22.『神の後継者』
女は、人間を憎んでいたとか、世界を憎んでいたとか、そういった大それた感情は別に持っていなかった。
ただ、一人の人間を憎んでいただけだった。
エルフという種族において、格下である人間種族を憎むというのは、それだけでも屈辱的なのだ。
人間に対して何の感情も湧かない。それが、エルフとして普通の精神のハズだ。人間如きに感情を左右された時点で、エルフとしては失格に値する。
「...憎い。」
あろうことか、憎悪の感情を向けるなど言語道断。
「――違う。」
人間ごときに何を高ぶっている。
「――そうじゃない。私がおかしいのではない。」
『神の後継者』でも、エルフでもなんでもない、ただの、女だ。
「――違う、奴が、人間じゃないのだ。奴は...人の皮を被った、"化け物"だ。」
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「――お前も、『大罪人』"ルイ・レルゼン"の、被害者か?」
被害者と言われると、そのような関係性では無い。被害にあったのはシーナだ。
同じくエルフである彼女は、人間であるルイ・レルゼンが引き起こした戦争によって、命を落とした。
人間の戦争によってだ。考えただけでも腹立たしい。
――人間を、全滅させてやれば良かったのでは?
そんな思考もよぎりはした。だが、その考えはあまりにも浅はかで、『神の後継者』エルフとしては愚策と言える。
『――人間は、滅ぼしてはいけない。』
唯一神 フェリス様の教えに背くのだから。
ナナは、遠のく意識の中、目の前で目を細める青年――ルイ・レルゼンの言葉に静かに応える。
「私は、貴様を殺さなければ、ならない。」
「...」
ルイ・レルゼンは何も答えなかった。答えるつもりがないのか、顔色一つ変えず、黙ってナナを見つめるだけなのだ。
「何故...私の神の魔力を貴様は反発出来る?何故...貴様は"神殺し"を企む...?何故....シーナを、殺した?」
「...」
全ての問いかけをナナはさらけ出した。
正直な話、もはやナナに勝ち目は無かったのだ。魔力がルイ・レルゼンに反発される以上、魔法頼りのエルフにとって、戦闘は勝率が皆無となる。挙句の果てに、ルイ・レルゼンの魔力が、ナナの身体に大きな効き目を及ぼすときたものだ。
ここまで徹底されていたら、もはや、ルイ・レルゼンの圧勝。ナナは、完全に詰んでいた。
それでも、勝てなくとも、『大罪人』ルイ・レルゼンは、排除しなければならない。それだけが、今のナナの行動心理となっていた。
「私は、貴様を殺さなければならない。『神の後継者』である以上、同胞に危害を加えた不届き者、神に手をかけようとする異常者、貴様は...人間にしてはあまりにも罪が重すぎる。」
「その、罪について、教えてくれないか。」
「...何?」
ナナの言葉に、『大罪人』は目を細めて言及する。
紛れもない自分自身の罪について、彼は赤の他人であるエルフ、ナナに言及を求めている。
「罪が、多すぎる。」
「アンタの同胞に危害を加えた、罪について。とりあえず、それだけでもいいから、教えてくれないか。」
「貴様の罪だぞ。」
「...まぁ、今はそれでいいから、教えてくれ。"ルイ・レルゼン"の、罪について。」
その発言は、『大罪人』が言うと、被害者への冒涜に聞こえるかもしれない。
罪を刻み、罪に囚われる人間が、罪に向き合おうとしている、と解釈する者もいるだろうが、ナナは、
――罪を、忘れているのか?
