21.『光速の世界』
秘められた才能とか、卓越した魔法とか、そういった先天的なモノは、あまり好きじゃない。
人々はそれに該当する人間を"天才"と呼ぶのだろう。
天才も天才で苦悩があるとかいう話も耳にはした事があるが、はっきり言って無い側の人間からしたら知ったことじゃない。
ルイは異世界に来る前からこの思考で生きてきた。そして、今の状況でも、この思考は覆らない。
やはり、天才はズルい。
「何俺の顔に見惚れてんすか?」
銀髪の天才騎士 ソージュはルイの視線に対してらしい軽口で返す。
時計塔に剣を突き刺し、ぶら下がるソージュはルイを抱えながらも、下で殺気立つエルフの睨みに嘲笑うかのような態度を続けていた。
「...いや、なんでもない。ただ、お前がこの世界における平均値じゃ無いって事が何となく分かったんだよ。」
「平均値?何言ってんすか。俺が普通の人間と同じな訳ないじゃないすか。誰よりも魔法技術が卓越してて、天才騎士として呼び声のある俺が、平均値だなんて面白い冗談っすよ。」
「うわ...ウザイタイプの天才キャラかよ。扱いずれぇ...。」
漫画やアニメにたまに見かける、自分の天才的センスを自覚しつつ、他人を下に見るタイプの性格であるソージュ。その性格を見透かしてルイは関わり方に苦悩すると予測するが、ソージュはルイの言葉に対してキョトンとした顔をして言う。
「天才って、俺も天才すけど、兄貴のが天才じゃないすか。俺はいつでも兄貴の首を狙ってますぜ。」
「こんな化け物より天才とか、記憶無くす前の俺ってどんだけ馬鹿げた力持ってたんだよ...!そんな奴がどういう経緯で記憶を落っことすかね...ますます謎が深まる...。」
「一人で何言ってんすか?気持ち悪いっすよ。」
「ちゃんと辛辣なのも、キャラ通りかよ。」
「ルイの兄貴の意味不明な発言はいつものことだし、別に気になんねぇすけど、今はあのエルフっすよ。どうしやすか?なんでさっさと殺さないんすか?」
脱線しかけた話を戻すソージュに、ルイも思考を切り替え真面目に考える。
「今の俺は、前の俺とは別人と考えろ。だから、そんな瞬殺出来るほどの力も無い。だが、奇しくもこの身体にはしっかりと、"ルイ・レルゼン"の痕跡が残ってる。それが、あのエルフの魔法に効き目があるのは確かだ。」
先程の結界破壊も、恐らく"ルイ・レルゼン"の身体が関係していると踏んでいる。
正確には、身体というより魔法だ。
刻まれているであろう"ルイ・レルゼン"の魔法が何かしらの作用を施し、エルフの結界を壊した。つまり、その魔法を上手く扱えさえすれば――
「――ルイ・レルゼンにも、勝ち目はある...!」
僅かでも見えた勝ち筋。それにはルイの戦闘参加は不可欠だ。幸い、"ルイ・レルゼン"の反射神経であれば、エルフの攻撃は避けられるので、即死する事は無いだろう。耐久力とかもあると考える。
しかし、問題なのは攻撃手段だ。
「現状だと、エルフと距離を詰めても、あのバカでかい竜巻を出されたら俺は為す術無く浮遊し続ける。」
「あの竜巻っすか、あんなに簡単に出せるとか、馬鹿げた力っすよね。」
「そう...あの竜巻は、前兆無く、唐突に目の前に現れ、身体の自由を奪う、かなり厄介な魔法。そこを突破出来なきゃ、戦闘にすらならない。」
「ほぉ、だいぶ苦しい状況っすね〜。」
随分と飄々とした態度のソージュに、ルイは呆れたように眉を顰めるが、そんなソージュを見つめて、ルイははっきりと言う。
「だが、そこでお前の力だ。ソージュ。」
「俺っすか?」
力強く放たれた自身の名前に、ソージュは目を丸くして反応する。
そんなソージュの反応を無視して、ルイは続ける。
「お前の速さがあれば、竜巻すらも乗り越えられる。そうなんだろ?」
「まぁ、余裕っすね。」
「だよな。お前天才だもんな?」
「当たり前じゃないすか。」
