23.『少女の泣き声』
全てを飲み込む灰色の渦に飲み込まれた瞬間、頭の中がショートした。
自分とは違う自分を、知ろうとした。覚えのない、濡れ衣同然の罪に対して、真摯に向き合おうとした。
何故だ、何がいけなかった。何が彼女を激昂させた。
「――俺は、何を間違えた...。」
回り続ける渦の中、ルイ・レルゼンは嘆くしかなかった。
自らの行いを悔やむというのは、『大罪人』としては償いの気持ちがあると捉えられ、良いように聞こえるが、残念ながらルイは『大罪人』の自分を知らない。
「――間違えた...のか?」
知らない自分を知ろうとしただけだ。自分に刻まれている罪について向き合おうとしただけだ。
しかし、それでもルイ・レルゼンはエルフを怒らせてしまった。
激怒したエルフの暴走により、巨大な竜巻が生成され、為す術なく飲み込まれるのだった。
「でも、『大罪人』本人が、罪を忘れたなんて言ったら...そりゃ、こうなるのもおかしくないか...。」
掠れ行く意識の中、エルフの心情に深く同情する。
ルイが間違えたのは、罪に向き合う姿勢では無く、向き合うやり方だ。
エルフが被害者だと分かったなら、エルフの気持ちに寄り添った行動をするべきだった。自分の置かれた立ち位置をルイはまだ俯瞰的に見ているのかもしない。
自分が、世界を脅かす『大罪人』であることを、理解しきれていなかった。
「俺は...『大罪人』じゃない...!でも...それは、俺個人が思ってりゃいいことっ!」
己の心持ちを再び鼓舞し、同時に自由のきかない身体に無理矢理ムチを打つように、力を入れ、無意味とは思いつつも、心持ちを体現するように、ルイは剣を振り回し、無様に暴れ回る。
「バカ野郎がっ!大バカ野郎が!人の気持ちも考えられないんて、『英雄』以前に人としてクソだろ!」
自身の行いを悔やむ。エルフに寄り添えなかった自分に対して怒りが収まらない。
「皆を、助けたいんだろ!?エルナの、『英雄』になるんだろっ!?こんな所で終わってんじゃねえよ!ルイ・レルゼンッ!!!!!」
ルイの身体をぐるぐる飲み込んでいく竜巻の渦は、留まる事を知らず、後悔に駆られるルイの事などお構い無しに、無情にルイ・レルゼンを弄ぶ。
「どこか、掴める所...!」
とにかく、今の状況を打破しない事には何も始まらない。ルイは辺りの回り続ける世界を見渡し、掴める物を探す。
瓦礫でもゴミでも、なんでもいい。足場にして、竜巻から脱せる何かを探し続ける。
「ソージュのようにはとは言わない!自力で脱出くらい、してみせろよ!」
ソージュの『閃光』のように、超人的な速さを持ち合わせれば、竜巻を抜け出せる。アレは『閃光』程の速さがあってこそ出来る芸当だ。ルイ・レルゼンはそんな力持ち合わせていないので、今自分に出来る最大限を見つけ出そうとする。
「...くそっ!どこにも...足場がっ!」
それでも、回る世界はルイに何も施しをくれようとはしない。
ルイ・レルゼンは、回り続けるしかなかった。
「....クソ、こんな所で...!」
ぐるぐる、ぐるぐる、回り続ける――
永遠に、ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる――
『――ここに、"ルイ・レルゼン"は、居るのか?』
「...待てよ?」
思い返せば、エルフがこの街シワレスにやってきた理由は、一つだった。
「...エルフは、俺を...探していた。俺を、殺す為だよな。」
エルフは『大罪人』"ルイ・レルゼン"の被害者であり、その復讐としてルイの命を狙ってこの街にやってきたのだとしたら、エルフの狙いは常にルイ・レルゼン。街の崩壊ではない。
「...じゃあ、この竜巻の意味って?」
今も尚ルイを弄ぶ竜巻は、シワレスの街を大きく壊しながら肥大化していってる。エルフの狙いがルイ・レルゼンの殺害なのであれば、ここまで被害をデカくする理由がない。むしろ、人類から報復として戦闘になる可能性すらある。
では、エルフがこの竜巻を動かし続ける理由とは一体――
「俺を、探してる...?」
エルフは、ルイ・レルゼンを確実に殺す為、あえて竜巻という過程を踏んでいるだけと考える。
「竜巻で身体の自由を奪い、永遠に回し続け、俺の意識を失わせた所で確実に殺す為か...?」
その考察だと、行動の辻褄が合う。
最初は、街への被害を拡大させることで『大罪人』ルイ・レルゼンを誘き寄せる為の作戦かと思われたが、そもそもエルフはルイを『大罪人』だと考えて行動している。
『大罪人』が街の崩壊に感情を動かすとは到底思えないハズだ。
「だから...シワレスにいるでろう、ルイ・レルゼンを捕獲する為、片っ端から街に竜巻を動かし続けていたのか...。」
