第33話 限界の先
「何者なんだ……貴様は……!」
魔族の声に、隠しきれない動揺が滲んでいた。
(その傷で……なぜ、まだ普通に動けている……!)
問いへの答えを、返す余裕はなかった。セオンは、ただ一歩、また一歩と、距離を詰めていく。
視界の端が、赤く滲んでいる。右腕以外の感覚は、もうほとんど失われていた。それでも――足だけは、止まらなかった。
「クソが……!『破滅の蔓』!」
魔族が、蔓を振るって迎え撃とうとする。だが、セオンは避けなかった。悪魔の炎を纏った拳が、迫る蔓を薙ぎ払う。触れた端から、蔓が黒く崩れていった。
「なんだと……!?」
魔族の顔から、余裕が消えていく。ただの人間が持つはずのない力を、目の当たりにしているのだ。
呼吸が、浅い。数箇所を貫かれ、失った血の量は、とうに限界を超えている。なぜ自分がまだ立っていられるのか、セオン自身にも分からなかった。
(癒しを使う暇なんて、ない。)
今、この一瞬を逃せば――二度と、この魔族を殺す機会は訪れない。それだけは、確信していた。
「く、来るな……!来るなっ!!」
魔族が、初めて焦りを露わにした。
「『蔓の壁』、『守護蔓』!時間を稼げ!」
蔓の壁の前に、二体の巨兵が立ちはだかる。
「邪魔だ」
大量の血を流しながらも、セオンはその二体を、力任せになぎ倒した。壁も同様に、あっさりと打ち破る。
そして――魔族の目前に、辿り着いていた。
だが、魔族の準備は――既に、整っていた。
「私は、もう妥協しない。全ての力を出し、貴様を殺す……!」
無数の蔓が、セオンの目の前に集い、リング状の口を形作っていく。その中心に、腐りかけたような、不気味な緑の光が凝縮されていった。森の空気そのものが、腐臭を孕んで重くなる。
「喰らえ」
(まずい――。)
セオンは、瞬時に悟った。まともに受ければ、死ぬ。
「『腐蔓光線』……!」
放たれた緑の光線が、森を腐らせながら、奔流のように押し寄せてくる。触れた木々が、瞬く間に朽ち、崩れ落ちていった。まともに受ければ、肉も骨も、痕跡すら残さず消え去るだろう。
「っ……、『悪魔の炎』!」
血まみれの体に鞭を打つように、紫黒の炎を叩きつける。全身の傷という傷が、悲鳴を上げた。それでも――止められない。
二つの力が、正面から激突する。轟音が、森全体を震わせた。木々の梢が、一斉にざわめく。
均衡は、しかし、一瞬のことだった。
セオンの炎が、じりじりと押し負けていく。腕が震え、足が地面に食い込んでいく。それでも、後ろへは、一歩も引けなかった。
「くっ……はぁ……はぁ……ここまで、か……」
膝が、崩れかける。
すでにセオンの身体は限界を迎えていた。
腹部を貫いた傷からは血が流れ続け、左腕は魔族の攻撃によって肘から先を失っている。全身にも無数の裂傷が走り、まともに立っていることさえ奇跡に近かった。
それでも、右腕だけは動く。
その手で、必死に悪魔の炎を押し出していた。
(上位魔族相手に、よくやった方だ。数ヶ月前の俺なら、ここまで持ち堪えることすら、できなかった)
意識が遠のいていく。
もう、指一本動かす力すら残っていない。
それでも――後ろへは下がれなかった。
諦めが、胸の奥へ忍び寄る。
だが、その時だった。
脳裏に浮かんだのは、村の笑顔だった。
母の声。
そして――血に沈んだ、父の姿。
「……ああああああああ!!」
セオンは、残された力をすべて魔力へと変えるように、右腕へ叩き込んだ。
全身が焼けるように熱い。
その時だった。
視界の隅に、見慣れたはずの表示が浮かんだ。
だが――何かが違う。
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【スキル:魔法奪取】
■使用中:悪魔の炎
:???
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「――!?」
セオンは目を疑った。
使用枠は、常に一つだけだったはずだ。
それなのに――今、確かに二つ目の枠が浮かんでいる。
(同時に……使えるのか……!?)
なら――まだ、終われない。
考えるより先に、選択していた。
―――――――――――――
【スキル:魔法奪取】
■使用中:悪魔の炎
:癒し
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直後、淡い光が全身を包み込んだ。
「っ……!」
傷口が塞がっていく。
流れ続けていた血が止まり、裂けた肉が繋がっていく。折れていた骨が音を立てて戻り、失われた左腕の断面からは、新たな肉がゆっくりと生まれ始めた。
激痛が全身を駆け抜ける。
それでも、セオンは歯を食いしばって耐えた。
肉が形を作り、骨が伸び、血管が繋がっていく。
やがて――
失われたはずの左腕が、元の形を取り戻した。
「……動く」
指を握る。
開く。
確かに、動く。
だが、傷が完全に消えたわけではない。
身体は重く、呼吸も荒い。魔力も底を突きかけている。
それでも――もう一度だけ、戦える。
「ば、馬鹿な……! そんなこと、人間にできるはずがない……!」
魔族の声が響く。
だが、セオンは答えなかった。
右手には、いまだ紫黒の炎が燃えている。
そして左手には――新たに取り戻した力があった。
(体は、持ち直した。あとは――残った魔力の全てを、ここに懸ける)
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【スキル:魔法奪取】
■使用中:悪魔の炎
:炎の矢
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『癒し』を切り、『炎の矢』へと切り替える。
さらに、自らの魔法――ファイアボールを、そこへ重ねた。
三つの魔力が、一つに束ねられていく。地鳴りのような振動が、森全体を伝った。
「な、なんだ、この魔力は……!」
遠く離れた場所で狩りをしていた冒険者たちですら、思わず足を止めるほどの気配だった。
咆哮に似た叫びと共に、束ねた魔力を、正面から叩きつける。
「消えろぉぉぉぉ!!!」
「な……私の奥義を、超えるだと……!」
紫黒の炎が、緑の光を呑み込んでいく。押し合っていた魔力の均衡が、音を立てて崩れた。
「ぐああああああああ!!」
魔族の絶叫が、森に響き渡る。抵抗する間もなく、その体は黒く焼け焦げ、輪郭から崩れていった。
「化け物め……。貴様は、いずれ――」
最後の言葉を吐き捨てながら、魔族は灰となって、静かに崩れ落ちた。それきり、二度と動くことはなかった。
セオンは、その場に、崩れるように膝をついた。
体から、力という力が抜けていく。それでも、震える唇が、微かに動いた。
「……やった、のか……。お父さん……俺……」
声は、誰の耳にも届かないほど、小さかった。
限界を超えた反動が、堰を切ったように押し寄せてくる。血まみれの体は、そのまま、地面に崩れ落ちた。
――――――――――
◇奪取◇
◆魔法罠
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異常な魔力の余波を感じ取った冒険者たちが、森へと駆けつけてきた。
「な、何が起きたんだ……!?」
「あそこで倒れてるのは……!」
荒れ果てた戦場の中心に、少年が一人、倒れている。その姿を見つけた彼らは、驚愕の表情を浮かべながらも、すぐさまその体を担ぎ上げ、森を後にした。




