25.『――神は殺せない』
絶対に、離してやらない。
この小さな手を。その決意を曲げず、ルイは彼女を見つめ続ける。
「――そうか....ルイ・レルゼン...貴様は....」
「――っ!?おいっ!」
エルフが何かを言った瞬間、突然、灰色の世界が真っ青と化した。
竜巻が一瞬で消え、遥か上空、雲の上まで飛んでいたルイの身体は、重力に引っ張られ自由落下を始めた。
「―――っ!!!!」
辺りを見回すと、ルイのようにここまで打ち上げられた人間は居ない。一般人の被害者は一人もいないようだった。既に避難していた為か、ここにいるのはルイ・レルゼンとエルフの二人だった。
「――――っ」
だが、そんな事を考える暇もなく、ルイの頭はパニック寸前だった。
――やばい、やばい、やばい、いくら"ルイ"の身体とは言え、流石にこの高さは死ぬっ!ソージュも居ないし、俺が何とかしなきゃ、でなきゃ...
「――っ!」
ふと、手を握りルイと同時に落ち続けているエルフを見る。
エルフは力が抜けた様に、何もかも捨てた抜け殻のように、そのまま重力に身を委ね、落ち続ていた。
「――ったいに.....助け....っ!」
雲を抜け、遂に地上が見えてくる。
シュワの時計塔すら小さく見える程の高さであり、急激な気温の変化で身体がパニックになり、そして何より、
「――っ、ぐぅ...ってぇ...っぐ、んぁ?」
痛みに慣れつつあった、腹部に猛烈な激痛が再び走り始める。
ふと、見ると先程まで貫いていたハズの槍がそこには無く、ルイの土手っ腹から血が大量に流れ落ち、上空に血を撒き散らしている状態であることが分かる。
「....っ、ぐぅあ...っく」
どうやら、槍が消えた事で腹からの出血口が解放され、存分に真っ赤な噴水が吹き出してるようであった。
意識が、完全に途切れ始める。
――血が、出過ぎてる...やばい、このままじゃ...マジで....
視界が白くなり始め、いよいよ限界が近づく。
「――っ、でぇあっつあっ!!!!んぐぅ....!絶対、助けるぅ....っ!!!」
それでも、身体が勝手に動いてしまう。
根性論は、基本嫌いだがこの時初めて、根性論は実現出来るのだと確信した。身体は悲鳴を上げており、どう足掻いても動く事は無いと思われたルイの身体は見事、エルフの小さな身体を胸の中に包み込ませることに成功。
このまま落ちれば、二人とも無惨に死ぬ。だが、せめて、この子だけでも、助かる可能性を残しておきたい。
それが、唯一ルイに出来る最善だ。
「―――」
エルフを抱えたまま、ルイ・レルゼンの身体は下へ落下していくのだった。
「―――」
灰色ではない、爽やかな青空が広がるこの世界で、ルイは神に祈りながら、為す術なく落下する。
「――ルイッ!」
その時、一線の、金色の声が響き渡る。
△▼△▼△▼△▼
ギルの意識が戻り、エルフの無差別攻撃から身を隠す為路地裏まで逃げ込んだ時だった。
ギルに応急処置を施しながら、ルイと作戦を語る。
「俺は今からエルフと戦う。」
そう言われた時、はっきり言ってエルナは心配しか無かった。
ルイは今記憶喪失であり、自分が何者なのかも魔法も理解出来ていない。
ルイの魔法は、エルナもこれまで知らされていなかったが、何となく、ルイ自身は理解している節はあり、これまでも特に聞くことはなかった。
「大丈夫?戦える?」
「あぁ、戦いたいんだ。今はソージュが戦ってるけど、結局は俺がかたをつけなきゃ意味がないしな。」
「...」
ルイは記憶を失ってもやっぱりルイだ。
状況を冷静に分析し、自分のやるべきことを具体的に見ている。
それに比べて、エルナはどうだろう。
「...ルイが困ってる時、誰が手を差し伸べるべきなのよ...!」
どうにもしてあげられずにいる自分の未熟さに嘆いている暇など無いことは分かっていても、結局感情とは調整出来ぬもので、エルナは自身の不甲斐なさに唇を噛む。
「エルナ、そこでお前に一つお願いがある。」
「何?」
「ガーナさんを保護してくれ。」
「...ガーナ...あ、時計塔の...!」
名前に対して一瞬の間が生まれてしまったが、頭の引き出しから出てきたのは、先程出会ったばかりの時計塔の管理人だ。
思い返せば、彼と別れたのはエルフの急襲があってすぐ。避難できていな可能性が高い。
「住民は既に随分避難が済んでる...騎士のおかげだろう。でも、あそこに俺達といたガーナさんは、きっとまだ時計塔の中だ。助けてあげてくれ。」
「分かった...けど、ルイにとって、ガーナさんって結構大切な人なの?その...なんて言うか、あの人を信じるにはまだ、不確定要素が多いというか...。」
シュワの時計塔とは国が管轄している施設であり、そこの管理人であるガーナもまた、国の使用人だ。
『大罪人』であるルイをどうこうしようと思っていても何ら不思議ではなく、エルナからしたら、そんなガーナはあまり信用を置けずにいる。
昨日のルイについての同行を知る数少ない人物の一人でもあるが、ルイの記憶を奪った側の人間かもしれないという疑惑が抜けないのだ。
