19.『罪について』
記憶喪失の件を話した時、少女の反応はと言うと、
「...はい?」
と言った風に、信じ難いという反応。
その後、しばらく黙った後、独りで考え事をし、
「...だから、人の罪とか言ってた訳...ですか。」
というように、ルイの発言の辻褄合わせが完了した様子だった。案外すんなり受け入れてくれた事に驚きだったが、少女はその後表情をまた変えて眉に皺を寄せて言う。
「ですが、それとこれとは話は別です!今の貴方が許しを得たいのであれば、まず先に騎士様を助けて下さい。今の、貴方の、せいで、こうなった、騎士様をっ!」
少女はルイの手を掴んだかと思えば、今度は強めに引っ張り叩き、顔を膨らませながら今も尚倒れる騎士、ギルの方を指差す。
先程の自分は格好良かったのではないかと思っていた反面、ギルの様子について言及されると、ぐうの音も出ない為ルイは肩身が狭く、小声で少女の言葉に反応する。
「は、はい...それは、そうっすね...。」
「貴方が過去の罪を忘れて、償う事を躊躇するのは.........何とか、理解出来ますが...出来ませんけど」
「どっちなんすか...」
「でも、貴方にもちゃんと罪はあるでしょう?騎士様を刺した。その罪が。だから、まずはその罪を償ってから助けてください。」
ピシッと自分の意見を述べる少女の異性の良さには感心するものがある。
正論すぎる少女の言葉にルイは首を縦に振るしか無く、エルナが続けるギルの治癒を隣で応援するのだった。
「が、がんばれー、エルナ。」
「ルイ?ちょっと、集中したいから静かにね。」
「うす...」
しょぼくれた顔になり、トボトボとエルナの隣から退散する。
「何してるんですか。早く騎士様を助けて。」
「いや、あの、それはエルナが」
「貴方がやったのに?」
「本当にごめんなさい...。」
先程の格好良かった自分はどこへやら。少女に頭を下げ続ける自分の姿を客観視して、自分の罪を心の底から悔やんだ。
「...いや、それ抜きにしても、本気で悔やむべき行為だな...。」
「悔やむべき行為...。本当にその通りですよ。私は、貴方を本当の意味で許す事は、決してありません。」
「...」
「でも、記憶喪失の件を聞いて、貴方にも同情の余地はあるかもしれません。ですが、騎士様を、刺した罪を本物です。償うべき、罪です。」
「その通りだ。償う。」
「...ふんっ。」
言ってやったと言わばかりに、少女は顔を背けて頬を膨らます。
何だかとても心にチクチクトゲが刺さった様な感覚で、生き心地悪かった。全部自分が撒いた種ではあるので、仕方ないが。
「やっぱり、ギルが起きたら刺させるのが道理かな?」
「まぁ、妥当なのでは?」
「だよな...」
「えぇ。」
と、剣を取り出しギルに自分の背中を刺させる準備を始めると、エルナが治癒魔法をかけつつ顔だけ振り返り、大声で怒鳴る。
「――んな訳ないでしょ!ちょっと!そこのクソガキ!さっきから聞いてりゃ調子乗んじゃないわよ!」
「はぁ!?どこが乗ってるんですか!『大罪人』には妥当な罰でしょ!」
「ギルだってルイの事刺した事あんのよ!おあいこよ、これで!ほらっ!そうでしょ、ギル!起きなさいよ!そうでしょ!?」
と、激昂するエルナはギルの腹部を拳で殴り、負傷者に対してとは思えない対応を見せた。
「っぐあ!」
唾を吐き散らかし、覚醒するギルの様子を見て、ルイは申し訳なさそうに肩を縮こめる。
「俺のせいで...ごめんな――」
――ビュンっと、灰色の槍が無数に降り注ぐ。
「って!なんだこりゃ!っ!背中いてぇ!腹もいてぇ!エルナ!お前殴りやがって!」
「ちょ、いいから!路地裏行くわよ!」
「うぎゃっ!死ぬ!」
「エルフから放たれてる!やばいぞ!逃げろ!」
四人はそんなこんなで、路地裏へと駆け込み、状況整理することとなった。
△▼△▼△▼△▼
「...んで、今ソージュが相手をしてるって訳ね。」
状況を整理し、ギルが空で戦う部下を見つめて何か思うところがあるのか、目を細めてため息をつく。
「アイツが俺が倒れてんの見て何も思ってなさそうなのがクソ腹立つが...それより、どういう風の吹き回しだ?」
ギルがソージュに対する思いを吐露した後、背後で肩身が狭そうに小刻みに震える『大罪人』ルイに目をやり、この状況に至る経緯を深く掘り下げようとする。
「えっとぉ...俺の愚行のせいで騎士様が倒れてしまった訳で...とりあえず、エルフを相手にする前に騎士様を何とかしなければと思いぃ...。」
「気持ち悪い言い回しはよせ。『大罪人』であるお前に刺された事に対して、俺が怒り狂うと思ってそんな反応してんのか?」
「え、怒んないんすか。」
「あ?怒ってんに決まってんだろ、殺してやりてぇよ。」
「うっ...。」
ここまで敗戦確定の裁判も中々無いだろう。何を言っても言い訳。ぐうの音も出ない正論パンチに、ルイは為す術なく打ち倒されるしかない。
だと言うのに、意外にもあっさり受け流そうとするギルに、少しルイとしても思う所はある。
