死の恐怖と双丘と
翌朝、アタシは何故か部隊長と行動していた。
部隊長は45歳。名前はスライと言い。昨夜、王子との間を取り直してくれたことを頻りに感謝してきた。
知らなかったとはいえ、王族を足止めしてしまったのだから、不敬であるとその場で処刑されても文句の言えない状況だったと言っていた。
たいした礼は出来ないが王都までは俺が責任を持って連れていくと男気溢れた物言いをしている。
とは言え、部隊長は馬上の人でありアタシはクラウさんと一緒に旅してきた馬車に一人で揺られているのだが。
クラウさんはとうぜん王子の馬車である。
先程馬車に乗り込む姿を見たが、白い鎧と背中に背負った大剣が力強さを醸し出していた姿が印象的であったのに
今の白いドレスを着ている姿は儚く感じるのが不思議で違和感ばかり思う。
見慣れれば違和感はなくなるのかもしれないが、馬子にも衣装とは昔の人は良く言ったものだ。
先程、部隊長が責任を持ってとか言っていたが、元からいた兵隊さん達に王族の兵隊さん達が加わって、300人越えの集団となっているのに責任をとるような事件が起こるわけがない。
強いて言えばこの集団の後をたくさんの商人と思われる馬車が連なっている。
いくら治安が良いと言っても盗賊は0と言うことはないので便乗警護を狙っているのは簡単に想像出来る。
そんな商人達がまさかの謀反とか起こし背後から魔術を乱射ってことはありえないか。
アタシの乗る馬車が急激に左へ進路を変えたと思ったら馬車の右横を火の玉が通過していった。
そうそう。こんな風に……って
えええっ。まさかホントに便乗の商人さん達どうしたのよ。
後方を見やると商人さん達側も混乱しているらしい。殆どの馬車は自分達は無関係ですと意思表示するように街道から外れて停車したり慌てて逃げだしていたりする。
火の玉を放ちながら接近してくる馬車は数台だけだ。
王族の兵隊さん達は振りきるために加速すると思いきや。急停止して杖先を商人に向けている。
アタシの乗る馬車含めて後方にいた部隊が杖を向ける兵隊さん達の内側に入った瞬間に。
号令一閃、冒険者達の使う大きな火の玉とは違い小さな火の玉が飛んでいく。
小さな火の玉とはいえ大量に飛んでいく火の玉はまるで壁のようだ。
間近にまで迫っていた魔術を放っていた商人達は馬車もろとも火の壁に当り燃え上がり。炭へとその姿を変えていく。
火の玉の斉射は3回で止みその後、剣を持った兵隊さん達が突入していく。
アタシはあまりの光景に何も考えられずに呆然と見ているしか出来なかった。
思考が戻ったのは生存者を捕縛して燃えた馬車に水の魔術で消火をしはじめた頃だ。消火を終えた馬車から街道の外れに移動させられている。
放置しないのはいつまでも街道を塞ぐわけにはいかないからだと思う。
冷静に見ていようと努めていたが、じわじわと死の恐怖が膨らんでくる。
昨夜、嬉しそうに寄り添って来ていた馬さん達とは違うとはいえ、先程まで元気に荷車を引いて着いてきていた同種の馬さんの変わり果てた姿を見ていたからだ。
初弾が外れていなければアタシも同じ姿になっていたのかもしれない。
身近に起きた死の恐怖に囚われてしまった。
思わず涙がこぼれ落ちる。
涙はこぼしてしまっても泣いてはいけない。泣いたら思考が出来なくなるからだ。
アタシは死の恐怖を振り払う為に思考を纏めていく。
今までに何度も何度も振動感知は万能ではない、油断をすれば死ぬのは自分だと反省していたが、今回も反省とは裏腹に火の玉が着弾するまで気が付かなかった。
少しでもずれていたら丸焼けになっていただろう。いや違う。あの時急激に進路を変えたのは直撃コースだったからなのか。
御者さんは後方もしっかり警戒していてくれて火の玉が飛んでくることに気が付いて対応してくれたんだ。
御者さんが違う人だったら、タイミング悪く別の事に気をとられていたら、馬さんが御者さんの指示にすぐに反応しなかったら、思考は死の方向にどんどん逸れていく。
火の玉の飛ぶ速度が速かったら、もっと至近から放たれていたら、アタシは炭になっていたに違いない。
死の恐怖は負のループを描いて真っ暗な海に引きずり込もうとしていく。まるであの時の闇魔の誘いのように。
闇魔の誘い? まさか死の恐怖を感じているのは闇魔のせいなのか。
今までも死の恐怖に直面することがあったがここまで過剰に感じた事は無かった。
試練を乗り越えたことにより闇魔はアタシから消えたと思っていたがそれは勘違いだったようだ。
現にアタシの心は闇に染まり始めている。
なんとか抵抗したいが身体だけではなく声もだせない。
闇魔も学習しているようだ、意思の力を発する方法を封じてきている。
他に何か方法を考えるが良い方法は浮かばない。
わずかばかりでも抵抗する意思の力があれば進行は止まるみたいだ。
でも跳ね返すところまではいかない。
気を緩めたら一気にやられそうな気がする。
このままでは不味いと気ばかりが焦る。焦る。焦るがどうにもならない。
その時、アタシの意思を後押しする力が加わったような気がした。少しずつだが確実に増してきている。そして均衡は破れた。闇に染められていた心が輝いたと感じた時には闇の痕跡もなくなった。
アタシは暖かい何かに身体を包み込まれているように感じた。この感じは知っている。つい最近も感じた暖かさだ。
意識が身体に戻った瞬間に目に入ったものはやはりBカップの双丘であった。




