26.『シワレス襲撃事件』
ガーナの動かなくなった手を握りながら、エルナは最後の言葉について、目を細め考える。
「...神...?神は殺せない...?」
「あ...あの、お姉さん...今のって一体...!」
ピーニーが訳もわからず起こった現象に対して混乱を露わにしてエルナの腕にしがみつく。
突然光が現れ、老人が出てきて動かなくなったのだ。混乱もする。
「私にも分からない...。もしかして、ガーナさんは私達に何か言伝を...?でも、一体誰に対して...。」
誰かに対する言伝であれば、誰に何の意味を伝える為の言伝なのか。それすらも、今では答えの見つからない謎となったしまった。
ガーナの冷たくなっていく手から、エルナは彼の命の灯火が消えているのを理解していた。
「...」
同時に、彼との最後のちゃんとした会話は、彼を疑い信用しないという旨の、何とも後味の悪い別れとなってしまったため、エルナとしてもやるせない気持ちがあった。
「ルイに、合わせる顔が...」
「これは、お姉さんのせいじゃないですよ!...何があって、犯人などがいるのかも、分からないですけど、それでも、私達に出来ることは...無かったですよ。」
「そ、うね...ごめん、ありがとう。」
ルイとの、ガーナを避難させるという約束が果たせなくなったこに対してひどく落ち込みを見せてしまったが、ピーニーの言葉で自身の心にムチを打つように立ち直る。
「切り替えなきゃ...よね、この街を守らないと。」
「では、すぐに戻ってエルフの様子を――」
ゴンッと、時計塔が大きく揺れ、二人の足元がおぼつく。
「――っ、ちょ、な、何っ!?」
「――お姉さん!アレ!」
ピーニーが指さした先は時計塔と外を繋ぐ窓。
その先には、灰色の大きすぎる竜巻が全てを覆い尽くしていた。
「これって、エルフの!何よこれ!この大きさ!」
「お姉さんっ!どうするの!?こんなの、街がめちゃくちゃになっちゃうよ!」
慌てふためくピーニーに、何とか言葉をかけてあげたいが、エルナとしてもこの竜巻をどうこうするのは無理な話であり、街の崩壊もそうだが、それよりももっとエルナの心を動揺させる不安があった。
「ルイ...ルイっ!」
間違いなく、この竜巻の中にルイ・レルゼンはいる。
魔力を必死に探して確認した。確かに竜巻の上の方からルイの魔力を感じ取れた。
だが、既に上層部にあり尚且つ更なる上への上昇も止まっていない様子で、このままでは遥か上空へ投げ飛ばされ、そのまま地面に落下死する。
「まずい、まずい、このままじゃ、だめ....えっと、えっと...」
――こんな時、ルイならどうする!?この状況を覆す策を、何か思いつくはず。どうする、どうする?考えて、考えて、考えて!
