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記憶の回帰〜Oath of Karma〜  作者: 儚威
第1章 セイクリッド学院編
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第38話 鎧と剣

「ヴォォォーー!!!!」


 咆哮と共に、ハレスの拳が唸りを上げた。


 一撃、二撃、三撃――岩と化した拳が、空気を裂いて振り抜かれる。だが、そのどれ一つとして、当たらない。


 侵入者は、最小限の動きだけで躱し、あるいは剣の腹で受け流す。そして、拳が空を切ったその隙に、すっ、すっ、と刃を滑り込ませてくる。

 浅い。だが、確実に。ハレスの腕に、頬に、細い赤線が増えていく。


「こざかしい……!」

 拳を握り締める。腕の岩が、さらに厚く、深く変質していく。


「超身体強化(オーバーブースト)――岩石鎧(ロックガントレット)!!」


 全身に、魔力を練り上げる。皮膚だったものが、完全に岩そのものへと変わっていった。


「お、やっと本気出してくれる感じ?」

 侵入者が、剣先で肩を叩きながら、へらりと笑った。

 答える代わりに、ハレスは地を蹴った。


 一瞬で間合いが消える。振り下ろした拳が、床を捉えた。


 轟音。石床が、蜘蛛の巣状に砕け散る。亀裂は廊下の端まで走り、支柱が軋みを上げて傾いだ。


「おっ……!」


 足場を失った侵入者の体が、わずかに傾ぐ。

 その一瞬を、ハレスは逃さなかった。砕けた床を蹴り上げ、上空から拳を叩き込む。


 ――だが、その拳は、届かなかった。

 侵入者は崩れる瓦礫を足場にして跳び、身を捻って空中で軌道を変えると、そのまま窓を突き破って外へ飛び出していった。


 ハレスも、迷わず後を追う。


 ――――――――


 中庭は、既に戦場と化していた。


 教員たちが前線を支え、上級生が下級生を逃がしている。魔法が炸裂し、剣戟が響き、そこかしこで人が倒れていた。守り、守られ、それでも足りずに、また一人。


「クソッ……!」

 ハレスの拳が、震えた。


「今さら悔やんだって、もうしょうがないでしょ」

 侵入者は、その光景を眺めながら、つまらなそうに言った。


「お前たち、ケルスト王国のからの使者だな」


「ああ、そうだよ」


 あっさりと、認めた。

「俺たちはこのヴァルシア王国の要、セイクリッド学院を壊してこいって言われてる。それだけの話さ」


 予想通りの答えだった。だからこそ、その先にある事実が、重くのしかかる。


 ――内側に、裏切り者がいる。

 そうでなければ、この規模の侵入は成立しない。


「だがな。王国屈指の防衛区画を落とすには、この程度の数では、いかんせん足りんのではないか?」


「どの口が言ってんだよ」


 侵入者が、鼻で笑った。

「周り見えてねぇのか?おっさん」

 顎で、中庭を示す。倒れているのは、圧倒的に学院側だった。

「そういえば、校長をまだ見かけてねぇな。一体どこに隠れてるんだか」


 ハレスの眉が、僅かに動いた。

「……もう、お前の口から聞き出せることはなさそうだな」

 構えを解き、両腕を広げる。


 これまでとは比較にならない量の魔力が、ハレスの全身から溢れ出した。


「……!?」

 さすがの侵入者も、その変化には気づいたらしい。笑みが、わずかに引きつる。


「全て、包み込め――岩石鎧最固大鱗(ロックガントレット・ギガンテス)!!!!」


 地面が、鳴動した。

 砕けた石床が、土が、砂が、渦を巻いてハレスへと吸い寄せられていく。それらは一片ずつ噛み合い、積み重なり、重厚な装甲となってその体を覆っていった。


 人の形を保ったまま、肥大化していく。三メートル、四メートル――


 やがてそこに立っていたのは、古代の遺跡から歩き出してきたかのような、岩の巨人だった。


「おぉ……」

 侵入者が、それを見上げたまま、掠れた息を漏らした。


「ハレスのやつがあれを使うの、久しぶりに見たぞ!」

 戦いの合間に、アレクが声を上げる。


「いいから戦いに集中しなさいよ!」

 隣で、ロザリナが叱りつけた。


「分かっとる!あぁ、やっぱり体が思うように動かん……。あれを、試してみるか……いや」

 アレクは、言いかけて口を噤んだ。眉根を寄せたまま、中庭全体を見渡す。


 この状況の異常さ。学院内部でなければ知り得ない情報の漏洩。そして、あまりにも手際が良すぎる襲撃。


