15.『ルイ・レルゼンの異世界物語』
「な...んで...」
状況の理解に、零は時間を要する。
何故、今エルナが自分を抱きしめているのか、理解出来ない。
「ダメ、みたい...私、ルイが...『大罪人』って...思えない....『英雄』としか...信じれない....」
エルナは涙を流しながら、そう語る。
驚くほど、世界がゆっくりだった。
魔法が放たれてから、時間がゆっくりに感じた。
零とエルナの世界だけが、ゆっくりだった。
「...なんだよ...これ」
「コレ、覚えてない?」
すると、エルナは手元からヒョイっと変な石ころを見せてきた。
「時魔石。これもルイと行った洞窟で見つけたモノ。緊急時以外使っちゃダメって、約束だったけど、今がその時だと思って。」
「...時間が、ゆっくりになってる。」
「そ、そういう効果。多分...あの魔法、私でも受け止めきれないから...最後に、ルイとお話したくてね。」
エルナは零に抱きつきながら、今も尚、ゆっくり近づくエルフの魔法を見つめる。
「ルイ、ごめんね...記憶喪失で、色々大変だったのに...私、結局何にも出来なかったや...力になれなかった。」
「...」
「私...ルイから、貰ってばっかで...ダメダメだなぁ...。」
エルナが、涙を流し続ける。
零も、涙が滴り落ちる。
「...や...めて、くれ...もう、やめてくれ...。」
自分に抱き着く優しい手を振りほどき、零は乱暴に自分の顔を抑えつけ、歯を食いしばる。
「...ルイ?」
「もう...うんざりだ...ルイ、ルイ、ルイ...俺は..."ルイ・レルゼン"じゃないんだよ....なれないんだよ...お前の"ルイ・レルゼン"には...」
「...」
「...思い返しても見ろ...俺は、この世界に来てから...ずっと、ずっと、お前の知る"ルイ"じゃなかったハズだ。」
「...」
「あの、宿での出来事だって、本物の"ルイ"なら、エルナに助けてもらわずともどうにかできたはずだ、時計塔でも、エルナは躊躇いもなくエルフに立ち向かったのに...俺は、逃げた!」
「...」
「極めつけは...ギルだ...!俺は...俺は...生き残る事だけしか考えなくて、誰かを守ろうとも、助けようとも思わず、保身のためにしか行動しなかった...!」
そうやって、自分の行ってきた外道行為をツラツラと述べ続ける。言えば言うほど、自分の愚かさが露呈していって、自分が嫌になる。
本当に、黒澤 零という人間はクズで、どうしようもないのだ。
「...俺は、"ルイ"にも...『英雄』にも、なれない....」
そう呟き、零は瞳を閉ざして完全に意気消沈した。
異世界に来て人生をやり直すと意気込んだあの熱意も、もうどこにもなく、ただひたすら、終わりを待つだけの生きる屍。
それが、黒澤 零だ。
「...」
エルナは、黙って聞くだけだった。
言い返す事が出来ないのだろう、"そんなことない"なんて言えないから。
エルナはしかとその目で見届けてきた。無様に醜く、それでも生き抜こうする気持ちの悪い人間、黒澤 零の生き様を。
今こうして、エルナが語りかけているのだって、零ではなく、かつて彼女と関係を育んだ"ルイ"なのだ。
黒澤 零なんて、知らないし知ろうともしたくないだろう。
零も、同じ気持ちだ。知られたくないし、早く終わりにして欲しい。
この世界は、零が生きるにはあまりにも肩身が狭すぎる。
そうして、静の世界で時間だけが進んで行く。
「――ルイ・レルゼンっていう、人はね...」
「...え?」
沈黙を破ったのは、他でもないエルナだった。
フォローも出来ない愚行を続けた零に対して、エルナは、泣きたくなるような優しい微笑みを携えながら、語り始めた。
"ルイ・レルゼン"の物語を。
「ルイは、貴方が思うほど完璧だった訳じゃないのよ。」
「...な、にを言ってる。」
そんな訳があるか。だって、言っていた。エルナは"ルイ"が『英雄』だと。
『英雄』という名が似合うほど完璧で、光り輝いていた存在のハズだ。
「私が見てきた中では、ルイは何度も失敗するし、バカな部分もある。泣き言を言う時もあったし、もう、ダメかと思えるくらい絶望していた時もあった。」
「...そんな事が...」
「全部、一人で背負おうとする所は嫌いだったし、自分を大事にしない所も嫌い。喧嘩だってしたこともある。」
「...」
思い描いていた、"ルイ・レルゼン"という男の幻想が、段々崩れていく気がした。
