第30話 不穏
あれから、二週間ほどが経っていた。
選抜戦の熱気はとうに冷め、二年生によるライトサイド候補選抜戦も無事に終わり、学院は長期休暇に入っていた。
学院の一室に、一年生の候補生三人が集まっていた。
「候補生三人のうち、僕だけスキルを持ってないっていうのは、何だか居心地が悪いな」
エリックが、椅子に腰掛けたまま、ぽつりと零した。
「い、いやいや!僕なんてまだスキルを使いこなせてなくて、自分の意思で発動すらできないんですから!エリックさんより、よっぽど頼りないですよ!」
隣に座るシャルマが、慌てたように言葉を継いだ。
「別に、敬語じゃなくていいって。同じ歳の候補生同士なんだから」
エリックが、苦笑しながら返す。
リンは、背筋を伸ばし、姿勢良く席についていた。
「はぁ……」
エリックは小さく息をつき、何かを考えるように、視線を落とす。
(セオンも、ソフィアも――三人まとめて候補生になれるなんて、そんな都合のいい話はないとは思っていた。それでも、いざこうして二人の姿がここにないと、寂しいものがあるな。まあ、僕は僕なりに、前に進むとしようか。)
「待たせたな」
部屋の扉が開いた。
現れたのは、ワインレッドの長髪を後ろで束ねた、上背のある男――カルザスだった。その後ろには、二人の二年生候補生が続いている。
「お疲れ様でした!選抜戦、先輩方、本当にすごかったです!」
シャルマが、真っ先に声を上げた。
「おお、ありがとう。シャルマ、君の戦いも見事だったよ」
カルザスが、静かに応える。
「あ、ありがとうございます!」
シャルマが、嬉しそうに顔をほころばせる。
「あー、お前が『攻撃効かない』ってやつのシャルマ君か」
もう一人の二年生が、興味津々な様子で口を挟んだ。
「やめてあげてくださいよ、ゼスト先輩」
エリックが、苦笑しながら割って入る。
「結局、俺たちが一年生だった頃から、候補生の顔ぶれは変わらないままか」
ゼストが、そう言いながら肩をすくめた。
「私は、結構ギリギリだったけどね……」
もう一人――ナリンが、控えめに呟いた。
「いやいや、あの魔法の精度はものすごかったぜ。回復魔法まで使いこなしてたし」
ゼストが、フォローするように言う。
全員が席に着くと、部屋の空気が、僅かに引き締まった。
「さて」
カルザスが、場の空気を切り替えるように口を開いた。
「今日、集まってもらったのは、一年と二年、候補生同士での話し合いのためだ」
全員の視線が、カルザスへと集まる。
「候補生になれたからといって、すぐにライトサイドになれるわけじゃない。それは、開会式でも話した通りだ。一年生の君たちには、まだ先がある。二年目も候補生である保証なんてない。慢心せず、常に磨き続ける必要がある」
一年生の三人が、静かに頷く。
「心配しなくても、ちゃんと分かってますよ。」
エリックがどこか聞き飽きてるような表情で言う。
カルザスが、静かに目を細め、一度、間を置いた。
「ここ最近、魔物や魔族の動きが、活発化している」
その言葉に、部屋の空気が、一気に張り詰めた。
「つまり――新たなる魔王の誕生が、近いということだ」
一年生候補生――エリック、リン、シャルマの三人が、揃って息を呑んだ。
「新たな魔王……。最後に魔王を討伐したのは、確か――現国王陛下ジェイク様が、三年前に討伐して以来ですよね」
エリックが、慎重に言葉を選びながら言った。
「ああ、その通りだ」
カルザスが頷く。
「そして今回――討伐に向かうのは、学院長であるストライト様だ」
「!?」
一年生三人が、揃って目を見開いた。
「そんな……どうして、ストライト様が……!まだ、お若いはずですよね……!?」
シャルマが、戸惑いながら問う。
「父親にできるなら、息子にもできる、ということか……」
エリックが、小さく呟いた。
「いや。討伐自体は、余裕でこなせるはずだ」
ゼストが、断言するように言った。
「そうなんですか……?」
「ストライト様の力を、知らないの?」
ナリンが、少し驚いたように言った。
「あの方は――神聖力の使い手だ。私の知る限り、この国で最も強い方だと思う」
神聖力。それは、神の力に連なるとされる、特別な力だった。並の人間には、決して扱えない領域の力。
そんな圧倒的な力を持っていながら、なぜ、わざわざこうして候補生を集めて話す必要があるのか。当然の疑問が、一年生たちの間に浮かんだ。
「なら……なぜ、俺たちを集めたんですか」
エリックが、その疑問を口にした。
「魔王がいるのは、ヴァルシア王国の遥か彼方――かなりの距離がある場所だ。移動だけでも時間がかかる上、率いる戦力や物資の準備も含めれば――おそらく、一週間は不在になる」
カルザスが、静かに続けた。
「その間――このセイクリッド学院から、ストライト様という最大の抑止力が、いなくなる」
部屋の空気が、さらに重くなった。
「もし、その間に何かが起きた場合――対処に当たるのは、俺たち、ライトサイド候補生ということになる」
全員が、押し黙った。
「何か、というのは……?」
エリックが、静かに尋ねる。
「んー……例えば、魔族による侵攻とか、な」
ゼストが、そう答えながらも、軽く肩をすくめた。
「まぁ、考えすぎな部分もあるとは思うが」
「いや」
カルザスが、静かに口を挟んだ。
「考えすぎでは、済まないかもしれない」
その一言に、部屋の温度が、一段下がった気がした。
「カルザスさん……?」
シャルマが、恐る恐る尋ねる。
「魔王の出現は、単独で起きることは少ない。配下の魔族たちも、それに呼応して活発化するのが常だ。今の情勢を考えれば――ヴァルシア王国のどこかが、狙われても不思議じゃない」
カルザスの声は、いつもと変わらず落ち着いていた。だが、その目の奥には、隠しきれない緊張の色があった。
「そして、王国内でもっとも守りが薄くなるのは――当然、ストライト様のいなくなる、このセイクリッド学院だ」
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会議が終わり、それぞれが部屋を後にする中、カルザスは一人、窓の外を見つめていた。
(これで、少しは候補生である自覚が芽生えただろう。)
カルザスは静かに部屋を後にした。




