18.『だから、何だ』
エルフの魔法は、風を操る魔法。極めた先に、災害規模の被害すらも可能にする、正に神が扱うに等しい魔法。
何が、『大罪人』だ。
「自惚れるな、人間風情が。」
ルイ・レルゼン、人間の分際で、神の領域に足を踏み入れようとしている、人類の現代魔法と一味違う才能を隠し持つ異端児。
「だから、何だと言うんだ。」
エルフは細い目を更に細め、眉にシワを寄せる。
憎き男、ルイ・レルゼンの顔を思い浮かべる度に感情の壺から黒い液体が大量にこぼれ落ち、制御が難しくなる。
"神の後継者"エルフからしたら、人間という下等生物の分際で、エルフ達に『大罪人』と呼ばれる事すら、忌々しい事態なのだ。
大罪とは、重い罪を背負った称号。その罪を背負える程の、行動を取るにも、力と知力が多少なりとも必要となる。
ルイ・レルゼンは、着実に世界を脅かす『大罪人』になった。誰もが恐れ、誰もが憎む、世界の敵に。
たかが、人間の分際で。
その事実だけでも、エルフは気に入らないのだ。
だから、あの日の事は鮮明に覚えてる。
「――シーナが殺られた。」
「―――」
その報告は、突然にやって来た。
彼女は決して冷酷な感情を持ち合わせる少女などでは無かった。
あるひとつの事象が、彼女を変えたのだ。
「落ち着いて、聞いてくれナナ、お前には飲み込みにくい話かもしれないが...」
「――当たり前じゃん....ど、うい...う、事?シーナが、何?」
――彼女の名前はナナ。この世界に生を受けてから既に300年程時間が経過している。エルフにしては、若い類の存在だ。
花畑で、花の輪っかを作っていた彼女は作り途中の花々を地面に捨て、悲しい悲報を報告してきた父に、近寄りよる。
屈強な身体を持ち合わせる父の服をギュッと握り、涙を浮かべた眼で下から見つめて問いかける。
「なんで、なんでシーナが死ぬの?昨日まで一緒に居たのに!普通に遊んでたのに!」
「シーナは"水の神"として人類に度々世話を焼いていた...。あの子は優しいからな...結果、彼女は最悪な巻き込まれ方をした。人類の哀れな愚行によって、命を落とした。」
「...誰に、殺られたの?誰が、シーナを...!」
「...誰が殺した、と断定は出来んが、強いて言うのであれば...ルイ・レルゼンだな。」
意味深な言葉を浮かべる父だったが、最後に口にした名は、世界に名を轟かせる極悪人、ルイ・レルゼンの名だった。
ナナも、その名は聞いた事がある。
「...確か、国同士を戦争させたのよね?」
「情勢は疎くないようだな、そうだ...と言うか、シーナはその戦争で命を落とした。」
重い言葉に引っ張られるように、父の声色も低くなる。巨漢の父が背中を丸めて、歯切しりを立てていることから、父も、シーナの死を悔いているのがわかった。
「...ルイ・レルゼン...!」
その時が、エルフ――ナナの復讐の炎が誕生した瞬間だった。
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「――そこをっ、どきなさいっ!」
荒れ狂う疾風の渦の中、ナナの甲高い怒鳴り声は、鬱陶しく動き回る光に向けて容赦なく放たれる。
全身全霊で動きを捉え、両手を使い魔法陣の掌印を複雑に絡み合わせる。
一手間も二手間もかけて、高度な魔法を繰り出す。
魔力を変換させ魔法に変える導線を、何度も変えて『閃光』に届くよう、試行錯誤を繰り返す。
それでも、何百年かけた魔法の技術でも、エルフという魔法種族は、単純な速さに物を言わせる相手には滅法相性が悪い。
「捕まらんぜ、その程度。」
「っ!小賢しいっ!」
捉えては逃げ、捉えては逃げ、その繰り返し。
ナナの心境も悪くなって当然の頃合だ。
ならば、本気で行く。
「お」
ナナがソージュを捉えなくなり、急に静けさを纏う。その様子に違和感を持ち、ソージュも光の速さを終わせるが、既にナナの方で準備は整いつつあった。
両手を広げ、ナナの身体を丸々包み込む球体の結界が作り上げられる。
「ん?防衛魔法?」
「―――」
違う。防御では無い。防御など、するわけが無い。
「エルフとは、美しく壊す、生物だ。」
「あ――」
次の瞬間、球体の結界から無数の灰色の槍が雨のように放たれた。
ソージュは放たれる灰色の雨に声を漏らし、目を丸くする。鋭利な刃物かと思えば、それは灰色の雨の一つ一つで――
次の瞬間、音速並の速度でそれらは無造作に飛び回る。
「―――っ!」
尖った灰色の刃物が、一斉に発射される。触れれば簡単に人肌は切れるであろう鋭さは、目で見ただけで容易に想像つく。
