24.『それだけの話』
エルフの手は、小さくか弱い女の子のようで、ルイの胸を締め付ける。
この世界のエルフは、『神の後継者』として、それはそれは大層な異名に相応の魔法や力をお持ちなのかもしれないが、その異名とは別に、彼女はただの一人の少女であることを、改めて理解する。
「――絶対、離さない...!」
今、この手を離してしまえば、少女を一人にしてしまう。そして、少女の竜巻によって、ルイ・レルゼンは永遠に回り続ける地獄へ行くこととなる。
死んでしまえば、少女を助ける事は出来ない。
"ルイ・レルゼン"の死が、彼女の望みならそれで救済になるかもしれない。だが、残念ながら今ここにいるのはルイ・レルゼン。
「離せ...!離せぇっ!」
「絶対、離さねぇぞ...!聞きたい事が沢山あるし、話し合わなきゃならないことも沢山ある!それが終わるまで、死ねないし、死なせないっ!」
「何を...!」
「竜巻を止めろ!これ以上被害者を出すな!お前も、『大罪人』と同じ土俵まで落ちるな!」
「...貴様は...貴様は....どの口で言っているんだ...!?」
「分かってる!お前から見た俺の異常さも!諸悪の根源である俺が、被害者であるお前に綺麗事並べて説教するなんて、異常過ぎる言動だってのは...分かってる!」
「ならば、何故...」
「助けたいんだ、お前を...!皆を!それだけは、本当なんだ!だから...俺を憎んでくれても構わない。でも、そんな悲しい顔で、泣かないでくれ...!」
風によって永遠と回される2人の身体。
エルフの目からはこぼれ落ちる涙の雫が風の軌道によって、横へと流れ続ける。
零れた涙も、怒りと悲しみを交えた彼女の表情も、全部彼女の本心だ。
"ルイ・レルゼン"によって、作り上げられた悲しい少女の姿。
だからこそ、ルイはエルフを救いたいのだ。
「だから!これ以上シワレスを破壊し続けるのはやめろ!竜巻を止ませろ!」
「っ!ふざけるなぁ!奪うだけ奪っておいて、コチラの蛮行は許さないだと!?貴様は自分のやった行いを...」
「教えてくれないか。俺の罪を。」
「...っ、まだ、そんなことを」
今、彼女は怒りでいっぱいだろう。
奪われて、憎んで、復讐しようと、それなのに、『大罪人』が罪を教えて欲しいと、訴える。
訳が、分からないだろう。
「...俺もだよ。」
「...は?」
彼女の気持ちを勝手に読み取り、ルイは勝手に彼女に同情し、勝手に自分と彼女を重ねる。
「理不尽な現実を急に押し付けられて、憎んで、泣いて、苦しかった。」
「...何を」
「俺は...自分が、"ルイ・レルゼン"がやった事を、何一つ覚えてない。知らない、それでも...俺は、ルイ・レルゼンだから...。」
「...」
「『大罪人』"ルイ・レルゼン"を、知りたいんだ。世界が思う"ルイ・レルゼン"。俺の、大切な人が思う、"ルイ・レルゼン"。俺は、"ルイ・レルゼン"が何者なのか知りたいんだ。」
「...」
「だから、教えてくれ。俺は、"ルイ・レルゼン"は、君に何をやったんだ?」
「...」
今、ルイにできることはこれだけしかない。
彼女を助けたい。でも、彼女の救うには"ルイ・レルゼン"の罪が、邪魔をする。
少女の涙を拭いてあげるには、ルイ・レルゼンがやるべき事とは――
「――君から奪ったモノを、取り返す手伝いを、させてくれ。」
ルイ・レルゼンは、罪を知らない。償う気持ちも、正直無い。
自分ではない自分が行った罪を、丸々自分が背負うというのは道理に反している。
それは、本当の償いにはならない。言ってしまえば濡れ衣だ。
でも、世界がそれを許すとは思ってない。
世界から見れば、ルイ・レルゼンは『大罪人』"ルイ・レルゼン"のままで、その見解を捨てることは無い。
だったら、言葉ではなく、行動で示し続けるしかない。
これは、ルイ・レルゼンの償いではない。
――目の前の少女が泣いてる。たったそれだけの理由だ。
「俺は、君を助けたい。」
「...」