「お姉さん、多分結構魔法使えるよね?」
「え?」
思考を回す中、ピーニーが極めて真剣な眼差しで、エルナにそう問いかけてきた。
「そりゃ、ある程度は使えるけど。」
「だったら、この竜巻消せない?」
「それは無理!流石にこの大きさとなると、私でも限界よ...!」
「じゃあお姉さんはさっきから何を悩んでるの?お姉さん、この竜巻止められないんでしょ?だったら、悩む必要もなくない?」
「それは...!」
「ルイ・レルゼンでしょ!?街の事より、ルイ・レルゼンの事が心配で、あの竜巻に飲み込まれてたらどうやって助けようか、考えてたんでしょ!」
「...!」
図星をつかれたことで完全に言葉を詰まらせてしまうエルナ。まだ幼い少女にここまで言葉で詰められるとは思ってもおらず、驚きつつ反応に困惑する。
しかし、そんなエルナを見てピーニーはため息混じりに続けて言葉を投げかける。
「別に、そこを責めてるわけじゃないですよ。お姉さんにとっては、シワレスは故郷でも何でもない街ですから、想い人を思う方が自然です。」
「いや、そういう訳ではなくてぇ...!」
「いいんです、私だって乙女の気持ちは分かりますから。でも、切り分けて考えないで欲しいんです。街の事と、想い人の事を。」
「切り分けて...」
「ルイ・レルゼンがこの竜巻に飲み込まれているのなら、必ず彼がこの竜巻を消してくれる。そして、お姉さんはそれを信じて行動して欲しい、と思ってるだけです。」
ピーニーの言い分は子供とは思えないほど真っ直ぐで背中をビシッと叩かれるような、誠意を正す言葉のように受け取った。
エルナは確かに切り分けて考えていたかもしれない。
シワレスを助ける事と、ルイを助ける事。
これを繋げて考えるべきだ。シワレスを助ける為に、ルイは全力を尽くす。そして、ルイは必ずシワレスを助ける。そのルイを助けるのが、エルナの役目。
行動は一緒だ。ルイ・レルゼンを助ける。
それでも、考え方が違う。
「そうね、そうだわ。私は...私達はシワレスを助けるの。だから、竜巻を消してくれるであろう、ルイを助けてあげなきゃ。」
「そうです!助けましょう。」
シワレスを救う為に、ルイは全力を尽くす。
そして、エルナはそのルイを救う為に、全力を尽くすのだ。
「何だか、気持ちが落ち着いたわ。やるべき事が見えた気がする。」
「その意気です!お姉さん!」
「ルイはこの竜巻の上空まで飛ばされてる。そして、竜巻を何とかしてルイは消してくれる。だからきっと、上の方から落っこちてくると思うの。」
「では、ルイ・レルゼンを受け止めるモノが必要では?」
「いや、これでいくわ!!!」
エルナはそう言い、魔法陣を編み込み出す。
△▼△▼△▼△▼
「――ルイッ!」
一線の、金色の声が響き渡る。
「――エルナ!?エルナかっ!」
ボヤけていた視界が、鮮明になる。
エルフの少女を抱き抱えながら重力のまま落下し続けるルイは腹の激痛に耐えつつ、朦朧とする意識を最後の力で振り絞り下に顔をやる。すると、
「は?」
腑抜けた声を出すルイの視線の先には、到底考えられない光景が広がっていた。
「どーんっと!突っ込んできて!私が絶対守るからっ!」
満点の笑顔で歯をキラつかせるエルナに関してはいいのだが、そんな彼女が編み出したであろう、ルイ・レルゼンの落下阻止計画の全容が一目で分かる光景。
無数のバリアが乱立に繰り広げられており、ルイの落下を確実なものにする作りとなっていた。
「お、おいっ!エルナ!お前これっ!何のつもりだァ!?」
「えー?聞こえない!何ー?」
「助けに来たのか、トドメ刺しに来たのかどっちだ――」
そんな言葉は届く訳もなく、無情にルイの身体はバリアに突っ込んでいくこととなった。
「うわあああァァァァァァァっ――――――」
パリンっと、1枚目のバリアに衝突したと思いきや、ガラスにぶつかったように、バリアは派手な音を鳴らして割れる。
「――っ!」
そして2枚目、同じようにバリアはガラスのように割れ、ルイの落下の衝撃はバリアが割れたことによって免れる。
3枚目、4枚目、といった具合で無数のバリアは全て、落下してきたルイに衝突の衝撃を与えること無く、割れ続ける。
気づけば、ルイの落下速度はみるみるうちに軽減されて行く。