二人の間にあるのは、緊迫した状況には似つかわしくないほど軽い会話だった。
ソージュが天才であると、ルイはこの短い間で気付き、ソージュ自身その自負がある事から、生まれる会話だ。
「それじゃあ、作戦は決まりだ。頼むぜ、ラストピース。」
「任されやしたよ、兄貴。俺が『らすとぴいす』っすね。」
聞き慣れない言葉とは思いつつも、ルイがグッドサインと共に言ってきたので復唱しながら親指を突き出し、同じくグッドサインを示すソージュ。
何のジェスチャーかも分からないだろうが、きっと思いは伝わっている。
ソージュのキラリと光り輝く八重歯が、頼もしくも、恐怖の無いその感覚を彷彿とさせるようで、ルイはその感覚に嫉妬する。
△▼△▼△▼△▼
「ぶわわわわわわわわわわわ――」
「兄貴ぃ〜!まだまだいきやすよぉ〜?」
「まままままままままままててててててて――」
訂正する。やはり、恐怖の無い感覚というのは必須な感覚だ。今後も是非人生を共にしたい、捨てては行けない人間の機能だ。
『閃光』――それは、光速の世界を生きる化け物に対する異名。その世界に一般人が足を踏み入れれば、ただ空気抵抗と急激な移動負荷で内臓が悲鳴を上げる結果となり、今まさにルイがその状態にあった。
「や、ばぁ....いぃ....!」
「え?兄貴ぃ、何か言ってますかい?この状態、周りがうるさくてあんまし会話出来ねぇんでさぁ。」
「―――」
ルイの身体を持ち上げ、『閃光』として申し分無い速度で移動を続けるソージュ。
本来の作戦では、竜巻に巻き込まれた時にソージュの『閃光』を使って、竜巻を切り裂く速度で風穴を空け、エルフを叩くという作戦なのだが、
「どーせならこっちの方が捕まんねぇし確実っしょ。」
と言うように、初っ端から最高速度で駆け走るソージュのイカレっぷりに、ルイはほとほと自身の安直な考えを後悔する結果となる。
「―――」
風に揺られる顔の皮膚は夏の扇風機とは比べ物にならない威力で、内臓のあちらこちらがグルグル動いて、竜巻の中の殆ど同じ状態で意味が無いとか思ったりして。
「――っ!ソージュ、いつになったらエルフに辿り着くんだァ!?」
「はいぃ!?なんすか?辿り着く?知りやせんよ。巡り会うまで待っててくだせぇ。」
「め、巡り会う!?おい、どういう事だ!?」
轟音響く、空気を掻き分ける中、引っかかる言い回しをしてきたソージュに、ついルイは突っかかってしまう。
「いやいや、俺もこんな速度調整出来やせんよ、エルフにぶち当たるか、建造物にぶち当たるかは運命次第って所っす。」
「ちょ、調整不可能!?ま、まて!お前これ今どこ飛んでるかとか...」
「知らねぇっす。でも何かに当たった感覚は無いんで、地上では無いんじゃないっすか?」
「っ....、馬鹿と天才は紙一重...か。」
本来のニュアンスは天才的な考えと馬鹿の独創的な考えは時に、同じ結論に至る事が有るということから、この言葉はあるが、今回の場合は少し違う。
天才的な能力を持ったただの馬鹿だろう。そんな奴を天才と言うのはお門違いかもしれないが、この世界では天才キャラのような扱いを受けてそうなので渋々納得するしかない。
「エルフの攻撃が全く見えない...つか、周りの世界が全く見えないのはお前の速度が早すぎるからか?」
「そっすね、この速さは光速に届きうるので辺りの景色も置いてけぼりにしてんのかも。」
「光速...って、大丈夫なのか?身体の負荷とか...!」
「大丈夫っすよ、兄貴今だってちょっと不細工になってくらいで何の変化も無いっしょ?光速位で何を言ってんすか。」
「俺がおかしいの?これ。」
と、またもや自分の常識を疑う事となり、何だか自分の考えに自信を持てなくなっていく今日この頃だった。
「っ!兄貴!エルフのヤツ、本気出して魔力上げてきやがりました!これなら魔力を捉えてぶつけられやす!」
