第5話 帰る場所
授業が終わり、僕は一人黙々と寮へ向かっていた。
学院の門を出て、人通りが減ってきたところで——
「ぐはっ……!!」
気づいた瞬間、腹に重い一撃が入っていた。息ができない。地面に手をついて顔を上げると、マルコが冷たい目で見下ろしていた。
「ほんと、弱いなー……」
「なに……するんだよ……」
「言ったよな。力ずくで退学させるって」
逃げないと——立ち上がった瞬間、後ろから羽交い締めにされた。身動きが取れない。
マルコの拳が腹に直撃した。
「ゔっ……!!」
息が詰まる。手が離され、地面に倒れた。這いつくばりながら呼吸していると、今度は胸を蹴られた。
「やめない、って言うなら、毎日これが続くと思え」
「……やめない」
声が震えていた。それでも、言わずにはいられなかった。
「そうか」
マルコが手下に目配せした。
「3人がかりでやるぞ」
それから先の記憶は、ほとんどない。ただ、3人が笑いながら殴っていたことだけは、覚えている。
――――――――
「誰かに言っても無駄だぞ。なんの取り柄もない自由民と、グリムウェル家の跡継ぎ。どっちが信じてもらえるか、わかるよな」
意識が朦朧とする中で、声だけが聞こえていた。
わかってる。そんなことは、最初からわかってる。
頭の奥で、あの時と同じ痛みが一瞬走った。でも、今感じている痛みに比べれば、何でもなかった。
「今日はこれくらいにしといてやるか。帰るぞ」
足音が遠ざかっていく。
壁にもたれたまま、1時間ほどかけてようやく立ち上がった。寮に戻って応急処置をした。回復魔法が使えたら、と思いながら。
――――――――
夜、お母さんへの手紙を書いた。
ヴァルシア王国は活気に満ちていること。学院には優れた人がたくさんいること。クラスメイトもみんな優しくて、楽しい毎日を過ごしていること。
全部、嘘だった。
卒業したら、必ず謝ろう。
書きながら、村のみんなの顔が浮かんだ。涙がこぼれそうになるのを堪えながら、筆を置いた。
「辛いな……お母さん、会いたい」
疲れていたのか、すぐに眠りについた。
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ある日の放課後、路地裏に連れ込まれると、マルコは僕の指を一本掴んだ。
「まだ心が折れてないみたいだからさ。分かりやすくいこうぜ」
骨が軋む感触があって、それから、視界が白く弾けた。
「ぐああああ……!!」
叫び声を上げても、誰も来ない。
マルコが目配せすると、手下の一人が『癒しヒール』を唱えた。一瞬で痛みが引いていく。まるで、何もなかったかのように。
「もう一回言うぞ。退学しろ」
「……やだ」
声にならない声で、それだけ答えた。
「そうかよ」
二本目の指に、マルコの手が伸びた。
それから、同じような日々が続いた。先生のいないところで殴られ、血が出すぎたり意識が遠のいたりすると『癒しヒール』をかけられて、何事もなかったように終わる。退学を迫られては、拒み続けた。
多分、その頃の僕は、精神がおかしくなっていた。
どちらを選んでも、地獄だった。
【退学しない】→ マルコたちから毎日痛くて苦しい暴力を受け続ける
【退学する】→ 村にいつ魔物が来るかわからず、怯え続ける毎日
2年間耐えれば、僕の勝ち……いや、その前に魔法が使えるようになれば……
毎日、ベッドの上で頭を抱えながら、そんなことを繰り返し考えた。
ある夜、手に違和感を覚えた。
見てみると、抜けた髪の毛がたくさんついていた。
頭では大丈夫、耐えろ、我慢しろって言い聞かせてきた。
でも、体が拒否していた。
とっくに、限界だったんだ……。
いいよね? もう、頑張ったよね……?
ふと、お母さんの声が蘇った。
『少しでも辛いと思ったら、いつでも帰ってきなさい……』
涙が、静かにこぼれ落ちた。




