8『記憶の落とし場所』
ギル・アウトレストは、必ずルイ・レルゼンを殺しに来る。
執念深いストーカーのあの男を掻い潜るには、殺す以外選択肢は無い。
異世界に来てまだ時間が経ってないにも関わらず、既に2回、命を狙いに迫って来ている。
だが、難しいことに、だからと言って殺そうとすればエルナが黙ってない。
エルナの求める『英雄』"ルイ・レルゼン"像を消滅させてしまえば、零の心の拠り所が無くなってしまう。
さて、エルナの目を掻い潜り、ギルを殺すにはどうすれば良いか。
「――ルイ、聞いてる?」
「ん?」
思考を回していると、視界にひょんっと顔を出すのはエルナ。
そう言えば、零が深い考えに沈んでいる間、エルナが何か言っていた気がする。全然聞けていなかった。
「えと、ごめんごめんなんだっけ?」
「もう、真面目に聞いてよ。これからの動きについてよ!」
「動き...。そうだな、早く"ルイ・レルゼン"を取り戻さなきゃだ。」
「うん、どうしてルイが記憶喪失になっちゃったか...その鍵を握ってる、と思う場所。」
記憶喪失、で合ってるのかの議論はもうしようとも思わない。説明した所で結局エルナも完全理解は出来ないし、当の本人零も何も分からないのだから、ひとまず、記憶喪失で済ませる。
「鍵って、分かるのか?」
「えぇ。昨日、私とルイはシワレスに来て、それぞれ単独行動をしたの。」
エルナによって語られるのは、"ルイ・レルゼン"とエルナの、最後の行動記録だった。
「そもそも、言ったけど私達はゾーアに会う為、魔界を目指してて、シワレスは立ち寄った街に過ぎないのよ。でも、シワレスで何か目的をみつけたみたいで....。」
「ん?その目的は共有してなかったのか?」
「だって、ルイっていっつもそうじゃない!何でもかんでも一人で動くから!」
と、ポカポカ肩を殴られる。
屋台の隅でイチャイチャするカップルのように見られてる気分で、満更でもないが。
だが、今は話を元の路線に戻さなくては。
「ごめん、ごめん、何で俺が謝んのか分かんないけど。」
「ルイが悪い!だから、謝りなさい!」
「はいはい...ごめんなさい、で、シワレスに着いてから、"ルイ"は、何処に行ったんだ?」
「...ルイは、宿で一息着いて早々、『シュワの時計塔』に行っちゃったの。」
「時計塔?...あぁ、あのでっかいやつか。」
そう言いながら、街のシンボルとも言える、大きな時計塔を見つめる。
ロンドンを彷彿とさせるような、巨大な時計塔が時刻を示している。
今気付いたが、時計は異世界でも同じようだ。
「でもあれって、ただの時計塔なんだろ?そこで記憶を落とすって事あるか?」
「分からない...でも、私が知ってる最後のルイの行動はそれだけ。」
「んん...」
「...最後に、ルイはこう言ったわ。」
エルナが悲しそうな目で呟いた。
『――まさか...!エルナ、ちょっと時計塔行ってくる!すぐ、戻る!』
それが、"ルイ・レルゼン"とエルナの最後の会話だったらしい。
「...ルイは、何かに気付いて走って行ってしまったわ...。そして、戻って来ないルイを探し回って、今朝...時計塔の大部屋で倒れてるルイを見つけたの。」
「そこだ、そこしかない!」
記憶喪失の原因は、時計塔。
零は瞬時にそう判断を――
「なんにも、無かったの。」
「...ぁ、そっか...そりゃ、エルナは時計塔行って俺を見つけたんだから...。時計塔には行ってんのか...。でも、そこで俺に何かがあった訳だから、そこに行くのが今出来る最善なんじゃ?」
「えぇ...、その通りだと思う。ルイにだけ何かしら作用がある仕組みがあるかもしれないし、もう一度行くわ。」
「よし、決まりだ。」
記憶喪失に関する秘密が眠っているであろう、『シュワの時計塔』。
現代と同じ文面の時計針は、今を1:35と示している。
一秒で動く針、一分で動く針、一時間で動く針、しっかり三種の針を携えている時計塔は、異質な雰囲気を醸し出し、シワレスの中央にそびえ立っていた。
しかし、何故たかが時計塔で記憶を落っことすなんて事があるだろうか。
「時計塔から落っこちてその衝撃で、とか?」
「あんな高い所から落ちたら死んじゃうよ。」
「だよなぁ...、ま、行ってみないとヒントも掴めないし、ものは試しだ。」
重い腰を上げて、零はエルナの手を持ち、時計塔へと足を進める。
"ルイ・レルゼン"の記憶が無くなったかもしれない場所、『シュワの時計塔』へ。
「...えーーーと....これはどゆこと?」
「ん?どうしたの、ルイ。」
と、歩き始めて一歩目で、零はとある物に目をやる。
すぐ横の屋台に売っている果物についてだ。
彩り緑な果物が綺麗に並べられており、店主のおじさんが手を叩きながら商売する。
「お、なんだいあんちゃん、ライの実が気になるのか?100Gだよ!」
「...これ、らいのみ...って読むの?」
そう、店の前に並べられるオレンジ色の果物、そこには謎の文字が羅列されており、一切の解読が出来なかった。
「つーか、あんちゃん達...黒いフードで顔見えなくて怪しいな...。怪しいと言えば、聞いたかい?この辺で"ルイ・レルゼン"が居るって噂。あの、クズ野郎が。」
「...っ!へ、へぇ、そうかい。」
「騎士達が何人も街を徘徊していて、怪しい人物を見つけたらすぐ呼べって、おっかないねぇ。」
「...。」
店主の言葉に対して、黙って顔を下に向ける以外するべきことが分からなかった。
「...ルイ、行くよ。」
小声で、エルナが零に囁く。
「...あぁ、あんがとおっさん。でも、果物はまた今度買うとするよ。」
「おう、気ぃつけろよ。あんちゃん達も。」
そう言い、ヒラヒラと手を靡かさて、店主とは別れた。
「あんまり、良い印象持たれてねぇなぁ..."ルイ・レルゼン"...クズ野郎呼ばわりって。」
「仕方ないわ、やってきた事がやってきた事だもん。」
「そう言う割には、お前は俺を信じるんだな?」
「そりゃ...ルイは、私が居なきゃどうしようも出来ないもん。」
この時、ちょっとだけエルナに頬を赤らめてしまった。




