13.『『大罪人』黒澤 零』
シュワの時計塔から歩いて数分で、路地裏に戻ってくることが出来た。
"ルイ・レルゼン"を探す凶悪なエルフが街を今も尚破壊している。
エルフに見つかってはいけない。そして、街の人々に見つかっても、騒がれて、結局エルフの視界に入ることになる可能性が高い。
ならば、路地裏から街を抜け、誰の目にも届かない脱出を考える。
「...次は、右に行くか。」
だと言うのに、路地裏と言うのは不気味な程に抜けるのに難しい事がある。
狭く、分かれ道の多さが異常なので、方向感覚がおかしくなる。同じ道を辿っている可能性もある。
とりあえず今は、右と左を交互に分かれ道がやってきたら曲がっている。
「...」
足取りは重く、精神が擦り切れているのが分かる。
こんなにも顕著に自分は病む人間なのだと初めて分かった。
「俺が...おかしいのか?...俺が間違ってるのか?」
自分が何なのか分からなくなり、否定され、絶望され、最後にガーナから投げかけられた言葉と、刻まれた文字だけが、鮮明に脳裏にチラつく。
「信じておるぞ、『英雄』ルイ・レルゼン。」
『――お前は、『英雄』だ。黒澤 零。』
交互に、チラつく。
「...『英雄』って....なん、なん....だよ...。」
暗がりの路地裏で一人、零は壁を優しく叩きながら、無意味にも、言葉の意味を探そうとする。
世界は今もエルフの魔法で轟音が鳴り響いてると言うのに、零の世界だけ、寂しいくらいに静かだった。
「...あ」
しばらく歩き、顔を上げると、
「...光だ。」
ようやく、暗い路地裏から一筋の光が見えてくる。
希望の光と比喩するにはあまりにも精神が汚染されていて、そんな立派なものには見えないが、それでも、このクソな状況の中で見つけ出せた光の先に待っているものに、微かな希望を託す。
路地裏から、光の先へ向かったらどこなのだろう。
街からの脱出か、それとも、大通りへの逆戻りか。
「...もう、どうでもいい。」
正直、もう何もかもどうでもよかった。
でも、もし、
光の先が、街からの脱出であれば、
零は、まだ――
「....ははっ」
抜けた先に広がっていたのは、壊れた街の風景のど真ん中、シワレスの大通りの光景だった。
零は、生きる希望を見失った。
皆が、暴れ回っている。テロでも起きてるのかと思うくらい、怒号と爆音が響き渡る。
ひょこっと、壁から顔を出してみると、やはり奴は居た。
「――さっさと差し出せ、貴様らに用はない。私が求めているのはルイ・レルゼンの身柄だ。」
灰色の長髪が重力に逆らったように立ち上り、真っ赤な紅の目玉が光り輝き神を彷彿とさせる天変地異を引き起こしている張本人。
謎のエルフは今も尚、"ルイ・レルゼン"を探し求めていた。
風の暴力が肌に伝わり、一歩でも前へ出れば身体が紙のように吹き飛ばされるのは一瞬で理解出来た。
「...クソ、俺は...どうすれば...」
黒澤 零は、どこまで行ってもただの高校生。
自分が今この場から出て、エルフに居場所を伝えればこの急襲は終わるのかもしれない。だが、そうなれば、零はどうなる?
『大悪党』"ルイ・レルゼン"を探し回る、災厄を起こしているエルフに自ら見つかり、その後零はどうなるかと、考えただけでも最悪のシナリオが目に浮かぶ。
「やっぱり...逃げるしかない!もう、こんな所にいてられるか!」
逃亡の決意を固めた零はそのまま身体を捻り、路地裏目掛けて走ると決めた。
その時だった。
「――そこまでだ。」
聞き馴染みのある、忌まわしき声が、大通りから聞こえてくる。
零は反射的に、再び視線を戻す。
すると、そこには、憎き男が白いマントを揺らして立っていた。
「...あなたは?」
「...セリシア騎士団 ギル・アウトレスト。国に剣を捧げ、正義の魂を持つ者だ。」
小さな子供を抱えて、黒髪を揺らす、騎士。
真っ直ぐな視線の先には、浮遊し続けるエルフ。
子供は、泣きそうな顔でギルに抱えられ、それでいて、全てを委ねている状況にあった。
ギルの服の汚れ具合から、相当動き回り救護活動をしていたのが目に浮かぶ。
「たとえ、貴方がエルフであっても...これ以上の横行は見かねます。」
「私は、"ルイ・レルゼン"さえ捧げてもらえればそれでいい。知ってますよ?この街にいるんでしょ?何故、私達に隠すのですか?」
「ルイ・レルゼンについては、我々も調査中です。身柄の確保も、処罰も、我々人類で引き受けます。エルフの出る幕はない。どうか、お引き取り願います。」
「...生意気ですね。」
「そりゃ、こんだけやられたらなぁ。」
ギルとエルフの会話は傍から見てもピリついた空気を出していた。今にも戦闘が始まりそうな雰囲気を醸し出し、互いに動き出しを待っている状態だった。
そんなやり取りを、横から見届ける零はと言うと...
