9.『シュワの時計塔』
ある程度、街行く人々からこの異世界についての常識が分かる。
まず、獣人とかは普通に居ると思っていたが、それはどうやら幻想らしい。
どこもかしこも、同じ耳で同じ顔の人間だけだった。髪色やら服装やらはだいぶファンタジーの世界観と同じだが。
そして、魔法杖を持つ人、剣を持つ人もそれなりに見受けられる。見た所騎士では無く、普通の冒険者パーティといった所か。となれば、ギルドも存在するのだろう。
「ま、そんなチュートリアルは俺は出来ないようですけど。」
『大罪人』の呼び名が民衆に広がってしまってるこの世界において、ギルドへ行って冒険者になろうなんて、甘いチュートリアルはもう出来ない。
まず、殺されないように生き抜く。その術を手に入れるしかないのだ。
零は今も尚、ギルの追跡が無いか、背後も上も気にしながら歩いているが、今の所異常はない。やはり、この認識阻害のマントのお陰なのだろうか。
と、そんなこんなで目的地に到着する。
「ルイ、時計塔の入り口が見えて来たわ。」
「こりゃまた、異質な...。」
黒く、巨大な鋼鉄で作られた扉が、2人の目の前に立ちはだかる。
シュワの時計塔の裏に備え付けられている、内部への入り口、その扉だ。
「ここって、普通に入っていい所?」
「え?ダメに決まってるじゃない。さっきも立ち入り禁止の場所通って来て、ここまで来てるのよ。」
平然と違反行為をしている事を暴露するエルナの清々しさは見習いたいものだ。
確かに、先程何か看板がある箇所を通って来たが、文字が読めない為、零は着いていくしかなかったのだ。まさか、あれが立ち入り禁止と書いていたのだとしたら...。
「『大罪人』なんて呼ばれ方、気が滅入るのに...自分の行動でそれっぽいことしてるの何かやだわ...。」
「はいはい、ボヤいてないで、入るわよ。ルイの記憶、取り戻すんだから。」
「おう...、って、扉そっちじゃないぞ?」
記憶の奪還に対する決意を再び決めた所で、エルナが扉の真横の時計塔の硬い壁の前に歩き出した。
不思議がる零だったが、エルナはそのまま壁に向かって杖を突き付ける。
「――解除」
小さくそれだけ言って、エルナは壁に魔力を込める。
すると、ゴボッと、硬いはずの壁の一部、人一人が屈めば入れる程の大きさの穴が、でき始めた。
穴を開けた、というより元々穴だった場所が元通りの穴になった感覚。
「...なるほど、そうやって侵入した訳ね。」
「扉から堂々と入るバカなんてら居ないわよ。この時計塔はそもそも国の管轄下だし、あんまり入ってもいい事はないわ。」
「じゃあ、昨日の俺は一体なんの為に入ったんだ?」
「その答えを、探しに行くんでしょ。」
エルナが穴に向かって身体を入れていき、時計塔に侵入する。
零もその後ろについて行き、時計塔内部の侵入に成功した。魔法は便利だ、凄い。
「...大きな部屋だな。」
「ここよ、ルイが倒れてたのは...。」
時計塔に侵入してすぐ、目の前に広がるのは大きく暗い大広間だった。
天井は見えないくらい高くあり、大きな螺旋階段が壁にはあった。
「階段は、あるけど階層っていう概念は無さそうだな...。天井が見当たらないし、階段もどこまでも続いてる。」
「...ルイ、それより何かおかしいことはない?」
「ん、あぁ、そういやここに来て、俺に何かが起こるかもって話だったな...。それで言うと、変化無いかな。」
"ルイ"が倒れていたこの大広間で、記憶が消えた可能性は高い。
だが、辺りには目星の物どころか、何も無い。
本当に気味の悪い程何も無い広間だ。
「この時計塔...記憶が無くなる仕掛けなんて本当にあるのか?」
「うーん...もしかしたら、上の方に何かあるのかも。とりあえず登ってみましょう。」
と、いうことで、2人は長い長い螺旋階段を登ることとなった。
外から見た時、時計塔の高さはざっと東京タワーぐらい、300メートル程だった。
この階段がそのてっぺんまで続いているとしたら、気が遠くなる。
「運動なんて...得意じゃないのに...」
「大丈夫よ、記憶が無くてもその身体はルイなんだから、こんな階段へっちゃらよ。」
「確かにそうだけど...気持ちの問題なんだよ、こういうの。果てし無いゴールに突っ切るのって、体力っていうよりメンタルが持たない。」
「果てし無いって程でも無いでしょう...。」
そんな会話をしてながら、長い階段を上る。
すると、不気味なものに遭遇。
「ん、なんだこれ...っ!これ、血か?」
「本当...どうしてこんな場所に...それに、よく見たら壁とかにも、キズがある...。」
「...まさか、昨日の俺は...ここで誰かと、戦っていたとか?」
「有り得なくもないわね...となると、その相手が、ルイの記憶を奪った相手かも?」
謎の血痕と斬撃の跡、激しい戦闘を彷彿とさせる痕跡は、昨日の"ルイ"が刻んだモノだと考えると、記憶を失った原因も見えてくる。
「単なる事故、じゃなくて...誰かに奪われた?」
「記憶を奪う...そんな能力聞いた事......ある、けど...。」
「あんのか!?」
しかめっ面で2人共考えていると、エルナだけは、記憶に関する能力についてピンと来たモノがあるようだ。
