20.『"何か"』
初歩的な問題だが、異世界転生において最初にぶち当たるのが、基本戦闘面での問題だ。
剣と魔法の世界であれば、命のやり取りをするのは普通なのかもしれない。だが、異世界転生者からしたら超平和な日本暮らしが一変。死ぬかもしれない恐怖を持ち、剣とか魔法を扱うのだ。
そこで、便利になるのが"チート特典"というやつ。
異世界転生には付き物の、異世界無双系の必須アイテムとなる。
伝説の剣とか、最強の魔法とか、それでなくても、何かしら特殊能力とかがあるのが基本だと、思っていた。
だが、ルイに与えられたモノと言えば――
「――『大罪人』の称号...って、デバフ特典にも程がある。」
異世界転生と言うのは、現実ではあまり上手くいってない人が生まれ変わったり、晴れやかな人生を送るモノと思っていた。だと言うのに、現実であまり上手くいってなかった上に『大罪人』の称号をゲットしたルイの異世界転生は稀な方だろう。
さて、ルイ・レルゼンは凡人だ。『大罪人』と言われる過去を持つ、ただの凡人。
魔法も使えなければ剣の才能も無い。
だが、それはルイの話。"ルイ・レルゼン"は、どうだ?
「腐っても、"ルイ・レルゼン"の身体なんだ...!何か一つくらいヤバい能力があっても不思議じゃねえ...!」
「さっきから、うるさい...。貴様、目の前に誰が居るのか分かってるのか?」
「分かってるよ、『神の後継者』様。チュートリアルすっ飛ばしていきなり現れるのが、中ボスみたいなやつで、俺も俺で心の準備が必要な訳。」
ルイはエルフの物言いに軽く返し、剣を取り出しながら準備体操をし始める。
運動自体久しぶりなこともあって、心身共に準備が必要だ。
これから命のやり取りを正式に始めると考えると、正気に戻ってしまう。
今は、エルナの鼓舞で一時的にアドレナリンの様なモノが分泌されている状態に近い。普段のルイなら、こんな場所に立っていない。
逃げたいに決まってる。それでも、ルイは思ってしまったのだ。エルナの誇れる『英雄』になりたいと。
ならば、もうやるしかない。
そして、エルフがルイに向かって掌を見せる。
魔法陣の準備をし、これより勝負の火蓋が切られる。
「――神の裁きを与える。『大罪人』ルイ・レルゼン。」
「――お前は神じゃねえだろ、この世界のエルフって自意識過剰なの?」
そんな、軽口を叩きながらも、命のやり取りが開始される。
「信じて、いいんだよな!?"ルイ・レルゼン"っ!」
己の胸を掴み、縋る思いでルイは訴えかける。
ルイがこの場に立つのは、半分以上が自分の覚悟だが、もう半分は、"ルイ・レルゼン"という男への期待もある。
世界から『大罪人』と呼ばれるのは、不名誉ではあるがそれ相応の"何か"があったに違いない。
ルイは、その"何か"に賭けて、エルフとの戦闘に臨むのだ。
「フェリス様、お力を――」
詠唱と共に、再び自分の周りに球体の結界を張るエルフ。次の瞬間、目のも止まらぬ速さで灰色の槍が飛び回る。
「――っ!速っ」
ビュンビュンと、頬を掠ってはまたやって来て、休む暇が与えられない。
それより何より、ルイ・レルゼンは、今驚愕している。
――この身体...クッソ見えるっ!
それは、自分自身の体。"ルイ・レルゼン"の保有していた身体能力か、魔法のおかげか、理由は不明だが、音速と差し支えない速さの槍の雨を避け続けれているのだ。
目が活性化れたように、異次元に捉えられる。身体は脳から手足までの伝達が信じられない程研ぎ澄まされており、もはや手足にすら脳があるのではないかと思えるくらい、勝手に身体が動く。
目の前に槍が飛んでくる。
――ほら、来た。でも、避けれる。
身体を捻り、上半身を右に寄せ回避する。すると、第二の槍が飛んでくる。
――うわ、近い。これは避けられ...るんだ!すご!
自分で自分にビックリとは、今までにない新感覚だ。
俯瞰して自分を見ている気がする。自分が自分ではないように思える。
ルイ・レルゼンは、悟りの境地に行こうとしていた。
当たれば一発アウトのスリルの中、ルイの身体は全神経が研ぎ澄まされ、避け続けるという明確な目的を達し続ける。
もはや、ルイ・レルゼンはルイ・レルゼンの動きに好奇心を持つよつになる。
――次は、これは、避けれるか!?
