14.『終わり行く、この世界で』
煮えたぎるこの感情は、どうすればいい。
「...死ね...死ね...死ね!...お前が...死ね!!!」
これだ、これだった。全部諸悪の根源である、こいつにぶつければ、発散させれば、報われる。
「お前.....ふざ...け....」
「はは....ははっ....ははははっ!やった、やって、やった!どうだ!?見たかぁ!?お前が、悪いんだ!お前が俺を殺そうとするからァ!」
「...」
ギルはそのまま少女を傷つけないように地面に倒れ込む。
赤い血の海がコンクールの地面に広がり、その光景を目にして、零の気分が高揚する。
「やられて、やらない!俺は殺されてやらないっ!生きて、生き延びてやる!この、異世界で!」
「...ルイ」
「...ぁ?」
ゆっくりと、近づくのは、エルナだった。
「...エルナ、いや、これは...あの...ぁ、そういえば、生きてたんだな!良かった!」
エルナにバレずに殺そうとしたのだが、まさか見られてるとは思ってもみず、つい、慌てふためき言葉が喉に詰まってしまった。
「...」
「...だって、コイツは俺達を殺そうとするんだぞ!?殺らなきゃ殺られる!だったら、さっさとやるのが普通だろ!」
「...」
エルナは、何も喋ってくれない。
ずっと、地面を見つめ、虚ろな瞳をしている。
「...ぁ、エルナ、逃げよう!」
「...え?」
「ここにいたら、ダメだ!ほら、あの...ヤバいエルフも居るし!この街ももう終わりだ!」
「...」
「さっさと逃げなきゃ!騎士はもう追ってないし!今しかない!」
エルナの右腕を持ち、即座に路地裏へUターンしようとしたら、ぐっと、力が入り込まれ、身体が後ろへ引かれる。
「...ん?エルナ?」
その力の原因は、エルナ。彼女が微動だにしない事にあった。
全く顔を上げず、何も喋らないが、零でも、彼女の様子がおかしいことは分かった。
「...どうし」
「約束...したよね。」
「....ぁ」
零の言葉を遮り、エルナはそう言った。
そして、その言葉の意味を理解するより先に、零自身がとある記憶を思い出す。
路地裏で、ギルを殴りつけた時だった。
あの時、エルナは零を止め、ある約束をした。
それは、零も覚えてる。
『――お願いだから、人を...殺そうとしないで。『英雄』で、あり続けて。』
「...」
"人を殺さない"、"『英雄』であり続ける。"零は、この約束の何を守っていたのだろうか。
否、別にハナから守るつもりは無かった。
「...俺は、『英雄』じゃない...!」
「っ!」
ポロッと、声が漏れた。
「...押し付けんなよ...お前の"ルイ"を...『英雄』を...!」
「...」
エルナは一切口を開こうとしない。
辺りの爆音が2人の時間を邪魔しないように、驚くほど静かになっていることに気づく余裕も、今の零には無い。
零はやってしまったのだ。とうとう本当に罪を犯した。人を殺した事は勿論、殴った事だって無かった零だったが、感情に制御が効かなくなり、暴走した結果、最悪の結末へと至ってしまった。
零にだって分かってる。これが、最善とは微塵も思ってない。だが、
だが、
「...じゃぁ...どうしろって言うんだよっ!!!」
「...」
「何とか言えよ!こんなの"ルイ"じゃない!『英雄』じゃないっ!って、お前はそう言うんだろ!?分かってんだよ、んな事!言われなくてもなぁ!でも、俺は"ルイ"じゃないし、『英雄』でもない、ただの黒澤 零なんだよ!」
「...」
「そんな、俺に...夢みたいな理想を抱くなよ...俺は、こういうやり方でしか...生き延びれない。」
血に染まった剣が、ポタポタと血液を垂れ流す。
ギルの貫かれた背中を見て、唇をぎゅっと噛み締め、胸に手をやる。
