永遠の夢
アイリスの刀は不安定だった。怒りや悲しみの感情に支配され、シエラにその刀が届くことはない。しかし、シエラにとって脅威なのもまた事実だった。不安定だからこそ動きが読めず、シエラの思考が乱される。
「くっ...!」
シエラの頬を掠めた。彼女は距離を取る。シエラは魔法を使うのを躊躇していた。アイリスをなんとか停めたい。ここで本気を出せば、それは完全な決裂の原因になる。なんとか、彼女を止められないだろうか。このまま、一度も傷つけずに。それとも、このまま彼女の刀を、感情を全て受け止めれば止まってくれるだろうか。
「アイリスちゃん.....お願い、やめて...」
「っ...うるさい!私は自分の望みを叶えたいだけなんだ!望みの為に戦って何が悪い!」
アイリスの叫びは夜の闇に溶けるようだった。シエラは視線を落とした。もう、止められないのだろうか。彼女を力づくで止めるか、このままみすみすと死なせるか。そもそも、自分は止められるのだろうか。一度負けた、この自分が。
「アイリスちゃ───」
シエラの動きはそこで止まった。アイリスの頬を伝う涙を見て。ぐちゃぐちゃの感情、その全てが涙として溢れ出している。子供のように、止める方法を知らないように。
しかし、その時。
「見つけたぞ!アイリス・ノア!」
怒号が響いた。それは、王城から逃げたアイリスを追ってきた兵士。アイリスの周りを取り囲み、さらに増援も押し寄せる。
「待って、待って!お願い!」
シエラの懇願は誰の耳にも届かない。全員でアイリスを拘束しようとする。アイリスは殺しこそしなかったが、躊躇なく切り刻んでいく。シエラ達を何度も相手するうちに、並の兵士では歯が立たないほどにアイリスは成長している。氷、加えて水まで制御が可能なアイリスに、中々抵抗できる者はいなかった。
「...っ!ごめんなさい、アイリスちゃん...!」
シエラも加勢し、アイリスを攻撃した。その瞬間、アイリスの周りの兵士が吹きとんだ。
「ぐぁぁぁぁっ!!」
悲痛な叫びが重なる。飛んで行った兵士の合間を縫って、シエラは見た。アイリスの、悲痛に歪んだ顔を。そして、そのアイリスの足元から止めどなく溢れる水を。
「アイリスちゃん、何を.....」
水は、兵士達の足元やシエラの足元まで流れる。兵士達は雨が降っていることもあり、大して重要視をしていない。シエラもまた、それが予兆だとは気づいていなかった。
しかしその瞬間、アイリスから魔力が溢れ出した。流れた水を追いかけるように広がり、その全てを覆い尽くす。
「...!?なに、これ...!」
水の流れは止まり、水滴となって浮き上がる。その全てが、アイリスの意志のままに。広範囲を覆い尽くす水滴。
「なんだ、この魔力!」
「おい、早く捕らえろ!」
兵士の怒号が飛び交う。シエラは全てを無視し、ただアイリスに向かって突き進んだ。
「お願い、待って!アイリスちゃん、お願い!」
シエラには分かっていた。これを受ければ、もうアイリスを止めることはできない。だから、絶対に撃たせてはならない。それでも、懇願はアイリスに届かない。
「...ごめんなさい。本当に、止まれないんです。」
それを聞いて、シエラの足は止まった。もう、アイリスに言葉は届かない。その全てを、受け止めるしかない。
「...っ.....そう。でも、最後まで抗わせてね。」
シエラが魔法を発動する。体の周りに反発する重力を作ることで、全てを弾くシエラの防御手段。しかしながら精密な魔力操作が必要で、その場から動くことが難しい。防御に1点特化した、重力の盾。
それは、アイリスのことを真正面から受け止める合図でもあった。
「.....お願いです。もう、私に関わらないでください。.....これが、私の全てです。」
水滴が凍りつく。凍てつき、浮き上がる。これが、アイリスの全て。
「永遠の夢」
凍りついた水滴から、棘が現れた。避けられる場所など存在しない。水滴一つ一つから四方八方に棘が飛び出し、大地を埋め尽くす。魔力放出に近い、アイリスの奥義。アイリスの慈悲か、シエラの周りだけ甘くなった。兵士は串刺しにされ、断末魔を上げる余裕もないまま、その全てが沈黙した。
「くっ、う...!」
シエラも致命傷は避けられたとはいえ、腕や足を刺され、迂闊には動けなくなっていた。
「.....もう、私に関わらないでくださいね。」
アイリスは歩き出した。振り返ることはしない。
「待って、お願.....い.....」
氷が消える。シエラは地面に倒れ込んだ。這いつくばるように、アイリスに手を伸ばす。それでも、アイリスの歩みは止まらない。
手が力なく地面に横たわる。もう、アイリスは見えなくなっていた。




