6.『肥大化する憎悪』
シワレスは、セリシア王国の"境界街"なんて言われ方をしている。
神の存在に近き種族エルフの暮らす森と最も近い街であることから、人と神の境界線の間にあると考えられてその呼び方が定着したのだ。
黒澤 零は、何故この街で目覚め、"ルイ・レルゼン"の身体を奪うに至ったのか、その秘密は十中八九エルフと関係があると睨んでいた。
「実際、"ルイ・レルゼン"が記憶を失ったからって、たまたま転生した俺がこの身体に魂を宿すなんて、異世界転生的にもピンと来ない展開なんだよな。」
「つまり、ルイが記憶喪失になった原因は、エルフの魔法に関係があると?...どうかなぁ、確かにエルフの魔法は規格外だけど、ルイが簡単に記憶喪失になるような失態しないと思うんだけどなぁ。」
「でも、それしか辻褄が合う構図が無い。記憶喪失にも、しっかり原因はあって、近くには神々の存在、エルフの森...。そこしかねぇ、原因は。」
路地裏を2人、小声で呟きながら歩く。ポタポタ滴る排水溝の水やら、無造作にされる壁の落書きやら、表通りとは真反対の印象を受ける。
「とりあえず、エルフに会ってみない?」
「...言ったでしょう、神に近い存在なの。私はそもそも戦力外だし、今のルイも...勝算があるとは思えない。」
「なんで戦う前提で話してんだよ。つーか、心当たり無いの?記憶に関する魔法扱うエルフとか。」
別に、エルフに限った話ではなく、記憶喪失を促す何かさえ知れれば手がかりになるため、何でもいいのだが、一番可能性のあるエルフに絞った質問をする零。
基本的に、記憶喪失は脳への損傷、事故や病気で陥る症状なのだが、それはあくまで普通の記憶喪失。
零の場合は記憶喪失に異世界転生が加わっている為、魔法が関連していると思っている。
――まず、記憶喪失の原因...。そんで、俺の魂を"ルイ・レルゼン"に憑依させた原因、2つの原因を解き明かさなければ。
イレギュラーにイレギュラーが重なって、色々てんこ盛りな訳だが、順序立てて組み立てれば、上手くいく。そんな思考に頭を抱えていたら、エルナが先程の零の質問に答える。
「心当たりというか...昨日、ルイとした最後の会話がちょっと不思議だったかな。」
エルナは思い返したように、顎に指を当てて昨日の"ルイ・レルゼン"の事を話し始めた。
「最後は、どんな会話を?」
「まず、私達は『創造神』ゾーアの元へ辿り着くのを目的にして、旅をしていたの。そして――」
「待て待て待て!『創造神』!?何、神とか本当にいるの?エルフみたいに、〜的な存在とかじゃないよね、本当の神だよねそれ。」
「えぇ!?そんな事まで忘れちゃってるの?って言うか、ルイの記憶喪失ってどうなってるの?子供の頃の記憶はあるの?何を忘れてるの?世界の常識から何から何まですっからかんなの?」
「だーかーらー!俺は記憶喪失だけど、異世界転生でもあって!色々ややこしい事に――」
「――おい、デケェ声出すとばれまっせ。」
路地裏の暗い通りに、一筋の銀色の声が響き渡る。
2人が咄嗟に声の聞こえた、上方へ顔を向けると、そこには白いマントを羽織る、銀髪の男が屋根の上で見下ろしているのが見えた。
細い目で2人を見極め、退屈そうな欠伸をしながら観察する。緊張感の無い男であるが、何故か、2人の魂が震え出す。
「...エルナ、あいつは...」
「銀髪の...騎士...!『閃光』!ソージュ・グルストンだわ!」
「ありゃ、自己紹介は要らねぇようで。よっと」
エルナの発言にほんの数ミリ目を見開いただけで、またすぐに細い目つきに戻る。
軽々しく屋根の上から地面まで飛び降り、平然と着地をするのは異世界だからという理由で片付けていいのか。
五感の全てが危機反応を起こしており、零の鼓動は通常よりも激しく鳴る。
「...騎士、さっき俺を襲って来たヤツらと同じ服だな。」
「そりゃあ、さっきアンタら襲ったの俺の上司ですから。あちこち探し回ってて、随分とギルさんに好かれてるようで。アンタ死にますぜ。」
「じゃあ、助けてくれたりしないかな〜?みたいぁ...。」
「勝手に助かりゃたきゃ助かればいいでしょう。」
そんな軽い発言をされても、と、零は俯くことしか出来ない。
恐らく、この男も"ルイ・レルゼン"を抹殺する為にやってきた刺客に違いな――
「まぁ、せいぜい達者で。」
「...は?」
ソージュは、ヒラヒラと片手を揺らして、背中越しに2人に別れを告げると、そのままどこかへ歩いていくのだった。
「...ま、待てよ!」
「ん?」
「いや、え?....お前、俺を殺しに来たんじゃ...ないのか?」
正直、こんな質問をする自分は頭おかしいと思っている。
もし、本当にそんな目的の人物であれば、ここで引き止める必要は無く、そのままどこかへ行かせるのが吉だろう。
だが、だったら何故、男は零の目の前に現れたのか。意味が分からない。
「へ?アンタらの命なんか、さらさら興味ねぇですよ。俺ぁ、無駄な争いはしない主義でね。」
