届かぬ背中
「あなたが私の次の相手なのね。嬉しいわ。よろしくね。」
トーナメント表を前に動けなかった私の元にシエラさんがやってきてそう言った。
「...はい。よろしくお願いします。」
私はそれしか言えなかった。シエラさんは私が勝てる相手ではない。練習に付き合ってくれた時もそう思っていた。
勝てなくても、少しくらいの粘りは見せたい。私はシエラさんの重力魔法を徹底的に調べた。シエラさんの魔法は重力を強くしたり弱くしたりする基本的なことができる上、重力のかかる方向も操れるという。横向きであったり、上向きであったり。自身にかかる重力を軽くすることで、素早い行動も可能であるというまさに欠点のない魔法だ。どうすれば掻い潜れるだろうか。私はそれだけを考え続けた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
3回戦当日。緊張に支配される私の前にシエラさんが現れた。
「あなたの実力、しっかりと見せてもらうわね。」
「アイリス・ノア対シエラ・クローネ!開始!」
私はシエラさんが魔法を打つより早く地面を蹴った。それこそ私の作戦そのもの。重力魔法が発動してから、実際にその重力が効き始めるまで僅かに時間がある。その間に範囲外に出てしまえばいいのだ。
彼女はきっと適応してくる。私に出し惜しみをする理由などない。私は彼女の足元に氷を打ち込んだ。
「氷河の槍!」
レオンと戦った時に編み出した、私の特技。氷から無数の槍が飛び出し、シエラさんを襲う。
が、彼女はそう甘くない。重力によって私の槍はいとも容易く地面に落ちた。そして、彼女が私の方へと迫る。
私は咄嗟に、アルマにしたように彼女の足元を凍らせた。
「あら、私のアドバイスを忠実に本人にぶつけるのね。」
シエラさんはその氷を踏んでも滑る様子はない。むしろ彼女からの攻撃を避けようとした私が踏んで滑りかけてしまった。
私はなんとか立て直し、彼女に向けて突きを放った。だが、彼女はそれを掴んで止めた。さらに私の腕も掴まれる。彼女の手から血が流れるが、そんなことはどうでもいいように彼女はこちらを見る。力が強く、私は抜け出せない。
「やっぱり、あなたは結構強いのね。でも、魔力の流れが単純なの。」
すると、私の刀に彼女の魔力が流れ込んできた。私が驚く暇もなく、私のもののはずのそれは彼女に応えた。私の刀が変形していく。そして、刀のあちこちから棘が私の手を貫いた。
「あぁっ...!」
痛みに顔を歪め、苦痛の声を漏らす私を彼女はただ見つめている。やがて手が離されると、私は棘に貫かれた場所を抑えて数歩下がった。
「...覚えておく事ね。魔力の流れが単純だと、相手に制御を奪われることがあるの。.....まあ、それこそ私みたいに魔力操作が極めて得意な人間にしか出来ないけど。」
聞いたことがなかった。自分の魔法が他人によって操作されるなど。魔力の流れが単純、と言われてもそんなすぐに流し方は変えられない。私はとにかく奪われてもいいように多く氷を生成した。
「.....あなたはもう少し強いかと思っていたけれど、少し残念。」
その言葉を合図に、私が出した氷はどれも簡単に重力に潰されてしまった。私に負荷がかかり動きが鈍ってゆく。彼女は私にかかる重力をさらに強くした。
「うっ...!?」
私は地面に拘束されたように動けなくなってしまった。その間にも上から押しつぶされるような負荷は増え続けている。立っているのが難しくなり、私は膝を着いた。彼女はそんな私を倒す訳でもなく、ただ何も言わずに重力をかけ続ける。まるで、私に「抜け出してみろ」と言わんばかりに。
「うぁっ...!」
私は地面に這いつくばるような姿勢になった。体が地面に押し付けられ、骨が軋む。口から声にならない悲鳴が漏れた。魔法を使おうにも、氷はすぐに砕けてしまう。もう、打つ手が無かった。千影と再開するために全てを捨てるなんて大義名分も、今の私を動かすことは出来なかった。
「う...っぁ...」
呻きを漏らしながら、私の視界は明滅する。やがて、私を悲しそうに見つめるシエラさんの姿を最後に、私の意識は闇へ沈んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「そこまで!勝者、シエラ・クローネ!」
会場が沸く。そんな喧騒を背後に、シエラは気を失ったアイリスを抱え、医務室へと運んだ。
「...ごめんなさいね、やりすぎてしまったかもしれないわ。でもね、あなたの成長に必要だと思ったの。」
シエラは眠ったままのアイリスの頭を撫で、やがて医務室を出ていった。