「...ころ、せる。」
ギル・アウトレストの首しか考えていなかった。
そんな時だった。
「――舐めんじゃないわよ!」
聞き馴染みのある金色の声が、シワレスの街に響き渡った。
△▼△▼△▼△▼
「...おや、生きてましたか。」
「当っ然でしょ!?あんなへなちょこ攻撃で死んでたら、ルイに見せる顔が無いわ!」
「あら、ルイ・レルゼンの知り合いですか?」
「...あ」
どうやら、口を滑らせた様子。
エルナはどこかの建物の屋根の上からエルフに向かって意気揚々と口答えをしていたと言うのに、知り合いであることを口走ってしまい、バツが悪い様子で口を曲げる。
「...エルナ、あの野郎はどこ行ったんだ?」
「あら、ギル...アンタまだいたの?今アンタの世話してる暇無いんだから、消えてくれたら助かるわ。」
「言うじゃあねえか、大罪人の共犯者が。今すぐお前の手首にも縄を頂戴したいところだが...」
「今は、本当にそれどころじゃないわね。」
2人が、軽口を叩き合いながらも、鋭い目線で一点を見つめ始める。
「...おや、嫌われてしまったようですね。」
集まる鋭い目線に対してため息混じりにそう返すエルフの振る舞いに、二人はあまりいいとは言えない感情を持つ。
ヒリつく空気を一蹴したのは、エルナだった。
「――また、そんな舐めた態度で!舐めんじゃないわよ!」
エルナは片手から火の玉を投げ飛ばし、エルフにガンを飛ばす。
何事も無かったかのように受け流すエルフだったが、煙が立ち上る。
「...おや」
「っふふ、目くらましよ!」
煙に気を取られるエルフ、その隙をつくのは、騎士 ギル。
「――これは立派な"条約違反"。エルフだろうが容赦しねぇ!」
地面を蹴り上げ、中に浮遊し続けるエルフ目掛けて剣を構えながら飛んで行く。
鈍色の剣先は、雲によって遮られた太陽の代わりかのように光り輝き、周囲を明るく照らす。
すぐさま煙をどかしたものの、すぐそばまで来ていたギルに対して、エルフはなんとも冷静に口を開ける。
「おや、"邪神型"...野蛮な剣術ですね。」
「余計なお世話だっ!」
ギルの剣は、エルフの首を一刀両断するかの如く、横一直線に振られるが、易々とその剣を見切り、エルフは小さな身体をくるりと回転させる。
「フェリス様、お力を。」
小さくそう呟いた後、ギルの背後に回り込み、細い目を更に鋭くし、両手を前に出す。
瞬間、エルフとギルの間に、強大なミニ竜巻が完成され、ギルの身体を遥か天空へと吹っ飛ばす。
「――っ!!!!」
「まだですよね?」
「――ったり、めぇだっ!!!」
竜巻によって上へと急上昇する自身の身体を最大限ひねり、剣を乱暴に振りかざして、体勢をあえて崩す。
すると、竜巻の中心にあったギルの身体は見事その場から抜け出すことに成功し、再び重力によってエルフの元に急降下する。
ギルは、剣を硬く握りしめ、頭上へと剣を持っていく。
振りかざす体勢を見せつけ、エルフはニヤリと微笑む。
「..."邪神型"はやりやすいです...。攻撃力と引替えに、速度も技巧も感じられない。頭の弱い方には打って付けの技でもありますがね。」
上からの一刀両断の振りかざしだった。
エルフはそう判断し、重心を前へ出す。一瞬で避けられる体勢を。
「――"邪神型"はぁっ、"そういう戦い方"も出来るから、選んだんだよぉ!」
ギルがそのまま振りかざす。
剣は、もう止まらない。
「――どうりゃああああああ!!!!」
「遅い」
「――っ!」
当然のように、渾身の一撃は、避けられ――
「――って、思うよなぁ?」
ギルは、身体を捻り、前へ身体を出して避けたエルフを目で捉える。
既に、剣を振るう準備は完了されていた。
対して、エルフは、
「――っ、は?お前...さっきの攻撃」
「あぁ、ありゃあからさまな嘘ブラフだ。よくもまぁ、簡単に騙される。」
次の瞬間、横に振られた剣の斬撃により、エルフの身体がシュワの時計塔に直撃する。
瓦礫と煙を撒き散らし、小さな身体はズッポリと壁の穴の中に埋められる。
建物の屋根に着地し、ギルはニヤリと笑う。
「..."邪神型"...のはずじゃあ」
「お前は"邪神型"をなんだと思ってんだ。攻撃力全振りの超特価型の剣技、確かに間違っちゃいねぇ。だがな、その思考すら攻撃の一部としても利用する...それも、"邪神型"の、やり方だ。」
「...なるほど、甘く、見ていました。」