「自分勝手なのは、分かってる。『大罪人』のくせにって、そう思ってるのも分かる。許されない事をしたのも、重々承知。取り返せないものだって、あるかもしれない。それでも、俺は...君の涙を拭いたい。」
「...」
風は、止む気配もなく今も尚吹き続ける。
腹を貫く槍の痛みも、自分のやった、ルイ・レルゼンの罪の戒めとして、受け入れている。
エルフの顔を見つめて、ルイは思いの全てをさらけ出した。
もどかしい自分の状況も、エルフの心情も、何もかもを今すぐどうにかするのは無理な話。それでも、ルイは本心で、エルフを助けたいと思い、誓う。
"ルイ・レルゼン"の被害者だから、という理由が完全に無いと言われてら嘘になるが、やはり、最大の理由は、目の前で泣いている少女。それだけなのだ。
それだけの、話だ。
「...て」
「...?」
少女がルイの言葉に小声で呟き返した。
耳をすませて、ルイも彼女の口元に注目する。
「...ナ、を...して。」
「...え?」
「シーナを....返して...!」
「...」
それは、あまりにも残酷な、決して取り返しのつかない、"ルイ・レルゼン"の大罪について、初めて理解した時だった。
シーナ、恐らく、彼女の大切な人だったのだろう、それを、"ルイ・レルゼン"が奪った。いや、恐らく...殺したのだ。
だから、エルフは"ルイ・レルゼン"に復讐する為に、ここまでやってきたのだろう。
「...っ」
死した者は、決して生き返らない。
その鉄則が異世界では生きるのか、という疑問は、彼女の反応を見れば分かる。
生き返る事はこの世界でもない。死んだらそれまで。
"ルイ・レルゼン"の罪は、重く、取り返しがつかない。
――"ルイ・レルゼン"は、『大罪人』だ。
「....」
――ルイ・レルゼンでは、この子は救えない...。
その真実がハッキリと分かった気がして、重い瞼を閉ざして、ルイの世界が再び暗くなろうとする。
『――だって...ルイは、私の英雄だもの。』
その時、差し込んできたのは、金色の眩い光の声だった。
エルナが信じた『英雄』――"ルイ・レルゼン"。彼が本当に『大罪人』であるとするならば、誰かを助ける為に頭より身体が先に動いてしまうエルナ...そのエルナが『英雄』と言う事に辻褄が合わない。
"ルイ・レルゼン"が、奪ったとされている、エルフの大切な人。
『大罪人』"ルイ・レルゼン"は、取り返しのつかない罪を犯した。
死んだ者は、二度と蘇らない。生物の鉄則だ。
彼女の大切な人を取り返す事は、絶対に出来ない。となると、彼女の涙を拭う事は、出来ない。
『――だって...ルイは、私の英雄だもの。』
『英雄』でも、彼女を救う事は出来るのか?ましてや、『大罪人』本人が、彼女を救うなんて...本当に、出来るのか?
『――だって...ルイは、私の英雄だもの。』
「...そうだよなぁ」
「...?」
ルイの小さく呟かれた発言に、エルフは眉を曲げる。
すると、ルイがエルフの掴んでいる手を強く引き、身体の中へと抱き締める。
「...貴様」
「俺は、君の大切な人を、返せると...断言出来ない。シーナ、がもし死んでるなら、俺には死者を蘇らせる能力は無い。」
「ならぁ!貴様が命を賭けて償えぇっ!!!!」
「それじゃダメだ!それじゃダメなんだよっ!」
エルフの激昂した顔を引き寄せ、ルイは彼女の手を強く握りしめ、彼女がもう片方の手でルイに突き刺そうと、振りかざした槍を静止する。
「俺はお前の仇、"ルイ・レルゼン"じゃない。罪も知らない。だから、罪を償う事も出来ない。」
「ふ、ざっけるなぁああああっ!!!!!貴様のせいで、シーナが死んだんだぞっ!貴様の起こした戦争を止めようと、エルフであるシーナが、向かって...それで....」
「俺じゃない、"ルイ・レルゼン"の罪だ!」
「貴様がルイ・レルゼンだっ!『大罪人』ルイ・レルゼンだっ!私を助けたいんなら、今すぐ死ねぇっー!!!!!!」
二人の掛け合いは、竜巻の中で響き渡る。遥か上空まで竜巻によってのしあげられたのか、気温も低くなり、息が通りずらくなる。
貫通した痛みの影響か、意識も途絶えかけ始める。