エルナの狙いは単純明快。
「どう?完璧でしょ!落下衝撃分散作戦!」
キラリと光る彼女の八重歯を、背を地面につけて倒れるルイの目を眩くさせる。
彼女の脳筋プランにため息を零しつつ、ルイはやれやれと上体を起こす。
「...ほんっと、脳筋としか思えない無謀過ぎる作戦だよ。バリア何枚割ったか分かんねぇし、普通に背中はバカいてぇ。」
「いてぇで済んでる時点で私達の勝ちよ。」
何にだよ。
「なにはともあれ、ありがとう。エルナ。」
「感謝なんて不要よ!私はルイのパートナーなんだから、当然よっ!」
そんな風に、お互い微笑みながら消えた竜巻の中心地で無事であることと、互いの信頼を証明し、苦節を強いられた戦いの終止符がようやく打たれた。
「ルイ、そのエルフはどうするつもりなの?見た所、エルフを守ってるようにしか見えないけど。」
「あぁ、この子は...この子も、俺の..."ルイ・レルゼン"の被害者なんだ。罪の無い人々を危険に犯し、壊した建物も戻らない。」
安堵しほがらかな会話もつかの間、話題はルイの腕の中で眠るエルフへと移る。
エルナとしてはエルフを許す事は難しいのかもしれない。街をめちゃくちゃにした張本人なことも、エルナとしても戦いにおいて借りがある存在。
ルイがエルナの方を見やるとやはり難しい顔色だった。
行動原理に理解は出来るものの、やったことがやったことのため、素直に許せるという話でもない。
ここで、ルイの口話術の本領発揮所だ。
「エルナ...俺はこの子を助けてあげたい。」
「助ける...?どうして?街をめちゃくちゃにした奴よ?シワレスの人からしたら、たまったものじゃないと思うわ。」
「...」
おごっていたかもしれない。
自分が、今目の前にいるエルフを助けようとする行為事態は、自分の、ルイ・レルゼン個人の問題なだけであって、シワレスの街とは関係無い。
被害者は、エルフを許さない。
それでも、エルナならルイが助けようとしているこの気持ちを組んで、一緒になって助けてくれると、勝手に思い上がっていた。
大して知らないくせに、自分は何をおごりたかぶっているのだ。
「この、街の被害は俺の責任だ...。」
「え、何言って...」
「俺のせいだ...!俺がいるから、この子がここまでしなきゃいけない状況になったんだ...!原因は、俺だ。」
「...」
正直、この結論は自分でも何言ってるのかよく分からない。
"ルイ・レルゼン"の罪は背負わないなんて言ってたくせに、エルフの罪を背負おうとする自分の矛盾思考に嫌気がさす。でも、この子を助ける方法は、もうこれしか――
「ふざけないでください。」
「っ!?」
そんな思考を巡らせる中、ルイの脳に電撃を走らせる声。
「ピーニー...来ちゃダメって言ったでしょ...。危ないから。」
「ごめんなさい、でも...我慢出来ないです。」
現れたのは、ルイに助けさせる許しを与えた少女。
神妙な面持ちで近づき、ルイの目をじっと見つめながら、確固たる意志を示そうとする彼女からは、年齢に見合わないオーラがある。
「ルイ・レルゼン...。貴方、バカなんですか?どうして、そんな結論になるんですか?」
「...」
少女の言い分はもう分かる。ルイでも、自覚のある事だ。
「自分で言ってたじゃないですか。これは自分のせいじゃないって。貴方が罪を償うのは、道理に合わないんですよね?」
「...ぁ」
「私、言いましたよね?貴方のせいだって。こうなったのは、全部ルイ・レルゼンのせいだって。その時、なんて言ったか覚えてますよね?」
「...」
「あなたは、償いを出来ないって、そう言ったんじゃないですか。」
――俺は、馬鹿だ。
ルイ・レルゼンは、知っていたはずだ。
本気で償う気の無い者の償いなど、何の価値も無いことを。
ルイ・レルゼンが、この街の崩壊を本当に自分のせいだとは思えていないことを。
「....ぅ」
そんなことを考えていたら、目の前が急にくらつきはじめ....
「――ルイ!?」
エルナの声が、遠のく。
「――って、何、そのお腹の傷!?ちょっと、ルイ!?」
忘てた。
腹、
クソ痛かっ
た。
△▼△▼△▼△▼
――後に、このシワレスのエルフ襲撃事件は、『シワレス襲撃事件』と言われた。