だとすると、この竜巻も、エルフからしたらルイ・レルゼンの捕獲が目的。そして意識が失われるまで永遠に終わる事はないだろう。
だとすれば、この竜巻から抜け出す、唯一方法は――
「―――」
息を吐き、再び吸い込む。
轟音が鳴り響き風が入り乱れる竜巻の中では、呼吸すらも至難の業だが、力を振り絞り息を飲み込む。
そして、ルイは腹の奥から全ての力を振り絞って、喉を通して口へ、最大限の大声で叫ぶ。
「――俺は、ここだっ!『大罪人』ルイ・レルゼンは、ここにいるっ!殺したきゃさっさと出てきやがれぇ!!!!」
エルフは、ルイ・レルゼンを殺したい。その為の竜巻であり、竜巻は単なる捕獲目的の装置に過ぎない。
「――お前が来ねぇなら!俺が、お前を殺してやる!お前だけじゃねえ!お前の家族も、友人も、大切なヤツら全員、ぶっ殺してやるっ!」
――胸が、張り裂けそうだ。
エルフに、伝えなければならない。その為に、ルイは心を殺して言いたくもない、『大罪人』の発言を大声で叫び続ける。
ルイ・レルゼンは、ここにいる。
『大罪人』は、ここでお前を待っている。
お前の殺したい『大罪人』は、ここに、いる。
「――さっさと、出てこい!神気取りの、腰抜けエルフがぁああ!!!!!」
『大罪人』になりきり、ルイは外道とも思える発言を堂々と叫んだ。
――ここにいる、ここに俺はいる。見つけ出せ、殺しに来い、俺を、憎め。
嘘であっても、こんな言葉を吐くしかない自分の弱さを、大いに悔やむ。
だが、作戦は大成功と言える。
竜巻の中心から、ルイ目掛けて飛んでくる人影が見えたのだ。
「――っ!」
「――ルイ・レルゼェェンンンッーーー!!!!!」
エルフが、真っ赤に燃える目を見開き、激昂した様子で、ルイ目掛けて飛んできた。
最高潮の怒りをさらけ出すエルフは灰色の槍を持ち合わせ、竜巻によって動き回るルイ・レルゼンの腹目掛けて貫かんとする。
「死ねっ!ルイ・レルゼン!!!!!」
「――ごめんな。」
「は」
ルイ・レルゼンの土手っ腹に、エルフの突き出した槍が貫かれていた。
腹から背中まで貫通し、ルイ・レルゼンの身体に大きな穴を開け、その穴を槍が塞いでいた。
しかし、その直後にルイ・レルゼンの謝罪の言葉が飛び出して、エルフは一瞬の困惑が生まれる。
いとも簡単に貫かれた槍。謎の謝罪。
「...貴様、まさか」
「これはぁ...ギルを刺した...俺の戒めの分だぁっ!」
血を吐きながら、ルイはエルフの槍を強く握り、そう叫んだ。
そして、槍を持つエルフの右手をすぐさま掴み取り、ルイは身体を駆け巡る激痛の熱を、握力に変えるように、強く、強く握り締める。
「絶対、離せねぇ!」
「貴様、っ――」
そして、ルイ・レルゼンは相変わらず竜巻の渦に回され続ける。
そして、ルイによって掴まれたエルフもまた、竜巻の渦へと飲み込まれていく。
「―――っ!」
ぐるぐる、ぐるぐる、身体が回る。
ぐるぐる、ぐるぐる、意識が回る。
外界からは轟音と風の空気抵抗による圧縮が。
内側からは貫かれた腹を中心に燃え広がる激痛の熱が、ルイ・レルゼンを蝕んで行く。
「――っ、ぐぅああああああああ」
「――っ!はな、せぇ!!!!」
それでも、絶対にその手だけは離さなかった。
「――俺はぁ」
竜巻を生み出した張本人、エルフの手を強く握り締める。
共に回り続けるエルフは激昂しつつ、自身で作り上げた竜巻の餌食となり、意識が朦朧とし始めている様子。
激痛が、ルイ・レルゼンを苦しめる。ルイ・レルゼンの全てを内側から崩壊させようと、血反吐が止まらなくなる。
「俺は、お前を――」
絶対に、離すな。絶対に、逃げるな。
痛みから、自分の罪から、"ルイ・レルゼン"から。
「お前をっ――――」
目の前の、エルフを離さない。
風の暴力が握力を邪魔して、激しい空気圧がルイの肺を締め付ける。
それでも、目の前の手だけは離さなかった。
離したくなかった。
――エルフ、『神の後継者』、"ルイ・レルゼン"を憎む者。
――違う、違う、コイツは....この子は、"ルイ・レルゼン"に、人生を脅かされた、ただの女の子だ。
――そうなんだろう?君も、"ルイ・レルゼン"の被害者なんだろ?だから....だから、そうやって、今も...泣いてるんだろ?
「――ルイ....レル...ゼン....!!!」
轟音の中、灰色の世界の中、エルフは、
少女は、涙を流して目の前の『大罪人』を恨んでいた。
少女の、泣き声が、ルイ・レルゼンの心を熱く、燃えたぎらせる。
泣き声が、聞こえた。
少女の、泣き声が。
頭から離れない、離れてくれない、少女の訴えるような泣き声が。
だから、離さない。絶対に、少女を、一人にしない。
必ず、少女を、お前を――
「――救って、みせる...!!!」