 何かが、決定的におかしい。


「はっ……でけぇ……」

 見上げていた侵入者が、剣を握り直した。


 途端、辺りの空気が、ぱちぱちと弾け始める。

 帯電した大気が、髪を逆立てる。紫電が剣身を這い、次第にその輝きを増していった。


「迅雷纏(ライトニング・ヴェール)……!」


 全身に雷を纏い、攻撃にも移動にも転用する――速度に全てを振り切った魔法。

 侵入者の姿が、ぶれた。


 岩の巨人と、雷を纏う剣士。

 その戦いが、始まった。


 ――――――――


 魔導具保管室。


「これは、どういうことなの」

 リンの声は、静かだった。


 床に倒れたソフィアと、白く凍りついた警備騎士。その光景を、彼女はじっと見つめていた。


「ああ……侵入者たちに、やられたんだ」

 エリックは、答えながら、袋を背後へ回した。膨らんだそれが、視界に入らないように。


(まずいな。どう切り抜ける。)


「そうなんだ。……で、エリックは?」


 リンの視線は、まだソフィアに向いたままだった。


「僕は、間に合わなかった。交戦して、なんとか追い払ったけど――間に合わなかったんだ」


 声に、悔しさを滲ませる。


「連中は、そのまま東の講堂の方へ走っていった。追いかけようとも思ったけど……ここには、まだ魔導具が残ってる。これ以上奪われるわけにはいかないと思って、確認していたんだ」


「そう……なんだ……」

 リンは、それきり黙り込んだ。


 同じ選抜戦を戦い抜いた相手だった。剣と魔法の違いこそあれ、あの花の魔法の使い手が、どれほどの努力を重ねてきたかは、戦えば分かる。


 その終わりが、こんな形になってしまうとは。


 「ソフィアを守れなかった……僕が弱いから…」


 その言葉を口にした瞬間、胸の奥が僅かに痛んだ。


 ソフィアの笑顔が、頭をよぎる。


 一緒に食事をしたこと。


 くだらない話で笑ったこと。


 そして――自分の隣で、嬉しそうに笑っていた顔。


「……」


 ほんの一瞬、指先が震えた。


 だが、すぐに握り締める。


 情を持つな。


 何度、自分に言い聞かせた言葉だろう。


 任務を果たすためなら、捨てなければならない。


 そうしなければ――自分も、セヴァリスも、生き残れない。


「……本当に、悲しいよ」


 今度は、自分に言い聞かせるように呟いた。


「侵入者たちは、絶対に許さない。リンさん、カルザスさんも言っていただろう?学長が不在の今、学院を守るのは僕たち候補生だって。だから――一緒に、協力しよう」


 そう言いながら、ゆっくりと、リンの方へ歩み寄っていく。


「……うん。分かった」


 リンは頷き、背を向けた。


 倒れたソフィアを見下ろしながら、これから何をすべきか、頭を巡らせる。



 その背後で、エリックが右手に魔力を込めた。



 指先から手の甲にかけて、氷が薄く、音もなく形を成していく。刃となったそれを、リンの首筋めがけて振り抜いた――



 キィンッ!!



 金属音が、保管室に響き渡った。


 リンの剣が、氷の刃を弾いていた。振り返りざまの、目にも留まらぬ抜刀だった。



「――ッ」



 エリックの顔から、表情が消える。


 そして、リンの顔からも。


「ハハッ!なんだよ、やっぱり気づいてたんだ……!」


 エリックが、笑い声を上げた。取り繕うことを、完全にやめた声だった。



 リンは答えなかった。剣を構え直したその目に、もう迷いはない。


「許さない――紅月斬(クリムゾンムーン)!!!!」

 赤い斬撃が、真っ直ぐにエリックを捉える。


「氷の城壁(アイスウォール)!」

 厚い氷壁が、瞬時にせり上がった。


 斬撃が激突する。だが――砕けない。ひび一つ入らぬまま、赤い光が壁面を滑り、虚空へと逸れていった。


(硬い……!前はここまで…)


 エリックの手袋が、淡い光を帯びている。候補生に支給された、あの魔導具だった。


「やっぱり、君はさすがだよ、リン」


 氷壁の向こうから、いつもと変わらない声がした。


「あの一瞬で反応できるのは、たぶん君だけだ」


 リンは、剣を握る手に力を込めた。


「貴様はもう、候補生でも、学院の生徒でもない」


 その声は、静かに震えていた。


「ただの――裏切り者だ」

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