「...俺は、『英雄』を期待されるより...『大罪人』として、見限られた方が...生きやすい...。」
それが、零の答えだった。
"ルイ・レルゼン"、『英雄』、『大罪人』、この異世界に来て、様々な見方で見られ、生きてきた。
"ルイ"なのに、"ルイ"では無いという困惑の顔。
『英雄』として、全てを託される、期待の顔。
『大罪人』として、理不尽に向けられる憎悪の顔。
色んな顔を見てきたが、零の選んだ道は、1つ。
「...俺は、向けられるのは、期待よりも...憎悪の方が、マシだ。」
黒澤 零は現実で生きてきた頃も、誰からも期待されてないし、自分自身も自分に期待してない。
期待されるのがどれだけ苦痛か、分かってるから、期待させたくない。
期待を裏切るのが、嫌だから、失望されたくないから、最初から期待させない。
「『英雄』なん、て...ガキみたいな...夢だったんだよ....。」
膝から崩れ落ち、目から大粒の涙を溢す。
エルナが何も言わないのは、完全に失望したからだろう。
正直、エルナにだけは失望されたくなった。だから、見られないように、ギルを殺したかった。なのに、もう、何もかもが上手くいかない。
何をやっても、零はダメだ。
凄い人間、『英雄』なんて...もう、なれる訳がない。
誰も、黒澤 零に期待しない。期待出来ない。期待出来なくさせたのは、自分だ。
「...今は...立って、ルイ。」
「...は?」
沈黙を切ったのは、エルナだった。
ギルの元に向かい、貫かれた背中を確認し、緑の安らぎのような魔法を立ち上らせる。
「多分、エルフはアイツとやり合ってコッチに気付いてない。」
「...ぁ?」
そう言われ、上を見やると、青く轟く閃光の火花が、空中に散っていた。
そして、エルフがその閃光目掛けて風の弾丸を打ち続ける。
「――どれ、だけ、すばしっこいんですか!」
「――俺ぁ、やるときゃやる男なんすよ、なーんでかギルさんもくたばってるし、ここで功績上げれば、俺の出世も間違いなしっすよね。」
「クソガキ!」
「...銀髪の、騎士?」
鼠色の空の上で、青白く輝く星々の様な輝きの正体は、銀髪の騎士、ソージュ・グルストンだった。
エルフと空中で繰り広げられる超次元の戦いは、零からしたらファンタジーの世界。
まぁ、ファンタジーの世界に既に入っているので、そのままの意味となるのだが、とにかく、零が生きていた世界では考えられない超人の戦いだったのだ。
ソージュは、片手で剣をくるりと回しながら、空間の面を蹴り上げる。
「貴様、人間のくせに浮遊の魔法を使えるのか?」
「使えねーし、興味もねえよ。俺はこんな風に空中を捉えられる速度を持ってるんでねぇ。」
――キンッ!と、金属音がエルフの頬で鳴る。
赤い血液が頬からポタリと流れ、同じ次元で戦えていることをソージュは証明してみせる。
「あらよっと」
ヒョイっと、屋根に着地し、今度は剣をクルクル回しながら鞘へ収める。
まるで1つのショーの様な感覚で、ソージュは命のやり取りを楽しんでいた。
光の無い眼でニヤリと笑う、"人殺しの目"。そこに、楽しむという感情が乗っかった彼は、傍から見れば戦闘狂だ。
「...いるものですね、人間にも、骨のある存在が。」
「さっきからずっと、上から目線ですけど、俺からしたらアンタが挑む側なんで。立場弁えて貰っていいですかい?」
「言いますね、クソガキ。私は、貴様ら如きに時間を割いてる場合では無いのですが...。」
「ルイ・レルゼンですかい?」
「...」
標的の名を挙げられ、エルフは耳をピクリと動かす。
「アンタじゃ勝てねぇよ、あの人は。"神の後継者"だが知らねぇが、あの人の見ている存在は、アンタらじゃねえ。」
「...と、言うと?」
「あの人はぁ...もっと上の奴に喧嘩売るつもりなのさ。」
「...もっと上...?まさか....」
「ですよねぇ!?ルイの兄貴ぃ!!!」
