差し伸べられる手
「命、だと...?」
レオンの目が驚愕に見開かれた。入学試験で落ちたところで人生が終わる訳ではない。にも関わらず命を賭けるその覚悟に、レオンは心打たれたのであろう。
「...いいだろう。僕はこのゲームを捨てる。君の全力を見せてみたまえ。」
天秤がノアの方向に大きく傾いた。そして、魔法が強化される。ノアの目が鋭くなり、ノアはレオンに向けて氷を飛ばした。レオンはそれを避け、ノアの動きを観察している。ノアは連続で飛ばし続け、その氷は少しずつ早くなる。レオンも避けるのに必要な動作が増える。ノアはその隙を狙っていた。飛ばした内のひとつがレオンの頬を掠めた瞬間、レオンの身体の重心がズレた。それを狙い、ノアは一気に距離を詰める。
「《氷獄》。」
ノアの手に刀が再び握られ、ノアはそれを振り上げる。レオンの肩を切り裂いたが、レオンはまだ負ける気はない。レオンもカウンターを狙い、拳を振り抜く。しかし強化されているノアの速度に追いつけず、逆に肩から腹にかけての袈裟斬りを食らった。
「がっ...!」
流石に苦渋の声が漏れ、レオンは数歩後退する。ノアはそれを許さず、踏み込んで何度もレオンに刀を振るう。レオンも次第に壁際へと追い詰められ、その背中が壁に触れた。ノアはついに勝機を見出し、大きく振り下ろした。
「ここまでやるとは、想定外だったよ。」
しかし、レオンが一瞬でノアの視界から消えた。体勢を低くし、ノアの刀は空を切る。それは、致命的な隙だった。拳が振り抜かれ、ノアはまたも腹部を強打される。
「う、ぐっ.....!」
想定外の一撃に、ノアはそれをまともに受ける。肋骨に鈍い痛みが走り、ノアの息が強制的に吐き出される。さらに少し浮き上がった体をレオンが上から地面へと叩きつけた。
ノアが見出した勝機を、レオンはその拳で粉々に砕いた。それは、レオンが全くもって全力を出していなかったことの証明でもあった。
「さあ、終わりだ。」
ノアが立ち上がる暇もなく、その背中に足が振り下ろされる。
「ぐっ、あぁ...っ」
ノアの視界はぼやけ、息も浅い。口元からは血が垂れ、指1本すら動かない。
試験官が終了の合図を出そうとした。
「待ってくれ、まだだ。」
レオンがそれを止めた。ノアはまだ意識こそ飛んでいない。まだ、レオンを見ている。それでも、ノアの体はまだ動かない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
いつだっただろう。前にもこうやって、立てなくなった事があった気がする。第一世界に居た時、まだ私が氷室零だった時か。あれは体育の時間だっただろうか。私は背中を強打し、痛みで体を動かせなくなっていた。そこに千影が駆け寄って、私のことを覗き込む。クラスメイト達がざわついていることが分かったが、私には千影の言葉しか届いていなかった。
「零、立って。」
「もう、無理...」
千影は手を差し伸べない。私をじっと見ている。その態度に、少しだけムッとした。
「なんで助けてくれないの?」
思ったことを口に出してしまった。すると、千影は予想していたように微笑み、そしてようやく手を差し伸べた。
「今助けられたら、次も誰かに頼るでしょ。今回は私が助けてあげたけど、次はしっかり、自分の力で立つんだよ。」
やけに大人びたことを言う、とその時の私は思った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そうだ。自分の力で立たなければ。そして、自分の足で千影に会う。千影に記憶がないなら、次は私がその記憶を取り戻すために千影に手を差しのべる。それが、私の原動力のはずだ。これは、私が自分で決めた歩むべき道なんだ。
私は落ちた刀を拾い、ふらつきながらも立ち上がった。レオンはそんな私を分かりきっていたように構えた。
近接戦闘は不利。しかし遠距離すぎると避けられる。なら、全てを巻き込んでやる。レオンがこちらへ突っ込んでくる。私はカウンターではなく、避けるのに全力を尽くす。そして、レオンの足元、その床に刀を突き立てた。
私はまだ魔法も未熟だ。手から離れた氷を再び動かせるか分からない。それでも、今はやるしかない。
「氷河の槍───!」
刀から無数の槍が飛び出し、レオンの体に突き刺さった。
「なっ...!?」
レオンは驚き、そして痛みに顔を歪めた。もう私もレオンも魔力は残り少ない。私は魔力を振り絞り、もう一度刀を作り上げる。そしてそれをレオンの首元に突きつけた。
「...僕の負けだ。」
「そこまで。アイリス・ノア、合格だ。」
合格、その言葉を聞いた瞬間体の力が抜けた。刀が手から離れ、魔力を失った氷は溶けて消えた。倒れかける私をレオンが支えた。
「合格おめでとう。ようこそ、センテリア学園へ。」
その言葉を最後に、私の意識は途絶えた。




