苦しさ、その恐怖
アイリスの感情は、怒りしかないだろう。折角ここまで逃げてきた。千影と同じ場所で終わるために、人殺しも厭わなかった。それなのに、こんなところで、大衆の前で無様に殺されるなんて。屈辱もいいところだ。しかし彼女にそれを覆す術はない。彼女はもう拘束されているのだから。
「何か、家族や知り合いに言い残すことは?」
ルビーが問う。彼女は沈黙を貫こうとしたが、内なる感情を抑えきれずに絞り出した。むき出しの、彼女の今の感情を。
「......くたばれ......私の道を塞ぐゴミが...」
それは彼女が今まで思った言葉の中で1番強い怒りだったかもしれない。それほどまでに、彼女は怒り狂っていた。
「.....やはり、犯罪者に更生というのは不可能だな。」
その言葉に彼女は更に怒りかけたが、これ以上はやめておいた。自分を軽蔑して見る大衆の視線に、耐えきれなくなりそうだったから。だから彼女は、最大限感情を押し殺すことにした。
「.....私はどうやって死ぬの?」
「聞きたいか。絞首刑だ。」
「.....え。」
それは、彼女が知っている刑の中で、最も受けたくないものだったろう。なぜなら彼女は、この場の誰よりもその苦しさを知っている。足はつかず、地獄のような苦しみが続く、あの死に方を。
「.....っ、それ.....変えられないの?」
「犯罪者に選択権はない。」
初めて、彼女に恐怖が芽生えた。死ぬのも、そういう定めだと受け入れようとしていた。しかし、1度経験した苦しみが彼女の感情を叩き起こした。
思えば、彼女が死を恐れるのは初めてだ。1度目の時も、解放されると信じて多少の苦しさは消えていた。しかし、今となってはどうだ。千影に会える希望もなく、ただ消えようとしていた。まだ壊れかけで、壊れてはいない心は死を拒絶する。
「よし、準備が出来た。来い。」
「ま、待って.....ちょっと待ってよ...」
「なんだ。今更怖気付いたか?」
「っ.....こ、心の準備とか.....」
「黙れ。皆待っているんだ。極悪人の処刑をな。」
彼女は抵抗できず、台に立たされた。見下ろせば、大衆が嘲笑うような視線を向ける。彼女はそんなことより、目の前のロープへの恐怖が強かった。
「来い。」
彼女の首にロープが巻かれると、本格的に恐怖が体を蝕んだ。息が乱れ、指先が震える。顔面蒼白と言える、完全に恐怖に取り憑かれた格好だった。
「時間だ。あの世で悔いるがいい。」
彼女は咄嗟にロープを掴んだ。しかし、そんなことで未来は変わらない。執行官がレバーを引き始める。あれが完全に引かれた時、彼女は死ぬ。足元が開いて落ちる。今から訪れる苦しみを前に、彼女は吐き気を催した。
「.....はぁっ...お、ぇ...」
嗚咽が漏れる。もう時間が無い。なにか出来ないか、辺りを見渡しても当然何もない。魔法は使えなくされている。もう、打つ手がない。
レバーが引かれる。落ちる、あの苦しみが来る。いやだ、怖い。いやだいやだいやだいやだいやだ───
そんな願いも虚しく、彼女の足は虚空に晒され、彼女の体は落下した。




