5.『シワレス』
セリシア王国の北東にある町『シワレス』
海に面していて漁業が豊作な地域だ。
王都『アバドン』からは数十キロの近さにあり、セリシア王国内でも発展途上の町にあたる。
「ここは、エルフの森に最も近い町なの。だから見て、あっちには大きな森があるでしょ?」
そう言い、エルナが指さした方向には木々が生い茂ってこの町とは雰囲気が似つかわない神秘的な森の入口があった。先は真っ暗で臆病な零はとても自ら進もうとは思えない所だ。
「エルフ...やっぱり存在すんのかぁ...。」
「...先に言っておくけど、間違っても会いたいなんて思わないでね!」
「へ?」
森には近づきたくないが、エルナとやらは1度は目にしたいと思うのが、異世界転生者の常だろう。
それをピタリと当てられた気がして、零は目を見開きながら汗を流す。
「えぇ、別に、気になって、ません、けど?」
「いーい?エルフは、神に最も近い存在として人類からも魔族からも一目置かれてる。魔法は文明が一時代違うのかと思わせるくらい、頭一つ抜けていて、魔力も生きてる時間が桁違いだから、敵う存在なんて居ないのよ。」
「それは、随分と神秘的な...、つか、それもう神じゃん。何それ、魔王も倒して貰えばよくね?」
名案。魔法も魔力も神の域に達するのであれば、いっそこの世界にいるであろう存在魔王も軽く倒して貰えば万事解決ではないか。
「やっぱり、記憶喪失でも頭の弱さは健在ね。」
「おいっ!どういう意味だ!」
辛辣な一言を添えるエルナに思わず唸る零の声に、周囲の人がジロリと睨みを効かせる。
「やべ!」
「もう、目立たないで、指名手配なんだから。」
「誰のせいだと...」
エルナは美しく寛大で優しい心の持ち主である、と思っていたが、話してみると意外と辛辣な言い回しをしてきたり、ルイ(零)に対する当たりは中々キツめだと、この数時間で理解した。
――まぁ、真面目な時とそうじゃない時のオンオフがあるタイプなんだろう。"ルイ"ともそういう関係で過ごして来たんだろうな。
と、彼女との関係性については、大方、普段は軽口叩き合うが、いざとなれば命懸けでお互い守り合う、そんな関係なのだろうと考察する。
"ルイ・レルゼン"を取り戻すにあたり、零はそれまで、出来るだけエルナに"ルイ"が居なくなった悲しみを味合わせないよう、"ルイ・レルゼン"を全力で演じる必要があると、勝手に考えていた。
「...まぁ、奪った身だし、それくらいやんなきゃだよな。」
事故とは言え、"ルイ"を奪ってしまった罪悪感がないわけではない。零の出来ることは全てやる意気込みのつもりだ。
そんな小さな決意を秘めた零の前に、足を止めて腕を組むエルナがムス顔で立っていた。
「...なに?」
「そんな、辛気臭い顔似合わないわよ!ほら、もっと堂々としなさいよ!ルイらしく!」
「お、おう。」
背中に叩き込まれた鼓舞の意を込めた掌は、零に向けられた、"ルイ"という男の在り方を押し付ける、何とも身勝手な行為だ。
だが、悪くない。
「...なに、ニヤニヤしてんの?」
「いや、別に。」
溶けた顔をする零を見て、引き気味になるエルナだったが、零は今の状況をかなりポジティブに捉え、何とか前向きな心持ちを保つ。
エルナは、零を見てくれている。零に押し付けてくる。"ルイ"という存在を。
身勝手だ、傲慢な話だ。
だが、自分をちゃんと見ていてくれているというのは、胸が高鳴るモノだ。
自然と微笑みがこぼれ、たくましい胸板を少し高く保ち、目線を上げる。
軽やかなステップで、ここ、『シワレス』のコンクリート地面を進むのであった。
「さぁ、行こうか!」
「声大きい、顔出さない、下見なさい。ほら、もっと深くフード被るの。」
「お前が堂々としろっつったんだろうが!」
強要してくる事が180度変わって、零の頭のフードを更に深く下げるエルナ。
――何か、この子思ってたキャラじゃないかも...。
と、嘆きを呟きたいところだったが、流石に距離が近かったので心の中に留めておくことにした。
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「つか、さっきの話は結局なんだったんだ?何でエルフに魔王討伐頼んじゃいけないの?」
黒いフードを深く被った2人の男女は、シワレスの大通りを進みながら言葉だけのやり取りを交わしていた。
「エルフと言うのは、世界を傍観し続ける立場なの。基本的に人類にも魔族にも得する事はしない。」
「まるで、本物の神様だな。」
「えぇ、そうよ、神様みたいなもの。もうホント、扱いが面倒な存在よ。魔王ですら手を焼く存在なんだもの。」
