↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
記憶の回帰〜Oath of Karma〜  作者: 儚威
第1章 セイクリッド学院編
41/48

第41話 譲れないこと

 階段の踊り場。


 その裏にできた、わずかな窪み。シャルマは膝を抱え、体を折り畳むようにして、そこに身を潜めていた。


 遠くで爆発音がする。悲鳴が上がる。誰かが走り抜ける足音、誰かが崩れ落ちる音――その全てが、たった一枚の扉を隔てた向こう側で起きていた。


「くっ……どうして、こんなことに……」


「なんで、みんな普通に戦えるんだよ……僕には、できないよ……怖いよ……」


 膝を抱える腕に、力がこもる。手は、さっきからずっと震えていた。止めようとするほど、震えは大きくなっていく。


 教員たちは前線を支えている。上級生は下級生を逃がしている。同じ候補生になったはずの二人だって、今頃どこかで戦っているはずだ。それなのに自分は、こんな場所で膝を抱えている。


 みんながおかしいのだと、そう思いたかった。あの状況で平然と戦える方が、どうかしているのだと。


「……ほんと、なんなんだよ」

 乾いた笑いが漏れる。


「なんでだよ……シャルマ……」



 ――ドン。



 足音が、聞こえた。階段の下。ちょうど、真下あたり。息を、止める。


「たく、ここの生徒らはどこに隠れてやがるんだ」


「もうほとんど避難しただろう。それに、俺たちの目的は虐殺じゃない」


 二人分の声だった。


(……目的?)


 思考が、恐怖を一瞬だけ押しのけた。殺すことが目的じゃないなら、こいつらは何のためにここへ来た。この規模の襲撃を仕掛けて、何を――


「それもそうだな。でも、だ」


 声が、近づいた。


「見つけちまったもんは、殺さないとなぁ……!」


 窪みを覗き込んだ男と、目が合った。


「――ッ!?」


 反応する間もなく、蹴りが飛んできた。咄嗟に腕で庇う。それでも、体は階段の下まで転がり落ちた。


 立ち上がりながら、頭の中は真っ白だった。二人。どちらも剣を構えている。どちらも、笑っていた。


「よくもまぁ、あんなところに隠れていたもんだ」


「見つけた以上は殺せって話だからな。ガネスさんの指示だ」


 シャルマは、腰の剣を引き抜いた。震える手を、両手で握り込む。


(戦わなくちゃ、いけないのか……!)


「――瞬速(ブリンク)!」


 姿が、消える。


「おっと」


 前衛の男が、剣を横に薙いだ。読まれている。回り込んだ先を、正確に。


「岩弾(ロックバレット)」


 もう一人が放った石弾が、着地際を襲う。転がって躱し、そのまま距離を取った。


(連携してる……!)

 一人を狙えば、もう一人が潰しに来る。単純で、だからこそ厄介だった。それでも、何度も仕掛けた。跳び込み、弾かれ、また跳び込む。


 そして、ようやく――


「瞬速(ブリンク)――!!」

 一人の背後を、完全に取った。


「つ……!?」


 斬れる。そう思った瞬間だった。脇腹に、衝撃が走った。


「ぐはっ……!」


 もう一人の蹴りが、まともに入っていた。体が宙を舞い、壁に叩きつけられる。


「雑魚じゃねぇか」


 男が笑った。最初から、読まれていたのだ。背後を取らせることまで含めて。


「斬撃波(スラッシュウェーブ)!!」

 剣圧が、飛んでくる。


「風纏の型(ウィンドアーマー)――鉄壁化(アイアンガード)!!」


 全力の防御。腕を交差させ、体を沈める。衝撃が、全身を突き抜けた。踏ん張った足が、床を削って後退する。


 それでも――耐えた。


 膝が笑っている。呼吸が、上がっている。それでも、立った。


(みんな、戦ってるんだ。僕だって、少しでも……!)

 剣を握り直す。二対一。実戦経験の差。どう考えても、分が悪い。それでも、食らいついた。躱し、受け、隙を探し続けた。


 ――そして、その時が来た。


「いい加減、死ねよ!!」


 男が、剣を大きく振りかぶる。魔力が、刀身に集まっていく。さっきと、同じ構えだった。


(来る……!)

 シャルマの中で、何かが弾けた。

 ――魔法適応(マジックアダプト)。あの日、選抜戦で目覚めた力。一度受けた魔法は、もう自分には届かない。


(あの技は、もう受けた。なら――!)


