第39話 駆ける闇
「グハッ……!」
喉を貫いた槍が、引き抜かれる。血飛沫を上げて崩れ落ちる侵入者を、カルザスは一瞥もせずに見下ろしていた。
穂先に付いた血を、軽く振って払う。それだけの動作だった。
「カルザス、こっちは全員片付けたぜ」
剣を肩に担いだゼストが、廊下の奥から歩いてくる。返り血を浴びていたが、息一つ乱していない。
「了解」
淡々と、それだけ返した。
(力量的には、大したことのない連中ばかりだ。まだどこかに、本命が潜んでいるのか……)
「南棟の方も、侵入者はいなかったわ」
追いついてきたナリンが、報告する。額に汗は浮かんでいるが、声には余裕があった。
「そうか。となると――全体で、百人には届かないくらいか」
三人が、それぞれの方角へ視線を走らせる。
「2年の候補生が、ここに固まっていても意味がない。散開しよう。見つけ次第、殺す」
その言葉に、二人の動きが止まった。
「……まぁ、確かにそうなんだけどよ」
ゼストが、言いにくそうに口を開く。
「何人か生け捕りにして、話を聞くってのも――」
「その必要はない」
カルザスは、槍の石突きで床を打ち、振り返りもしなかった。
「敵は殺す。わかったな」
普段の飄々とした様子は、そこにはなかった。
「……あ、ああ」
ゼストとナリンが、短く頷く。
三人は、それぞれ別の方向へと駆け出していった。
――――――――
本館、中央回廊。
「烈風一閃!!」
風を纏った刃が、横薙ぎに走った。
「グハッ――!」
侵入者たちが、まとめて吹き飛ばされる。壁に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。
「大樹の抱擁!」
床を突き破り、巨木が生え上がる。無数の蔓が鞭のようにしなり、駆け寄ろうとした侵入者たちを絡め取っては、無造作に投げ飛ばした。
ガイウスとルインを筆頭に、教員たちは的確に戦っていた。誰一人として、背後の生徒たちから離れようとしない。攻めながら、常に退路を確保している。守るための戦い方だった。
「未来の希望に、傷ひとつ付けさせるかよ」
普段は何事にも面倒くさそうなガイウスの顔から、今はその色が完全に消えていた。
その背中を、避難できずにいた生徒たちが、息を呑んで見つめている。
「……他の生徒たちは、無事だろうな」
ルインが、周囲を警戒しながら呟いた。
「ええ。きっと、あの子たちなら」
答えながら、ガイウスは廊下の先へと目をやった。
床には、動かなくなった生徒が何人も横たわっている。それでも――信じるしかなかった。
――――――――
「暗黒弾!!」
闇の弾丸が廊下を薙ぎ、侵入者の体が壁に叩きつけられる。
「クハハッ!この学院に侵入したってことは、覚悟はできてるってことだよなぁ!!」
グラディスは、足を止めなかった。
逃げるという選択肢は、最初から存在しない。隠れるという発想も、ない。廊下を駆け抜けながら、視界に入った敵から順に叩き潰していく。
避難しきれなかった生徒たちが、教室の扉の隙間から、その光景を見ていた。
「あいつ……すげぇ……」
「Ⅱ組のグラディス・エバフォールだ。選抜戦で、あのエリックと決勝まで――」
「静かにしろ、見つかるぞ」
ネイサが、震える声で仲間を制する。それでも、誰も扉から目を離せなかった。
グラディスの背中は、この状況で、唯一前へ進んでいた。
「――そこまでだ」
廊下の先で、二人の侵入者が行く手を塞いだ。
グラディスが、初めて足を止める。
「たかが生徒だと思って油断するなよ」
「もちろんです」
一人が前へ、もう一人が半歩下がって構えた。連携の取れた動きだった。
「ハッ――きたか…闇の鞭!!」
闇の鞭を手に、グラディスが一気に距離を詰める。
「堅牢壁!」
前衛の侵入者が、分厚い障壁を展開した。鞭が弾かれる。
その隙に、後衛が回り込んでいた。剣が、グラディスの死角から迫る。
「――おっと!」
鞭を手繰り寄せ、刃を絡め取って逸らす。
「暗黒の波!!」
闇の波が、二人へと押し寄せる。
「堅牢壁!」
再び、障壁。波は壁面を舐めるように広がり、そのまま霧散した。
「……またそれかよ」
グラディスが、苛立ったように舌打ちする。
「めんどくせぇな。一気に終わらせるか」
その足元から、闇が滲み出した。
音もなく、水が広がるように。障壁の下を潜り、廊下の石畳を這い、二人の足元へと到達していく。
「……!?なんだ、これは!」
「気づいたところで、もう遅ぇよ」
グラディスが、口の端を吊り上げた。
「『闇棘乱撃』」
床が、爆ぜた。
黒い棘が、幾本も突き上がる。障壁は何の役にも立たなかった。守るべき範囲の、内側から生えてきたのだから。
「ガハッ……!」
二人の体が、宙に縫い止められた。
棘が消え、崩れ落ちた侵入者を見下ろしながら、グラディスは自分の掌を眺めた。
――氷は、放っておいても勝手に染み出して、勝手に形になる。地面が冷えれば、自然と霜が降りるようにね。でも闇は違う。力ずくで従わせようとすればするほど――そこに、綻びが出る
あの日、決勝の舞台で言われた言葉だった。
(うるせぇんだよ。押し込むんじゃなくて、流し込めってことだろうが)
長期休暇の間、それだけを繰り返していた。誰にも見せず、ただひたすらに。
「……ざまぁみろ」
誰に言うでもなく、呟いた。
「よし、次だ。どうせほとんど、教員たちが――」
言いかけて、振り返る。
そこに、剣先あった。
目の前だった。避けられる距離ではない。
(隠密系か……!気配を、まったく――)
防御は、間に合わない。
それを理解した瞬間だった。
ヒュンッ――
風を切る音。
短剣が、侵入者のさらに背後から飛来し、その後頭部を貫いた。
「がっ……あ……!」
剣を振り上げた姿勢のまま、侵入者がその場に崩れ落ちる。
「……あ?」
グラディスは、しばらく動けなかった。
廊下の奥から、一人の生徒が歩いてくる。
見覚えはあった。だが、名前が出てこない。
「…な…別に、助けてもらわなくても、どうにかなったんだがな」
減らず口だけは、勝手に出た。
その生徒は、何も答えなかった。倒れた侵入者の頭から短剣を引き抜くと、血を払い、そのまま歩き出す。
深い青紫の刀身が、一瞬だけ光を返した。
「おい、待てよ。お前、これからどこに行くつもりだ」
足が、止まる。
「友達を探す」
それだけだった。声は、驚くほど静かだった。
「はっ。そうかよ。こんな時に――」
嘲るような言葉のつもりが、そうはならなかった。
「じゃあ、行くから」
再び歩き出した背中に、グラディスは思わず声をかけていた。
「待てって!」
生徒は振り返る。
「……一応、礼は言っとく。ありがとよ」
しばらくの間があって。
その生徒は、わずかに口元を緩めた。
そして、何も言わずに走り去っていった。
グラディスは、その背中が見えなくなるまで、その場に立ち尽くしていた。
血の匂いと、遠くの爆発音。それでも、頭の中は妙に静かだった。
「……あ、そうだ。思い出した」
呟く。
「あいつの名前――」
「セオン・クレスト、だ」