「だから、死んでもらっちゃ困る。昨日の俺について根掘り葉掘り聞かせてもらわねぇとだからな。」
「確かに...そうね。」
「それに...知ってる人が死ぬのなんて、嫌な気分になるだろ?」
ルイは、本当に立派だ。
たとえ相手が国の回し者かもしれない、信じれるかどうかも怪しい人物であっても、死なれる事に対しては否定的。
生き方としては、それは非合理的で、面倒な道を進むことになるが、それでも、ルイはこの道を選ぶのだ。
それなら、エルナも頬を叩き、気合を入れ、ニカッと笑う。
「――それでこそ、私のルイ!」
まるで自分の事のように、自慢気な笑顔でルイを鼓舞し、エルナは少女を連れてシュワの時計塔へ向かったのだった。
△▼△▼△▼△▼
「私はピーニー・ファヴレットです。このシワレスで生まれて育った12歳です。」
ルイと別れてから、二人で行動するエルナと少女は、互いにひとまずの自己紹介から始まった。
「あの、お姉さんはルイ・レルゼンの仲間、なんですか?」
連れる少女――ピーニーは少し心配気な顔でエルナにそう問いかけてきた。
シュワの時計塔の内部に入り込み、既に階段を登っている最中の事。
そんなピーニーの様子にエルナは言葉を選びながら慎重に答える。
「えぇ、仲間よ。でも勘違いしないで欲しいの。ルイがやってしまった罪については、私もちゃんと否定的だから。そこだけは、間違えないで。」
「そ、そうなんですか...!それは、ちょっと安心...。でも、そうなると、お姉さんは何でルイ・レルゼンと行動を?」
「...」
エルナは、ピーニーの問いかけに黙りこくってしまった。
実際、自分でもあやふやな心境であり、ルイと行動を共にしている明確な理由を言語化出来ずにいた。
「...好きだからですか?」
「えっ!いや、そんな不純な動機とかじゃなくて...なんというか...どうしても、ルイの事を世界から言われる『大罪人』のようには、見えなくて...。」
ピーニーの発言に胸を刺されたような衝撃が走り、変な誤魔化し方をしてしまう。
ルイ・レルゼンに対して好意があるのは否定できないが、それだけの理由で『大罪人』としてのルイを見限っていないとは思わないで欲しいし、実際そうでない、とエルナ自身も信じている。
「正直、ルイが罪を犯したという記憶はあるんだけど...覚えてないというか...。」
「...記憶はあるのに覚えてない...?随分とややこしい状態なんですね。」
不透明な自身の言い分の苦しさに渋い顔を示すが、その表情から察してか、ピーニーもそれ以上は強く詰め寄ることは無かった。
曲がりなりにも助けてもらうという自覚はあるのか、エルナの前でそれ以上ルイを強く非難することは控えたのだろう。
「この階段、どれくらい続くんですか?」
「もうすぐで着くと思うんだけど...あ、ほら、着いた!」
ようやく階段が終わり、見覚えのある大広間が見える。
「凄いですね...これが、時計針の裏側なんですか。」
「緻密に作られてるわよね。こんなの作るなんて、シュワさんって相当な腕の人だったのかしらね。」
「そうですね...。ところで、この、真ん中にある球体は何なんですか?」
ピーニーが不思議そうに覗き込む先には、緻密に作り上げられる機械仕掛けの針の中に、一際目立つ水晶の様な球体が埋め込まれていた。
「さぁ、何か特別な物かもしれないから、あんまり触らないでね。」
「う、うん。何だろう...凄く神秘的な色合いだけど...。」
「それより、お爺さんはどこかしら...。ここで別れたんだけど...。」
エルナは辺りを見回しそれらしき老人を探すが、全く見当たらない。
魔法で微弱な炎を出し、辺りを照らすも、人影は見当たらなかった。
「いないのかしら...。」
「もう避難したのでは?あんな大きな音や衝撃があったら、普通逃げてるものと思いますけど...。」
「そうね、そうだわ。きっと逃げてるわ。よし、それじゃあすぐルイと合流して――」
瞬間、目の前の黒い壁が照らされるほど、大きく眩しい光が差し込んで来た。
「――っ!?」
「――っきゃ、何!?」
二人が目を覆い、光の発生源の方へ微かに開いた瞼を向けると、人影がえてくる。
「あれって...!」
エルナはその人影に頭の中で合致する人物を目にする。
「――っが...ぁが.....」
光の先からは小さな老人が現れ、何やらもがき苦しみながら、床に倒れ込んでいた。
「っ!お爺さん!ちょっと、大丈夫!?」
「え、この人が!?」
倒れる老人――シュワの時計塔の管理人である、ガーナに駆け寄るエルナ。
「ちょっと!?大丈夫!?どうしたって言う――」
エルナがそう言いながら、ガーナの倒れ込む頭を抱えると、ガーナは彼女の手を取り、微かに震える声色で呟く。
「――め....だぁ......」
「...ぇ?」
「――の....じゃ...ぜい.....た....が....ぬ...る..」
「な、何!?何なの!?」
「――か...は.....せない...っ!」
「おじいさん?」
「――か..みは.....ころせない...」
それが、ガーナの最後の言葉となり、瞼が閉ざされる。