そんな、思考がよぎってしまう。
「――"ルイ・レルゼン"の、罪について、教えてくれないか?」
自身の罪を、再度問いかけてくる『大罪人』。
彼の目に宿る感情は、ナナには理解出来ないが、寂しく、悲しそうな目をしていた。
「貴様は、自分の罪を...覚えていないのか?」
「...そうだ。」
「...っ」
『大罪人』は、罪を忘れていた。
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「ソージュ!次はアッチの竜巻を斬れ!」
「ギルさん、俺の使い方荒いっすよ。」
シワレスの大通りを駆けるは、2人の騎士。
先程まで光の速さを体現していたソージュと、その上司ギル。2人はシワレスを襲う竜巻の処理に追われていた。
「俺の『閃光』って、竜巻を斬るのが本命じゃなくて、竜巻すらもきり抜けられるっていう認識なんですがぁ。」
「そのついでで、竜巻が消えるんならやらない理由がねぇだろ。お前はエルフとの戦闘以外まともに働いてねぇんだから、ここで働かなきゃいつ働くんだよ!」
「それ言われると、俺多分ギルさんよりこの街に貢献してる気がする。」
「黙って斬れ!クソガキ騎士が!」
ソージュの軽口に激昂するギル。皮肉にも、ソージュの働きがシワレスを守っていたのは事実であり、ギルとしては反論が難しい立場。
ルイに刺されて軽く眠っていたのもあってか、ギルはエルフの討伐に参加出来ない。
「そもそも、万全でも倒せるか分かんねぇ奴だ...。アイツはルイ・レルゼンに任せときゃいいか...?」
「しっかし、どういう流れでギルさんがルイ兄貴と手を組む事に?殺したい相手のハズでは?」
「...俺は、アイツを信じてないし、許してない。」
「じゃあ、何で?」
当然の疑問だ。信頼も許しも得てない相手に、ギルは協力関係を結んでいる。傍から見ても、異常な光景。
基本的に自分以外は無関心なソージュでも、突っかかるくらいには気になった。だが、そんなソージュの疑問を一蹴するように、ギルは一貫した態度で応える。
「ルイ・レルゼンがエルフを討伐した際、頃合いを見て捕縛する。」
「...やっぱりねぇ。」
「当たり前だろ、『大罪人』だ。騎士として奴を捕まえないなんて選択肢は無い。」
ギルの思惑は一貫して、ルイ・レルゼンの捕縛だ。
ルイ・レルゼンの記憶喪失についても、ギルの中では半信半疑であり、たとえそれが事実であろうと、ギルが行動を変えることは無い。
「記憶があろうと無かろうと、事実は事実。それだけは変わらねぇんだ。」
「じゃあ、ハナからルイ兄貴の事利用しようと、手を組んだフリを?」
「まぁな、普通に戦っても『大罪人』も『神の後継者』も、俺らじゃ敵わねぇ。」
「いや、俺ならいい勝負出来るんすけど。」
「分かったって。...で、『大罪人』と『神の後継者』、化け物並の強さを持つ奴らが戦い合えば、消耗したところを...って、思ってたんだよ。」
そんな風に、ギルは思い描いていた完璧な場面を話すが、チラリと顔を後ろへ振り向かせ、ルイ・レルゼンとエルフが話し合いをしている状況に目をやる。
「...そう、思ってたのに...まさか、ルイ・レルゼンの方が圧倒的だった...とはな。」
まさかの、ルイの圧倒で戦いが終えるとは、予想だにしていなかった展開だ。いくら、『大罪人』と言えど、『神の後継者』エルフが相手なら苦戦を強いると思っていたのに、ここまで圧倒的ときたら、ギルとしても予想外なのだ。
「兄貴っすよ、あんくらいの奴、本来一撃でもいいくらいっすよ。」
「だが、エルフだぞ?こんな大規模な被害を出せる、類い稀なる魔術の力を持つ、エルフを...ああも簡単に...。」
ルイ・レルゼンの捕縛、その計画は失敗に近づいている。ルイ・レルゼンは見た所息も切れておらず、殆ど体力を使わずにエルフを討伐した。
消耗など、全くしていない。
「だが、まさかエルフを倒しても竜巻は単独で生き続けるとはな。」
「厄介な魔術、流石エルフっすね、雑魚っすけど。あ、竜巻発見。よっ――」
