17.『許し』
「今のは、本当に魔法か?」
「?」
エルフの問いに、ルイは首を傾げるだけだった。
反応からして、本人は魔法を扱ったつもりなのだろう。本人がそう言うならそうなのかもしれないが、エルフの感触としては、魔法というより反射的に放たれた魔力の塊の様に感じたのだ。
――まさか...魔力をぶつけただけであの威力?そうなると、あの小僧ソージュのルイ・レルゼンの評価も戯言ではないかもしれん。
チラリとソージュの方に視線を送る。
「...」
ソージュは一切エルフを見る様子はなく、自分の出番は終わりとでも言うように、剣を収めて屋根の上から高みの見物を決め込もうとしていた。
――小僧は...ルイ・レルゼンの戦いに興味深々と言った様子。恐らく戦闘狂である奴が興味を惹かれるほど、ルイ・レルゼンは強い...!いや、何より...人間風情で『大罪人』とすら呼ばれる男だ。
「弱い訳が無いか。」
分かってはいた結論を導き出して尚、エルフは頭を抱える事となる。
エルフの種の中でも、"ルイ・レルゼン"という男の危険性は回っていた。しかし、それはあくまで被害規模の話であって、強さという面においては不確かな情報だった。
だが、災害規模の被害を生み出す化け物、弱い訳が無いのだ。
「良いだろう、貴様を認めよう、ルイ・レルゼン。」
「随分と、上から来るなぁ。」
「当然だろう、私はエルフだ。」
「...お前も似たようなもんだな。」
「...?」
ルイ・レルゼンが何かを悟ったように顔を緩めて、息を吐いた。その行動にエルフは首を傾げる。
すると、ルイはエルフではなく、目の前で倒れる騎士に目を向けた。
「まず、片付けたいのはコッチの問題だ。」
「おい...私を無視するつもりか?」
「今ちょっと手一杯ってだけ。後で相手してやるよ。だから、今は...」
ルイはそのまま屋根に座り込んでいる青年に目を向けて、放つ。
「――そこのお前、ちょっとお願い出来る?」
「えぇ?俺すかぁ?兄貴がやればいいじゃないっすか。」
「だから、ちょっと色々やんなきゃいけないことあんのよ。とにかく!お願いするぞ!?」
「いやいや、めんどいって。俺ここから動きやせんよ。」
と言い、ぐったり座り込む彼を見て、ルイは髪をかきながら、ため息混じりに言う。
「じゃあ...ソイツと戦ってくれたら、後で俺とも戦っていいから。」
その発言に、ソージュは目の色を変えて「まじすか!?」と叫び、背中を屋根につけ飛び上がり、意気揚々と剣を握り始める。
「約束っすよ!絶対の絶対!」
まるで無邪気な子供のように飛び跳ねる彼の姿を見て、ルイは対応しなければならない事案が増えて、ため息を何度も吐露する。
「やっぱり、アイツは"ルイ・レルゼン"の強さに惹かれた戦闘狂って感じだなぁ...。騎士とかそういう、身分とかはどうでもいいタイプだ。」
ルイはソージュの性格を見切って、あの発言をした。
実際、五分五分の賭けであったが、初めて会った頃から明らかに騎士として『大罪人』への扱いが別系統過ぎたので、ルイとしても違和感は感じていたが。
そんな、今後の先行きの怪しさに眉を顰めるルイを尻目に、銀髪騎士 『閃光』のソージュ・グルストンは今も尚、街に風の災いをもたらし続けるエルフに対して、牙を剥く。
「――よぉ、殺気高いお嬢さんー。」
「...貴様、まだ私の邪魔をするのか?」
「邪魔はお前。俺と兄貴の戦いの弊害なんだから、さっさと斬られてくたばって、白旗上げて降参しなぁ。」
「勝てるとでも?」
「くっせぇなぁ、お前。いいから早く来いよ。」
「クソガキがっ!」
瞬間、二人の超人の激戦のゴングが再び鳴り響く。
上空で繰り広げられる剣と魔法の交戦は異世界初心者のルイからしたら、せめてチュートリアルを挟んでから見せて欲しいものだ。
これがこの世界の平均とは、とても思いたくない。命がいくつあっても足りないではないか。