エルナは続ける。
「世界から、『大罪人』だと言われ続けて、私も...ルイを信じて良いのか、分からなくなった時があった。でも...今でも、この答えは変わらない。」
「...」
「私は、ルイを信じて、良かった。」
赤く輝くルビーの宝石の様な目は、この灰色の世界で何よりも輝いていて、眩しかった。
エルナの言葉に、零は動揺する。
だって、彼女は今も尚、"ルイ・レルゼン"を信じ切っている。
「記憶喪失で、何にも分からなくて、どうしようもなくて、ルイは、限界だったんだよね...。」
「...」
「ごめんね、やっぱり私は、ルイに頼ってばっかだったから...ルイが本当に困ってる時、何にもしてあげられない、おバカさんだった。」
「...」
「ルイ、私ね、全然ルイの事嫌いになんかなってない。と言うか...嫌いに、なれないみたい。」
エルナは頬を赤らめながら、そう言った。
「宿でルイがやられてる時も、時計塔でルイが逃げちゃった時も、ルイが...ギルを刺した時も、私はルイの事を、嫌いになれなかった。」
「...なん、で、だ。なんで、そんな...クズ野郎を嫌いにならない!」
「私は、心の底からルイを信じてるから。」
エルナはニカッと笑い、言い切ってみせた。
全力のエルナの言葉に対して、零は戸惑いの表情を見せながら、反論する。
「...それは、"ルイ・レルゼン"の幻想を見てるだけだ!何度も言う...俺は、"ルイ"じゃない!信じたところで、無意味だ!期待なんかするなっ!俺に、何も...背負わせないでくれ。」
「...そう、だね。」
「...そうだ、だから...こんな会話も、無意味だ...!」
「...幻想を見ている、か。そうだね...私が自分勝手に、ルイを押し付けてるのかもね。」
「...」
その通りだ、と最後に言ってやりたかったが、グッと堪えた。と、言うより、言えなかった。
ここまで、本当に、真摯に向き合ってくれた彼女に対してこれ以上、毒を刺すのは嫌だった。
もっと、早くこうして向き合って欲しかった。
そしたら、結末はかわってたのかもしれな――
「もっと、早く向き合っていれば良かった。そしたら、もっと違う未来だったかもね...。」
「っ!」
思考を言い当てられた気がして、零はビクッとなる。
「確かに、貴方はずっと言ってた..."ルイじゃない"って。その言葉に、もっと真剣に向き合うべきだった。」
「...」
「だから、最後に私に向き合う機会を頂戴。」
「...え?」
何を言い出すのかと思い、自然に顔を上げてしまう。
もう終わるどうしようないこの世界で、彼女は何をしようとするのか。
向き合うとは、何に?どういう事だ?何を言っているのだ。
「――"ルイ・レルゼン"じゃない、貴方の、名前を聞かせて。」
エルナは優しく微笑みながら、そう言ってきた。
「...ぁ」
そして、零は気付いた。
そうだ、そうだった。
ずっと、間違った思考をしていた。
最初から、本当に最初っから、この子は、お前とちゃんと向き合っていたハズだ。
"黒澤 零"と。
エルナは最初っから零の事をちゃんと見ていた。
"ルイ・レルゼン"の中身、そこに居る魂の正体"黒澤 零"に。
こうやって、名前を聞いていたじゃないか。
「...ぁ」
「え、ど、どうしたの!?」
ポロポロと、涙がこぼれ落ちる。
ここまで来て、まだ自分に失望できるポイントがあったとは。
この世界の誰も零の事は見ていないと思い過ぎてた。
エルナですら、結局"ルイ"しか見てないと、そんな安直な考えに至っていた。
バカなのは自分だった。
彼女は、ちゃんと向き合おうとした。
向き合って、名前を聞いていた。
それなのに、自分から"ルイ"という器に閉じこもって、"ルイ"の代わりになろうと意気込んで、失敗して、挫けて、終わりにしようとした。
期待されても、無駄だからと言って、自分から他人を遠ざけて、現実でも生きてきた。
異世界でも、期待されるくらいなら、と自ら大罪人に堕ちて行った。
誰より"黒澤 零"を見限って、真剣に見ようとしてなかった。
この世界で一番自分に向き合って無かったのは、自分だった。
それなのに、エルナだけは違う。
彼女は見てくれている。
今度は"ルイ・レルゼン"にじゃない、ちゃんと、"黒澤 零"を見てくれている。
見て、問いかけてきている。
名前は何だ、と。
深く、ため息を着き、拳を握り、目を見開く。
「――俺の名前は、黒澤 零。異世界から来た...何者でもない、男だ。」