「...あの、騎士様...何か、制裁とかって」
「...別にどうでもいい。お前が『大罪人』である以上、何をされても俺の油断が悪い。制裁与えるなら俺だな。」
「っ!そんな、風に言わないでくれよ!俺はクソみたいな事をした!ちゃんとそれについてのケジメはつけなきゃ道理に――」
どことなく、ルイに対しての言動が甘いように見えて、逆にルイがそこに対して違和感を持ち訴えかける。
どうか許さないで欲しい。己の愚行を。
だが、声色を上げるルイの胸ぐらを掴み、建物の壁に押し当てるギルに、ルイは言葉を詰まらせてしまった。
「―――」
「じゃあ、何か?お前は、これまでの全ての罪を、償い切れるとでも思ってんのか?制裁を与えられたら救われるとでも、思ってんのか?」
「...それは」
「何が道理だ。お前に道理だ何だを語る資格はねぇ。俺はお前の行動に怒りすら覚えない。お前は、"そういう奴"だからな。」
「...っ!」
ギロリと睨みつけるギルの目が、獣の恐ろしい目つきに見えて、ルイは動揺を隠せない。
ギルは怒ってなどいない、謝ってほしくもない。
償いすら、もはやいらない。
ギルは、ルイ・レルゼンに何も期待していないのだ。
反省も贖罪も必要がない、と言うよりする訳が無いと考えているのかもしれない。
「...俺は、『大罪人』"ルイ"とは違うんだ、だから...過去の罪まで償う気はない...。」
「清々しいなぁ、お陰でお前の首を落とすのにも躊躇が必要無くて安心だ。」
そう言いながら、ギルは腰にかける剣に手を伸ばして、即座にルイの首元に鋭い剣先を向ける。
「っ!」
「...目覚めて、状況を聞いた時、はっきり言って俺は混乱したんだよ。どうして、俺を刺した張本人ルイ・レルゼンが俺を助けようとしたのか、エルフを相手にして街から追い出そうとしるのか。」
「...そりゃ、お前、街を守りたいから...」
「そういう結論になっちまうのが混乱の原因なんだよ。どういう風の吹き回しだ?質問に答えろ。お前は俺を助けて、街を助けて、何を企んでやがる?俺の知るお前は、そんな善人ぶった事すらしねぇクソ野郎だったハズだ。」
首元に触れる剣の冷たさが体温の温もりを抜き取り、冷ややかな感覚がルイの首に流れる。
ギルの激しく鋭い目線に言葉が出せず、ルイの置かれた状況の厳しさを改めて痛感する。
「なぁ、おい、答えろよ。」
「...俺は、記憶喪失だ。」
「何?」
「記憶喪失で、過去の事全部忘れて!『大罪人』だと言われて、俺も俺で...精神がおかしくなってて...お前を刺しちまった。」
「...なんだそりゃ。」
「その件に関しては、本当に申し訳なく思ってる...事が済んだら、穴埋めはいくらでもするつもりだ。」
「...」
ルイの鋭い視線と強ばる表情を見て、ギルもルイの本気度を感じ取り、剣の握力が少し緩む。
「でも、俺が出来る償いはそこまでだ!やっぱり、罪の意識すらない俺が例え過去の俺がやった事であっても、そこに償いの意識を持つのは、やっぱり、何か違うと思うんだ!」
「...」
「だから、俺は俺の罪しか償いたくない...そして、できるのであれば、俺は....『英雄』になりたい。」
自分の立ち位置は理解してる。
『大罪人』と言われ、自我のある自分の状態でも、精神を言い訳に『大罪人』にピッタリな行動しかしてなかった。だと言うのに、『英雄』なんて馬鹿げた話に聞こえるかもしれない。
それでも、ギルは笑うこと無く、黙って目を見開くだけだった。驚いた様子で、自然と口が開くようだった。
「...お前が、今後どれ程の徳を積もう、『英雄』になる事は...万に一つもない。」
「それでも...目指すよ。俺は、俺の『英雄』を。」
例え、誰からも認められなくても、エルナから認められ、自分が胸を張って言える、『英雄』という存在になりたい。それが、黒澤 零がこの異世界にやってくる前に目指した、存在なのだから。
「...ッチ...とりあえず、この街を守りたいっていう認識では合ってるんだな?」
「っ!お、おう!」
「なら、さっさと行きやがれ。俺はソージュを受け止めなくちゃならねぇ。」
「受け止め...はっ!?」
と、上を見上げると遥か上空から落ちてくるソージュの姿が。今も落下し続け、このままだと地面に落下。
「やば、受け止めなきゃ!」
「それは、俺がやる。ソージュがやられたってことは、アイツの相手するやつが居なきゃ、だめだろ。」
「...っ!」
そう、ここにソージュがいるといことは、エルフの相手をする存在が、今は居ないということ。
ギルはゆっくりと路地裏から足を進め、ソージュの落下地点に立つ。
「...ギル」
「早く行けよ、『大罪人』ルイ・レルゼン、お前を捕まえるのは、エルフにぶつけて、利用した後だ。」
「...信じてくれて、ありがとう。」
「っ!?誰がお前なんか信じ....」
その言葉を放った時には、既にルイは建物の屋根へと駆け上がり、姿はなかった。
「...んだよ、調子狂う。」
と、ギルはどこか微笑みながら後ろ髪をかきつつ、ソージュの落下を食い止めるのだった。




