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大罪の英雄  作者: 虚無人
1章『始まりの街』
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7.『仮初の約束』

内臓を掠める剣の感触が、今でも忘れられない。

今まで味わったことの無い感覚を教えてくれた、ギルには感謝だ。


植え付けられた恐怖はそう簡単には拭えない。

トラウマレベルの体験をしてからまだ1時間程しか経っていないのに、人間の感情というのは凄いもので、"恐怖"から"憎悪"へと感情は転換していた。


無理くり、自分を異世界の常識に捉えさせ、狂わせた。


目の前に現れた、かつての恐怖の存在。怖い、逃げ出したい。だが、それでもまたいつか、見つかってしまう。

きっと、何度も何度も、零の命を襲って来る。この恐怖は、永遠に終わらない。


奴が死ぬまでは。


であれば、殺してしまえばいい。


「...必ず、ぶっ殺してやるよ...。」


恐怖が目の前にいるのであれば、消してしまえばいいのだ。自分を脅かす諸悪の根源を、抹消する。

問題に原因があれば、解決する。それだけの話。

狂気ではないが、狂気スレスレなだけ。


怒りの感情を剣の柄にフルダイブさせ、自然と握力が強くなる。

目力が強くなり、ヒシヒシと緊張感を漂わせる。


その姿まるで、狂人の域だろう。


だが、黒澤 零は至って正常。狂ってなどいない。狂ったフリをしているわけでも無い。


エルナの『英雄』であるために、自分とエルナを守り抜く為に、諸悪を断ち切らねばならないのだ。


「ガンギマってんじゃねえか...。なんだぁ、やっぱり立派な大罪人ズラじゃねえか。」


「黙れよ...お前が俺をそうさせたんだろ?訳も聞かずに人をいたぶって、楽しかったですかぁ?」


「逆恨みか?そもそも、お前が殺されても文句言えねぇ程の罪を犯したんだろ?何でお前がキレるのか意味が分からねぇ。大罪人の思考なんか、知りたくもねえが。」


一言一言、気に障る。記憶喪失だっつってんだろ。

コイツは、きっともう聞く耳を持たないだろう。こんな会話ももう面倒だ。


「殺す」


そう言い、零は地面を力強く蹴り上げ、ギル目掛けて剣を振り下ろす。


「だあああああぁぁぁ――――!!!」


キンッ!と、金属が火花を散らして、路地裏の暗闇の中で小さく光る。

ギリギリと、両者の剣はまじり合い、拮抗したように、剣と剣が押しあっている。


剣なんて振ったことは無いが、恐らく、"ルイ・レルゼン"の身体は勝手に覚えて、反射でこなしているのだろう。剣の重みも特に感じない。筋力のおかげだ。


「――っ!だあああぁ!」


剣に意識がいってる所で、第二の攻撃へと移る。

零は膝を思いっ切り振り上げて、ギルの腹に直撃させる。

屈強な腹筋を割る勢いで、渾身の膝蹴りをお見舞いする。


「っ!おま....っく!卑怯な、クズ野郎が!」


「はは!俺は『大罪人』なんだろ!?クズ野郎がなんだってんだ!」


卑怯と言われようと、『大罪人』と言われたなら、それ相応の振る舞いだってしてやる。

膝蹴りの次は、ギルの胸ぐらを鷲掴みし、頭部を思いっ切り鼻に叩き付ける。


「――っ!おま!」


ギルの鼻から真っ赤な血飛沫が飛ぶ。

やがて、どちらも剣に力を持ってこうとせず、ギルは保身に、零は追撃に神経を注ぐように動く。


「っぐ!」


「おらぁああああ!!!!!」


今度はギルの黒髪を無造作に掴み取り、路地裏のザラザラした瓦礫の壁に顔面を叩き付け、何度も何度も動き回し擦り上げる。

皮膚と壁が摩擦を起こし、痛々しい傷跡が壁に赤く塗り付けられていくが、零はお構い無しに続ける。


ここで、殺さなきゃ。でなければ、殺されるのは自分だ。


そんな思考が、零の身体を操作する。

止まれないし、止まるつもりもない。

油断なんかしない、一切の隙を与えない。


「がっ!」


ドンッ!と、擦り上げた後、地面に顔面を突き落とし、脳が揺れる衝撃でギルは目をくらます。


「...おま、いい加減...に、」


「トドメだ。」


うつ伏せになるギル。そんな彼の背中を捉えるよう、零の剣先が光り輝く。

焦点は心臓を貫くことが出来るであろう、左肺部。


意外にも、ここまで圧倒できた事に驚きは無い。

何故か、この身体だと軽々しく激しい動きができ、素早い瞬発力があるため、一切の隙を見せることなく、完封出来たのだ。それもこれも、きっと"ルイ・レルゼン"のお陰だ。


初めて、この身体で良かったと思った。


「死ね」


零は躊躇うことなく、剣をギルの背中目掛けて振り下ろした、その時。


「――ははっ!どういう風の吹き回しだよ!ルイの兄貴ぃ!」


「っ!はぁ!?邪魔すんなぁ!」


キンッ!と、風を切る音と共に乱入して来たのは、銀髪の騎士 ソージュだった。

興味無いと、あれほど言っていた男が、今更になって乱入ときた。


「お前!どうでもいいんじゃなかったのか!」


「あぁ、言ったな。興味無いって、今までの、アンタはな。」


「あぁ!?意味分かんねぇよ!退けよ!」


身体が熱くなる程、昂揚している。頭に血が昇るという言葉をそのまま体現している感覚で、言葉がツラツラと流れ出る。


「ソイツは!殺さなきゃならねぇ!俺らを殺そうとする異物は!誰だろうと、殺す!それが!人間の本能だろうが!」


「そうだよ!!!そうなんだよ!!!ははっ!ようやく目覚めたか!!!本能にっ!!!」


「っ!?」


零が怒る怒鳴り声を上げると、それに呼応するように、ソージュも怒鳴り声を上げた。否、怒鳴ってはいない。ただ、高ぶる感情にブレーキをかけられず、自然と溢れ出てしまったように見える。