「くろさわ...れい...良い名前ね。」
「...この世界で、初めて零って呼ばれた気がするよ。」
「そうね...初めて呼んだ気がする。ありがとうね、レイ。一瞬でも、"ルイ"を取り戻そうとしてくれて。」
「...あぁ。」
思い返すと、確かに約束していた。
"ルイ・レルゼン"を取り戻すと。
「ほんの少しだけの時間だったけど、私はその気持ちだけで十分幸せだったよ、レイ...レイ、レイ、レイ!」
名前を連呼と同時に再びぎゅっと抱きつくエルナ。
「ちょ、な、なんだよ!」
「ふふ、最後に言っておきたいの!レイって!ようやく、ちゃんと会話出来た気がするから!ずっと、記憶を失ったルイの事がよくわかんなかったから...。」
「...ごめんな」
「でも、今こうしてちゃんと見て、会話した!そうか、そうだったんだ、レイっていう人だったんだ!ふふ、あと少しの時間だけど、よろしく!」
「なんだそれ...。」
「...っふふ」
「...っはは」
なんだか、最後にこんな幸せな時間があって良いのかと、思えてきた。
最後、なんだしいっか。
お前は、それでいいのか?黒澤 零。
「...よくねぇよなぁ。」
「っ!?」
零は、心の声をこぼすと同時に、エルナの身体をギュッと固く、片手で抱き締める。
「俺は、バカだ!大バカだった!エルナはちゃんと、俺と向き合ってくれてたのに!俺が自分からそれを放棄していた!」
「...レイ?」
大声で叫ぶ零に対して、エルナはキョトンとした顔をする。
そして、ニカッと歯を見せて、笑い、零は言う。
「ありがとう、エルナ!俺を見つけてくれ!俺の、居場所を見つけれて、ありがとう!」
と、そう叫ぶ。
やっと、見つけた。ずっと、ずっとどこで生きていけば良いのか分からなかったこの世界で、ようやく、見つけることができた。零が生きてても良いと思える場所が。
「俺は、エルナの隣で、生きたい!終わりたくないっ!」
「っ!ルイ!じゃ、なくて...レイ!」
「いいよ、ルイで!本当の俺を見つけてくれるって分かったから!」
エルナの顔を見つめて、満面の笑みを浮かべる。
そんな言葉に、エルナは頬を赤らめ、涙を浮かべる。
「決めた、決めてやった。もう、何を言われてもこれだけは曲げない!」
「...何を?」
「俺は、君の『英雄』"ルイ・レルゼン"じゃないけど、俺は、君が誇れる『英雄』ルイ・レルゼンになりたいと、本気でそう決めたんだ。」
「...ルイ!じゃ、なくてレイ...!」
と、大きく出た零に対して、エルナは目を見開き驚きの表情。そんな顔をお構いなしに、レイは続ける。
「どうせ、この世界奴らは俺のことを"ルイ・レルゼン"としか見ない。だったら、黒澤 零としてのルイ・レルゼンを、奴らに見せつけてやるんだ。」
「レイとしての、ルイ?」
「背負わされた大罪も、自分で背負った大罪も、全部ひっくるめて跳ね返して...上り詰める。この世界の、『英雄』に!」
「...ルイ、じゃなくてレイ!」
「もういいって!」
締まるところで締まらないのが、この身体の不便な所だ。
きっと、この世界でこの先、ルイの事を黒澤 零として見るのは、エルナ以外いないだろう。
皆が"ルイ・レルゼン"として見るだろう。
でも、それでいい。それでもいい。
君が、見つけてくれたから、それだけでいい。
レイは、剣を抜き出し、未だゆっくり迫る魔法の脅威に向かい、矛先を向ける。
「エルナ、見ていてくれ。」
「うん、見てるよ。」
「お前の信じた"ルイ・レルゼン"は、居ないけど、お前に信じられたい、ルイ・レルゼンがここにいる。」
"ルイ・レルゼン"は、もう居ない。ここに居るのは、黒澤 零の名を被った、ルイ・レルゼンだけ。
そして、時魔石の時間が切れる。
"終わりの時"がやって来る。
おぞましい、灰色と黒い魔法の球体が、目の前まで迫っており、全てを包み込もうとしていた。
「――っ!」
エルナの声は、こんなに近いのにもう聞こえない。
全てが飲み込まれ、世界が終わろうとしていた。
それでも、ルイはエルナを離さない。
この世界は、終わらない。
終わらせない、終わらせたくない。
もう、迷わない。
違えないと誓う。
そう、ここからは――
「――ここからは、ルイ・レルゼンの、物語だ!」
全てが包まれ、魔法の中へと飲まれていく。
黒澤 零の、"ルイ・レルゼン"を取り戻す異世界転生物語はここで終わり、
ルイ・レルゼンの、異世界物語がここから始まる。




