灯籠と王国の罠
アタシは何を言われても『タローです』と答え続けるつもりでいたが、その計画は初っぱなから脆くも崩れ去った。
「さて今の話しを聞いて貴女は何を思う?」
ブラウンさんがアタシに問い掛けてきた。
これはチャンスと思い
「そうですか。たいへんな苦労をしていたのですね。アタシの父の名前はタローです。それと今の話しがどう繋がるのか解りません。だってアタシの父の名前はタローですから」
『タローです』攻撃開始である。
さあ。とことんまで言ってやる。『タローです』攻撃の恐ろしさは伊達ではないのだよ。
だがそんな意気込みをよそに、ブラウンさんは思いもよらない返しをしてきた。
「そう。お前の父の名前はタローだ。だが正確には発音が違う。正確には『ツォロー』だ。アントニオは、子供の頃に見つけた本の中に描かれていた石で出来た明かりを灯す道具を気に入っていてな。俺は世界を照らす『ツォロー』になりたいとよく言っていてな。それが高じて偽名として使っていたのだよ。だから『ツォロー』とは聞こえずにタローだと聞こえていたのだろう」
もしかして石で出来た明かりを灯す『ツォロー』って灯籠のことなのか? 元の世界でも日本庭園や寺院に置かれているあの灯籠のことなのか?
アントニオさん。なんてややこしいことをしてくれたんだ。よりによってそんな偽名を名乗っていたなんて。
あまりに突飛した話しに『タローです』と返せる訳もなく、呆然としていると。
今まで続けていた沈黙を破りマリアさんが口を開き
『ああ。マキシミリア。私が貴女の母親です。長い間一人で苦労をさせてしまってごめんなさい。 今日からは私が貴女の母親として責任を持って守り育てます。かぁさまと呼んで良いのよ。さあいらっしゃい。私のかわいい娘よ」と両腕を開いてきた。
思わずそこへ「おかぁさま」と涙を流しながら抱き着きたくなる衝動に囚われた。これが自分の出生を疑いほんの僅かでも両親を求める心があれば間違いなく抱き着いていたであろう。
でもアタシにはアタシの両親が居る。もう二度と会えないとはいえ。
呆然としてしまっていたアタシだが目の前で繰り広げられた内容は、あまりにもあざとい。
この為だけにマリアさんは同席していたのかと納得した。それにしても一連の演技には何かしらの作為を感じる。アタシはマリアさんから視線を外してブラウンさんを睨み付ける。
マリアさんにばかり集中していたので気が付かなかったが、感動のシーンを演出するために涙を流してみせていたようだ。ブラウンさんも、とんだ狸オヤジである。
アタシが睨み付けると涙を拭いてから不敵な笑みを浮かべた。
マリアさんも開いていた腕を閉じて元の不気味な表情に戻してうつむいている。もしかして子供に拒否された悲壮感を現しているつもりなのか。
アタシの勝手な考えだが、この茶番劇は本当にアタシがバーン家に取り入る気がないのかを確かめるべく行われたと推測している。
アタシは本気で貴族になんてなりたくないのだから無駄な努力である。名演技、お疲れ様でしたと称えたい。
不敵な笑みを浮かべていたブラウンさんであったが不意にホッとしたような表情に変わった。
アタシはまだこの先に何かがあると感じて警戒するために身構える。
ブラウンさんは身構えたアタシに慌てて、両手を振って演技の終了を伝えてきた。
マリアさんも、不気味な表情から一変して華やかな笑みを浮かべている。
アタシは再び訪れた状況の変化について行けずに、構えを解くこともできずに居ると。
ブラウンさんはネタバラシをしはじめた。
話しを聞くとこの茶番劇はラーディッシュ王子の仕掛けであった。
取り入ろうとするアタシを試した訳ではなく、逆にアタシを取り込もうとしていたと言うことであった。
そして話しにも乗らずにバレたら正直に話して良いことになっていたそうだ。
うまくいけば、ラーディッシュ王子とバーン家の間に才能のある高魔術師を引き入れることが出来る。ただし妖精ではなく人の子であると確定してしまうのが残念になるがと。
失敗したなら正直に話せば頭の良い娘だから呆れはするだろうがすぐに逃げ出すことは無いだろうと。大人ならばまだしも親を求めない人の子はいない。それは妖精に近い存在だと確信を得ることが出来ると。
それを聞いて思わずため息がでてしまった。
ラーディッシュ王子の言う通り。呆れ果てて逃げ出す気にもならない。
だが話しはここで終わらなかった。
なんとアタシはバーン家の貴族の一員として登録されてしまっていたのだ。
それもクラウさんの双子の妹として。
先程の茶番劇はまったくの作り話ではなく、ほぼ実話であった。
事実は『闇魔』に拐われたマキシミリアは救出することは出来たが『闇魔』に侵されてしまっていた。
魔術の大天才であったアントニオは全身全霊をかけてマキシミリアを治療しようと躍起になって調べ研究したが『闇魔』を祓うことは出来なかった。
暫くは己の力不足を嘆いていたが、ふとあることを思い付いた。それは昔話だ。
アントニオは伝説のエイヨウの逸話に希望を見いだし何でも願いを叶えてくれると言う黒い小石である英雄石を探し旅に出たということであった。
アントニオさんは後一歩と言うところで望みの叶う黒い小石にたどり着ける所まで来ていたのだ。
人の思いとは時に想像を絶する物である。
だがそんな過去の事よりアタシのおかれている現状を表すと。開いた口が塞がらないとはこの事かと思う。
ラーディッシュ王子の策略により、アタシ本人の意思とは無関係にセントラル王国に縛り付けることが出来た事になる。
マキシミリア・バーン 愛称マッキーは本人がどんなに否定しようとも公式にはセントラル王国高貴族として扱われる。
『ジャムモドキ』や『新型携帯水筒』や『氷』の魔道具のように今後他国で何かを発明して公表しようが名声はすべてセントラル王国に帰すものとなる。セントラル王国高貴族のマッキーが○○を発明したと。やっぱりセントラル王国は凄いと。
王国には人材が豊富にいると。
そう他国でも本国でも人民に思わせることが出来れば莫大な利益を得ることが出来る。
この6日間の日々は申請、許可、登録、通達の為の期間であった。
通常ならこんな短期間に済む内容ではないらしいのだが、王族であるラーディッシュ王子が精力的に働き実現したそうだ。
とうぜん冒険者ギルドや商人ギルドにも通達されており全ての書類が変更修正済みとなっている。
そして書類だけではなくその事をアタシに伝える事により手続きは全て完了である。
そうすれば、頭の良いこの娘はこの事を前提にして行動するだろうと。
手中に納めて飼い慣らすだけが取り込む方法ではない。自由を与えて、名声だけを取り込めば王国としては十分なのである。
やられた。完全にしてやられた。ラーディッシュ王子の言っていた1週間とは手続き完了までの期間だったのか。そこまで貴族の屋敷で足止め出来ればその後逃げ出そうがどうでもよい。登録の期間中に王国に居さえすれば書類は一人歩きできる。その書類だっていくらでも偽造できるのであるから。
そこまで考察して、アタシは再びブラウンさんを睨み付けた。
例え相手が巨大な王国であろうが嘗められたままでは骨までしゃぶられる事になる。
この先の返答によっては容赦なぞするまい。悪魔にでも魔王にでもなってみせる。
強い意思を持って挑むマッキーであった。




