディッシュ王子の政策により、少なくとも王都内には皆無となっている。
キナ臭さは残っているが現王の施政よりも良い国になる方向に進んでいるのだから、王都内でゆっくりチョコレート作りをすれば良いかと思うだろうが。
ここで、女神様が降臨する。バーン家に女神様の絵と本が広まれば、とうぜんクラウさんの目にも止まる。そしてチョコさんに伝われば……
この話しは城内で爆発的に広まっていると言う。
女神様が教えてくれたチョコレートは、貴族の間でチョコさんの白雪チョコレートとなり、一大ブームを巻き起こしているらしい。
それだけでもお腹一杯なのだが、別れ際にピエールさんに言われた。
「私は、マッキーさんが女神様では無い事を知っているから、聞かれれば普通の人であると言います。だけど個人の思いを否定することは出来ません。残念ながら商人である私は、品物の注文を頂いたら全力で対応せざるを得ません。そんな注文に商機があると感じた若い商人がブラン砦に向かいました。そして宗教というものは大概儲かるのですよ。しかもこれから国母と呼ばれるクラウディア様の崇める宗教なのですから」
それを聞いてクラウを止めるべきか考えたが、顔を見せに行った瞬間アウトっぽい。
そんなところでは、ゆっくりなんてしていられない。だからアタシはここにいるのである。
この小屋でチョコレート作りを始めて1月が経った。持っている材料が残りわずかになったので、必要な物を買い足すかどうするか迷っていた時に、接触してはいけない存在に出逢ってしまった。
「この世界にもチョコレートが産まれたのか。甘ったるいが良い香りだ。たまたま近くを通ったのだが良い香りに惹かれて寄らせて貰った。どうだい?僕にも少し分けてくれないか」
またしても、やってしまった。
王都でも香りが漏れて大騒ぎになったというのに、反省は何処に落としてきてしまったのだ。
しかも香りに惹かれて現れたのは真っ黒マントで『僕っ娘』の魔王様ことヨミさんである。
なんという失態。なんというピンチだ。
慌てて自身の格好に目をやる。
チョコレート作りに邪魔なマントと籠手とすね当てはしまっているので今は濃緑の作業着のみを着ている。
現状、髪の毛が前に掛からないように回復包帯で結んであるだけだ。
相変わらず危機意識が弱いというか振動感知に頼りすぎというか。
武器のホウキはあるが、戦いとなったら防具が無いのである。
戦うような状況になったらアウトである。ここは同胞だと気づかれないように、この世界人として対応して、早々に立ち去って貰うのが得策だと考えた。
「えっと。どちら様ですか」
ほんとは知っているけど知らない振り。普通なによりも先に名前を聞かなきゃだめだよね。冷静に、冷静にを、心掛けなきゃ。
だが、お約束という展開は時として、どんなに隠していようとも素顔を晒けだしてしまうものである。
「人の名前を聞くのなら。まず本人が名乗るのが常識だろう」
お約束の返しを入れられてしまい、つい。
「マッキーです。今は白雪と名乗っています」
ってアタシ何言っているの。まずい。これは早く誤魔化さなければ。えっと。どっちを?
マッキーと言った事を?
白雪と言った事を?
どうしよう。こうなれば更に偽名を作るしかない。
「今のチャイチャイ。どちらも偽名で本当は……」
本当は何て言おう。そうだ。
「……本当は『時任』って言います」
って、アタシが結婚した方の記憶の名字じゃないか。
何を口走っているのだ。
これって一番言ってはいけない奴だ。響きからして完全に日本語だし。でもマイナーな苗字だからわからないか。
これが『鈴木』や『山田』とかだったらバレるよね。この世界にトキトウさんって居るのかしら。それなら問題ないはず。居てください。お願いします。
アタシの名乗りを聞いてヨミさんは口を開く。
アタシの声よ天に届け。
※今のチャイチャイ
意味:『今の一手ちょっと待った』とか『やり直し』




