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記憶の回帰〜Oath of Karma〜  作者: 儚威
第1章 セイクリッド学院編
33/49

第33話 限界の先

「何者なんだ……貴様は……!」


 魔族の声に、隠しきれない動揺が滲んでいた。


(その傷で……なぜ、まだ普通に動けている……!)


 問いへの答えを、返す余裕はなかった。セオンは、ただ一歩、また一歩と、距離を詰めていく。


 視界の端が、赤く滲んでいる。右腕以外の感覚は、もうほとんど失われていた。それでも――足だけは、止まらなかった。


「クソが……!『破滅の蔓(デストロイヴァインズ)』!」


 魔族が、蔓を振るって迎え撃とうとする。だが、セオンは避けなかった。悪魔の炎を纏った拳が、迫る蔓を薙ぎ払う。触れた端から、蔓が黒く崩れていった。


「なんだと……!?」


 魔族の顔から、余裕が消えていく。ただの人間が持つはずのない力を、目の当たりにしているのだ。


 呼吸が、浅い。数箇所を貫かれ、失った血の量は、とうに限界を超えている。なぜ自分がまだ立っていられるのか、セオン自身にも分からなかった。


(癒し(ヒール)を使う暇なんて、ない。)


 今、この一瞬を逃せば――二度と、この魔族を殺す機会は訪れない。それだけは、確信していた。


「く、来るな……!来るなっ!!」


 魔族が、初めて焦りを露わにした。


「『蔓の壁(ヴァインズウォール)』、『守護蔓(ゴーレム)』!時間を稼げ!」


 蔓の壁の前に、二体の巨兵が立ちはだかる。


「邪魔だ」


 大量の血を流しながらも、セオンはその二体を、力任せになぎ倒した。壁も同様に、あっさりと打ち破る。


 そして――魔族の目前に、辿り着いていた。


 だが、魔族の準備は――既に、整っていた。


「私は、もう妥協しない。全ての力を出し、貴様を殺す……!」


 無数の蔓が、セオンの目の前に集い、リング状の口を形作っていく。その中心に、腐りかけたような、不気味な緑の光が凝縮されていった。森の空気そのものが、腐臭を孕んで重くなる。


「喰らえ」


(まずい――。)


 セオンは、瞬時に悟った。まともに受ければ、死ぬ。


「『腐蔓光線(ロット・ヴァイン・レイ)』……!」


 放たれた緑の光線が、森を腐らせながら、奔流のように押し寄せてくる。触れた木々が、瞬く間に朽ち、崩れ落ちていった。まともに受ければ、肉も骨も、痕跡すら残さず消え去るだろう。


「っ……、『悪魔の炎(デビルファイア)』!」


 血まみれの体に鞭を打つように、紫黒の炎を叩きつける。全身の傷という傷が、悲鳴を上げた。それでも――止められない。


 二つの力が、正面から激突する。轟音が、森全体を震わせた。木々の梢が、一斉にざわめく。


 均衡は、しかし、一瞬のことだった。


 セオンの炎が、じりじりと押し負けていく。腕が震え、足が地面に食い込んでいく。それでも、後ろへは、一歩も引けなかった。


「くっ……はぁ……はぁ……ここまで、か……」


 膝が、崩れかける。


 すでにセオンの身体は限界を迎えていた。


 腹部を貫いた傷からは血が流れ続け、左腕は魔族の攻撃によって肘から先を失っている。全身にも無数の裂傷が走り、まともに立っていることさえ奇跡に近かった。


 それでも、右腕だけは動く。


 その手で、必死に悪魔の炎(デビルファイア)を押し出していた。


(上位魔族相手に、よくやった方だ。数ヶ月前の俺なら、ここまで持ち堪えることすら、できなかった)


 意識が遠のいていく。


 もう、指一本動かす力すら残っていない。


 それでも――後ろへは下がれなかった。


 諦めが、胸の奥へ忍び寄る。


 だが、その時だった。


 脳裏に浮かんだのは、村の笑顔だった。


 母の声。


 そして――血に沈んだ、父の姿。


「……ああああああああ!!」


 セオンは、残された力をすべて魔力へと変えるように、右腕へ叩き込んだ。


 全身が焼けるように熱い。


 その時だった。


 視界の隅に、見慣れたはずの表示が浮かんだ。


 だが――何かが違う。


 ―――――――――――――

【スキル:魔法奪取(マジックスティール)】


 ■使用中:悪魔の炎(デビルファイア)

  :???

