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大罪の英雄  作者: 虚無人
1章『始まりの街』
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15.『ルイ・レルゼンの異世界物語』

「な...んで...」


状況の理解に、零は時間を要する。

何故、今エルナが自分を抱きしめているのか、理解出来ない。


「ダメ、みたい...私、ルイが...『大罪人』って...思えない....『英雄』としか...信じれない....」


エルナは涙を流しながら、そう語る。


驚くほど、世界がゆっくりだった。

魔法が放たれてから、時間がゆっくりに感じた。


零とエルナの世界だけが、ゆっくりだった。


「...なんだよ...これ」


「コレ、覚えてない?」


すると、エルナは手元からヒョイっと変な石ころを見せてきた。


「時魔石。これもルイと行った洞窟で見つけたモノ。緊急時以外使っちゃダメって、約束だったけど、今がその時だと思って。」


「...時間が、ゆっくりになってる。」


「そ、そういう効果。多分...あの魔法、私でも受け止めきれないから...最後に、ルイとお話したくてね。」


エルナは零に抱きつきながら、今も尚、ゆっくり近づくエルフの魔法を見つめる。


「ルイ、ごめんね...記憶喪失で、色々大変だったのに...私、結局何にも出来なかったや...力になれなかった。」


「...」


「私...ルイから、貰ってばっかで...ダメダメだなぁ...。」


エルナが、涙を流し続ける。


零も、涙が滴り落ちる。


「...や...めて、くれ...もう、やめてくれ...。」


自分に抱き着く優しい手を振りほどき、零は乱暴に自分の顔を抑えつけ、歯を食いしばる。


「...ルイ?」


「もう...うんざりだ...ルイ、ルイ、ルイ...俺は..."ルイ・レルゼン"じゃないんだよ....なれないんだよ...お前の"ルイ・レルゼン"には...」


「...」


「...思い返しても見ろ...俺は、この世界に来てから...ずっと、ずっと、お前の知る"ルイ"じゃなかったハズだ。」


「...」


「あの、宿での出来事だって、本物の"ルイ"なら、エルナに助けてもらわずともどうにかできたはずだ、時計塔でも、エルナは躊躇いもなくエルフに立ち向かったのに...俺は、逃げた!」


