暗闇から見つめる目
お尻の試練が始まってから15日が経った。
でも本当の意味での試練はこれからだったようだ。
岩砂漠の道は小石が多かったが、風が吹けばわだちは埋まったり飛ばされたりして平らになろうとするので揺れは少ない方だったのである。
岩砂漠を抜けて安堵したのもつかの間。草原の道は小石がない代わりに、わだちがとんでもないことになっていた。
飛び上げられる衝撃は無くなったが、前後左右に振り回された。
クラウさんはクッションに座り、円を描くように腰を使って身体を垂直に保っていた。
対するアタシはクッションに座ったところで体重が軽い分、摩擦が足りなくてお尻ごと滑ってしまう。
だから始めはシェイカーの中のように馬車の壁にぶつかっていた。
お尻は擦れる、頭や身体はぶつける。
ここに到ってシートベルトを自作して身体を車内に固定する事を思い付いた。
元の世界では車に殆ど乗ったことが無かったから、なかなか思いつかなかった。
バスや電車にはよく乗って移動していたが、それらにはシートベルトがないから発想が遅れた。
この安定感は安心である。
お陰で身体をぶつけることは無くなったが身体は馬車の揺れに直結して揺らされる事になる。
お尻への試練は終えたが今度は平衡感覚への試練が始まった。
宇宙飛行士になるためでもあるまいし何のための試練だ。
辛くて悲しくて涙が出る。
出た涙は激しい揺れにより飛び散り頬を濡らすことはない。
そんな試練であったが2日で慣れた。
人間は環境にすぐ適合する生き物であるからこそ
世界中に生息圏を広げることが出来たのだど実感してしまった。
だが試練はまだ続く。
草原を抜けて森に入ったのだ。
ここには小石もあればわだちもある、そして最大の難敵である木の根っこが有ったのだ。
小石やわだちも乗り上げれば減速するがそれは僅かだ。馬車の重量があるので慣性の法則にしたがって一気に乗り越えることが出来るからだ。
だが木の根っこというのは硬くて太い。
こんな物に突っ込んだら馬車は跳ね馬の様になる。
引っ張るお馬さんも辛そうだ、夜にこっそり包帯を巻いてあげている。
四輪の馬車なので最低でも2回跳ねる、そして一気に減速する。
その後直ぐに加速するのでシートベルトが胸やお腹を圧迫する。
乗り上げる瞬間が分かっていれば力を入れるなりで対処できるが、いつ乗り上げるか分からない状態で常にお腹に力を入れ続けることは不可能である。
そういうのは大概、気を抜いた瞬間に訪れるのが世の常である。
少女にらしからぬ「ぐへっ」とか「げふっ」とか言ってしまってもなかったことにしていて欲しい。
この状態はさすがのクラウさんでも辛そうだ。
後頭部を壁にガンガンぶつけて涙目になっているもん。
長い試練というか、すでに苦行と言っても過言がない状態であったが森を抜けることによって終止符が打たれた。
なんと石畳が引かれているのである。
今までの揺れは嘘のようになくなり、馬車は滑らかに進んでいる。
これなら快適だ。
この20日間つい先程まで、なんでこんな酷い乗り物で移動しなければならないのかと思っていたが、基本がこれなら納得である。
ここまでの距離は全行程の1/3だそうだ。
先はまだ長いなと思っていたら時間的には2/3を消化したと言う。
ここからは一気に加速出来るそうだ。お馬さんも難所を越えて元気になった様に見える。
石畳を順調に進んでいたが王都まで後2日というところで事件が起きた。
こんなにたくさんの兵隊さんが居る中での事件。
だから肉食獣や魔物とかの襲撃では当然ない。
そんなもの今までに何回か現れていたが一瞬で撃退しているので事件にもならない。
そんな中、このタイミングでアタシの進退に関わる事件が起こるとは警戒が足りなかったのだろうか。
劣悪な環境の間は夜は疲れているので、テントでもすぐ眠っていた。
だがよく整備された道に入ると殆ど疲れはなく宿泊場所は宿であるから貯まっていた疲れも抜けてきて、以前とは違い眠る前の時間があるためこれからの事を考えてしまったらしい。
問題は同性とはいえ貴族の娘とただの冒険者を一緒にさせる事は出来ないので部屋は別であったのに、アタシの部屋に来たからである。
それも想定外の方法で。
ここは高級宿。一泊で金貨が飛んでいくようなそんな宿である。
兵隊さん達全員が泊まる訳ではなく。護衛が数人だけ泊まり残りは街の外で夜営をしている。
初めての高級宿は色々緊張したが7回も泊まれば慣れてくる。
だって高級なのはクラウさんの部屋であって、アタシが泊まる部屋は侍女が泊まる部屋だからだ。
机、椅子、ベッドだけしかない普通の部屋である。
強いて上げれば貴族の着替えを入れておける大きなクローゼットがあるのが普通の部屋とは違う点であった。
でもクラウさんは貴族の娘だが冒険者としての旅の帰りである。
明日着る服をアタシが選んで持っていくなんてするような服を持っている訳でもないので、クローゼットの中は空っぽである。
この7日間繰り返したように今夜もクラウさんがベッドに横になるまで振動感知を続けていた。
ストーカーチックであるが寝てもらわないと安心してアタシが眠れないからだ。
夜営地でのテント生活では寝る前に少し話して寝ていた。
アタシのブラン砦での武勇伝だ。
ネズミ苦女子の話しからオーク討伐の話しまで、盛るところは特盛にして話したら興味深く聞いていてくれた。秘密も特盛あるからその辺は気を付けて話したけどね。
宿に泊まれるようになってからも話しを聞きにくる。
今日はここまでと話しを打ち切りアタシは部屋に戻ったのだが、暫くすると扉をノックされたりする。
アタシは森での反省から潜伏スキルを使った睡眠は最終手段にすることに決めていた。
だから宿で寝るときは蜘蛛糸警報装置を設置しなければならない。
訪問してくる可能性があるのはクラウさんだけなので眠りに着くのを待ってから寝床の準備しないといけないのである。
油断していた訳ではない、今夜もクラウさんがベッドに入ったのを確認してから寝床を作り始めたくらいだしね。
扉もしっかり施錠した上で目張りしてから蜘蛛糸ハンモックで横になった。
そして眠り落ちる瞬間、小さな物音が聞こえた。
その音は不思議な事に室内でしたような気がした。
アタシ以外に誰も居ないと言うのに。
始めは日中日差しにより暖められた宿が夜になり冷えた為に起こる軋みの音かと思っていた。
だが音がした後に続いて聞こえてきたのは、何かを引きずるような音である。
その音はだんだん近づいてくる。
アタシは蜘蛛糸ハンモックにいるので振動は極限まで遮断されており識別は出来ない。
でも何かが居ることは確かだ。
場所は……クローゼットの中?
クローゼットの中は何もはいっていないし、おかしな所もない普通のクローゼットであったはずだ。
そんなクローゼットの中から音がする。
もしかして幽霊さんですか?
えっと。貴族の侍女としてこの宿に滞在中に何らかの理由で自殺してしまったとか言う裏話がある部屋だったとか?
アタシは考えてもいない状況にクローゼットを仰視したまま金縛りに合ったかのように固まってしまった。
なおも続いていた引きずるような音は不意に聞こえなくなった。
そして静かにクローゼットの扉が僅かに開いた。開いた隙間にアタシの目は引寄せられる。
そして、目が合った。
元の世界ではよく聞く話だけど、実際見たことが無かったのに異世界で幽霊を見てしまった。
これは事件だよね。




