樹利亜に傷心
まずいとは思っても、御神木の上からアタシは飛び出して行きたい気持ちを抑えつけて耐える。
気を抜けば身体が勝手に走り出してしまいそうだ。
ここでアタシが姿を見せて救援に向かうのはとにかくまずい。
なにしろバーン家にとってはアタシはお尋ね者だからだ。
だが、ここでハタと気がつく。姿を見せたからといって、クラウさんの命以上に何かまずいことがあるとでも言うのであろうか。
答えは否である。
知らなかったならまだしも、知り合いがピンチと知っていて救援に向かわないなんて、自分の都合だけでそこまで冷酷になりきれない。
考え直したアタシは潜伏スキルが解除される事もいとわず気を高めて御神木から飛び出そうとした。
が、出来なかった。
なんと御神木からアタシの足を掴むように手が生えていたからだ。まさか御神木は食虫植物ならぬ食人植物であったのか。
クラウさんを救出しに行くことばかり考えていたアタシは、植物がこんなにも能動的に動いてくるなんて思いもしない行動をした為、混乱してしまい冷静に思考が働かない。
考えることは、このままでは不味いと言うことだけである。それはクラウさんが不味いのか自分が不味いのか両方なのか、その時を思い出してもよくわからない。
それほど思考が乱れていたのである。思わず気を最大限に高めてしまった。もしそのまま気を放出していたらまた高高度の青い世界にたどり着いてしまったのかもしれない。
気を放出しなかった訳は
「私が悪かったから。それは止めて。お願いだから。許して」と何かが脳に直接語りかけてきたからであった。
普通いきなり何かが語りかけてきたらびっくりしてパニックに陥りそうであるが、すでにパニックに陥っていたアタシは一周回って逆に冷静になった。
足をつかんで脳に直接話し掛けてくる者、ファンタジーでこの状況なのだから御神木以外に考えられない。
高めていた気を落ち着かせてから御神木と向き合うことにした。
御神木は1万年程前に少女の手によってこの地に植えられたそうだ、その時に樹利亜と名付けられ、それから近辺の生き物達を見守っていると言う。
話しは、はしょったし、樹利亜にちょっと待ったもしたよ。御神木の半生なんて聞いていたら日が暮れるどころか何日掛かるかわからない。
なんでアタシが飛び出すのを止めたのかだけを聞くと。
樹利亜は、最近鳴り出したあの鐘の音を聞くと嫌な気分になっていた。どうにかしたいと思っても、自分で行動はできない。御神木と言われたところで木であるからだ。ただ見て受け入れるることしか出来ない。
でも1万年この地に居たがこんなにも嫌な気分になったことは無かった。それを排除してくれた少女にお礼を言いたかった。でも少女が自分に触れるくらい近くに来てくれなければ、お礼を言うことも出来ない。なにせ木は動けないのだから。
来てくれないかなと思っていたら。突然、自分の枝に現れた、その事に驚きつつも少女はすぐに行ってしまいそうだ。お礼を言うのは今しかないって事で足を掴んだと言うことであった。
樹利亜がお礼を言いたかったのはわかった。なので「どういたしまして」と返礼してから「友達を助けに行かないといけないから。足を放して」と言ったのだが。樹利亜は放してくれない。何故放してくれないのか聞いたら。
「お友達は無事だから。安心して」と言いながら映像を見せてくれた。
扉を叩き壊し侵入した黒マント達は、数歩もいかないうちに侍女と使用人の手によって床に転がされていた。
すっかり忘れていたのだが、バーン家は武闘派の高貴族である。当主を含めて赤子以外は全員が戦うことができ、戦闘訓練は毎日行われており有事に備えている。
映像が終わったので正門を見てみれば、戦闘はすでに終了していて、脱がされた黒マントが山になっている。
取り合えず樹利亜に黒マントの襲撃は初めてなのか聞いてみたら。すでに3回目だと言うことだった。
それを聞いて対策は十分していると考えアタシはひとまず安心したが黒マント=闇教の信者が王都にたくさん居ることに驚いた。
急いで行く必要はなくなったのだが足を掴まれたままなのは困るので、再び放して欲しいと伝えると、お礼をしたいので少し待って欲しいと言ってきた。
お礼と放さない事の関連がわからないから更に聞くと最低の返事が返ってきた。アタシの足を掴む物は手のように見えていたが枝を手のように成長させて掴んだと。だから放すなんて動作は出来ないって。どうするのよこれ。
斧で切ることも、火で焼くことも出来ないのでしょ。アタシに一生ここに居ろとでも言うつもりかい。
樹利亜はアタシの剣幕に動揺すること無く、お礼をしたいので少し待ってねと繰り返すだけであった。
ところで1万年生きている木の少し待ってとは、どのくらいの時間なのだろうか。
日が暮れて夜になり朝日が昇るころまで待っていても現れないので。木の幹をノックして樹利亜を呼び質問したら
「それくらいの枝なら1年くらいでとれるよ」と悪ぶれもなく答えてきた。
「そっかあ。アタシはこれから1年張り付けかあ。急ぎの事は何もないし、しかたがないから待とう……
だなんて言うわけが無いでしょ。そんな長期間居たら干からびてしまうでしょ」
あまりにも当たり前でしょと言うような返事につい乗り突っ込みをしてしまった。
だが樹利亜は平然と「食べ物ならそこに実をつけたから心配しないでね」と言うから足元を見ると確かに紫色の実がなっている。
口に入れるには恐い色だったので一応「食べられるのよね」と念を押してから一つもいで口に入れる直前に気がついた。
天然な存在とは時に恐ろしい、相手をするときはしっかり舵取りしないと、うっかりで心に傷を負いそうだ。
「そう言う意味ではなくて一年もここに居るつもりが無いってこと。樹利亜が放せないと言うなら自力で脱出するからね」
斧で切れない、火でも燃えない御神木。でも最初に樹利亜が言っていたからアタシなら脱出可能である。
それ以外にももう一つあるので方法は二つになっている。だから質問することにした。
もしかしたら希望する解答は得られないかもしれない。でもアタシの今後を左右する重要なことになるかもしれないので慎重に事を進めなければならない。
アタシは口を開きシンプルに質問した。
「樹利亜。あなたって、なに?」




