第34話 安堵
三人の冒険者が、深手を負った少年を担いで戻ってきたのは、日が傾き始めた頃だった。
セオンは意識を失ったまま、全身に無数の傷を負っていた。誰の目にも、尋常でない何かと渡り合った末の姿だと分かる有様だった。
一番近くのギルドへ運び込まれ、治療のための一室に横たえられる。
「この子の服装、セイクリッド学院の生徒よね。学院に連絡した方がいいわ」
三人のうちの一人が、そう言いながら受付へと向かった。
「しかし、あの森が最近魔物増えてるって話で討伐依頼で行ってみりゃ、この有様だ。一体何があったんだか」
残った男が、ぼやくように呟く。
あの森は、冒険者にとって特に条件がいい狩り場ではなかった。魔物の数は多いが、質は良くない。同じ手間をかけるなら、別の森か、地下ダンジョンへ潜った方がまだ実入りがいい。だから、依頼が出ない限り、わざわざ足を運ぶ者はいなかった。
「できるだけのことはしたけど……まだ、目を覚ましそうにないわね」
治療を担当していた女が、額の汗を拭いながら言った。
「よくやった。あとは学院の連中が来るのを待つとするか。案外、謝礼くらいは出るかもしれんぞ」
「そういうこと、考えないの!」
軽口を叩く男を、女がたしなめる。
――――――――
その頃、セオンは夢を見ていた。
前世の記憶だろうか。理由も分からないまま、ひどく泣いている自分がいた。頬を伝う涙の感触だけが、やけに生々しい。こんな出来事、あっただろうか。記憶をたどっても、うまく像を結ばない。今の自分の記憶と、混ざり合っているだけなのかもしれなかった。
「はっ……!」
意識が、唐突に浮かび上がる。
「おっ、目が覚めたぞ!」
男が、声を弾ませた。
「良かった……。森からすごい爆発音と魔力を感じたから、行ってみたら、あなたが倒れてたのよ」
女が、詰めていた息を静かに吐き出しながら言う。
セオンは、しばらく状況が飲み込めなかった。頭の中で、記憶を一つずつ、順番に並べ直していく。
(俺は――そうだ、バルスケの森で。そこで、魔族に――。それで、この人たちが。)
「起きて早々悪いが、あそこで何があったか、教えてくれないか」
男が、身を乗り出すように尋ねてきた。
正直に話すべきではない。それだけは、すぐに判断がついた。考えている素振りだけを見せながら、頭の中では既に、答えを組み立て終えていた。
「魔物を狩っていて……その途中で、魔族に遭遇しました」
一拍、間を置く。
「逃げようとしましたが、追いつかれて。必死に戦いましたが、まるで敵わなくて――遊ばれていたんだと思います。あの爆発音は、魔族が放った魔法です。俺がどうにか生き延びられたのは、多分、あなたたちの魔力に気づいて、魔族が退いたからだと思います」
そこで、一度、頭を下げた。
「あなたたちが来てくれなかったら、俺は殺されていました」
澱みなく、そう言い切った。冒険者たちが、これを疑う理由もない。
「そうか……」
三人が、それぞれに労わるような顔をした。
――――――――
そこへ、扉が勢いよく開いた。
茶色の髪に、白髪の混じった女性が、大股で入ってくる。
「あっ、ロザリナ先生……」
セオンが、思わず声を漏らした。
ロザリナは、腕を組んだまま、眉根を寄せてこちらを見下ろしていた。
「セオン・クレスト。これは、一体どういうことかしら」
「長期休暇の間に、もっと強くなろうと思って……」
「だからって、魔族と鉢合わせするのとは、話が別でしょう?」
ロザリナの言う通りだった。魔族の目撃自体、頻繁にあるようなことではない。今回のように、たまたま出くわしてしまうことの方が、むしろ稀だ。
「すみません……」
「はぁ、まったく」
ロザリナは、そこで一度、深く息を吐いた。
「でも――思ったより怪我が軽くて、良かったわ」
両手に淡い光を灯し、セオンへとかざす。傷口を包む光は、静かに、そして確実に、体の痛みを引いていった。
「あなたたちも、ありがとう。うちの生徒が、迷惑をかけたわね」
ロザリナが、冒険者たちに向き直る。
「いえいえ!将来、セイクリッド学院を背負って立つような生徒さんですから!」
男が、慌てたように答えた。
「ふふ。分かってる冒険者さんね」
ロザリナは、それだけ言って、話を切り上げた。冒険者たちの目に、何かを期待するような色がよぎったが、それもすぐに引っ込んでいった。
「本当に、ありがとうございました」
セオンが、改めて三人へ頭を下げる。
「セオン・クレスト?私には、何もないのかしら。当直で学院にいたところを、わざわざここまで来た、この私には」
ロザリナが、腰に手を当てて、こちらを覗き込んできた。
「あっ……本当に、助かりました。ありがとうございます。それと――ご迷惑を、おかけしました」
「まあ、今回はそれで、許してあげる」
ロザリナは、そう言って、小さく笑った。
――――――――
学院の寮へ向かう帰り道、セオンは一人、静かに考えていた。
今回、勝てたことは――幾千とおりの結果の中の、たった一つに過ぎない。それだけの、綱渡りだった。
(もし、最初から全力で来られていたら――勝ち目なんて、なかった。)
(俺は、まだまだだ……)
夕暮れの道を歩きながら、その事実だけが、重く胸に沈んでいく。
長期休暇も、残り六日。
「みんな、元気にしてるかな。久しぶりに会えるの、楽しみだな……」
セオンは一人、そう呟いた。