呼吸は荒く、鼓動は早くなる。
エルフの涙は止まらず、怒りも止まらない。
エルフにとって、ルイ・レルゼンは"ルイ・レルゼン"で、『大罪人』という認識を変えられないのは、当然の話なのかもしれない。
「それじゃあ、本当の解決にはならない!俺が死んで片付く、そんな単純な話じゃない!"ルイ・レルゼン"に、直接話し合うべきだ!」
「だから、お前がその、"ルイ・レルゼン"――」
「俺は、お前の知る『大罪人』"ルイ・レルゼン"じゃないっ!俺は、ただのルイ・レルゼンだ...!」
「...何を」
「記憶が、無いんだ...!」
「...」
ルイの言葉に、エルフは理解を示せないかもしれない。それはごく普通の事だ。記憶喪失と聞いて、すぐに受け入れる事など無理だ。『大罪人』張本人となれば、尚更無理だろう。
だから、ルイ・レルゼンは訴え続けるしかない。これからも、きっと永遠に、ルイ・レルゼンは、"ルイ・レルゼン"とは別人であり、罪を犯していない冤罪である事を、訴え続けるしかないのだ。
それが、ルイ・レルゼンのこの世界で課せられた業となる。
「だから、俺は『大罪人』の過去の俺の、全てを背負うつもりは無い。背負った所で、本当の償いなんて出来やしない。」
「...」
「俺も、"ルイ・レルゼン"が憎いよ。憎くて、憎くて仕方ないよ...。でも、分からないんだ。本当に、コイツが『大罪人』だったのか...理解したいんだ。」
「...私は、貴様が嫌いだ。シーナを...返せ...それが私の唯一の望みだ。」
「...俺は、人を蘇らせることは出来ない。でも、目の前で泣く...君を、俺は見捨てる事が出来ない。だから――」
そう言い、ルイは竜巻の暴風の中、エルフの手を再び強く握り締め、朦朧とする意識に鞭を打ち、真っ直ぐな目を、彼女に送る。
「だから、せめて...君が笑顔を取り戻せる日が来るよう、俺は全力で助けてやりたい。そう、思う事を...許して欲しい。」
「...」
きっと、彼女にとってルイの言葉は全て棘になる。
何も関わらず、二度と顔を合わせない方が、お互いこれ以上傷つかない関係なのかとも、心の隅で思う。
でも、仕方ないじゃないか。どうしても、感情が抑えられないのだ。
――俺は...こんなにも、人を助けたいと思える、人間だったのか...。
そんな自分の思わぬ発見に、ルイが驚きを見せている中、エルフは震える声で、言い放つ。
「――さまは.....何..なんだ...。」
「?」
「貴様は....何者なんだ...」
「...」
それは、問いかけだった。
お前は何者だ、と。ルイ・レルゼンに、エルフが問いかけた言葉。
――あぁ、なんだ...ちゃんと自分を出せば、皆...俺を見てくれるんじゃないか。
この世界に来てから、どこか"ルイ・レルゼン"の檻に閉じ込められていたような気がして、本来の自分が押し潰されていたと思う。
"ルイ・レルゼン"の評価に苦しめられ、何だか、人生の道がずっと決められていたような気がして、生き心地の悪い世界だと、思った。
でも、それは黒澤 零が"ルイ・レルゼン"を意識し過ぎていたのかもしれない。
意識せざるを得ないとは思うが、零としてここまで生きてきた異世界は"ルイ・レルゼン"と自分を比べて『英雄』や『大罪人』という肩書きに苦しめられた。
――俺はずっと、自分の冤罪を晴らすことしか頭に無かったんだ...でも、そうじゃないよな。
ルイ・レルゼンとして、黒澤 零として堂々と生きていれば、必ず世界も『大罪人』という肩書きだけでなく、中にいる、黒澤 零を、見つけ出してくれる。
そう思うと、気が楽になった。
自然と微笑みがこぼれ、エルフも戸惑う。
「...貴様は――」
「――俺はルイ・レルゼン。『英雄』でも、『大罪人』でも、そんな大層な肩書きなんて持ってない、ただ、目の前で泣く君を助けたいと思ってるだけの、それだけの男だ。」
「―――」
ルイは、ルイとして生きていればいいんだ。
罪を犯していないのなら、堂々と、潔白を宣言して、生き抜けばいい。
ただ、それだけの話だった。