まるで、好物を前にしてはしゃぐ子供のように。
「っはは」
言ってしまえば、ルイは激しく高揚していた。
異世界に来てから『大罪人』に『英雄』、"ルイ・レルゼン"で押し潰されそうだった気持ちが、今は楽になっているのもあり、純粋に異世界を楽しんでいる。
ここは、剣と魔法の世界。
「――戦わないなんて、勿体ないよな。」
自分がこんなに戦闘狂みたいな思考になるとは、思ってもいなかった。
そんな、戦いに興味が湧いてきたルイのお相手様と言えば、
「――何が、おかしい。」
命のやり取りで笑うという行為をするルイに、怒りを覚えていた。
△▼△▼△▼△▼
それは、あまりにも理解出来ない現象だった。
「―――」
ナナの結界は、内部でナナの魔力が高まれば、自動で風を凝縮した槍となり、放たれる術式が埋め込まれてある。
破壊や大規模な攻撃の時は、適当に大きめな竜巻を配置すれば良いのだが、特定の個人を狙うとなれば、こっちの方が手っ取り早い。
破壊面に関しては竜巻に劣るが、殺傷能力はピカイチ。
「当たれば...の話か。」
――当たらない。こんな事が一日で二回もあっていいのか。
『閃光』に当たらないのは、説明がつく。相手が悪かった以外に他ならぬ事案だ。アレは、魔法使いには分が悪い。だが、『大罪人』はどういう原理なのか理解が出来ない。
――身体の反射神経は、確かに悪くはないが、人間離れしているという訳では無い。小僧ソージュ程の速度でなければ、通常避ける事は困難だ。
『閃光』ソージュ・グルストンの人間離れした速度は、ナナからしても、速度面だけで見れば規格外であり、一目置く存在となっていた。
しかし、問題は『大罪人』の方だ。
「―――」
魔力を高め、結界の術式から魔法を編み込み放つ。
鋭利な矛先へと繁忙した風の魔術を無造作に、音速で放ち続ける。
だと言うのに、当たらない。
「っう!っほ!っうぁ!っぐぅ!」
右へ左へ身体を捻っては、流暢な体回しで鮮やかに槍の猛攻を受け流すルイ・レルゼン。
本人は何やら避けれる自分の身体に驚きを持っており、そこも謎だが、本当の謎はそこではない。
「――どうなってる。」
放たれた槍は目的も意思も無く、ただ一直線に飛んでいくだけだ。ルイの身体能力で避けれる訳が無い速度。だと言うのに、彼は実際に避けている。
否――
「――槍が、軌道を曲げられている?」
本来真っ直ぐに飛ぶハズの槍が、ルイへ当たる直前に方向を転換し、当たらない角度へと飛んで行く。
これは、想定してない異常事態だった。
――ルイ・レルゼンの魔法か?だが...本人は身体能力で避けてると勘違いしている。何かが...ある。ルイ・レルゼンと私の間に、説明がつかない"何か"が生じて異常現象が起こっている...!
「――魔力が...反発してる?」
その考察にたどり着いた時、それは、目の前にルイの剣が結界へと振りかざされようとしていた時だった。
△▼△▼△▼△▼
「――チートなんざ無くたって、俺は生まれ変わるって決めたんだ。」
これといった魔法も無い、伝説の剣とやらもどこにも無い。それでも、ルイは"ルイ"の持つ全てを駆使して、エルフの結界へ剣を振りかざす段階まで上り詰めていた。
「この異世界で!俺はルイ・レルゼンとして!生まれ変わるんだっ!」
振りかざされる剣はエルフの結界に衝突する。
「――っ!」
振動が手に響き、身体中が震え上がり、結界はビクとも――
「――っ、割、れぇたぁっ!」
「ぁ――」
瞬間、崩壊した結界と共に振りかざされる剣がエルフの頭上にぶち当たり、ゴンッと!鈍い音と共に、エルフが地面へ叩き落とされる。
「―――」
下へ落下するエルフは目を丸くし、今起きた事象に明らかな動揺を見せつけていた。
「マジで、マジで!やってやった!エルフ相手に俺が――」
「ルゥイ・レェルゼェンンンーーーーッ!!!!」
落下を続けるエルフが怒り狂った顔でルイの名を、腹から捻り出した怒号で叫びつける。
次の瞬間、エルフの右手から放たれた巨大な竜巻がルイの視界を灰色に染め上げていき、世界が再び灰色に埋まってく。
「――っうぁぁぁああああ!!!!!!」
ぐるぐるぐる、回ってく――
「――――」
世界が上へ下へ右へ左へ、身体の方向感覚が失われてく――
「――――」
あと少し、足りなかった。もう一度剣を叩き込めば、エルフはノックアウトされていたかもしれない。
足りない、ルイ・レルゼンだけでは足りない。
「――――」
ぐるぐるぐる、ぐるぐるぐる、上へ上がってるのか、下へ下がってるのかすらも分からず、竜巻の中で回り続ける――
ぐるぐるぐる、ぐるぐるぐる――――
――――
――
―
何かが、足りない。エルフを倒すには、何かが足りない。攻撃は通じる。槍は良けれる。でも、完全に倒し切るには、"何か"が――
「――兄貴ぃ!弱くなったすっね!俺が必要っすか!?」
瞬間、竜巻の中を一筋の光が差し込む。
風穴を空け、青白く光る雷のような一閃は瞬きと同時にルイの身体を持ち上げ、竜巻の中から引っこ抜く。
「――ぁぁあああ!」
ずっと出していたハズの自分の声がようやく耳に届き、胸を撫で下ろすようにホッと安心する。
喉が潰れそうな程捻り出した声帯は、激しい痛み共に唾が出尽くた状態で、カラカラとなっていた。
「兄貴、結界壊したぐらいで油断してちゃぁ、いけやせんよ。あんなの瞬殺出来るくらいじゃなきゃあ、神殺しは無理ですぜ?」
「...ケホッ、ケホッ...あ...あぁ....あぁ...神殺し...そういや、そんなことも。」
聞き覚えのある単語に辛うじて反応するルイだが、そんな事はお構い無しにソージュはルイの身体を持ち上げたまま、地面で倒れるエルフを見下し、
「――俺が要りますか?兄貴?」
と、ルイに問いかける。
「...ぁ」
「兄貴?」
「お前だ、お前が!ラストピースだっ!」
エルフ討伐の為の、"何か"。その最後の欠片が、ルイの中でようやく、見つかる。