「...」


「極めつけは...ギルだ...!俺は...俺は...生き残る事だけしか考えなくて、誰かを守ろうとも、助けようとも思わず、保身のためにしか行動しなかった...!」


そうやって、自分の行ってきた外道行為をツラツラと述べ続ける。言えば言うほど、自分の愚かさが露呈していって、自分が嫌になる。


本当に、黒澤 零という人間はクズで、どうしようもないのだ。


「...俺は、"ルイ"にも...『英雄』にも、なれない....」


そう呟き、零は瞳を閉ざして完全に意気消沈した。

異世界に来て人生をやり直すと意気込んだあの熱意も、もうどこにもなく、ただひたすら、終わりを待つだけの生きる屍。


それが、黒澤 零だ。


「...」


エルナは、黙って聞くだけだった。

言い返す事が出来ないのだろう、"そんなことない"なんて言えないから。

エルナはしかとその目で見届けてきた。無様に醜く、それでも生き抜こうする気持ちの悪い人間、黒澤 零の生き様を。


今こうして、エルナが語りかけているのだって、零ではなく、かつて彼女と関係を育んだ"ルイ"なのだ。


黒澤 零なんて、知らないし知ろうともしたくないだろう。

零も、同じ気持ちだ。知られたくないし、早く終わりにして欲しい。

この世界は、零が生きるにはあまりにも肩身が狭すぎる。


そうして、静の世界で時間だけが進んで行く。


「――ルイ・レルゼンっていう、人はね...」


「...え?」


沈黙を破ったのは、他でもないエルナだった。

フォローも出来ない愚行を続けた零に対して、エルナは、泣きたくなるような優しい微笑みを携えながら、語り始めた。


"ルイ・レルゼン"の物語を。


「ルイは、貴方が思うほど完璧だった訳じゃないのよ。」


「...な、にを言ってる。」


そんな訳があるか。だって、言っていた。エルナは"ルイ"が『英雄』だと。

『英雄』という名が似合うほど完璧で、光り輝いていた存在のハズだ。


「私が見てきた中では、ルイは何度も失敗するし、バカな部分もある。泣き言を言う時もあったし、もう、ダメかと思えるくらい絶望していた時もあった。」


「...そんな事が...」


「全部、一人で背負おうとする所は嫌いだったし、自分を大事にしない所も嫌い。喧嘩だってしたこともある。」


「...」


思い描いていた、"ルイ・レルゼン"という男の幻想が、段々崩れていく気がした。

エルナは続ける。


「世界から、『大罪人』だと言われ続けて、私も...ルイを信じて良いのか、分からなくなった時があった。でも...今でも、この答えは変わらない。」


「...」


「私は、ルイを信じて、良かった。」


赤く輝くルビーの宝石の様な目は、この灰色の世界で何よりも輝いていて、眩しかった。


エルナの言葉に、零は動揺する。


だって、彼女は今も尚、"ルイ・レルゼン"を信じ切っている。


「記憶喪失で、何にも分からなくて、どうしようもなくて、ルイは、限界だったんだよね...。」


「...」


「ごめんね、やっぱり私は、ルイに頼ってばっかだったから...ルイが本当に困ってる時、何にもしてあげられない、おバカさんだった。」


「...」


「ルイ、私ね、全然ルイの事嫌いになんかなってない。と言うか...嫌いに、なれないみたい。」


エルナは頬を赤らめながら、そう言った。


「宿でルイがやられてる時も、時計塔でルイが逃げちゃった時も、ルイが...ギルを刺した時も、私はルイの事を、嫌いになれなかった。」


「...なん、で、だ。なんで、そんな...クズ野郎を嫌いにならない!」


「私は、心の底からルイを信じてるから。」


エルナはニカッと笑い、言い切ってみせた。

全力のエルナの言葉に対して、零は戸惑いの表情を見せながら、反論する。


「...それは、"ルイ・レルゼン"の幻想を見てるだけだ!何度も言う...俺は、"ルイ"じゃない!信じたところで、無意味だ!期待なんかするなっ!俺に、何も...背負わせないでくれ。」


