あの日の幻想、あの日の恐怖
こんな声は誰にも届くはずはない。どれだけ辛くて、弱音を吐こうと今の私に寄り添う者はいない。シエラさんの手も振り払って、これから孤独に死を迎えるだけ。
それなのに、邪魔をする。私を王城に入れたくないのか、兵士が群がるように私を追い詰める。邪魔な、害虫。弱いくせに、私に勝てないくせに束で襲ってくる。いい加減諦めて欲しい。これ以上、人を殺させないで欲しい。
.....ああ、まただ。また、私の行く手を阻む害虫。だけど、今度は1人だけ。
「.....こんにちは、アイリス・ノア。僕はルビー・レイノン。君を捕える。」
「だから.....自分から死にに行くって言ってるのに邪魔しないでよ.....」
「.....死にたいなら、逃げる必要はない。」
「だから.....もういい。あなたも死んで。」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
先に動いたのはアイリスだった。刀を生成し、斬りかかる。対するルビーも、刀を抜く。2振りの刀がぶつかる。距離を取りながらアイリスは地面に手を着いた。
「白棘庭園。」
地面から無数の棘が広がる。ルビーはそれを刀で砕きながら進む。進路を塞ぐように、アイリスは作り続ける。しかし、ルビーは容易くそれを突破し、アイリスの懐へと入り込んだ。至近距離で振るわれた刀をアイリスは仰け反って避けたが、バランスを崩した。
「うっ───!」
足を薙ぎ払われ、アイリスは転倒する。目を開ければ、眼前に振り下ろされる刀。転がって避け、立ち上がる。すかさず目の前に突きが襲い、アイリスは咄嗟に刀身を掴んだ。
手から血が流れるのも構わず、アイリスは力を強める。ルビーは刀を引き戻そうと引っ張り、その度にアイリスの掌は切れていく。苦痛にアイリスの力が抜けそうになるも、アイリスは逆に引っ張り返そうとする。
両者は膠着し、刀の引っ張り合いが続く。やがてアイリスが反対の手から氷を打ち出した。ルビーはそれを避けきれず、脇腹を掠める。その拍子に手の力が緩み、アイリスは刀をルビーの手から引きずり出した。
「っ...!う...」
刀を後ろに投げ捨て、掌の痛みに顔をゆがめる。武器を失ったルビーが取れる手段は、魔法以外残されていない。しかしながら、ルビーの本領は魔法だった。
「幻像。」
その刹那、アイリスの目の前の景色が変わる。見覚えのある信号、交差点。アイリスの脳が警鐘を鳴らす。ここは───
「っ.....あああぁっ!!」
アイリスは頭を抑えてその場にしゃがみ込んだ。事故の光景が頭を埋め尽くす。ここは千影が跳ねられた、あの場所だ。それに気づいてしまった瞬間、アイリスのトラウマが牙を向いた。
追い打ちをかけるように、幻想は続く。しゃがみ込んだアイリスの横から、2つの人影。それは、あの日の2人。まだ氷室零だった頃のアイリスと千影。そして、あの日と同じように千影が足を踏み出し───
グシャ、と言う音。アイリスの脳が思い出すのを拒み続けた光景を、強制的に目の前で引き起こされた。
「千影ぇぇぇっ!!!」
零とアイリスの叫びが重なった。そして、現実へと引き戻される。アイリスは倒れ、涙を流していた。そこへルビーが歩いてくる。立たなければ。立たないと、捕まる。
アイリスは無理やり身体を起こした。涙を拭う。ルビーは立てないと思っていたのか、立ち止まった。しかしアイリスも手が震え、息が荒い。過呼吸に近い状態のアイリスに危険性はないと判断したか、ルビーが再び距離を詰める。
「ふざ...けるなっ!!」
それでも、アイリスは拳を振り抜いた。目の前のトラウマを破壊するように、ルビーへと一直線に。
「なっ───」
流石に反撃はないと踏んでいたか、防御が間に合わずにルビーはその拳を顔面に受けた。吹き飛ばされ、地面に倒れる。
「.....千影をっ.....弄ぶなっ.....!」
アイリスはルビーの元に近づき、蹴りを入れた。ルビーの体が地面を転がる。ルビーは蹴られた場所を抑えて立ち上がる。口に滲んだ血を拭い、ルビーはアイリスが投げた刀の元へ向かおうとする。アイリスはそれを氷で止める。ルビーは再び魔法に手段を切り替えた。
ルビーの魔法は強力だが、些か魔力消費が大きい。現に、一度アイリスに幻を見せただけで息が上がっている。それでもルビーは、アイリスに向かって走り出した。
「っ、何を.....」
ルビーの手が、アイリスに触れた。
「たった今、僕が君の心を覗いてやろう。」
ルビーの纏う魔力が変わった。アイリスのものと近い魔力へと。それはアイリスの内側へと入り込む。脳の情報を読み取り、正確にアイリスの弱点を見つけようとする。
「やめろ.....やめろやめろ.....!」
アイリスは抵抗しようとするも、体の内側で起きていることへの対処は難しい。体をばたつかせ、ルビーを振り払うことしかできない。やがて、ルビーが解析を終えた。
「.....ごめんね。」
ルビーが呟いた。そして、魔力がアイリスの意識を奪う。
「───夢幻侵食。」
アイリスの意識が、闇の中へと堕ちる。現実のアイリスはそのまま地面に倒れ、動かなくなった。対するルビーも、アイリスへ見せる幻像を操作するために動かない。
やがてアイリスが目を覚ますと、真っ暗な闇の中にいた。どこを見ても、闇しかない。そんな時、アイリスの目の前に誰かが現れた。靄が晴れる。そして、再びアイリスを絶望へと突き落とす準備が整った。
目の前の人影、それは───
「っ.....!千影.....!」