軽口で言ったつもりの言葉だったのだが、否定どころかあっさりと認めて、エルフの異様さを表した。
「だから、そんな神に向かって魔王倒してください、なんてお願いした所で、面倒事を押し付ける人類に対して、むしろ制裁を加えるかもしれないでしょ。」
「短気な神だなぁ、やっぱ歳とると器がちっさくなるのは人間と同じなんだな。」
「...それ、四肢引き裂かれるレベルの不敬発言だから、今後言わないで。記憶失くしたからって、調子乗んないで。」
「どういう調子の乗り方だよ。記憶喪失にどういう印象持ってんだよ。」
辛辣かつ、記憶喪失の件をちょくちょく弄ってくるエルナの接し方に、零は"ルイ"を演じる事を時折忘れる程、心の扉が解放されていく。
ついつい本性の黒澤 零が飛び出して来てしまう、そんな会話が続いていくのだった。
「――っ!」
しばらく何事もなく歩いていると、前を歩くエルナの足が突然静止する。
何事かと、背後からひょこっと顔を見せる零は、
「――っ!」
張り詰めた糸が再び心臓の鼓動を縛る感覚を覚える。
トラウマレベルの恐怖の対象が、大通りの反対側から歩いてくるのだった。
白いマントに真っ黒なサラサラ髪。金の紋様を刻む白き男が、長いブーツをコンクリートに鳴らしながら歩いて来ていた。
零の目線は先程、零を殺しかけた腰に据わる剣に釘付けだ。
「エルナ、逃げよう!また、殺される!」
「静かに!認識阻害のマント付けてるんだから、素通りするわ。大きい声出したらバレるから、暴れないで。」
零が危機を感じ取り、慌てふためく挙動を見せるより先に、エルナが咄嗟に零のマントを更に深く被せ、音を出さないようにする。
「...。」
奴は、辺りを見回す様子だったが、どういう訳か、零とエルナには目線を合わせなかった。
お尋ね者を探していると言うのに、どうしてこんなに怪しい服装の者を無視するかは、このマントの影響らしい。
「やっぱり、魔導具って凄いんだな...。全く見向きもしないじゃん。」
「当然でしょ、なんせこの魔導具は、私の親友!天才魔術師メリーが作った1品よ!そんじょそこらの安物とは大違いなんだから!私の親友の!メリー!の!なんだから!」
「おい、こっちの方から声がしないか!?」
街の住民達が一斉に黒いマントに包まれる、怪しい人達に気付いて、視線が一気に集中する。
「嘘、バレるなんて!まさか...魔術を封じる魔術でもあるのかしら?」
「お前の親友の一品、お前自らがあんま使えないってこと証明したな。」
静かなる怒りを覚えて、零とエルナは集まる視線を掻い潜りながら、裏路地の方へと逃げて行くのだった。
その様子を、彼の瞳は逃がしていなかった。
「...聞こえるか、ソージュ。」
『へい』
円状の道具を懐から取り出し、彼は何やら会話を密かに始めた。
「今路地裏に怪しい奴らが走り込んだ。先回りして身柄を確保してくれ。」
『へい、了解しました。でも、なんで路地裏に行く前にとっとま捕まえねーんだよ、真面目に働けやコラ。』
「お前こそ真面目に働け、さっきの宿奇襲の時お前何してやがったんだ。」
『あ、やっぱアレ、ギルさん達だったのかよ。気持ち良く寝てたってのに気付いたらいきなり天井崩れて死んだと思ったっすよ、ふざけんよ俺の快適な睡眠返せよ。』
「おめぇはなにをしてんだぁ!宿奇襲するから、宿に来いっつったのに、何一人でのうのうと快適な宿のベッドでサボりきめこんでんだ!」
『心配せずとも仕事をやろうとする意気込みはありますよ、そんな硬いこと言ってっから部下からの信頼無いんすよ、あ、会計で。』
「余計なお世話...って、待て、お前!会計って何?なんか食ってる?お前また仕事サボ――」
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ブチッと途切れた通信に、彼はほくそ笑みながら席を立つ。
切れたというより切ったのだが。
「あんま店内で騒いじゃ、迷惑ですもんね?」
「ご親切にどうも、ではまたのご来店お待ちしております。」
「ご馳走さん。」
扉を開けて、清々しい空に向かって大きく背を伸ばす。
白いマントと銀色の髪の毛が、太陽に照らされいつもより輝きが増す。
「さて、次はどこ行こっかな。」
そう言い、彼はまた、新たなサボりスポットを求めて街を歩くのだった。
「"ルイ・レルゼン"の逮捕とか、興味ねぇしな、俺。この任務は捨てだな。」
セリシア騎士団 ソージュ・グルストンは、そう言いながら、今日も今日とてのんびり騎士ライフを堪能するのだった。