と、コッチに振ってきやがった。
「――っ!?ルイ...レルゼン!!!」
「...ありゃ?なんかごたついてますか?」
ソージュもエルフも、一斉に振り向いてきた。
"ルイ"がここにいることが、エルフにバレた。
「あの、バッカ!ルイ!走って!」
エルナが叫ぶ。
「...いや、もう...終わりだ。」
「...え?」
零が、溢言葉を溢す。
「...何言ってんの?ルイ?」
「もう、目覚ませよ....エルナ・リーベ。もう、居ねぇんだよ..."ルイ・レルゼン"は。」
もう、疲れた。
「...い、いや!なにこれ!騎士様!騎士様!誰か、誰かぁ!助けてぇ!」
こんな時に、ギルが抱えていた少女が目を覚ました。
少女は自分を助けてくれた騎士が意識を失っていることに気づき、酷く動揺している。
「...誰か...ぁ、ぁあ!ああぁ!ルイ...レルゼン...!!!」
「...あぁ、お前...あの時の...」
よく見たら、少女は時計塔裏で出会った少女だった。
何の運命のイタズラか、ここで再会するとは。
少女は零が持つ剣から流れる血を見て全てを察する。
だがまぁ、何と最悪なタイミングだろう。
『大罪人』として恐れられ、助けを乞うた手すら見放され、自暴自棄になって騎士を刺して、その直後に少女と再会...。
もう、完全に『大罪人』だ。言い逃れも出来ない。
でも、もう、どうでもいい。
逃げる気力ももう無い。逃げる気も無い。
ここで終わらせてくれ。
「ルイ・レルゼン、同士の仇...ここで打たせてもらう。」
エルフの右手から魔法陣が繰り広げられる。
「ルイ兄貴ぃ、何してんすか?」
ソージュが空気を読まず言葉を投げてくる。
「逃げて!ルイ!来る!」
あんなに失望してたのに、それでも懸命に零を守ろうと、エルナは杖を構える。
「いや!いやぁ!来ないで!来ないで!あっち行け!!!いやあああああああああ!」
少女が、泣き叫ぶ。
皆が、"ルイ・レルゼン"を見ている。
「...俺の居場所は...どこにも無い...な。」
黒澤 零のことは、誰も見ていない。
もう、こんな、息の詰まりそうな世界、終わりにしてくれ。
「ごめんなぁ...."ルイ・レルゼン"...」
最後に出たのは、忌まわしき、"ルイ・レルゼン"への謝罪だった。
こんな、情けなくて、クズで、どうしようも無い奴に身体を奪われたせいで、お前は...エルナからも、『大罪人』だって、思われちまったよ。
ごめんなさい、生きててごめんなさい。
あぁ、エルフが怒ってる。
ごめんなさい、過去になんかやっちゃったんだな。
ソージュは何か期待してる。
ごめんなさい、俺に何も出来ないよ。
少女が泣き叫んで恐れてる。
ごめんなさい、子供なのに、トラウマになっちゃったよな。
ギルが倒れてる。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、剣、刺してごめんなさい。
エルナは....顔、見えないや。背中だけだけど、多分、辛いよな。こんな、こんな最後になっちまうなんて。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、大切な人を奪ってごめんなさい。"ルイ・レルゼン"を奪って、ごめんなさい。
「...約束、守れなくて、ごめんなさい。」
あぁ、エルフの魔法陣から...何か凄い圧を感じる...あ、魔法だ。来る、あぁ、死ぬな。終わったな。
結局、どの世界行っても...俺はダメなんだ。
エルフの右手から放たれる灰色の魔法が全てを飲み込――
「――ダメだ、私、やっぱり、ダメな子だぁ」
「ぇ」
灰色の光が近き、辺りを暗黒へ包む魔法の中で、エルナが零へ駆け寄り、ギュッと、抱き締める。
この、終わる黒澤 零の異世界で、最後に彼女と言葉を交わすこととなる。