なんて事を考えて、ルイは一つ目の問題に取り掛かる。
△▼△▼△▼△▼
「さて、邪魔な奴は戦わせておいて...エルナ、頼めるか?」
「うん、任せて。」
と、ルイは傍らに居るエルナに視線を送り、目の前で倒れるギルの元へ行かせる。
エルナはギルの横に座ると、即座に両手を彼の傷部に当てて、緑のオーラを漂わせた。
「...」
その光景をただ眺めてるしかないルイは、何ともやるせない思いだが、やれない事は任せるという精神を持っているルイは、迷う事なくルイ自身が犯してしまったギルの傷をエルナに託した。
「治せそうか?」
「うん、騎士だから丈夫ね。今は疲労で眠っちゃってるけど、怪我の方はそこまでよ。剣の一刺しで倒れる様な人じゃないし。」
「そうか...良かった...。と言うか、随分知り合いみたいな口調で言うんだな?」
「...ただの腐れ縁よ。親しい仲って訳じゃないわ。敵対関係だし。」
エルナはそう言いつつも、刺された彼に何か思う事がありそうな面持ちで回復魔法を続ける。
「そっか...目が覚めたら、ケジメとしてコイツに俺の腹刺させるぐらいしないとな。」
「そんな事...!反省してるなら十分!ギルだってルイを刺したんだし、何ならお合いこよ。」
「何かさっきと全然接し方違くて調子狂いそう...。」
と、先程まで人を刺したルイに失望していたとは思えないエルナにやりずらさを感じるが、今その話は端に置いておく事とする。
「さて...次に、俺に怯えてるそこの君。」
「っひ」
今度は、ギルの横で今も尚身体を小刻みに震わす少女についてだ。
ギルによって助けられ、彼を守ろうとする少女は、ルイを『大罪人』として見て、恐怖に打ちひしがれている。
そんな様子に、弁明出来ない自分の行動を再び思い出し、顔を引っ張叩きたくなる。
「怖い思いをさせて申し訳ないと思ってる...シュワの時計塔でも、君を怖がらせた。本当にごめん。」
「時計塔?え、ルイこの子知り合いなの?」
「ん?あぁ、実は時計塔の裏で会ったんだ。頭おかしかった俺と出会ってしまった被害者だよ。」
そう、彼女は時計塔裏の場所で唯一出くわした一人。
あの時のルイは何もかも捨てて逃げてしまいたくなった時だった為、彼女からしたら『大罪人』の上訳もわからず追ってきた人間。
それが、彼女の見たルイ・レルゼンだ。
「ごめん...。」
そんなトラウマを小さな子供に背負わせるなど、常人の思考ではない。ルイは己の未熟さと愚かさを恥じ、拳に力を入れる。
「...ぁ...あなたの、せいです...。」
「ん?」
「あなたの!せいなんです!」
少女は、泣きそうな顔で、勇気を振り絞り声を上げる。震える手はスカートを握りしめており、今にも逃げてしまいたいと思っているだろう。
それでも、彼女は奥底の本音の声をルイにぶつけて来た。
「あの、エルフが来て、街をめちゃくちゃにした理由は、あなたです!あなたが、この街に来たせいで、私の家が、街が、こんな風になっちゃったんだっ!」
「...」
言い返す言葉も無ければ、言い返す気もない。紛れもない事実を、彼女は言っている。ルイがこの街に居ることが、エルフの逆鱗に触れているのだから、シワレスの街がこんな事になっている責任は、ルイ・レルゼンにあって、何も文句は無い。
「どうして!そんなに人を傷つたいんですか!何も知らない人達の生活を奪って、どうして普通に生きられるんですか!」
「...」
「私は、あなたを許さない!絶対に許さないっ!『大罪人』ルイ・レルゼン!"ごめん"なんて言葉はいらないから!償いたいなら、今すぐあのエルフに命を差し出して、私達を解放してください!」
「...」
幼気な少女に、ここまで言わせるか。
本当に、この世界は好きになれない。いや、好きになれないのは"ルイ・レルゼン"だ。
"ルイ・レルゼン"、お前一体何したってんだよ。
お前はこんな地獄を作りたくて、この世界で生きてきたのか?