そう言い合いながら、建物の間から見える小さく細い竜巻を見ると、ソージュは飛んで斬りに行く。その様子をギルは見てるしかなかったが、今でも頭の中はルイ・レルゼンの捕縛の事だけだ。
「...エルフを利用しては...もう、無理か。そもそも、本当にアイツは記憶喪失なのか?」
疑心暗鬼なギルの心情は、ささくれ立ち始める。
ルイを見る目は通常通りの"悪"を見る目に戻っていき、ルイの覚悟すら、怪しく思え始める。
「本当に、街を救いたいのか?...作戦か?何かの。」
「――ギルさーん、顔が怖いっすよ?」
眉を曲げて、シワが出来始めた所で、ソージュが顔を覗かせる。
爽やかながらに、人を小馬鹿にした態度を常にとるソージュが、ギルの心情を察してか、苛立たせる発言が今日は少なめだ。
「何でもない...それより、竜巻の方は?」
「へい、あと2、3個って所っすね。民間人の避難は他の騎士がやってるんで、被害者は少ないっす。ま、被害で言えば人より建物っすよね。これ、直るんすかこの街。」
「シワレスは境界街としてセリシア王国が重宝する街の一つだ。復興の為に支援も手厚いだろう。」
「確かに、この街...なーんか、臭うし...国もこの街にある、"何か"を守りたいんでしょうね。」
「あんま言及すんな、消されるぞ。」
「ひー、怖い怖い。」
いつも通りの飄々とした態度で軽口を叩くソージュ。
そんな彼にため息混じりにギルも応えるが、本題の話を進める為、表情を強ばらせ、再び真剣な口調に戻す。
「ソージュ、ルイ・レルゼンの捕縛は今夜決行する。」
「...今夜?今じゃないんすか?」
「体力が削られていない今は、分が悪い。宿の奇襲の時みたく、確実にルイ・レルゼンが油断している時に絞る。」
「宿の奇襲...失敗したじゃないすか。」
「だからこそだ。」
ギルはソージュの苦言に即答で返す。
ルイ・レルゼンへの宿の奇襲は、失敗に終わったと言っていい。追い詰めはしたが、最後の最後でギルが感情的になり、ルイ・レルゼンを取り逃したのだ。エルナ・リーベの乱入も、場を混沌とさせた要因の一つではあるが、あの瞬間、ギルは決心が揺らいでしまったのだ。
「記憶喪失と聞いて、俺は心を乱されちまった。その隙を、エルナにかっ攫われた。俺の心が、未熟だった。」
「随分と自分に厳しいようっすね。誰だって『大罪人』が記憶喪失とほざいて、いとも簡単に追い詰められりゃあ、何かの作戦とか、反撃を警戒するっすよ。」
「あぁ、何かの作戦...本当に、アイツは記憶喪失なのか...。それすらも、アイツは...」
回る思考の末、結局のところ結論には辿り着けなかった。ルイ・レルゼンが記憶喪失か否か、これは早急に真実を解き明かさなければならない事案だ。
「ルイの兄貴が記憶喪失なら、本当に街を守る為に戦ってるってことになりやす。でも、記憶喪失が嘘だとしたら――」
「...あぁ、奴は...何か大きな目的を遂行しようとしている、その前段階なのかもしれない。」
「...考えすぎかもですよ?」
「さてな、俺には、ルイ・レルゼンの本心は分からない。」
「ははっ、こんだけ長い付き合いなのに、未だにしっぽを掴めないんですもんね。兄貴の素性。」
「あぁ、全く――」
と、ギルが言いかけた時だった。
背後から爆音が鳴り響き、地上を大きく揺らす衝撃波が放たれる。
「――っ!何だ!」
瞬間、後ろを振り向くと、類を見ない程大きな竜巻が、ギルとソージュを飲み込んで――
「――っ!ソージュ!斬――」
「――いや、これは無――」
――――デカい、灰色の渦が、2人を飲み込む。
ぐるぐると、ぐるぐると、視界が揺れ続ける。
そして、蠢く渦の中、その中心に浮遊する、一人の女が視界に入った。
女は、髪を立たせ、今まで半分しか開かれていなかった目が完全に開眼され、最大級の魔力を解き放っていた。
女は言った。
「――私は、『神の後継者』だっ!」
怒り狂ったエルフはそう叫び、一人の青年に向けた憎悪を、街を巻き込んだ大災害へと変換して、復讐の炎を燃え広げた。




