寄り道
「ノア君。ちょっといいかな。」
日が落ち始めた夕方。アイリスの元にアスターがやって来た。
「どうしましたか?」
「最近の君は、少し頑張り過ぎに見えてね。明日、少し魔法道具を買いに行くのに付き合ってくれないか。息抜きだと思って。」
「...構いませんよ。」
そうしてアイリスとアスターは翌日、王都を巡ることになった。2人はならんで王都を歩いていく。けれど、アイリスの目は街並みを見ていない。彼女の頭の中は千影の事でいっぱいなのだ。
「君は景色を見ないんだね。」
「.....え?」
「君はいつも、どこか遠くを見ているように私には見えるんだ。」
何気ないその言葉は、アイリスの胸に少しだけ引っかかったような気がした。やがて魔法道具の店に着くと、アスターは目的のものを買い揃え、アイリスは店の商品を見て回った。
「先生。少し本を見てもいいですか。」
「もちろん。」
アイリスが今日初めて自主的に申し出たことに、アスターは嬉しそうな表情を浮かべていた。彼の中では、アイリスは最も未来に期待している生徒だった。
アイリスが魔法学の本を選んでいる中、アスターは隣で歴史書を見ていた。
「君は王城の書庫に行きたいと言っていたね。本が好きなのかい?」
「いえ、本が好きという訳ではなくて...知りたいことがあるんです。」
「そうか。いつか知れるといいね。」
アイリスは魔法学の本を数冊手に取り、そのまま購入した。2人は再び街に出た。日が傾き始めている。
「そろそろ帰るかい?」
「そうしましょう。」
2人は歩き出す。アイリスは、初めの頃とは違って街並みを眺めていた。アスターの言葉は、どうやらアイリスの心を動かしたらしい。
学園の近くまで差し掛かった頃だった。
「あっ!」
近くから短い悲鳴が上がった。アイリスとアスターがその声がした方へ行くと、荷車が猫を轢いてしまっていた。幸い、近くに治癒魔法が使える人がいたお陰で大事には至らなかった。
「...事故、か。」
アイリスの頭の中に、一瞬轢かれた瞬間の千影がチラついた。それを振り払うように、アイリスはアスターの方を見た。
「...先生?」
アイリスがアスターの方を向いた時、彼は青ざめていた。息も少し荒く、ただその事故の方を見ていた。
「.....先生、先生!落ち着いてください!」
その声に彼は我に返ったようにアイリスの方を見た。そして、深呼吸して息を落ち着かせた。
「.....すまない。その.....事故が、少し苦手でね。」
「大丈夫ですよ、きっと。」
今日一日アイリスを励ましたアスターを、今度はアイリスが逆に励ます。それは、アイリスなりの感謝だった。
やがて学園に着くと、アスターは残りの仕事があると学園に戻るようだった。
「今日はありがとうございました。」
「うん。君こそ、気をつけて帰るんだよ。」
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今日はいい一日だった。シエラさんに負けてから訓練詰めだった私を、先生は気にかけてくれた。
今日はもう寝よう。たまには、こんな穏やかな日があってもいいだろう。