△▼△▼△▼△▼
「――出来ない。」
「えぇ?」
涙を流し、膝をつき、せめてもの罪滅ぼしとして、彼に命を差し出す事を要求した。しかし、その応えは、
「俺は、訳も分からないまま、殺されたくなんてない。」
「...な」
応えは、想像出来なかった、ものなんかではない。全くの想像通り、『大罪人』は自己中に、償う気も更々なく、保身の言葉を言い放った。
「...じゃあ、もう....いっそ...殺してください。」
エルフに命を差し出す気はない、『大罪人』を目の前にして、少女は遂に、生きる気力を失った。
家は崩壊し、家族の安否も分からず、もう住めるかも分からなくなったこの街を見て、そして、『大罪人』を目の前にして、少女は生への執着を自ら放棄した。
その言葉に、ルイは一呼吸置いてから、応える。
「――違う、だろ。」
「...はい?」
否定、された。死すらも、『大罪人』は否定して来た。
苦しみ、悲しみ、諦めることすら、『大罪人』は許さなかった。
じゃあ、もう、何が残っているのだ。
「助けを、求めてるんだろ。」
「...は?」
「俺が、こんな事言うのは、君からしたら意味不明で、理解出来ない、狂人みたいな発言だと、思う。『大罪人』に助けを乞え、なんて、しかもそれを『大罪人』本人が言うなんて、バカげた話だ。」
その通りだ。全くもってその通り。一言一句彼は少女の心中を言い当てた。
だって、この地獄を作ったのは、間接的とは言え、『大罪人』本人ではないか。何故、そんな男が上から偉そうに出来る?
怒りが込み上げる。震え立つ血の沸騰が、言葉を自然と暴れ出さそうとしている。
「あ、なたに...あなたに助けなんて乞う訳無いっ!『大罪人』!死んじゃえ!消えて!もう、関わらないでっ!」
どうか、もうこれ以上何も奪わないで欲しかった。
何もしないのが、せめてもの償いだ。それでも、彼は折れない。
「それでも!俺は、皆を助けたいっ!」
「...ぇ?」
「俺は俺の罪を知らない!ギルの事、君を追っかけた事、これは俺の罪だけど...俺が償えるのはそこまでだ!」
「...」
「人の罪を背負って償うなんて、それは償いじゃない。ただの、肩代わりだ。そんなの、被害者だって臨んでねぇはずだ。」
「...」
「俺は、"ルイ・レルゼン"の罪を償う気は無い。」
「じゃあ...何を!」
「俺は、ただのルイ・レルゼン。『英雄』を目指す、それだけの男だ。」
そう言って、『大罪人』のハズの男が、微笑みながら、手を差し伸べて来た。
不思議と、そこからは恐怖を感じなかった。
「『英雄』に、なりたいんだ。だから、皆を助けて、皆の光になる、そんな人間になりたかったんだ。」
「...」
「だから、俺に、助けさせてくれ!」
『大罪人』は、手を更に強く差し伸べる。
ボロボロの手を差し伸べて、膝を着く少女に助ける許可を求めて来る。
「どれだけ俺が変わろうとも、世界からの俺の見方は変わらない!だから、君に『大罪人』として見られる俺が、君達を助ける、"許し"をくれっ!」
「――っ!」
少女は、『大罪人』ルイ・レルゼンを決して許さない。彼の極悪非道な行いが、この現状を招いたのだから。許すなんて有り得ない。
目の前の青年の言い分は、正直半分くらいよく分からない。人の罪、とか、肩代わり、とか、まるで自分を他人に置き換えてる様な発言に聞こえる。
彼に罪を償う気はない。でも、助けたいと叫ぶ。
意味が分からない、頭がおかしくなる。
償う気持ちが無いなら、なんで助けようとする。
矛盾してる、論理が破綻してる。
それでも、助けたいんなら、
だったら、それなら、
「――たす、けてよ...!」
「――ありがとう。」
涙で前は見れなかったが、差し伸べられた手を掴み、真っ白な光が差し込んできた様に、青年の顔が光り輝いていた。
少女は、彼の罪を許さない。それでも、彼に助ける事を許した。