『閃光』であるソージュであれば避けるのは造作もないが、一般人からしたら即死級の必殺攻撃になり得る。
――だがまぁ、一般人はここにいねぇし(少女を除く)、特段気にする事でもないか。
などという相変わらず舐め腐った考えでソージュはエルフの首を狙い続ける。
放たれる槍の雨を掻い潜りながら、『閃光』の一閃が輝く。
「あい、取った――」
「―――」
エルフの結界に光の剣を叩き込むが、ソージュの剣は結界を綺麗に切り裂くことはなかった。
「ありゃ」
ゴンッと、鈍い音がして、剣共に身体に電流が走った様に、震える。剣が結界に弾かれ、使用者であるソージュに衝撃が跳ね返ってきたわけだ。何と、硬い結界なのだ。
切れない。切り裂けない。
「俺魔法に関しては疎いんすけど。」
と、これまで剣技の天才的センスで勝ち上がってきたソージュとしては魔法の技術を必要としてくる場面は滅法難儀する対象と言える。
しかし、そんなボヤきをナナが聞き入れる訳もなく、と言うより、結界に阻まれ本当に声は聞こえない為、容赦なく結界魔法攻撃を繰り出す。
「うわ、何、まだ出せんのあのとんでも攻撃」
目の前の結界が先程同様、光り始めて――
「エルフとは、美しく壊す、生物だ。」
「どこがだよ。」
辺りを見回すと、灰の槍によって貫通され崩落する建物の数々で、今も尚活発に動き続ける竜巻がそれらを回収し天高くへ打ち上げる。
文明の築き上げた形跡を跡形もなく、『神の後継者』によって破壊つくされる。
「美しく?『破壊神』と大差ねぇだろ、この蛮行。」
「―――」
ナナは結界によって、外界と世界が遮断されている為、風も音も感じられない。その為ソージュの言葉も当然耳には入らないが、気分の良いことは言われてないと分かるので、耳をピクピクさせ眉にシワを寄せて不愉快を表現する。
しかし、そんな事情もソージュにとっては知ったこっちゃないことなため、シカトされた事に腹を立たせる。
「無視するとは、随分と気高き神になられたのですねぇ?」
そんな風に皮肉を込めた軽口を叩きつつ、『閃光』の意地をみせつける為、ソージュの速度が上昇する。
「普通にやって壊せねぇなら、俺の専売特許も利用して壊させてもらいやすぜ。」
閃光の光が、次の次元へ移行する。空気を切り裂く衝撃波すらも置いて行き、光の軌道が空気の面を乱反射し、灰色の空を輝かせる。
「―――」
速度が、上がり続ける。もはや目にも止まらない『閃光』を止める術はこの場にいる誰にも無い。
ソージュ自身でも、止められると思ってない。自分で自分の速度を上げていると言うのに、止められないなんて笑い話にもならない。
ソージュの狙いは至ってシンプルなもので、上がった速度を利用し、ナナの結界を破壊する作戦だ。成功すれば結界諸共ナナの首を打ち取れるが、失敗した先にあるのは、速度と反発した結界の衝撃であり、ソージュがその衝撃に耐えられるかは、別問題。
「だから、何だって話だが。」
"だから、何だ。"それが、『閃光』ソージュ・グルストンの行動指針だ。
失敗の事など考えてない。出来そう事、面白そうな事であれば失敗の先に"死"があろうと、考える余地は無い。
その思考が、彼の強さの秘訣だと、騎士達は言う。
「これで斬れなきゃあ、困ったもんだがなあ――」
光速で風を切り、ナナの結界まで威力を落とさずに来た、『閃光』の一筋は、結界に確かな亀裂を生み、
「んぉ、切れ――」
結界がまさに強度の限界に達し、破壊されようとしたその時だった。
「――ぁ?」
ソージュの視界はグルンと回り始め、一瞬で灰色の世界に身体が投げ込まれる。
上下左右の方向感覚を失い、永遠に身体がグルグルと回される。先程まで目の前にあった結界はどこにも無く、瞬き一つでソージュの世界は回り続ける。
「―――っ!」
喉から声を出そうとするが、周りが永遠に轟音を響かせ続けるので、自分がちゃんと声を出せているのかすら分からない。
上に、下に、右に、左に、身体の自由が失われ、何も出来ない。『閃光』の名にかけて、こんな状況からはらすぐさま脱出したい所なのだが、何せ先程限界速度での攻撃に挑戦したため、身体が異常反応を示し、『閃光』の能力が使えそうにない。
そもそも、こんなめちゃくちゃな状況では空気を捉えることが出来ず、抜け出せない。
まずい、完全に詰んだ。
「―――」
ぐるぐる、ぐるぐる、回り続ける――
「―――」
ぐるぐる、ぐるぐる、永遠に――
「――だ」
ぐるぐる、ぐるぐる、だ――?