「....記憶を奪う能力...一応、あるにはある...。でも、あの能力は...『大賢者』以外使えないハズだから...。」
「っ!な、んだよそれ!じゃあ犯人ほぼソイツだろ!『大賢者』!クッソ、今すぐとっ捕まえて!」
「バカ!そんな事する訳ないでしょ、『大賢者』が。神に近い存在として、人々にはあまり関わらないのよ。だから、ルイの記憶喪失にも関わってる訳ない。」
「神に近い存在って、エルフ以外にもいんのかよ...神案外近いな。」
そもそも、この世界における神という存在の地位とはどれくらいなのだろうか、異世界だから神が実在しても驚きはしないが、仮に神がいるのだとしたら、異世界転生も、神が干渉している可能性は高い。
異世界転生なんてものは、世界どころか存在そのものを別次元に転送しているようなものだから、魔法とかのレベルでは無い気がする。
「...いずれ、会ったりするかもな。」
異世界転生人としては、神とやらに一回会ってみたい。
どういう意図で、この"ルイ・レルゼン"の身体に転生させたのか、話がしてみたい。
「ルイの記憶喪失は、強い衝撃によるもの...もしくは、にわかには信じがたいけど...『大賢者』みたいに、人の記憶を奪う能力を持つ...誰かによるもの、かしら。」
「手がかりが無いことには何も分からない、とりあえず上まで上がってみよう。何かあるかもしれない。」
昨日の"ルイ・レルゼン"の行動を辿り、2人は階段をのぼり続ける。
記憶を奪う能力を持つ何者かが、今も時計塔に居るとなれば、戦闘になる可能性もある。
その場合、零は戦力としては素人になる為、エルナ頼りになってしまうのが不甲斐ない。
そんな事を考え、一人で凹む。
互いの響く足音は静寂な塔の中で交互に鳴り、他に生物が居ないと思えるくらいだった。
そして、進み続けてようやく、時計塔の最上部と思われる場所に到達する。
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最上部、と言っても階段が途切れただけで、上の天井はまだ見えもしない。
しかし、時計の裏側辺りまでは登ってきたようで、複雑な歯車達がビッシリと詰め込まれている機械を前に、零は立ち尽くす。
「意外と時計の裏側って知らなかったから、これは面白いかも...。」
「時間を正確に計測するって、最初に考えた人は天才ね。」
「だな、どの世界でも0から1を生み出せる開発者は、凄いってことだ。」
「何を当たり前のことを言ってるの...。」
開発というのは、全世界共通で沢山の知識から生み出される決死の作品なのだろう。
この世界でいつから時計が生まれたのかは知らないが、生み出した人は教科書とかに乗ってるハズだ。
「ところで、結局時計だけで、後は何かそれっぽいのどこにも無いな。」
「そうね、記憶を奪った敵がまだ居るとは思わなかったけど、手がかりくらいは欲しかったわ。」
「ヒントゼロでどうやって記憶奪い返すって言うんだ...。どうする?試しに頭強く打ってみるか?単なる事故という可能性を信じて。」
「...今のルイなら、血を、吹き出して気絶するだけの未来しか見えないわ。」
「だな、痛そうだしやめとくわ。」
普通に記憶喪失位の衝撃を頭に与えるのは痛そうたし嫌だ。そんなシンプルな理由で、零は即刻自分の案を取り止めた。
「...ねぇ、ちょっと暗いから照らしていい?」
「ん?あぁ、確かにもっと周り見てみたいし明かりを....ん?何震えてんだ?」
ガクガク足を震わすエルナの顔色は、薄暗い中でも分かるくらい青白くなっていた。
「怖いのか。」
「違う!手がかり無いか調べるのに、明かりは必要でしょ!?」
と、暗闇に怖がるエルナが怒ってしまったので、零はそれ以上何も言わず首を縦に振るだけ。
「...ファイヤー・ライト」
エルナが詠唱を唱えると、エルナが構えた杖先から、小さなランタンのような炎がポッと浮かび上がって来る。
やがて炎は周囲を照らし、暗かった最上部の部屋を照らし始めた。
「おぉ、便利だなぁ...。俺も魔法とか使えんのかな?」
「使えるに決まって...あぁ、確かに、記憶喪失なら...どうなのかしら...。」
魔法と言うのは、素の身体に刻まれたモノなのか、体内の魔力とやらを変換させ、手順を組んで感覚的にやるモノなのか、後者であれば零が魔法を扱うのは望みが薄いが。
「いつか、出来るようになるかもなぁ。」
「てか、そんな事より調べるわよ、記憶が戻れば、そんな事も考える必要ないでしょ。」
「...そうだな。まずは向こうを調べよう。」
と、時計針の指す方向を指差す零。何となく、針に向きを合わせて調べようと決めた。
指差した方向に炎を照らしつつ、足を進める。
コツコツ、と不気味な程静かなこの時計塔内部で2人の足音だけが響いていた。
「――なんじゃ、随分と早めに再会出来たのぉ。」
「――っ!?」
すると、背後から高齢の男の声が聞こえてきた。
喉の奥を詰まらせ、反射的に2人は後ろを振り返る。
すると、そこには小柄なおじいさんが立っていた。
「...あなたは...?」
「...ワシは、この時計塔の管理人、ガーナだ。昨日全く同じ自己紹介をお主にしたんじゃがな。」
と、小柄な老人ガーナは自慢の白いフサフサ髭を擦りながら、優しい笑みで微笑んだ。