 ―――――――――――――


「――!?」


 セオンは目を疑った。


 使用枠は、常に一つだけだったはずだ。


 それなのに――今、確かに二つ目の枠が浮かんでいる。


(同時に……使えるのか……!?)


 なら――まだ、終われない。


 考えるより先に、選択していた。


 ―――――――――――――

【スキル:魔法奪取(マジックスティール)】


 ■使用中:悪魔の炎(デビルファイア)

 :癒し(ヒール)

 ―――――――――――――


 直後、淡い光が全身を包み込んだ。


「っ……!」


 傷口が塞がっていく。


 流れ続けていた血が止まり、裂けた肉が繋がっていく。折れていた骨が音を立てて戻り、失われた左腕の断面からは、新たな肉がゆっくりと生まれ始めた。


 激痛が全身を駆け抜ける。


 それでも、セオンは歯を食いしばって耐えた。


 肉が形を作り、骨が伸び、血管が繋がっていく。


 やがて――


 失われたはずの左腕が、元の形を取り戻した。


「……動く」


 指を握る。


 開く。


 確かに、動く。


 だが、傷が完全に消えたわけではない。


 身体は重く、呼吸も荒い。魔力も底を突きかけている。


 それでも――もう一度だけ、戦える。


「ば、馬鹿な……! そんなこと、人間にできるはずがない……!」


 魔族の声が響く。


 だが、セオンは答えなかった。


 右手には、いまだ紫黒の炎が燃えている。


 そして左手には――新たに取り戻した力があった。


(体は、持ち直した。あとは――残った魔力の全てを、ここに懸ける)


 ―――――――――――――

【スキル:魔法奪取(マジックスティール)】


 ■使用中:悪魔の炎(デビルファイア)

 :炎の矢(フレイムスピア)

 ―――――――――――――


『癒し(ヒール)』を切り、『炎の矢(フレイムスピア)』へと切り替える。


 さらに、自らの魔法――ファイアボールを、そこへ重ねた。


 三つの魔力が、一つに束ねられていく。地鳴りのような振動が、森全体を伝った。


「な、なんだ、この魔力は……!」


 遠く離れた場所で狩りをしていた冒険者たちですら、思わず足を止めるほどの気配だった。


 咆哮に似た叫びと共に、束ねた魔力を、正面から叩きつける。


「消えろぉぉぉぉ!!!」


「な……私の奥義を、超えるだと……!」


 紫黒の炎が、緑の光を呑み込んでいく。押し合っていた魔力の均衡が、音を立てて崩れた。


「ぐああああああああ!!」


 魔族の絶叫が、森に響き渡る。抵抗する間もなく、その体は黒く焼け焦げ、輪郭から崩れていった。


「化け物め……。貴様は、いずれ――」


 最後の言葉を吐き捨てながら、魔族は灰となって、静かに崩れ落ちた。それきり、二度と動くことはなかった。


 セオンは、その場に、崩れるように膝をついた。


 体から、力という力が抜けていく。それでも、震える唇が、微かに動いた。


「……やった、のか……。お父さん……俺……」


 声は、誰の耳にも届かないほど、小さかった。


 限界を超えた反動が、堰を切ったように押し寄せてくる。血まみれの体は、そのまま、地面に崩れ落ちた。


 ――――――――――

 ◇奪取(スティール)◇

 ◆魔法罠(マジックトラップ)

 ――――――――――


 異常な魔力の余波を感じ取った冒険者たちが、森へと駆けつけてきた。


「な、何が起きたんだ……!?」


「あそこで倒れてるのは……!」


 荒れ果てた戦場の中心に、少年が一人、倒れている。その姿を見つけた彼らは、驚愕の表情を浮かべながらも、すぐさまその体を担ぎ上げ、森を後にした。




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