「前までのアンタは気持ち悪くて見ていられなかった!だけど、今のアンタは...最高に!"人殺しの目"をしているっ!!!」


ソージュは、唾を吐き散らしながら、血眼になって零の精神を揺らがす発言をしだした。


「...人...殺し?ふざけんな...俺は生きる為に必死で...!」


「ルイ!もうやめて、逃げるわよ!」


そう言い、零の腕を掴んできたのは、泣きそうな顔になっているエルナだった。


「え、いや、待てよ!ここでこのままにしてたら、また俺達を殺しに来るぞ!」


「それでも!人は...もう、殺さないって...」


彼女の瞳が潤う。震えた声が、零の感情を揺さぶってくる。


「...なんで...、殺さなきゃ、殺されるのは俺達なんだぞ!?」


「それでも!ルイは...私の知ってるルイ・レルゼンなら、そんな事しない!!!」


「...!」


エルナの言葉が胸の奥でキュッと締め付けられ、声すら出せずに、零は絶句する。

今、この瞬間、黒澤 零は理解する。


「...はは....なんだよ、それ...。」


「ルイは...『英雄』だから...!人なんて、殺したりしないから..!」


「――っ!」


そうだ、そうだった。


エルナは、零の事を見てくれている。記憶の無い"ルイ"を、別の人と捉えて、しっかり一人の人間として見てはくれていた。


でも、それは、この身体が"ルイ・レルゼン"だからだ。


"ルイ・レルゼン"の絶対的な味方の彼女は、必然的にこの身体の中に居る、零の事も大切に思ってくれていると、そう思っていたが、どこまで行っても、エルナは"ルイ"のもので、"ルイ"もエルナのもの。


エルナの理想の"ルイ・レルゼン"が、"ルイ・レルゼン"なのだ。


「おい、やんねぇのか?」


銀髪の騎士が、横からうるさい。


「.........分かっ、た。」


零は長い沈黙の後、唇をぎゅっと噛み締めてエルナの腕に引っ張られながら、走って行く。


この身体で、黒澤 零の思考はノイズだ。

彼女を、守りたいなら、彼女の『英雄』を演じるなら、彼女の言いなりになるしかない。

反論は死ぬ程したい。


どうして、何の罪も無いのに殺されかけた上、こっちが殺そうとしたらダメなのだ?やられるだけやられて、反撃はダメとか、信じられない。


「でも...俺が、ちゃんと...やらなきゃ...。」


"ルイ・レルゼン"であり続けなければ。

奪ってしまったのだから、この位の事はやれ、黒澤 零。自分にそう言い聞かせながら、零はエルナに連れられ、裏路地通りを走っていくのだった。


その後ろ姿に悪態をつくのは、銀髪の騎士 ソージュだった。


「...ッチ、中途半端な男だ。ギルさんもそう思うでしょー?」


「...」


ソージュの言葉に、倒れたままのギルはまだ何も言う気配が無い。


「油断しました?確かに、アイツからこんなに反撃されるなんて初めてでしたからねぇ。」


「...あぁ、俺の認識が...甘かった、そうか...ルイ、お前は徹底的に殺さなきゃいけないんだな。」


ギルは、ゆっくりと上体を起こして、鋭くも悲しい目で、そう呟いた。


△▼△▼△▼△▼


「...ルイ、約束、してくれる?」


「...何?」


「お願いだから、人を...殺そうとしないで。『英雄』で、あり続けて。」


「...うん。」


『英雄』『大罪人』、どっちだよ。

とは、ココロノナカだけにしまって置いた。

今、それを口にしてしまったら止まらなくなってしまう気がしたから。


まだ、我慢できる。まだ、演じ切れる。

こんな配役、もうら二度ごめんだから、さっさと変わってやりたい。

誰が、"ルイ・レルゼン"なんか、好き好んで演じなければならない。


「...それが、エルナの求める...俺なんだよな...。」


「私の求める...と言うか、ルイはそんな事しない人だから...。」


「大丈夫、分かってるから。俺は、君の『英雄』を取り戻すから。だから、そんな顔しないで。」


「...ルイ。」


路地裏を抜け、屋台の隅の影で、零はエルナに微笑みながら右手を差し出す。

彼女の心を安堵させるよう、必死で平静を保つ。


黒澤 零は、エルナの求める"ルイ・レルゼン"である為に、これ以上、彼女の前で『英雄』に相応しくない行動はしない。

確かに、人を殺すなんて事、『英雄』らしくない。


その点は確かに理解出来る。いくら憎まれようと、殺されかけようと、こっちからは手を出さない。


ふざけるな。

俺は何もしてないのに殺されかけてんだ。いいわけが無い。あの男は確実に殺してやる。


「俺は、人を殺したりしないよ。」


光の失われたその瞳から、放たれる戯言に、エルナは眉をひそめつつも、


「...うん、そうよね。ルイは、ルイだもん。」


と、複雑な微笑みと共にそうこぼす。

だが、零の頭は、もうあの男でいっぱいだった。


エルナには『英雄』であり続け、世界からは『大罪人』だと言われる。

だったら、零がどんなに『英雄』であろうとしても、周りの目は変わらない。


エルナの目を掻い潜り、ギルを殺す。

『英雄』でありながら、『大罪人』。


――必ず、エルナを守る為、生き抜く為、俺は俺を憎む全てを、殺してやる。

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