「本当か!分かった、いつでもばちこ――」
「はい、今っ!」
「ちょ――」
なんの前触れもなく、その時は突然やってくる。
状況の説明すらされず、ルイは魔力の塊みたいな存在にぶつけられ、勢いよく衝突する。
勿論剣も身体も何の準備もしてない為、ただルイの身体がエルフにぶち当たり、吹っ飛んだだけとなる。
「―――」
身体がクルクル回り、ソージュの手元から離れる。
ルイの回る身体はどこかの建物にぶつかってようやく速度を落とし、着地することとなった。
「...ってぇ!!!」
瓦礫の中に頭を突っ込み、ジンジンと痛む頭痛がルイの神経を刺激する。砂埃をはらいながら立ち上がり、こんな目に合わせたソージュに怒りの怒号をぶつけるべく、瓦礫の山の中から身体を出し、ソージュに向けて叫ぶ。
「ふざけんな、ソージュ!作戦丸無視で突っ込みやがって!あんなの対応出来るわけねぇだろ!」
「あれ〜?兄貴居ないと思ったら、何でそんなとこいるんすか?」
辺りをキョロキョロ見回し、瓦礫の山のてっぺんに立っているソージュはルイを見つけるやいなやそんな事を言ってきて、ルイの怒りを更に増幅させる。
「お前のせいだろが!もっかいやるから、今度はしっかりタイミング合わせてだなぁ!」
「それが兄貴、アレ見てくだせぇ。」
「あ?.....って、え?」
そんな会話をし、ソージュが指を指した方向に目を向けると、ルイは怒りを一気に沈めて目の前の状況を理解するのに言葉を失った。
「...」
ルイは、ソージュの『閃光』によって光速で動き回り、最終的にエルフに衝突した。その結果、ルイは吹っ飛んだ訳なのだが、どうやら収穫はあったらしい。
「なんでだ?」
エルフが血を吐き散らしながら、もがき苦しんんでいる様子だった。
「――な、ぜ...がはっ」
エルフ自身も、状況の理解が出来ていない様子。
「...なんで、アイツ...あんなに」
正直、光速でぶつかったからと言って、あそこまで負傷するとは思えない。常人なら説明はつくのだが、相手はエルフ、しかも先程ソージュの『閃光』に当たってもピンピンしていた。あの時は、結界だったが。
だが、それでも、人間よりも遥かに魔法能力の高いであろう、エルフがたかが速度であそこまで致命傷になるとは思えない。
ルイのやろうとしたこととは全く違う方向だ。
『閃光』を利用して槍やら竜巻やら掻い潜り、ルイの魔法でエルフに攻撃を与えるつもりが、当たっただけでエルフは立つことすらままならない。
「...兄貴、今なら殺せやすよ。」
「あぁ...。」
殺すべき、だ。確実に。
今のうちに、殺すべきだ。何がどうしてこうなったかは、分からない。
あまりにも呆気ない戦いの終わりだが、だから何だ。
殺すべだ。今のうちに。
ルイはゆっくりと歩き、立てずにいるエルフに近づく。剣を構えて、ゆっくり近づいて行く。
「...」
「わた、しは!殺されないっ!」
「ぇ」
突然、エルフは振り返り槍を飛ばしてくる。
ルイの頬をかすり、血がポタリと滴り落ちる。
「...私は、殺されてやらない!殺される訳には、いかないっ!お前を、殺さないと、私は!」
「...」
――あぁ、そうか。そうなのか、お前も、そうなのか。
その、エルフの真意が理解できた時、ルイは剣を下ろす。
「...?」
そして、ゆっくりとエルフの目線に合うよう腰を下げ、ルイは悲しい瞳で呟いた。
「――お前も、『大罪人』"ルイ・レルゼン"の、被害者か?」
「―――」
返事は、なかった。
けれど、その沈黙だけで十分だった。
また一人。
自分の知らないところで、自分の知らない罪によって、傷付けられた者がいる。
「―――」
ルイは何も言わず、ただ目の前のエルフを見つめる。
――『大罪人』"ルイ・レルゼン"。
未だ記憶にないその名が背負った罪は、こうしてまた一つ、彼の前に姿を現した。