「...何か、企んでるのか?」
「...?何をですかい?...よく分からん事言いますねぇ。まぁ、ギルさんにはもう報告したし、そろそろ逃げた方がいいですぜ。」
本気で何を言われたのか理解できない様子で、頭を傾げるソージュに、零も困惑。
「え、だってお前は、騎士で...俺達を」
「騎士だから、なんだってんだ?俺はお前らに興味が無い。それ以上でも以下でもないですぜ。兄貴。」
「...兄貴?って、おい!どういうことかもっと説明を!」
「あ、ギルさん。」
「ぇ」
と、聞きたいことだらけの最中、ソージュが零の後ろを指さす。
「――見つけたぞ。」
再び、悪夢の声が脳裏に響き渡った。
緊張の鼓動は再度荒れ狂うように取り乱し、激しい動悸が身体を支配する。
振り返るまでもなく、後ろにいるのが誰なのか鮮明に浮かび上がる。
異世界に来て、まだまも無いと言うのに、これ程までに記憶に刻み込まれた人物はたった1人しか居ない。
「ルイ!来るわ!」
「――っ!」
エルナの声によって正気を取り戻し、急いで振り返ると、やはりそこには奴がいた。
黒髪のサラサラの前髪に、白きマントの騎士たる男、黒崎 零の魂に深く傷を残した、忌まわしき災いの権化。
「ギルさん、後は頼んます。」
「ソージュ、お前は後で始末書だ。」
暗い路地裏の中で、一際異彩を放つ剣の輝きが、光を集約したように、全員の視線を集める。
身体の奥が熱く、燃えたぎる。
「...お前は、誰なんだよ!さっきから、俺を殺そうとする!お前は!」
「...そういや、記憶喪失とか言ってたな。胡散くせぇその演技...乗ってやるよ。」
「はぁ?演技なわけ――」
「セリシア騎士団 ギル・アウトレスト、国と正義の命により、ルイ・レルゼン貴様を連行する。」
流暢な言葉回しで剣を構え、零に明確な殺意を向ける男、ギル・アウトレストは、再び黒澤 零に鋭利な矛先を向ける運びとなった。
『大罪人』を斬る、騎士の剣はシワレスの裏路地にて、輝き続けていた。
「...クソ...!クソ」
足の震えが止まらない。逃げる為の足が、今も尚走り出してくれない。この状況から逃れなければ、再び背中を貫かれ激しい痛みを伴――
「....」
その時、横にいる少女がふと視界に入った。
「...ルイ、私が注意を引く...その間に、逃げて。」
エルナ・リーベ、零をここまで助けてくれたこの子が、またそんな事を言い始めた。
命を救ってくれて、零が守ると決めた女の子。
"ルイ・レルゼン"が守り、黒澤 零が守りたいと思った子。
痛みも恐怖も、忘れろ。
「エルナ...そんな心配はいらねぇよ...。」
「...え?」
エルナが耳元で囁く作戦について、零は断固拒否の姿勢を示す。
まず、女であるエルナを盾にして逃げるなんて、男としての生き方がダサい。それに、エルナは"ルイ・レルゼン"を『英雄』だと思っている。
世間から『大罪人』だと言われようと、その見方を変えることはなく、今も尚、記憶喪失の"ルイ・レルゼン"の味方でいてくれている。
"ルイ・レルゼン"が、守らなきゃいけない存在なのだから、そうなのであれば、今は、黒澤 零がそれをやる。
「殺られるくらいなら....殺ってやる...!」
生存本能を最大限に。
恐怖を忘れ、感情を変化させる。無理矢理己の力に引き込む。
人なんて殺した事ない、でも、殺らなきゃ殺られる。
お前だけじゃない、エルナも殺られる。
常識を捨てろ、理屈に囚われる。
なぁに、心配するな、ここは日本じゃない。
剣と魔法の世界、異世界なんだ。
この世界に、没頭しろ、狂え、適応しろ
エルナを守りたかったら。
ボコボコに殺されかけたあの記憶は、"恐怖"から、時間が経って今"怒り"へと変わっていた。
事情を知らないとはいえ、無罪の黒澤 零にあそこまでの事をしたこの男を、許してやるものか。
痛くて、辛くて、怖くて、憎かった。
絶対に、
忘れてやらない。
お前だけは、
「――殺してやる。」
腰に据えられた鞘から、輝きを解き放つ剣を、零も取り出す。
「...やる気か。」
「あたりめぇだ、ぶっ殺してやる。」
「え、ちょ...ルイ?」
唇が震えて、無性に暴れ出したい気分を必死でこらえる。
止まらぬ怒りを、最大限この男にぶつける為、今はまだ我慢する。
腹を裂かれ、背中を突かれ、空前絶後の激痛を与えられた記憶が鮮明に頭の中で再現される。
沸騰していくマグマの様な血の高鳴りを、力へと変えようとする。
これは、何の罪もない黒澤 零の、ただの復讐だ。
確実に、この男の息の根を止めなくては。
黒澤 零の、目の奥にある黒い輝きは、肥大化していき、やがて、真っ黒に塗り変わる。
憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、
ぐちゃぐちゃに、してやる。
お前だけは、絶対に、
「...ぶっ殺してやる。」
心の奥底から零れた本音を、零は口からポロッと落っことした。
シワレス 路地裏にて、2人の剣が火花を散らす。