瓦礫を落とし、再び空中浮遊するエルフ。
何やら表情にも変化が見られ、真剣な眼差しへと一変する。
「下等生物が...貴様らの前にいるのは...」
空気が荒れる。
竜巻の数が次々と増えて、シワレスの街をひっぺりはがしていく。屋根は持ち上げられ、瓦礫の雨が散乱する。雷が鳴り響き、どこからともなく雨が舞う。
それは、まるでこの世の終わりを体現している世界そのものだった。
「貴様らの前にいるのは..."神の後継者"、エルフだぞ!」
エルフの轟く怒号は、街に響き渡る。
「っ!ちょっと!街の人が!」
エルナが竜巻によって飲み込まれ、空へ飛ばされる人々を見つける。
「あんた、騎士でしょ!?何とかしなさいよっ!」
「っ、黙ってろ!そもそも、エルフ相手にまともにやり合えるわけねぇ!全部救える訳がねぇっ!」
「ふざけないで!そんなの、ルイならそんな事言わないわよ!ルイなら、街の人を全員救って、それでエルフも倒しちゃう!」
「ふざけるな!そんな理想論今語っても意味が――」
「――きゃあああああああああああああ」
「「――っ!?」」
言い合いをしている2人の間に、1人の少女の雄叫びが割って入って来る。
遥か上空から聞こえる少女の声は、地上へ急接近しており、2人が頭上を見上げる頃には視認出来るほどの近さにいた。
「――いや、いや、いやあああああああああ」
少女は茶髪の髪を揺らし、必死に叫んで身体を揺らす。
それでも、空中に投げ出された身体は言うことを聞かず、重力に従って下へ下へと落下し続けていた。
恐らく、竜巻によって上へ飛ばされたのだろう。
2人は会話することもなく、身体が反射的に動く。
「――っ!届け!」
動き出したのは、白いマントを揺らす騎士ギル。
急いで屋根から地上へ降り、少女の落下地点に回り込む。
体勢を整え、全身に力を入れる。
「きゃああああ――」
「――っ!ふんっ!!!!!」
広げた両腕で少女の身体を抱えて、全神経を腕に注いだ。
腕の中には、縮まる少女の姿。
良かった、怪我はない。
「――っ!」
だが、少女の無事を確認していた為、上から落ちてくる瓦礫の残骸に気づかなかった。
完全に油断し、避けれないと思った時、
「――ったく、油断しないでよ!」
エルナが魔法玉を飛ばし、瓦礫を打ち砕く。
粉々に粉砕された瓦礫は砂埃に変貌し、少女を抱えるギルの上へと覆い被さる。
「...ッチ、汚ぇ。」
「はぁ!?助けてやったのに、何その態度!?」
「...助けを頼んだ覚えは無い。」
「...そ、でも、助けたんだから...私とルイは見逃しなさい。」
「んな事、出来るわけ――」
「頭固いわねぇ!...ギル、ルイの事だけど...本当に、今は勘弁して。今、ルイは記憶喪失で...本当よ?色々、手一杯な状況なの。」
「―――」
エルナの言葉に、ギルは一切応答しない。
無理を言っているのは分かってはいるものの、ギルは話せば分かると踏んでいるため、エルナはダメ元で話を続ける。
「...あなただって、見てきたでしょう?ルイが...やってきた事...。もう一度、信じて欲しい。ルイの事。彼が、『大罪人』なんかじゃなくて、『英雄』なのかもしれないって...信じてみ.........ギル?」
ここで、全く言葉を発しないギルに違和感を持つ。
砂埃が立ち上り、よく見えずにいたため、エルナは急いで地上に降り立ち駆け寄る。
「ちょっと、なんで何も――」
そして、エルナは衝撃的な光景を目にした。
ギルの腹に、剣が貫かれていた。
背中から鋭い剣先が腹に貫通し、真っ赤な血液が、ギルの身体からポタポタと零れ落ちていた。
それでも、ギルは少女を抱えたまま、呆然としていた。
「.....んで...な、の」
エルナは、衝撃を受ける。
ギルに剣が突き刺さっていた事もそうだが、それ以上に、剣の持ち主で、剣を突き刺した張本人である彼に、衝撃を受けた。
「...な、んで..こんな....こと。」
白い髪が砂埃に汚れ、何故かボロボロとなっている黒いマント。目元に宿る青い瞳は、輝きを失い、まるで"人殺しの目"に変貌していた。
そこには、もう、かつての彼は居ない。
「...ねぇ、な...んで?なの、....ルイっ!!!!」
『大罪人』ルイ・レルゼンは、騎士 ギルに復讐を果たしていた。
「...ははっ、はははっ!」
狂ったような笑みを浮かべる彼は、既にエルナの知り得る、彼ではなかった。