「――だから、何だ。」
そう言いながら、ソージュは身体に降りかかり続ける空気抵抗に抗いながら、筋繊維がふっちぎれそうになりながら、剣に手を伸ばし、
「――『閃光』ソージュ・グルストン。」
方向感覚の無い、ぐるぐる回るこの世界で、『閃光』の生き様を見せつける。
世界よ、『閃光』を見ろ。青く光り輝く一等星の輝き、雷の轟音と共に光速で駆け上がる、この『閃光』を見ろ。
「――いざ」
剣を横に備えて、切りどころを見図る。灰色、灰色、どこも、灰色。大体わかる、ここは竜巻の中だ。
風の轟音が鳴り響き、身体は激しい風に揺られている。
だから、何だ。
「じゃあ、斬りゃあいいだろ。」
そんな、単純な話ではないと、一般人は言うかもしれないが、ソージュからしたら、単純な話だ。
斬れば解決出来ると思っており、この場で、足も着いてない、方向感覚も失う程ぐるぐる回り続ける身体で、全力の剣振りなど、出来るのか。そして、その結果しっかり竜巻を斬れるのか、そんな事、いちいち考えない。
「斬れないようじゃ、そこまでの人間!腐って死んじまえ!『閃光』!」
死んだらそこまで。強さを欲する騎士であれば、常に命を差し出す覚悟で強さを欲せ。
そして、足を引き付け、目を細める。
備えた剣が一瞬輝きを放つと――
「っ!――」
――灰色の世界が、消えた。否、消えてはない。外は相変わらず雲空だが、竜巻が消えたのだ。他でもない、『閃光』の一閃によって。
斬られた竜巻は一瞬で竜巻としての能力を失い、何も出来ない風として空気に散乱していく。
「やっぱり、俺ぁ強いですねぇ。」
あの状況から脱する事が出来る自分の能力の高さに自惚れ、剣を見つめる。
「ところで、俺ぇ、これ落ちてやせんかねぇ?」
と、自分の身体が竜巻のぐるぐる地獄から抜け出せたことによる高揚で忘れていたが、竜巻から抜ければ、ソージュは空中に放り出されたも同然。
「ありゃ」
重力には逆らえず、下へ下へと、落ち続ける。
もう『閃光』の力もそれほど残っておらず、今すぐ発揮するのは難しい。激しい空気抵抗の中で剣を振るい竜巻を斬ったのだから、身体が限界を訴えるのも頷ける。しかし、それは困ったことに、ソージュは竜巻斬りに失敗してもら成功しても、良い未来ではなかったようだ。
「こいつぁ誤算。流石にこの高さから無抵抗で落ちたら死んじまうなぁ。」
予測という行為が苦手なソージュは、この時初めてこれからは考えて生きようと思った。地面がすぐそこまで近づいており、生命の終わりが近づいていると言うのに。
「じゃあ、今日から本当に俺の言う事しっかり聞く耳持てよ?」
「お――」
すると、ガシッと、自分の身体が誰かの腕に収められ、地面への落下を防がれる。
「ソージュ、お前は今日、任務色々サボってたが、エルフ相手によくやった。とりあえず始末書の方は保留にしといてやる。」
「逆に任務放棄してうたた寝してたアンタが始末書ですぜぇ?ギルさん。」
「ふざけんな、背中刺されてたんだわ。」
そんな会話をして、ソージュは「よっと」と立ち上がる。
そして、上を見上げると、
「兄貴、頼んますぜ。」
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ここは、境界街『シワレス』。
今日の天候は荒々しく、竜巻が一個消えたとは言え、あと二つ程遠い方で今も尚、建物を破壊しつくしている。海は荒れ狂い、津波が陸地に上陸しかける。
剣も魔法も何もかもが初見で、チュートリアルだって何もやってない。それどころか、既に中盤まで進んでるストーリーに突然放り投げ出された感覚で、全く両手を上げて降参したい。
「しかも、最初の相手が『神の後継者』って、もうやりたい放題だな。この世界。」
『大罪人』にされ、『英雄』と言われ、を"ルイ・レルゼン"と言われ、ぐちゃぐちゃにされた精神を立て直され、向かわされるのは『神の後継者』との戦い。
本当に、こんな異世界転生は聞いてない。だが、
「"だから、何だ。"だろ?」
「...はっ、聞こえてたんすか。兄貴。」
下を振り向くと、銀髪の騎士は目を見開き何やら呆気に取られた表情で「ふっ」と笑う。
こんな異世界転生は聞いてない。だが、だから、何だ。と言ってやり、ルイ・レルゼンは剣を握り、エルフに向ける。
一呼吸開けてから、ルイは口を開き、言ってやる。
「――さぁ、聞かせてもらいたいな?お前が俺を探す理由、その原因、"ルイ・レルゼンとの過去"について。」
と、ルイ・レルゼンはニヤリと笑い、エルフを見つめて言い放った。