「...そう、だね。」


「...そうだ、だから...こんな会話も、無意味だ...!」


「...幻想を見ている、か。そうだね...私が自分勝手に、ルイを押し付けてるのかもね。」


「...」


その通りだ、と最後に言ってやりたかったが、グッと堪えた。と、言うより、言えなかった。

ここまで、本当に、真摯に向き合ってくれた彼女に対してこれ以上、毒を刺すのは嫌だった。


もっと、早くこうして向き合って欲しかった。

そしたら、結末はかわってたのかもしれな――


「もっと、早く向き合っていれば良かった。そしたら、もっと違う未来だったかもね...。」


「っ!」


思考を言い当てられた気がして、零はビクッとなる。


「確かに、貴方はずっと言ってた..."ルイじゃない"って。その言葉に、もっと真剣に向き合うべきだった。」


「...」


「だから、最後に私に向き合う機会を頂戴。」


「...え?」


何を言い出すのかと思い、自然に顔を上げてしまう。

もう終わるどうしようないこの世界で、彼女は何をしようとするのか。


向き合うとは、何に?どういう事だ?何を言っているのだ。


「――"ルイ・レルゼン"じゃない、貴方の、名前を聞かせて。」


エルナは優しく微笑みながら、そう言ってきた。


「...ぁ」


そして、零は気付いた。


そうだ、そうだった。


ずっと、間違った思考をしていた。

最初から、本当に最初っから、この子は、お前とちゃんと向き合っていたハズだ。


"黒澤 零"と。


エルナは最初っから零の事をちゃんと見ていた。

"ルイ・レルゼン"の中身、そこに居る魂の正体"黒澤 零"に。


こうやって、名前を聞いていたじゃないか。


「...ぁ」


「え、ど、どうしたの!?」


ポロポロと、涙がこぼれ落ちる。

ここまで来て、まだ自分に失望できるポイントがあったとは。


この世界の誰も零の事は見ていないと思い過ぎてた。

エルナですら、結局"ルイ"しか見てないと、そんな安直な考えに至っていた。


バカなのは自分だった。


彼女は、ちゃんと向き合おうとした。

向き合って、名前を聞いていた。


それなのに、自分から"ルイ"という器に閉じこもって、"ルイ"の代わりになろうと意気込んで、失敗して、挫けて、終わりにしようとした。


期待されても、無駄だからと言って、自分から他人を遠ざけて、現実でも生きてきた。

異世界でも、期待されるくらいなら、と自ら大罪人に堕ちて行った。


誰より"黒澤 零"を見限って、真剣に見ようとしてなかった。


この世界で一番自分に向き合って無かったのは、自分だった。


それなのに、エルナだけは違う。

彼女は見てくれている。

今度は"ルイ・レルゼン"にじゃない、ちゃんと、"黒澤 零"を見てくれている。


見て、問いかけてきている。


名前は何だ、と。


深く、ため息を着き、拳を握り、目を見開く。


「――俺の名前は、黒澤 零。異世界から来た...何者でもない、男だ。」


「くろさわ...れい...良い名前ね。」


「...この世界で、初めて零って呼ばれた気がするよ。」


「そうね...初めて呼んだ気がする。ありがとうね、レイ。一瞬でも、"ルイ"を取り戻そうとしてくれて。」


「...あぁ。」


思い返すと、確かに約束していた。

"ルイ・レルゼン"を取り戻すと。


「ほんの少しだけの時間だったけど、私はその気持ちだけで十分幸せだったよ、レイ...レイ、レイ、レイ!」


名前を連呼と同時に再びぎゅっと抱きつくエルナ。


「ちょ、な、なんだよ!」


「ふふ、最後に言っておきたいの!レイって!ようやく、ちゃんと会話出来た気がするから!ずっと、記憶を失ったルイの事がよくわかんなかったから...。」


「...ごめんな」


「でも、今こうしてちゃんと見て、会話した!そうか、そうだったんだ、レイっていう人だったんだ!ふふ、あと少しの時間だけど、よろしく!」


「なんだそれ...。」


「...っふふ」


「...っはは」


なんだか、最後にこんな幸せな時間があって良いのかと、思えてきた。


最後、なんだしいっか。


お前は、それでいいのか?黒澤 零。


「...よくねぇよなぁ。」


「っ!?」


零は、心の声をこぼすと同時に、エルナの身体をギュッと固く、片手で抱き締める。


「俺は、バカだ!大バカだった!エルナはちゃんと、俺と向き合ってくれてたのに!俺が自分からそれを放棄していた!」


「...レイ?」


大声で叫ぶ零に対して、エルナはキョトンとした顔をする。

そして、ニカッと歯を見せて、笑い、零は言う。


「ありがとう、エルナ!俺を見つけてくれ!俺の、居場所を見つけれて、ありがとう!」


と、そう叫ぶ。


やっと、見つけた。ずっと、ずっとどこで生きていけば良いのか分からなかったこの世界で、ようやく、見つけることができた。零が生きてても良いと思える場所が。


「俺は、エルナの隣で、生きたい!終わりたくないっ!」


「っ!ルイ!じゃ、なくて...レイ!」


「いいよ、ルイで!本当の俺を見つけてくれるって分かったから!」


エルナの顔を見つめて、満面の笑みを浮かべる。

そんな言葉に、エルナは頬を赤らめ、涙を浮かべる。


「決めた、決めてやった。もう、何を言われてもこれだけは曲げない!」


「...何を?」


「俺は、君の『英雄』"ルイ・レルゼン"じゃないけど、俺は、君が誇れる『英雄』ルイ・レルゼンになりたいと、本気でそう決めたんだ。」


「...ルイ!じゃ、なくてレイ...!」


と、大きく出た零に対して、エルナは目を見開き驚きの表情。そんな顔をお構いなしに、レイは続ける。


「どうせ、この世界奴らは俺のことを"ルイ・レルゼン"としか見ない。だったら、黒澤 零としてのルイ・レルゼンを、奴らに見せつけてやるんだ。」


「レイとしての、ルイ?」


「背負わされた大罪も、自分で背負った大罪も、全部ひっくるめて跳ね返して...上り詰める。この世界の、『英雄』に!」


「...ルイ、じゃなくてレイ!」


「もういいって!」


締まるところで締まらないのが、この身体の不便な所だ。

きっと、この世界でこの先、ルイの事を黒澤 零として見るのは、エルナ以外いないだろう。

皆が"ルイ・レルゼン"として見るだろう。

でも、それでいい。それでもいい。


君が、見つけてくれたから、それだけでいい。


レイは、剣を抜き出し、未だゆっくり迫る魔法の脅威に向かい、矛先を向ける。


「エルナ、見ていてくれ。」


「うん、見てるよ。」


「お前の信じた"ルイ・レルゼン"は、居ないけど、お前に信じられたい、ルイ・レルゼンがここにいる。」


"ルイ・レルゼン"は、もう居ない。ここに居るのは、黒澤 零の名を被った、ルイ・レルゼンだけ。


そして、時魔石の時間が切れる。

"終わりの時"がやって来る。


おぞましい、灰色と黒い魔法の球体が、目の前まで迫っており、全てを包み込もうとしていた。


「――っ!」


エルナの声は、こんなに近いのにもう聞こえない。

全てが飲み込まれ、世界が終わろうとしていた。


それでも、ルイはエルナを離さない。


この世界は、終わらない。


終わらせない、終わらせたくない。


もう、迷わない。


違えないと誓う。


そう、ここからは――


「――ここからは、ルイ・レルゼンの、物語だ!」


全てが包まれ、魔法の中へと飲まれていく。


黒澤 零の、"ルイ・レルゼン"を取り戻す異世界転生物語はここで終わり、

ルイ・レルゼンの、異世界物語がここから始まる。

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