在りし日
私がこっちの世界に来る前。小さい頃から、私の家族と千影の家族は仲が良かった。幼い頃からずっと千影と一緒にいた。だから、もう運命だったんだろう。
私が、千影に惹かれていったのは。
些細な動作、その全てが愛おしかった。だけど、口には出さなかった。好きなんていえば、嫌悪されるかもしれない。嫌悪されても、仕方なかった。私は初めて、女に生まれたのを恨んだかもしれない。それでも、仕方ない。仕方ないんだ。そう、割り切った。いつまでも千影と一緒にいれれば、それでいい。
「零、私達一緒の高校に行かない?」
そう言われた時、私はどうしようも無い嬉しさをなんとか隠した。千影から、そう言ってくれた事が嬉しかった。でも、私より千影の方が頭がいいから、私は努力しなきゃ行けなかった。それでも、千影と一緒にいれるなら、勉強が嫌なんて微塵も思わなかった。
でも、漠然とした不安もあった。千影は可愛い。だから、誰か男の子に取られるかもしれない。そして、その男の子に構って、私と一緒にいてくれなくなったら?そんなことを考える度、怖くなった。だから、見ないふりをした。今は目の前に集中しようとした。だから、その不安を振り払うために明るく振る舞った。でも1度、作り笑いを見抜かれて、千影に問われたことがあった。
「零、無理してない?大丈夫?」
「.....大丈夫に決まってるじゃん!」
「ならいいけど...無理だけはしちゃだめだよ。」
そんなことを言っていたけど、きっと無理をしていたのは千影なのだろう。横から来た、トラックに気づけないほどに。信号は守っていたけれど、周りの確認を怠っていた。
それから、私の世界に色は消えた。今まで私を自由に育ててくれた両親は、千影の死によって心を病んだ私を元気づけようと色々なことをしてくれた気がする。正直言って、千影が死んでから私も後を追うまでどのくらいの期間が空いて、その間何をしたかもよく覚えていない。両親が何度か私の部屋に来て、私に何か話をしていたことは覚えている。それも、ある日を境に全く途絶えたのだが。愛想をつかされたか、それとも放っておくのが最前だったのかは不明だ。そし、私はそのまま命を絶った───
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「アイリスちゃん、アイリスちゃん。」
誰かが、呼んでいる。アイリスって誰だっけ?ああ、違う。私だ。私が呼ばれているんだ。今の私は氷室零じゃなくて、アイリス・ノアだった。
ゆっくりと目を開ける。ふかふかとしたソファの上で私は眠っていたらしい。視界に飛び込んできたのは、シエラさんだった。
「アイリスちゃん、大丈夫?何か食べたいものとかあるかしら。」
「.....大丈夫です。それより、シエラさん。私を庇って本当に大丈夫ですか。」
「正直、バレたら私も危ういわ。でも、皆気になっているのよ。あなたが、本当に先生を殺したのか。そして、それはなんでか。」
「.....言っても分かりませんよ。話しても、頭がおかしいって思われるだけです。」
「.....つまり、殺したのは本当なの?」
「.....本当、です。私が先生を殺しました。」
「なんでなの?アイリスちゃん、あなたあんなに先生を慕っていたじゃない。魔法のアドバイスもしてもらっていたんでしょう?」
「.....先生は.....私の大切な人を...奪ったんです。」
「大切な、人?先生も人を殺したって言うの?」
「.....信じられなくてもいいです。だって、王にも信じられなかったわけですから。」
「そう、なの。いきなりそれを信じるのは難しいけれど、とりあえず力を貸すわ。」
「.....なら、私を───」
殺してください、とは言えなかった。この人に私のこの感情をぶつけるのは間違っている。迷惑をかける訳にはいかない。シエラさんまで、人殺しにしちゃいけない。消えるのは、私だけでいい。
「......私を、放っておいてください。シエラさんに迷惑をかける訳には行かないので。」
「ちょっと、アイリスちゃん!」
私はシエラさんの手を振りほどくと、ドアノブに手をかけた。ドアを開ける前、一瞬だけ躊躇した。だけど、もう終わりにしよう。ドアを開ける。雨が体を叩くが、お構い無しに歩き出す。
「.....ごめんなさい。さようなら。」
シエラさんは追いかけて来なかった。見捨てられたか、それとも別の理由か。なんでもいい。そうだ、このまま王城に戻ろう。そこで、千影と一緒の場所で死のう。結局結末は変わらない。この世界でも、第一世界と同じ結末を迎えるだけだ。
「今度こそ、千影と同じ場所に行けるかな。.....無理か。私は人殺しだもんね。」
雨の中、誰にも聞こえない独り言は溶けていった。王城を目指して、ふらふらと歩き続ける。王城から逃げてきたのに、また戻るなんて皮肉だった。
その時、空から目の前に誰かが着地してきた。
「───だめよ、アイリスちゃん。」
「.....さっきほっといてって言ったばかりですよね。シエラさん。」
シエラさんは私を悲しそうな目で見た。何をしに来たのだろう。私は横を通り抜けようとしたが、魔法に阻まれた。重力が私を押しつぶさんとする。
「.....なに、を.....」
「あなた、死ぬつもりでしょう。見れば分かるわ。」
「そうですよ。でもシエラさんに関係ないでしょう。」
「いいえ、ダメよ。私は、あなたを止める。あなたには、きっとまだ出来ることがあるわよ。」
「.....私の何も知らないくせに...私の気持ちも何も.....そんな分際で、私を語るな!!」
寝ている間に回復していた魔力を捻り出し、刀を生成する。シエラさんに斬りかかると、彼女は悲しそうな顔をして避けた。
「.....ええ、知らないわ。でも、あなたに死んで欲しくないの。」
「.....黙れ、黙れ黙れ!死んで欲しくないなんて出まかせだ!皆結局、私を諦めるんだ!」
シエラさんに向かって刀を振り続ける。そこを退け。死なせろ。私は、千影と同じ場所で一生を終える。
私は、死ぬために戦っているんだ。