「斬撃波(スラッシュウェーブ)!!」

「はぁーーー!!」


 シャルマは、走った。防御はしない。躱しもしない。ただ、次の一撃を叩き込むためだけに、剣へ魔力を込めながら、真正面から飛び込んでいく。


「なに!?」


 衝撃音。閃光。視界が、白く塗り潰された。

 男たちが、身構える。何かが来る。そう思った。

 だが――


 カランッ───


 剣の落ちる音が、した。


 光が晴れたその先にあったのは、膝をつき、剣撃をまともに受け、血を流して崩れ落ちるシャルマの姿だった。


「がはっ……」


 口から、血が溢れる。一瞬の沈黙のあと、男たちは吹き出した。


「ふ……ははははっ!!なんだよお前、何がしたかったんだ!?」


「ほんと、無様だなぁ。それともあれか、死にたかったのか!?」

 嘲笑が、頭上から降ってくる。シャルマには、その声がもう遠かった。


(なんで……なんで、スキルが発動しないんだよ……)

 床に伏したまま、血の広がる感触だけが生々しい。


(これじゃ、なんの意味も――)

 視界の端が、暗い。息が、浅くなっていく。


(僕は、殺される。……いや、何もされなくたって、このままじゃ、しばらくすれば)


「ごめん……ミリナ……」


「あぁん?なんか言ったか?」


「どうする、念のために首はねとくか」


「そうだな。一応やっといてくれ」

 男の一人が、剣を振り上げた。


 その瞬間だった。


 二人の首が、同時に宙を舞った。血飛沫が、壁を赤く濡らす。


 何が起きたのか、シャルマには分からなかった。もう、意識が保てない。


(……誰だ)

 薄れゆく視界の中、ゆっくりと歩み寄ってくる人影があった。ワインレッドの、長い髪。


 カルザス・ヴォルグレイブだった。


「カル、ザス、さん……すみません、僕、スキルが……」


「喋らなくていい」


 カルザスは膝をつき、シャルマの傷口を手で押さえた。溢れる血を、必死に堰き止める。


「シャルマ。お前はこの学院のために戦った。誇れ」

 その目は、まっすぐにこちらを見ていた。


「……カルザスさん」

 声が、掠れる。


「僕には、妹がいます」

 カルザスが、何か言いかけた。だが、シャルマは止まらなかった。止まったら、もう二度と言えない気がした。


「僕が死んだら、親もいないので……あの子は、一人になります。妹は、体が弱いんです。生まれつきということもありますが……ご飯も、あまり食べさせてやれていなくて」


「候補生になれたら、少しはいい暮らしをさせてやれるって……それだけを考えて、ここまで来たんです」


 息が、続かない。それでも、最後の力を振り絞った。

「カルザスさん。お願いします。妹の……ミリナを、見てもらえませんか……」


 しばらく、返事はなかった。


 やがて、カルザスが静かに口を開いた。


「わかった、シャルマ・ノイス。お前の言いたいことは、わかった」


 その声は、どこまでも落ち着いていた。


「だが、それはまだ引き受けられない」


「……え」


「なぜなら、お前は死なないからな」


 シャルマは、目だけを動かした。カルザスは、笑ってすらいなかった。ただ、事実を告げる顔をしていた。


「確かに、お前の傷は重い。放っておけば死ぬだろう。だがな。回復魔法というものの凄さを、お前は知らないのか?」


「――お待たせしました!」


 廊下の奥から、駆けてくる足音。現れたのは、二年の候補生――ナリンだった。


「なん、で……」


「お前の魔力が、急に膨れ上がって、それきり消えた」

 カルザスが、短く言った。


「掃討中だったが、あれは戦っている魔力の動きじゃない。命を削る動き方だ。だから、彼女を呼んだ」


「――頼む」

「はい。『安らぎの癒し(ノアヒール)』」


 ナリンの手から、柔らかな光が溢れ出した。傷口を包み込み、裂けた皮膚が、肉が、内側から繋がっていく。冷たくなっていた指先に、熱が戻ってくる。あれほど深かった斬り傷が、跡形もなく消えていった。


「……あ」


 シャルマは、自分の体を見下ろした。血に濡れた制服はそのままだった。それなのに、痛みが、どこにもない。


「さぁ、立つんだ。シャルマ」


 実感が、追いつかなかった。もうダメだと思っていた。ミリナに、謝ったのだ。なのに、まだ生きている。


「……ありがとうございます。本当に……」

 声が、震えた。カルザスとナリンが、静かに微笑んだ。


「侵入者はまだ残っている」

 カルザスが、槍を握り直した。


「シャルマ。まだ戦えるか」

 シャルマは、落ちていた剣を拾い上げた。握る手は、もう震えていなかった。


「……はい!」

 三人は、廊下の奥へと駆け出していく。


 もう、恐怖に突き動かされてはいなかった。受けた恩のために。強くなるために。そして――待っている、たった一人の妹のために。



 後に、ライトサイド(・・・・・・)の一人となる男。

 シャルマ・ノイス。

 これが、彼の最初の一歩であった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。